第4話『デレーヌ-前編-』
今日の授業も全て終わり、あとは終礼を待つのみ。今日も放課後は彩花と一緒にサポート要員として、女バスの活動に参加するつもりだ。
――プルルッ。
うん? スマートフォンが鳴っているな。
確認してみると、新着のメッセージ1件。そのメッセージの差出人は咲からで、
『放課後、あたしと付き合って。2人きりがいい。校門の前で待ってて』
という内容だった。咲もアプローチをするために動き出したってわけか。
「どうかしたの? 直人。誰かからメールかメッセージが来たの?」
「……咲からメッセージが来た。放課後に俺と2人きりでどこか行きたいらしい」
「そっか。じゃあ、行ってきなよ。彩花ちゃんには私から言っておくからさ」
いつもの爽やかな笑みを浮かべながら、渚はそう言ったのだ。
「どうしたの、きょとんとして」
「いや、少しは嫌そうな表情を見せるかと思ったから驚いただけで」
「まあ、直人と一緒にいる時間が減るのが嫌じゃないって言ったら嘘になるよ。ただ、広瀬さんは直人と3年ぶりに再会したんでしょ。私が広瀬さんと同じ立場だったら、久しぶりに直人と2人きりの時間を過ごしたいって思うよ。ましてや、好きな人なんだもん。きっと、彩花ちゃんも同じことを考えるんじゃないかな」
渚は包み込むような優しさがあるな。恋敵でも、咲の気持ちを尊重している。本当に優しくないと、今のような言葉を自然に言えないだろう。俺も渚の言うとおり、彩花は同じことを言うと思う。
「じゃあ、お言葉に甘えて。今日は女バスの方には行かないってことで。俺からも彩花にメッセージを送っておくよ」
俺がそう言うと、渚は嬉しそうに笑って頷いた。
「分かった。昨日はあまり話せなかったみたいだから、今日はゆっくり広瀬さんと色々話せるといいね」
「ああ」
3年間全てのことはさすがに話せないけど、咲と色々なことを話せればいいなと思っている。
「ありがとう、渚」
渚の頭を優しく撫でる。
すると、渚の頬はほんのりと赤くなり、口元が緩んでいる。みんなの前で頭を撫でられるのが恥ずかしいのかな。それとも、単に照れているのか。
「……こういうこと、他の女の子にしたらもっと困ることになるよ。直人は本当にかっこいいんだから」
渚はそう呟くとさっさと自分の席に戻っていった。
みんな、渚が俺のことを好きなのは知っているんだけどな。それでも、恥ずかしいものは恥ずかしいんだろう。
忘れずに彩花にも女バスのサポートに参加しないとメッセージで伝える。
すると、すぐに彩花から返信が届いた。
『分かりました。ひさしぶりに再会したのですから、広瀬先輩との時間を楽しんできてくださいね』
渚の言うとおり、彩花も咲と一緒に過ごすことを快く受け入れてくれた。きっと、この文章も笑顔で打ったことだろう。
それから程なくして担任がやってきて、終礼も無事に終わる。
掃除当番ではないので終礼が終わるとすぐに校門に行って、咲のことを待つ。校舎を出たときには雨は止んでいた。風も少し吹いているので涼しく感じられる。
今は午後3時40分か。
咲の通う金崎高校も授業が終わっているとは思うけど、電車で20分くらいかかるそうなので、咲がここに来るまではもうちょっとかかりそうかな。
「お、お待たせ、直人」
そんなことを考えていたら、気付けば咲が俺の目の前に立っていた。息が乱れていて、顔から首筋まで汗でびっしょりだ。
「もしかして、駅からここまで走ってきたのか?」
「うん。だって……1秒でも早く……直人に会いたかったんだもん」
咲は微笑みながらかすれた声でそう言った。バスケをしている咲が息を乱しているってことは、結構本気で走ったことが分かる。
女バスのサポートをしているとき、俺も汗を掻くのでスポーツタオルを持ってきている。今日はもう使うことはないので、スポーツタオルで咲の汗を拭き取る。
「な、直人……」
「これから歩くからまた汗を掻くと思うけど、一度、こうやってちゃんと拭かないと。風邪を引くかもしれないから」
「……ありがとう」
そう言って笑う咲はとても可愛らしかった。
彼女の笑顔を見たら、咲と一緒にいた1年間を段々と思い出してきた。こういう笑顔を見せることができるのに、普段は強気だから咲のことを苦手だったというクラスメイトが何人かいたっけ。
別の高校に通っている金髪の美少女がいるからなのか、気付いたときには周りの生徒からの注目が集まっていた。
「直人と行きたいところがあるから、早く行こう!」
咲は俺の手を引いて歩き始める。俺の手をぎゅっと掴む咲の手は汗ばんでいて、とても熱かった。
月原高校を出発したときは早歩きという感じだったけど、駅の方に近づくにつれて段々とゆっくりになっていく。それを見計らって、俺は咲と並ぶようにして歩く。
「駅の方だったら、俺が改札まで行ったのに」
「いいじゃない。好きな人の学校の校門で待ち合わせするのが憧れだったんだから」
「……そうかい」
意外と咲はロマンチストかもしれない。咲とこれから行くところも、彼女にとっての憧れの場所だったりして。そう考えた途端、どんなところに行くのか楽しみになってきた。
「そういえば、あたしが来たときには直人は校門にいたけど、その……宮原さんや吉岡さんは嫌がったりしなかったの?」
嫌悪感を抱いていると昨日は言っていたけど、彩花や渚のことをちゃんと考えているんだな。
「全然。むしろ、咲と楽しんでこいって感じだった。咲と会うのは3年ぶりだし、咲が会いたいって言っているのに、自分のわがままでそれを邪魔するのは嫌だそうだ」
「……2人はあたしなんて相手じゃないと思っているのかな」
咲は複雑そうな表情をして、俺から視線を逸らす。どうしてそう受け取るのかね。
「そんなことないと思うぞ。咲はとても手強い女の子だという認識だろう。昼休みに紅林さんが来て、そこは念押しされたよ」
「そうだったの。彼女、あたしが直人のことを初めて話したときからずっと応援してくれていて。そっか、直人達のところに話に来たんだ」
「ああ。……金崎に引っ越してからいい友達ができたな。安心したよ」
ただ、咲のことを考えすぎているせいか、ちょっと危険な雰囲気もあるけど。咲と紅林さんが互いに信頼し合っていることはよく分かった。
「昨日の体育館でのことを杏子に話したの。そうしたら、あたしが応援隊長になるって張り切っちゃって」
「そうだったのか。彼女からお前のことを色々と言われたよ。唯が亡くなったときには俺のことを心配してくれたんだってな。ありがとう」
「す、好きな人のことだもん。心配にならないわけがないじゃない。楓や美緒から唯が亡くなったことを聞いてね。結局、直人に連絡とかは一切できなかったけど」
「……そうか」
「それよりも、あたしが一番気になるのは……」
すると、咲は急に立ち止まって、俺の方に顔を向ける。
「昨日、体育館であんなことをしちゃったけれど、宮原さんと吉岡さんが気分悪くならなかったのかなって。直人に好きだって伝えたくて、直人を守らなきゃって考えたらついあんなことを言っちゃって。とんでもないことをしちゃったかもって月原高校を後にしたときからずっと不安で……」
そう言う咲からは今までの強気な雰囲気が全く感じられなかった。昨日見せていた刺々しさは全然なく、むしろ、か弱さしか感じられなくなっている。
「彩花も渚も咲のことを悪くは思ってないんじゃないか。だからこそ、俺達が今こうしていることを快く受け入れたんじゃないかと思ってる」
2人も、なかなかありのままになれなかった過去があるし。もしかしたら、昨日のあの時点で、咲の強気な態度がかつての自分と同じだと分かっていたのかもしれない。特に彩花は。
「……そうだと嬉しいな」
咲はやんわりとした笑みを見せた。
3年前は強気な部分が咲の本当の姿だと思っていたけど、もしかしたら今のように汐らしいのが本当の咲なのかもしれない。
咲が俺の手をそっと握り直し、俺達はゆっくりと歩き始めるのであった。




