恋と魔法とライバルと その6
その後の三日間、わたしは寮の自室でせっせと課題を消化しながら自分のことをつらつら考えた。
そして、結局わたしはばかな子どもだったんだなと思った。
レンドール王子のことが好きで好きで、彼のことばかり考えてそれに行動が振り回されていた。
もしも、彼がごく普通の貴族の子息だったならば、それでもよかったのだろう。
けれど、彼はこの国の第一王子で将来の国王の座に一番近い人間だ。
彼に恋して心の中で思っているだけならばともかく、彼と一緒に生きて行きたいと思ったら、そこには重い責任がつきまとうのだ。
幼かったわたしはそれをさほど大変なことだと考えなかったから「レンドール様と結婚して王妃になりたい」と親に頼み込み、親も親でわたしの能力の事などあまり考えなかったか、それとも何か思惑があったのか、「ミレーヌがそうしたいのなら」と婚約を整えてくれた。
ケイン王子が認めてくれたように、言い出した手前もあってわたしは結構がんばってきたと思う。
けれど、もうこれくらいがんばればいいだろうという驕りもあって、学園に入ってから周りの事を考えない振る舞いをしてしまった。
レンドール王子は、わたしよりも大人だといってもたった二つ年上なだけのまだ17歳だ。
彼の方がわたしなんかよりも次期国王としての責任とか重圧とかでずっと大変な思いをしているはずだ。
なのに、わたしはいつもわたしのことばかり考えて、王子を困らせていたと思う。
謹慎期間中に、毎日メイリィが顔を見に来てくれた。
本当に優しいいい人だと思う。
こんな子を仮想敵に仕立てて散々意地悪をしてきたんだと思うと、恥ずかしくて穴があったら入りたいくらいだ。
「殿下は、ミレーヌ様のことを学園長に訴えに行ったのよ。騒ぎを起こしたのは自分が軽率な振る舞いをしたせいであって、ミレーヌ様ばかりが処分を受けるのはおかしいって」
「レンドール様が、そんなことを? わたくしのことを怒っているのではないの?」
「そんな感じじゃないみたい。どっちかというと、自分に腹を立てているのかしらねえ。接近禁止の処分が解けたら、ミレーヌ様とゆっくり話したいって言付かっているわ」
メイリィは相変わらずお友達としてレンドール王子と仲がいいのだ。
「ま、まさか、婚約破棄されてしまうのかしら?」
メイリィの言葉で恐ろしい考えが浮かんで、わたしは震えた。
「婚約破棄する相手をこんなに心配しないと思うけど」
メイリィはくすくす笑いながら言った。
「わたしは今は恋愛している暇はないけど、いつかミレーヌみたいに誰かを熱烈に好きになってみたいわ」
「そんなに楽しいものでもなくてよ。わたくしのこの様子を見て、わかるでしょ?」
「うふふ。わたしもメタメタのもだもだになってみたーい。誰か素敵な人はいないかしら」
「ちょっと、メイリィさん! 人の話を聞いていないでしょ!」
彼女はにまにまと笑っているだけだった。
とりあえず、メイリィに恋に落ちてメタメタのもだもだになる呪いを心の中でかけておく。
ほほほ、あなたも恋焦がれて悶えるがいいわ!
三日間、課題をこなしながらたっぷりと自分の情けないところを振り返り、謹慎処分が解けた。
レンドール王子への接近禁止はまだ四日も残っているので、学園に戻ってもわたしは遠くから彼の様子をチラッと見るだけで我慢をしてすごした。
大変腹の立つ事に、意識してみると女性からのアプローチが多いことに気づいた。
特に、リリアーナ様はそのばうんと突き出した巨乳を武器にあからさまにレンドール様に自分を売り込んでいるように見える。
「遠くから見ても、レンドール様はその姿が光り輝いているように麗しいわ。金糸の如く輝く髪に、きらめく湖水のような深く澄んだ青い瞳。すらりと高く、引き締まった男性的な身体つき」
遠く離れた魔法の練習場で、三年生の授業をしているのが窓から見えて、わたしはレンドール王子の姿にうっとりしていた。
野外コンサートでステージに立つアイドルを見るような感じね。
アリーナではなくB席からだけど。
「あ、今剣に付与魔法をおかけになったわ。素敵、光り輝く剣を構える姿も凛々しくて勇ましいわ。ああ、もっと近くで拝見したかった」
「お嬢様にはこの距離がベストですね、鬱陶しい実況中継以外に何にも余計なことができないし。卒業までこの距離を保ちましょう」
「いやよ! レンドール様が小指の長さ位にしか見えないくらい遠いじゃない!」
「においも嗅げないしね」
「そうなのよ、って、ライディ、わたくしを変態のように言うのはおやめなさい!」
「使用済みのシャツを拝借してきましょうか? 俺には簡単なことですよ。殿下が一日着て、匂いがたっぷり移ったやつ」
「まあ、それを着て眠ったら、レンドール様の匂いに包まれて素敵な夢が見れそう……とか、変態方面にわたくしを誘導しているわね、その手にはのらなくてよ」
「大丈夫、俺が誘導しなくてもお嬢様は変態の沼にどっぷりつかってますから」
「何よその底なし沼っぽいものは? 清純派のわたくしをつかまえて、よくそんなことが言えたものね」
「清純じゃなくて単に臆病なだけでしょうが。ホントはキスから先に進んでみたいのに、怖くて進めなーい、とかかわいこぶっちゃって。どんなものだか知りたければ、俺が教えてあげましょうか? 手取り足取り実地教育で」
「ばかっ、ばかばか、ライディのばか! なんてこと言うのよ、このエロ従者!」
遥か彼方に見えるレンドール様を窓から眺めながらライディと掛け合い漫才レベルの会話をしていたわたしは、彼に投げつけられた爆弾で真っ赤になった。
「いやー、殿下とうまく子作りできなかったら、従者の俺がうまいこといくように準備しなくちゃならないらしいですよ、手取り足取り腰取り。いくら報酬をはずまれてもお嬢様のような面倒くさい女とそういう関わりを持ちたくないんで、自力で何とかしてくださいね。最悪の場合、お面でもかぶせてやりますが」
「何をやるのよ何を! お金を積まれてもいやとか、わたくしはどれだけ魅力がないのよ!」
「目隠ししてさるぐつわをかませればいけるかな」
「危ない扉を開くのはおやめ!」
「ま、汚れた大人でエロい経験豊富な俺にいろいろ手ほどきされたくなかったら、お子さまは卒業してくださいよ、清純派のお嬢様。それとも大サービスで、大人のキスの仕方でも教えておきましょうか?」
にやにや笑いながら無駄に整った顔の緑の瞳が迫ってきたので。わたしはその顔面に遠慮なく手のひらを叩きつけて押し返した。
まったくもって、うちの従者はどうしてこうも失礼極まりないのかしら。
わたしはぷんすか怒りながら心の平安を求めてレンドール王子の姿を捜したけれど、上級生の授業は終わってしまったらしく、もう彼を見ることはできなかった。
そしてその後、更に失礼極まりない人物の訪問を受ける羽目になったのだ。
「ミレーヌ様、折り入ってのお話がございますの。よろしくて?」
昼休みに一年生の教室までやってきてわたしを呼び出したのは、リリアーナ・ヴィレットだった。
プラチナブロンドをきらめかせた彼女は、わたしに向かって艶やかに微笑んだ。
自分の美しさを見せ付けて、牽制しているのだろうか。
取り巻きだかお友達だか、令嬢をふたり連れて来ているところがまた、わたしに対して喧嘩を売りに来た感がたっぷりなのだけれど、人気のないところに着いたら案の定上から目線の言葉がぶつけられた。
「わたくしは、ミレーヌ様のお立場を揺るがすつもりはございませんのよ。むしろミレーヌ様に王妃になっていただき、我が国のためにご公務に励んでいただきたく存じますの」
リリアーナは、別に悪役令嬢っぽいルックスではなく、黙っていれば綺麗で上品そうな貴族のお嬢様だ。
「わたくしは、ただ私的に殿下をお支えできたらと思っているだけですのよ」
ほうほう、王妃としての面倒くさい仕事はこっちに丸投げして、レンドール王子といちゃいちゃしたいってことね。
そうはいくかい!
「ですから、ミレーヌ様にもぜひわたくしの事をお認めになっていただきたくて。ほら、殿下ももう立派な男の方でいらっしゃるでしょう? ですから、やはりお側に女性が必要だと思いますけどあまり釣り合わない方と関わられるのもどうかと思いますのよ。いろいろな思惑を持っていらっしゃる方が殿下に近づいてくるのは、ミレーヌ様のためにもあまり良くないのではと思いまして」
お前とかな!
「いかがかしら?」
「お断りします」
「え?」
速攻で断られたリリアーナ・ヴィレットは、ぽかんと口を開けてわたしを見た。
「ずばり申し上げますと、リリアーナ様は愛妾の座をご自分が独り占めして、それをわたくしに認めろとおっしゃっているのでしょう? いいえ、レンドール様には愛妾は不要にございますから」
わたしは優雅に見えるように笑って見せた。
「公私ともにわたくしがお支えするので、愛妾はいりませんの。お引取りくださいませ」
それまで微妙に自分は優位であるという雰囲気で余裕を見せていたリリアーナ様は、顔を歪めた。
「失礼ながら、ミレーヌ様ではまだ女性として力不足だと思いますわよ。それがご自身でお分かりでない?」
「それでもわたくしはレンドール様の婚約者ですの。レンドール様が側に女性を置きたいのならば、ご本人が直接わたくしに伝えるはずですわ。それがないのなら、このお話はあなたの夢物語に過ぎないのでしょう。それとも、レンドール様から正式にそのような申し出があったとでも?」
「……」
「ならばお引き取りくださいませ」
「あ、あなた、先輩に対して失礼だわ。殿下とわたくしはこの学園に一緒に入学してずっと仲良くお付き合いさせていただいているのよ」
「それは単なる社交の一環ですわ。それとも、殿下があなたに特別な感情を持っているとでもおっしゃるの? そうですか、そこまで言われるのならば、このような申し出があったことをレンドール様ご本人に確かめてみますわ。まあ、そうなると違った場合には勘違いということではごまかせませんから、王家の者に対する不敬な発言があったとしてそれなりのお咎めを覚悟なさってくださいませね」
「な、そこまでは、言っていなくてよ!」
「ならばお引き取りくださいませ、先輩」
わたしがこれぞミレーヌ・イェルバンの真骨頂といった具合に上から目線で鼻で笑うと、リリアーナ様とそのお友達はものすごい目でわたしを睨みつけながら去っていった。
「わ、わたくしは落ち着いて見えた?」
「見えましたよ。いやー、女の戦いって怖いですねー」
すべてを見守っていたライディが、伸びをしながら言った。
「で、お嬢様はなんで震えているんですか?」
「怖かったのよ! 全部はったりだったから」
そうなのだ、わたしはレンドール王子からリリアーナ・ヴィレットとの関係について何も聞いていないのだ。
例えば……身体のお付き合いがすでにあるのかどうか、なども。
「愛妾にする約束をしていないとは言えないじゃない、あんな美人に言い寄られていたんだから。わたしと違って大人っぽいし、お胸だって大きいし、色っぽいし……男の人から見たら、魅力的なんでしょ?」
「そうかもしれませんね」
「だから、怖かったの……」
自分に自信がないから怖かった。
だけど、呑まれたらダメだと思ったから、はったりで乗り切った。
こんなことは貴族社会ではよくあることだ。
「……早く接近禁止令が解けて、殿下と話せるといいですね」
「うん」
ライディの手がわたしの頭をぽんぽんと叩いた。
「ぎゅっとしたら、ぶっ飛ばされるんだろうなあ」
「え?」
「お昼は部屋で食べましょうか。エルダに温かいお茶を入れてもらいましょう」
今度は、頭をくしゃりと撫でられた。
「泣かないんですか」
「これくらいは大丈夫」
「無理しちゃって。ふるふる震えてますよ。杖をついた年寄りの魔女みたいに」
「もうちょっと可愛らしい例えはできないの!」
「歩き方がおぼつかないですね。時間がもったいないので運びましょう」
ライディはわたしの頭に上着をひっかけると、横抱きに抱き上げた。
そのままものも言わずに、寮の部屋までわたしを運んでくれた。
ちょっと涙ぐんでしまったわたしの顔はライディの上着の陰に隠れて、誰にもみつからなかった。




