第16話『重圧』
6月19日、水曜日。
インターハイ予選決勝ラウンドの初日まで、あと2日。
女バス部員の緊張と士気が昨日よりも更に高まっている。また、さすがに2日前になるとインターハイに出場できるかもしれないと、一般生徒の間でも女バスの話題で盛り上がり始めている。
そんな中、今日は渚の様子がおかしい。昨日までと比べて元気がないというか、疲れているというか。
「渚、大丈夫か? 金曜日から大切な試合なんだから、無理はするなよ」
心配なので、俺は休み時間になる度に渚にそう言った。
すると、渚は毎度のこと、
「……うん、分かってるよ。ありがとね、直人」
精一杯の笑顔でそう答えた。
笑ってそう言えるのだから、大丈夫なのかなと思った。今週になって、明らかにハードな練習をしてきているから、その疲れが溜まってしまっているだけだと。先週だって、試合の2日くらい前から練習を控え目にしていたから、きっと、今回も今日と明日は練習を少なくして、試合当日までにはフル充電できるだろうと考えていた。
放課後になるまでは。
今日の授業が全て終わって終礼も終わったとき、渚の顔がほんのりと赤くなっていた。外は蒸し暑いけど、校舎の中はエアコンによって快適だ。それなのに、暑そうにしているのがおかしく感じたのだ。
放課後になってすぐ、俺は渚の席まで駆け寄った。
「渚、お前……いつもと様子がおかしいぞ。顔も赤いし。疲れているようにも見える。今週になってから、普段以上に練習を頑張ってる。疲れが溜まっているんだったら、今日は早く帰ってゆっくり休んだ方がいい」
女バスは放課後だけではなく、朝練も行なっている。その朝練もインターハイが近いという理由で、普段よりも早くから始めていると聞いている。
「大丈夫だよ。今日は練習を少なくするつもりだから」
それでも、俺のことを安心させようとしているのか、渚は必死に笑顔を作ってそう言ってくる。無理していることが明らかだった。このままだと、どうにかして放課後の練習に感化してしまう。だからか、
「今日は絶対に休むんだ! 体を壊したら元も子もないだから」
声を荒げてそう言ってしまった。練習を休ませたい気持ちもあったけど、渚にここまで頑張らせてしまっている自分に苛立っているのもあった。
渚もさすがに今の俺の態度が癇に障ったのか、不快な表情をして、
「だって、あのくらい練習しないと金崎には勝てない! それに、私は女バスだけじゃなくて、彩花ちゃん……だって……」
「な、渚!」
俺は仰向けに倒れそうになる渚を抱きしめる。
渚の体は火照っていた。彼女の額に手を当てると、物凄く熱くなっている。
「誰か! 1年2組の宮原彩花に、渚が倒れたって言ってくれないか! 俺は渚を保健室に連れて行く!」
すぐにそう叫ぶと、渚と仲がいい何人かの女子が「分かった」と言って教室を飛び出していった。
俺は渚のことを背負って、早足で保健室に向かう。
「……私は、広瀬さんに勝ちたいんだよ……」
渚の漏らしたその言葉が、俺の胸を締め付ける。渚を苦しめたのは他でもない俺なんだ。背中から伝わってくる彼女の温もりが、やけに重くのし掛かるのであった。
保健室に連れて行き、保健室の先生に今週の様子を話す。すると、普段よりもハードな練習による過労だと言われた。そこまでは予想通りだった。
しかし、あと何日かは安静にした方がいいらしい、練習はおろか、金曜日からの決勝ラウンドの試合に選手として出るのはとても難しいだろうとも言われた。渚の体のことを考えたらそれが賢明だけど、とてもショックだ。きっと、顧問の先生も同じことを考えるだろう。渚がそれを聞いたら、どれだけ苦しい想いをするのだろうか。
保健室の先生は渚が倒れたことを伝えるために、職員室へと向かった。渚の母親の美穂さんにも連絡することになっている。
俺は保健室のベッドで眠っている渚をじっと見ている。時々、彼女の頭を撫でたり、ハンカチで彼女の汗を拭いたり。俺にできることがこのくらいしかないことに、虚しさを感じた。
「直人先輩」
彩花は俺と渚の荷物を持って、保健室に入ってきた。
「香奈ちゃんと一緒に第1体育館に行こうとしたら、渚先輩のご友人の方々が、渚先輩が倒れたと慌てた様子で言ってきまして。香奈ちゃんが女バスの顧問の先生にそのこと言いに行って、私はお2人の荷物を取りに行っていました」
「ありがとう、彩花」
「気にしないでください。私は女バスのサポートをしているのですから」
彩花は穏やかな笑みを浮かべ、俺の横にある椅子に座った。
「おそらく、普段以上の練習をしたことによる過労からだって」
「今週に入ってから、みんな、凄かったですもんね。特に渚先輩は」
「あまり顔とかに出していなかったけど、やっぱり相当なプレッシャーを感じていたみたいだ。自分だけじゃなくて、彩花のことも抱えているから。もちろん、彩花のことを責めていることはないから、そこだけは分かってほしい」
「……はい」
そう言うものの、彩花はとても悔しそうだった。自分のせいで渚は倒れたんじゃないかと思っているのかもしれない。
「彩花のせいじゃない。悪いのは……俺だから」
全ての発端は俺が何も決断できないから。
目を潤ませていた彩花の頭を、俺は優しく撫でる。
「……これだと、渚先輩は試合に出られないですよね」
「かなり厳しいって言ってた。可能性があるとしても、最終日の日曜日の試合に……途中出場するかどうかってところじゃないか」
3日間安静していれば、試合に出場できるくらいには回復するかもしれない。でも、実力を存分に発揮するまでに回復できる可能性はほぼないだろう。
その後、保健室の先生が女バスの顧問と担任を連れて戻ってきた。俺がこれまでの経緯を説明した。すると、顧問は渚に今日と明日の練習に参加することを禁じ、金曜日からの決勝ラウンドの試合出場については様子を見て判断することに。
しかし、現時点ではもちろん、渚が出場できないことを考えてチームを編成するとのこと。俺と彩花は渚の側にいることを命じられた。
担任が美穂さんに連絡をし、車で学校に迎えに来てもらう。間もなく到着するらしい。そういえば、美穂さんとは浅沼の件が解決して以来、会っていなかったな。
「渚先輩、目が覚める感じではありませんね」
「きっと、相当な疲れがあったんだよ。ぐっすりと眠った方がいい」
その証拠として、倒れる直前に比べると少しだけ穏やかな様子になっていた。眠ることができるのだから、体調が回復していくのは間違いない。
ただ、問題なのは復調するのがいつかということだ。3日間のうちのいずれかで、金崎高校と対戦することは決まっている。渚が不在、もしくは本調子ではないときに金崎と当たってしまったら、相当厳しい状況になるだろう。
今は少しでも早く渚の体調が回復を願うばかりだ。渚のために自分には何ができるのか。美穂さんが来るまでずっと考えていたのであった。




