第20話『ミッドナイト』
夕飯は昨日の同窓会以上に豪華だった。これが元々のメニューなのか、父さんが経営者の知り合いだからなのかは分からないけど、旅館のおもてなしが凄かった。ここまでしてもらって逆に申し訳ないと思うほどだ。
食後、俺達4人は部屋に戻り、再びトランプで対戦した。
最下位から逃れられるようになったものの1位には一度もなれず、勝負後の命令は全て俺に対するものだった。そのせいで、売店で3人にデザートを奢ったり、3人に対して壁ドンをしたりと散々だった。3人がとても楽しそうだったから良かったけど。
トランプで一通り遊んだ後は、大浴場に行ってゆっくりと1人で温泉に浸かった。1人で入る温泉もいいものだ。
大浴場から戻ると、時刻は午後11時近く。寝るにはちょうどいい時間となっていた。
「さてと、俺はそろそろ寝るつもりだけど、3人はどうする?」
「私もそろそろ寝ようかなと思います。お風呂に入ったら急に眠くなっちゃって」
「渚と美月は?」
「私も彩花ちゃんと同じ。お風呂に入ったら眠気が……」
「2人もそう言っているし、もう寝ようか。お兄ちゃん」
「そうか、分かった。あとは誰がどのふとんに寝るかだけど」
今、ふとんは4つ並べて敷かれている。きっと、俺は彩花と渚に挟まれる形で寝ることになると思う。それか、俺を端に追いやって彩花や渚との間に美月が寝るのか。
「彩花さんと渚さんがお兄ちゃんを挟む形で寝てください」
「それじゃ、美月ちゃんは先輩と……」
「それは大丈夫です。あたしのふとんを……」
美月は自分が寝る予定のふとんを、俺達3人のふとんの頭側に動かす。カタカナのヨの字の形で寝るのか。
「こうすれば、あたしもお兄ちゃんの隣で眠れます」
「おぉ、美月ちゃん、頭いい」
渚は感心しているようだ。俺も美月が予想より斜め上のことをしてきたなと思う。というよりも、ここまでして美月は俺の隣で眠りたいのか。昨日みたいに俺と一緒に寝ればいいのに。それが俺にとって一番安全そうだから。
美月は寝相がいい方なので、このふとん配置で彩花と渚に迷惑をかけてしまう心配はほとんどないだろう。
プライベート露天風呂の時のように、俺は左側に彩花、右側に渚という形で2人に挟まれることに。
「じゃあ、そろそろ寝るか」
部屋の電気を消してふとんに横になると、さっそくガサガサと布の擦れる音が聞こえてきた。俺の周りで何が行なわれているのか想像はつくけど。
「なあ、美月。お前のふとんの近くに小さめのランプがあっただろ? それを点けてくれないか?」
「うん、分かった」
美月が部屋の隅にあるランプを点けると、俺のすぐ両側で彩花と渚の姿があった。
「……やっぱりそうだったか」
「バ、バレてしまいました」
「当たり前だろ。2人の温もりや匂いが伝わってくるんだよ」
2人とも、自分の枕を俺にくっつけている。行動の素早さからして、けっこう前から俺とこうして寝ようと考えていたみたいだな。
何というか、美月のいる前でこういうことをしてしまっていいのだろうか。でも、露天風呂であんなことをしたんだからもう関係ないのか。
「そういえば、3人並んで寝るのは初めてだよね」
「そうですね。お互いに直人先輩と2人きりで寝たことはありましたけど。3人で初めて寝るのが旅館というのは何だか素敵です」
「そうね。今夜は特別な夜になりそうな気がする」
自然といい空気になって、彩花と渚はそれぞれ俺に腕枕をしてくる。2人からシャンプーの甘い匂いが感じられる。浴衣越しだとタオル越しとはまた違った感触が。露天風呂でも腕や脚が直接当たっていたのに、今の方が扇情的に感じるのはなぜなのか。
というか、風呂を上がってからあまり時間が経っていないこともあり、両側からくっつかれると暑い。
「直人先輩とこうしてたら急に……眠くなって……」
そう言うと、早くも彩花は寝息をはっきりと立て始めた。旅行で疲れたからか?
「彩花さん、眠っちゃったね。私も眠くなってきたからもう寝るよ。ランプは適当に消しておいて」
「ああ、分かった」
美月はふとんを被った。眠り始めたかどうか分からないけど、あくびもしていたから、すぐに眠りにつくだろう。
「……2人とも眠っちゃったね」
「そうだな」
起きているのは俺と渚だけ。渚は彩花よりもまだ眠そうではなかったし、俺は2人に何かされるんじゃないかという警戒心で眠気がなくなっていた。渚が眠りにつくまで起き続けようかどうか。
「ねえ、直人」
「……なんだ?」
渚の方に視線を向けると、彼女の顔が俺のすぐ近くにあった。彼女と目が合って、気付けば彼女の生温かい吐息が俺の首筋をくすぐってくる。
「真っ暗よりも、この位の明るさの方がドキドキするよね」
「……そうだな」
色々な意味で。
「別に彩花ちゃんと美月ちゃんが寝ているから、直人に何か変なことをしようとは思ってないよ。ただ、直人とこうして2人で話したくて。私、彩花ちゃんと比べたら、プライベートなときに過ごす時間って圧倒的に少ないでしょ?」
「確かにそうだな」
だから、渚は頑張ってここまで起きてたんだな。
「彩花ちゃんとは一緒に寝ているの?」
「不思議と、家では彩花は一緒に寝ようとは言ってこないんだ。もしかしたら、一緒に寝ると渚に悪い気がするんじゃないか」
実は彩花と一緒に寝たのは、彼女を浅沼から助けた日以来一度もないのだ。
今の話に渚は妙に納得している様子だった。
「もしそれが理由だとしたら、彩花ちゃんらしいかも。一緒に住んでいるんだから、私のことなんて考えずに、遠慮なく直人と接すればいいのに」
「彩花の中で何か基準があるんだろうな」
彩花は本当に優しい女の子だから。ライバルだと言っておきながら、自分の欲望よりも渚のことをどうしても考えてしまうのだろう。ここまでならフェアで、ここからはアンフェアだと。
「じゃあ、彩花ちゃんがもっと接せられるように、直人とキスしようかな」
「そんなことのためにキスしてほしくないんだけど」
「彩花ちゃんのことを抜きにしても、本当に直人とキスしたいの」
渚は甘えた目つきで俺のことを見ていた。彼女は体を少し起こして俺とキスをした。初めてしたときのように舌を絡ませる。
「……何でだろう。あのときよりも今の方が凄くいい」
そう言って、再び渚は腕枕をする。
「……何だか今、凄く幸せな気分。凄くいい夢が……見られそう……」
どうやら、今のキスで気持ちが満たされたようだ。そして、渚はゆっくりと眠りに落ちてゆくのであった。それを確認して、
「いつまで寝たふりをしてるんだ? 彩花」
寝息を立て始めてすぐから、何かおかしいと思っていたんだけど、渚とキスをしているときに彩花から意図的に力が加わっていたのが分かったので、寝たふりをしているのが分かった。
彩花はゆっくりと目を開けて、照れくさそうに笑った。
「……バレちゃっていましたか」
「眠っていたふりをしていたのは、さっき渚に言っていた理由だろ?」
「そうですけど、先輩に指摘されると恥ずかしいです」
薄暗くても分かるくらいに彩花の顔は赤くなっている。
「……先輩と一緒に寝ないのは渚先輩に悪い気持ちもありますけど、それよりも先輩と一緒に寝るのが緊張してしまうのが一番の理由です」
「そうだったのか」
それを聞いてちょっと安心した。
「渚先輩に本心でキスしたいと言わせたのは私のためですか? 私が狸寝入りしていたのが分かっていたから」
「俺は単に渚の本音を聞きたかっただけだよ」
「そうですか。……嬉しいです」
彩花はゆっくりと体を起こして、俺のことを見つめる。その姿は1つ下の後輩とは思えないくらいに大人っぽくて艶やかだ。
「私も先輩とキスがしたいです」
彩花は俺とキスをした。さっきの渚と同じように舌を絡ませて。彩花の方が優しくゆっくりとかき回している。
「こういう感じのキスは初めてですね。大人って感じがします」
視線をちらつかせながらも、嬉しそうに言うところが可愛らしい。
「直人先輩とキスをしたら本当に眠くなりました。先輩、おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
彩花もようやく眠りについた。
2人が寝静まった今になって、美月もふとんを被って寝たふりをしていたらどうしようと思ったけれど、もう過ぎてしまったことはしょうがない。明日、このことについて言われたら正直に答えることにしよう。
そう考えたら急に眠気が襲ってきた。彩花と渚の匂いや温もりを感じながら俺も眠りに落ちてゆくのであった。




