プロローグ『ミナヅキ』
第3章
6月10日、月曜日。
ゴールデンウィークに洲崎に帰郷してから、1ヶ月以上の月日が流れた。あのときは爽やかな春の気候だったけど、今は梅雨入りしてジメジメしている日々。今日も朝から雨がしとしとと降っている。
洲崎への里帰りは俺に大きな影を落とした。2年前の事件の真実が明らかになり、俺のトラウマが浮き彫りとなった。
あれから、俺と彩花や渚の関係は変わっていない。2人との距離が特別縮まった感覚はないし、遠ざかった感じもない。また、2人が喧嘩しているようにも見えない。俺の望んでいる方向に進んでいる。
――今の状況のままではいけない。
洲崎に帰って何人かにそんなことを言われたけど、怖いものは怖いんだ。決断をしてしまったら、何かしらの傷が生じてしまうような気がして。それも、唯が亡くなったことと同じくらいの大きい傷が。
俺は目の前にある大きな問題から目を逸らしたい気持ちもあって、ゴールデンウィーク明けから、渚の所属する女子バスケ部のサポートをしている。ちょうど、この時期からインターハイの地域予選が始まることもあり、女子バスケ部の方からサポートの要請があったのだ。彩花のところから離れている時期、女バスの練習に参加したときのことが評価されたらしい。
ここ1ヶ月ほどは、放課後は彩花と一緒に体育館に行く日々である。俺も練習試合の要員として駆り出されることもあって結構充実している。元々、剣道をやっていたこともあって、そのような形でも体を動かすのは楽しい。
インターハイ予選は今、ブロックごとにトーナメント戦が行なわれており、月原高校女子バスケ部は次の試合に勝利すると、決勝ラウンドに進出するというところまで勝ち進んでいる。試合を重ねる度に、部活全体の士気が上がっているように思える。
「今日も渚先輩と香奈ちゃんの調子がいいですね」
「そうだな」
エースの渚と『小さな巨人』こと1年生の桐明香奈さんを中心に、練習が進んでいる。
これまでのインターハイ予選の試合も見てきたけど、この2人が主戦力となって、安定した試合をしてきている。このままいけば、決勝ラウンド進出は間違いないだろう。
今日も練習が進んで、ミニゲーム直前の休憩時間に入る。
「ここまでお疲れ様です、渚先輩」
「お疲れ様、渚」
そのような労いの言葉をかけて、俺はスポーツドリンク、彩花はタオルを女子バスケ部の部員達に渡した。
「ありがとね、直人、彩花ちゃん。2人のおかげで去年よりも充実した練習ができてる。背の高い男子がコートに入ると刺激的だし、彩花ちゃんの的確なサポートが疲れたメンバーを癒やしてくれるし。去年よりもいい雰囲気になってるよ」
渚はそう言うとスポーツドリンクをゴクゴクと飲む。そのとき、彼女の首筋に汗が流れ落ちる。
俺がミニゲームに参加しろと初めて言われたときはとまどったけど、女バスのためになっていることを知ると嬉しい。実際に日を重ねる度に手強くなっていた。
「あたしも同感です。あとは個人的に、藍沢先輩のおかげで、どうやって背の高い人と相手をすればいいか考えられるようになってきました」
「俺と香奈さん、30センチ近く身長差があるもんな……」
正直、背の高い渚よりも背の小さい香奈さんの方が嫌な相手だったりする。香奈さんには卓越した技術が備わっているからだ。背の低さを生かしたプレーを次々と考え出してくるから、彼女のプレーを止められないこともしばしば。
「そういえば、直人先輩は渚先輩よりも、香奈ちゃんの方が苦手そうな感じですよね」
「香奈さんの場合、背の低さはハンデじゃなくてむしろアドバンテージだと思う」
実際に、予選の試合でもそんなプレーを幾つも見た。そのときにはどよめきと歓声が上がっている。
「さすがは香奈ちゃん。それに、時々、その香奈ちゃんの体が羨ましくなるもの」
「そ、そうですか? 私も背の高い渚先輩が羨ましくなることもあります……」
頬を赤くして恥ずかしくなる香奈さんは小動物のような可愛さがある。渚に頭を撫でられて困惑気味。
いつものように、今日もいい雰囲気で時間が流れている。それが今の俺の心をとても軽くしてくれていた。そんな時間が、少なくとも女子バスケ部の挑戦が終わるまで続くと思っていた。
「へぇ、ここが月原高校の女子バスケ部かぁ」
その声に周りの生徒は不思議そうな表情を見せる。それは彩花も、渚も、香奈さんも同じだった。
だけど、俺はこの声が誰のものなのか知っている。とても懐かしく、その声を聞いて思い出すのは故郷である洲崎町の風景。
まさか、この声をこんな場所で聞くことになるなんて。
振り返るとそこにいたのは月原高校とは違う制服を着た、ワンサイドに纏めた金色の髪が特徴的な女の子だった。あの強気な笑顔……俺にとっては懐かしい。
「ひさしぶり、直人。3年ぶりだね。あなたに会いたくなって、遊びに来ちゃった」




