エピローグ『若葉』
洲崎町が段々と遠くなり、ついには見えなくなった。
その分、月原市へと段々近づいている。
思えばこの4日間、俺は両隣に座っている女の子達よりも、2年前に離ればなれになってしまった女の子のことの方を気にかけていたと思う。月原に向かう特急列車に乗って、現実に引き戻されたような感覚だ。
最後こそは笑顔で別れたものの、2年前の真実を明らかにしたこともあり、俺達を包む空気はどんよりとしている。そのためか、出発しても少しの間は何も会話をしなかった。
「……直人先輩」
沈黙を破ったのは、彩花の呼びかけだった。
「私達、ずっと待っていますから。先輩がどのようにしていきたいのか。その答えをずっと待っていますから」
「別に急かしているわけじゃないよ。本当にじっくり考えて。私は直人が選んでくれるようにアプローチしていくつもりだけどね」
「私もそのつもりですよ」
彩花と渚はそう言いながらも、互いの顔を見て笑い合っている。2人が本当に仲のいい証拠だ。
2人にも俺の心が見透かされているのだろうか。それとも、2年前の真実を知った上で俺のことを考えて、そう言ってくれているのだろうか。どちらにせよ、2人は本当に真っ直ぐで優しい心を持っている。
それが、今はとても辛い。
「ちょっとお手洗いに行ってくるよ」
俺は彩花と渚のいる車両から離れ、列車の入り口の窓から外の景色を眺める。桜の木だろうか。とても青々しい若葉が茂っていた。
花が咲き誇る頃に俺は唯と出会った。
花が咲く前の頃に唯は命を落とした。
そして、花が散って若葉が茂った今、俺は唯が亡くなったのだとようやく分かった。自殺ではなく、事故で亡くなったのだと。だからなのかもしれない。気付けば、涙がこぼれ落ちていた。
「唯……」
思えば、唯が死んでからずっと、あのときの真実は何なのだろうと考えていた。不登校にもなったけど、これまで俺は涙を流すことは全然なかった。
だけど、2年経った今、真実を知ってようやく、唯は死んでしまったことを思い知らされた。唯の最期を知ったことで、片時も頭から離れなかった唯が遠くに行ってしまったような気がした。
もう、かつてのような楽しかった時間を過ごせない。それがようやく、とてつもない悲しみとして俺に襲いかかる。
真実を知ることがこんなに辛いなんて。俺はとても甘かった。
彩花と付き合うか。
渚と付き合うか。
どちらとも付き合わずに他の人と付き合うか。
そんなの決められるわけがない。決めたくない。俺が唯とは付き合わないと決断してしまった直後に、唯が死んでしまったから。
唯のことがトラウマになっている。そんなこと、ずっと前から分かってる。
だから、2年前の真実を知れば、俺のそんな考えはなくなるんじゃないか。打開する答えは見つかるんじゃないか。そんな淡い期待なんて何の意味もなかった。
真実を知っても、心が軽くなったのは真実を知った直後の一瞬だけ。結局、俺の心は変わらなかった。1人を選ぶことへの怖さや臆病さは消えないんだ。
怖いものは怖い。もう、大切な人を誰も失いたくない。
俺は彩花と渚を恨むつもりは全くない。誰かを好きになることは悪くないのだから。全ては決断できない俺のせいなんだ。
唯。君がもし生きていたら、今の俺に何を言ってくれたんだ?
それとも、俺を――。
*****
藍沢君達が帰ってすぐ、中学1年生の春休みに洲崎から引っ越していった子から電話がかかってきた。なので、2年前、唯が亡くなった事件の真実について話した。
『……そうだったの。唯は亡くなる直前、笠間君に助けられようとしていた……』
「ええ、私も高校に入ってから、彼には何かあると思っていたわ。まあ、藍沢君はずっと前から感付いていたみたいだけれどね」
『なるほど。その真実を導き出すなんて、さすがは直人よね。楓もそう思わない?』
「同感ね。でも、彼は何か悩んでいるみたい。今回の彼の帰省で、笠間君とは違ったことで深刻な悩みを抱えているように見えた」
『そっか。部活の合宿がなければあたしも洲崎に帰りたかったなぁ』
はあっ、とため息が伝わってくる。藍沢君に会いたかったのね。
「でも、あなたは今、月原市に近いところに住んでいるんでしょう? 会おうと思えば、藍沢君に会いに行けるんじゃない?」
『……まあ、ね。直人には告白できずに洲崎から離れちゃったから……』
「まだ、彼は誰とも付き合っていないわ。月原高校で知り合った女の子を2人、こっちに連れてきたみたいだけど」
『ええっ! マ、マジで!』
その声がとても大きかったので、思わずスマホを耳から離した。あの子にとっては凄く衝撃的よね。
「その2人の女の子は藍沢君のことが好きだって。それで、これは私の推測だけど、藍沢君の悩みはきっとその2人に絡んでいることだと思うの」
『そうなんだ。ていうか、あたしは美緒と付き合うと思ってたけど』
「私も同感。でも、どうやら美緒にはやりたいことがあるみたい」
『そっか。じゃあ、あたしにもチャンスがあるんだ』
「あると思うよ。でも、そのハードルはあなたが洲崎にいたときよりも、かなり高くなったみたいだけれど」
『……楓はさ、直人のことが好きじゃなかったの? 本を読んだふりをしてあいつのこと、結構見ていたように見えたけれど』
「何を言うかと思えば。……でも、藍沢君に興味はあった。彼は私のことをきちんと女子として見てくれていたから。他の男子よりも素敵に見えたのは認める」
正直、好きじゃないのかって言われたときにドキッとした。
『それで、告白したの?』
「するわけないでしょう。彼への好意はなくなってしまったのだから。でも、彼に私の好きなことを知ってほしくて、高校の部活で書いた小説を渡したわ。それに、彼、凄く興味がありそうだったし」
『そっかぁ。渡せて良かったじゃん』
「良かったわ。……あなた、今でも藍沢君のことが好きなのね。彼が月原へ帰ってすぐに私に電話をかけるから」
『もちろん。直人のことが好きな気持ちはずっと変わっていないよ。あたしが知りたかったのは、直人が今、誰かと付き合っているのかだから』
「やっぱり。それで? 誰かと付き合っていたら、あなたは藍沢君に告白しないつもりでいたの?」
『そ、そんなわけないでしょ! もう、高校生になったし、洲崎を去ってから3年経ったし……大人になったもん。色々と』
「ふふっ、今はもう高校2年生だものね」
彼女が引っ越してから、何度か写真が送られてきた。今年に入ってからも。3年前に比べると、少なくとも見た目は大人な雰囲気になったと思う。
『そうよ! 直人が誰かと付き合っていても、そうじゃなくても、好きだっていう気持ちは伝えたいじゃない』
「その気持ちは分からなくはないわ。それに、あなたらしい」
『楓がそう言ってくれると心強いよ。直人は誰とも付き合っていない。そして、彼のことが好きな人が側に何人もいることで悩んでいる。だからね、あたしが直人の悩みを解決したいし、幸せにしたい。そして、彼と一緒に幸せになりたい。きっと、あたしならできるって自身がある。楓の今の話を聞いて決めたわ。あたし、近いうちに彼に会おうと思う』
第2章 おわり
第3章に続く。




