第二話
木々の茂る森の中を、二人の男性が馬に乗って進んでいた。
「特に異常はないようですね」
そう言ったのは茶色の馬に跨った茶色の髪と水色の瞳を待った青年。中性的な顔に浮かべられた笑みと柔らかな言葉遣いが優しげな印象を与える。
「あぁ」
青年に短く応えたのは彼の前を黒色の馬で進んでいた黒髪の青年。茶髪の青年よりも少し年上の彼は、切れ長の金色の瞳で油断なく前を見据えていた。
二人が進んだ先に大きな湖が姿を現した。
「少し休むか」
「はい」
二人が馬から降り、手綱を水際の木に結びつけようとした刹那、湖の上空で目を開けてられない程の強い光が発せられた。
「「!?」」
驚きながらも片腕で顔を隠し、もう片方の手で暴れそうになっている馬を落ち着かせる。突然のことでありながらも一切焦ることなく落ち着いて対処する二人の青年は、その若さに反し多くの場数を踏んでいるようだった。
「ダイアン」
「大丈夫です、ルーク隊長は、」
「問題ない」
光が収まった後、ダイアンと呼ばれた茶髪の青年とルークと呼ばれた黒髪の青年は警戒しながら状況を確認し合う。
「今のは一体・・・」
ダイアンに言葉を返そうとしたルークが勢いよく顔を上げ、湖の上空へと視線を向けた。ルークの様子に気づき声をかけようとしたダイアンは、頭上に大きな力を感じ、ルークと同じように空を見上げた。
二人の視線の先には金色の光が円を描き、文字を書いている。
それは湖を覆うほどの大きな魔法陣だった。
「あんなに大きな魔法陣は初めて見ました」
先ほどまでと変わらない声の調子のダイアンだが、その瞳は油断なく魔法陣に向けられていた。
「攻撃、魔法でしょうか・・・」
「いや、これは・・・」
ルークが言葉の続きを紡ぐことはなかった。魔法陣の中央から、何かが出てきたのだ。
「あれは・・・!」
それが何なのか、頭が理解した時、すでにルークは走り出していた。
「隊長っ!!」
後ろから聞こえるダイアンの声に応える間もなく、走りながら上着を放り投げる。水しぶきを上げながら、魔法陣から落ちたモノを追いかけてルークも湖へと飛び込んだ。
湖から上がってきたルークは、黒髪の少女を抱えていた。その少女こそ、魔法陣から落ちてきたモノだったのだ。
駆け寄ってきたダイアンに目向きもせず、少女を地面に寝かせたルークは彼女の口元に耳を寄せ、焦ったように瞳を揺らした。普段では有り得ないその姿に、ダイアンは驚き固る。
そんなダイアンなど視界に入らない程に、ルークは少女を助けようと必死だった。
少女が息をしていないことに、このままでは彼女を失ってしまうという事実に、ルークは今までに感じたことがない程の恐怖を感じていたのだ。
「頼む、死ぬなっ」
引き寄せられるように、ルークは自身の唇を少女のそれに押し当てた。
自分の命を送るように、空気を送り込む。その姿は、眠った姫を起こすようなどこか神秘的なものに見え、ダイアンは思わず魅入ってしまった。
ルークが不安げに瞳を揺らしながら顔を離す。
「・・っ・・・ごはっ、はっ・・・げほっげほっ」
次の瞬間、少女が息を吹き返した。
「大丈夫かっ?」
苦しげに咳こみながら水を吐き出す少女にルークが寄る。ぼんやりとした焦点の合わない目をルークに向けた少女は、そのまま意識を失ってしまった。
「戻るぞ」
少女に自分の上着をかけ、抱き上げたルークが固まったままのダイアンに声をかける。馬へと向かうルークに先ほどまでの不安げな様子など一切ない。
「あ、はいっ」
ルークの声に我に返ったダイアンは急いでルークの後を追ったのだった。