恋と魔法とライバルと その2
「……顔色が悪いな。どうした?」
明らかに腹を立てた表情で近寄ってきたレンドール王子だったけど、わたしの顔を見ると眉をひそめて言った。
手を伸ばしてわたしの頬にそっと触れる。
昨夜、ライディとエルダにいろいろ刺激的な話をされたため、わたしは妙に緊張してしまい、思わずビクッとしてしまった。
その様子を見た王子がすっと目を細めた。
「お嬢様は、魔法の授業中に制御できない魔力が体内で暴走してしまったのです」
レンドール王子から、何か冷たいものが漂って来ているけど、鋼のメンタルを持つ侍従はそんなものを気にもとめずにサラっと説明する。
「大丈夫ですわ、よくあることですの」
わたしは息も絶え絶えに言い、レンドール王子に笑いかけようとしたけれど、気分が悪くてできなかった。
あー早くベッドに横になりたい。
「救護室にお連れするところですので、失礼いたします」
「待て」
その場を辞そうとするライディを、王子が止める。
「ミレーヌは俺が連れていこう」
キラキラ王子様は、とんでもない事を言い出した。
「いいえ、殿下にそのような事をさせる訳には参りませんから」
「構わん。ミレーヌは俺の婚約者なのだから、そうする義務がある」
「義務ならば侍従のわたしが肩代わりしますからご心配なく」
「ならば、権利だ。俺には権利がある」
「……俺の女に触るな的な?」
ライディったら王子に向かってなんつーことを言うのよ!
不敬にも程があるわ。
ってゆーか、どーでもいいから早く救護室に連れてってください。
「……そうだと言ったら?」
あれ、レンドール王子が認めちゃった?
わたしは魔力酔いでクラクラする頭で、半分くらいしか理解できないながらもふたりのやり取りを聞いていた。
「殿下がそこまでおっしゃるのなら、うちの大事なお嬢様をお預けしますか」
ライディは真面目くさった顔でそう言うと、わたしをレンドール王子に向かって差し出した。
「少し寝かせていただければ、回復しますので」
「心得た」
レンドール王子が危なげなくわたしを受けとると、ライディは彼の首に絡めたわたしの腕を外し、それをレンドール王子の首に絡め直す。
わたしがぎゅうっとしがみつくと、わたしを抱える手にも力が入った。
「では殿下、お任せいたしますが……くれぐれも信頼を裏切る事のないように頼みますよ」
ライディが、ドスの聞いた低い声を出したので、わたしは少し驚いた。
「……わかった」
驚いた事に、レンドール王子は少し気圧されたようだったけれど、ライディの態度に腹を立てることもなく答えてわたしをしっかり抱き上げた。
さすがに熱心に身体を鍛えあげているだけあって、プロのライディに劣らない安定感だ。
わたしが安心して頭を預けて目を閉じると、王子はふっと笑って医務室に向かって脚を進めた。
レンドール王子は具合の良くないわたしを気遣かってくれているらしくて、しっかりと身体に抱き寄せながら長い脚でゆっくりと歩いて運んでくれたので、そのゆらゆらした振動が心地好かった。
それに、王子はなんだかいい香りがする。
あまり甘くない花のような、ハーブのような香りだ。
きっと高級な石鹸でも使っているのだろう。
キスとかそれ以上の事はなんだか抵抗があるんだけど、こうして大好きなレンドール王子にくっついているのは少しドキドキするけど幸せな気持ちになる。
それじゃあダメなのかな?
恋愛って難しいね。
フワフワした幸福感の中に漂っていると、医務室に着いてしまったようだ。
「あら、殿下。ミレーヌ嬢がどうしたの?」
長い茶色の髪を後ろでキリッと束ねた学園の女性医師が、ぐったりしたわたしの手首に触れて体調を探りながら言った。
「魔力が体内で暴走して魔力酔いを起こしたらしい」
「うん、そのようね。ミレーヌさん、お返事できる?」
「はい……いつものなの……」
うー、クラクラするよー。
呂律が回らない。
「毎回お説教するのもあれだけど、あなたはがんばりすぎ! もうちょっと手を抜かないと、いろいろ辛いわよ。……いくら恋人のためでもね。殿下からも少し言ってちょうだい。はい、こっちに寝かせて」
ベッドに下ろされたけど、なんだか離れがたくてつい首に回した手に力が入って顔を擦り寄せてしまったら、レンドール王子の顔が少し赤くなった。
「くっ、これは……クルな」
レンドール王子はそっと首から手を外すと、そのままわたしの手を握ってくれる。
「特に治療はいらないから、酔いが醒めるまで休んでなさいね。わたしは隣の部屋でお昼にしてるから、何かあったら呼んでね」
先生はそう言うと、カーテンを引いて向こうに行ってしまった。
「ミレーヌ、大丈夫か?」
「ん、だいじょぶ、れす」
しまった、眠くて噛んだ。
「眠るまでここにいてやるから、ゆっくり休め。治ったら説教だ」
「やだ、おこんないで」
レンドール王子の手が優しく頭を撫でている。
「怒らない。ただ、先生の言うとおりに無理はよせと言いたいだけだ」
「だって……がんばらないと、なんでもできないと……レンドール様と結婚できなくなっちゃうから」
「それだけ肝が据わっていれば、充分王妃になれる」
頬を撫でられるのが気持ち良くて、くふんと鼻を鳴らしながら顔をすりすりと擦り寄せる。
「ほんとに?」
「本当だ」
「結婚してくれる?」
「まあ、婚約しているからな」
「レンドール様」
「なんだ?」
「だいすき」
小さい頃に婚約して、悪ガキモードに入った王子に意地悪されたりしたけれど、いつも最後は「これはおれのたちばじょう、しかたなく、なのだからな」なんて言いながら泣きべそをかくわたしをおんぶしてくれて。
いつの間にかすごくカッコ良くなっちゃうから、心配だった。
わたしが隣にいてもいいのかなって。
大好きって言うと、いつもばーかばーかって真っ赤な顔で言って、わたしの誕生日にはお城の花壇からバラの花をちぎって持ってきた、見かけは天使、中身は悪魔っ子だった王子様。
今は完璧王子になっちゃって、隙のないイケメンだけど、あの悪ガキはもういなくなっちゃったのかな。
「……ばーか。早く良くなれ」
やっぱりばかって言われたから思わずくすくす笑っていたら、また「ばーか」って言われて、柔らかいもので唇を塞がれた。




