第1話『洲崎町』
午後4時。
俺達が乗っている特急列車は、定刻通りに洲崎駅に到着した。
空はどんよりと曇が広がっており、列車から降りるとちょっと肌寒く感じる。
洲崎町。海沿いにある人口3万人ほどののんびりした町。生活するには不自由のない町だけれど、都会から来た人達からは物足りない町だと言われることも。観光地や地元の名産物もあるのにな。
俺は中学校を卒業するまでこの洲崎町に住んでいた。この町出身の自分にとってはいい故郷だと思うけど、月原市出身の彩花や渚にとっては地味な町という印象を持つかもしれない。
「結構涼しいですね」
「月原の方が温かったね、彩花ちゃん」
「この時期は、こんなに肌寒くないんだけどなぁ」
海沿いの町だし、月原市よりも温かい地域だと思うんだけどな。曇り空で北が強いから肌寒く感じてしまうのだろう。
俺達は駅の改札を出る。
すると、藍色の髪のセミロングの女の子と、黒髪のおさげの女子が俺達のところにやってきた。俺の妹の美月と、幼なじみの椎名美緒だ。
「おかえり、お兄ちゃん」
「ひさしぶりだね。おかえり、なおくん」
「ああ、ただいま。美月、美緒」
1年ぶりだけれど、2人とも大人っぽくなったな。特に美月は成長期だから、上京する前と比べて随分と成長した気がする。たった1年かと思っていたけど、2人を見るとこの1年がとても長いものであると感じさせる。
「美月と美緒には俺が連れてきた子達を紹介するよ。彼女達は俺の通っている月原高校の生徒だ。赤髪の彼女が宮原彩花。俺の後輩だ。色々と事情があって一緒に住んでいる。こっちの茶髪の彼女は吉岡渚。俺のクラスメイトだ」
「初めまして。直人先輩の後輩であり同棲している宮原彩花です」
「同棲って言える関係じゃないでしょ、まだ。初めまして、吉岡渚です。直人にはお世話になっています。よろしくね」
渚はいつも通りの爽やかな笑みを見せるけど、彩花は美緒のことを警戒している様子。温厚な性格の美緒は、そんな彩花に対しても優しい笑顔を見せてくれているけれど。彩花には後で注意しておかないと。
「彩花と渚にも紹介しないとね。気付いていると思うけど、俺と同じ色の髪のこいつが妹の美月。中学2年生だ。それで、黒髪のおさげの方が幼なじみの椎名美緒。実家の近くに住んでいて、中学校まで一緒だったんだ」
「初めまして、藍沢美月です。中学2年生です。お二人のことはお兄ちゃんから聞いています。よろしくお願いしますね!」
元気な笑顔でちゃんと挨拶できてよろしい。雰囲気が大人っぽくなっていても、話すとどこか幼い。だけど、それが嬉しかったりもする。
「初めまして、椎名美緒といいます。近所ということもあって、なおくんとは小さい頃から一緒にいることが多いです。それにしても、都会の女の子って私達とは何だか違うなぁ」
「可愛いよね、美緒ちゃん」
美月のそんな一言に彩花と渚はほんのりと頬を赤くする。
美緒にとっては、東京方面にある月原市に住む彩花や渚が都会っ子に見えるらしい。田舎っ子らしい発言だけど、俺も月原市へ上京したときに同じようなことを思ったので、美緒の気持ちがよく分かる。
実際に、服装も彩花と渚は都会らしい華やかな雰囲気だれど、美月と美緒はこの町らしい素朴な印象を受ける。
「椎名さんや美月ちゃんも可愛いよ」
「嬉しいなぁ。都会の女の子に褒められちゃった」
渚のさりげない一言に、美緒も嬉しそうに笑う。
「まさか、なおくんが女の子を連れて帰ってくるとは思わなかったなぁ。それに、彩花ちゃんと一緒に住んでいるっていうのが意外」
「まあ、さっきも言ったけれど、色々と理由があって一緒に住んでいてさ。あと、俺の住んでいる部屋は2人部屋だからな」
「へえ、そうなんだ。でも、なおくんは美月ちゃんがいるから、彩花ちゃんは妹みたいな感じなのかな」
「まあ、そんな感じだな」
先週のことがあっても、彩花は俺にとって妹のような感じがある。同じ部屋で過ごすのは同い年である渚の方が緊張した。
あと、彩花との同居については、浅沼達が逮捕されてからあまり時間も経っておらず、彼らの仲間が今後襲ってくる可能性も否めないため、今後も一緒に彼女と住み続けることになった。それでも、彼らが逮捕されてから彩花はかなり元気になったな。
「思ったんだけど、なおくんと一緒にここに来たってことは……2人ってなおくんのことが好きなのかな?」
柔らかな笑顔のまま、美緒は核心を突いたことを訊いてくる。出会って間もないけれど、彩花と渚が俺のことが好きだと感付いたのだろうか。
「あれ、2人とも好きだって聞いていますけど? お父さんもお母さんもそのつもりでお2人のことを歓迎すると言っていましたよ」
「ほ、本当なのか? 美月」
「うん。お父さんもお母さんも楽しみにしてたよ」
「……俺、母さんに高校の友達と後輩を連れてくるとしか言ってないんだけど」
その友達と後輩が女子なのは伝えていたけれどさ。2人が俺のことが好きなのは本当だけど、勝手に盛り上がられると何とも言えない。
当の本人達は、
「私は直人先輩のことが好きですよ。渚先輩と私は直人先輩の嫁候補です」
「お、お嫁さんって……」
「あれ、渚先輩は直人先輩のことが好きじゃないんですか?」
「……す、好きだよ。私も直人のこと」
彩花はハキハキと、渚は恥ずかしそうに俺のことが好きだと答えた。まあ、これまでの2人を見ていれば、こういう反応は想定内。
「やっぱり、そうなんだね。なおくん、かっこよくて頼りがいがあるもんね」
美緒は納得といった表情をしている。しかし、どこか寂しそう。まあ、中学生までは僕の隣にいたのは美緒だったからなぁ。
「1人でこの町を離れて大丈夫かなって心配していたけど、何だか安心したよ。ちゃんと向こうでお友達ができたようだし」
「……何とか上手くやってるよ。美緒の方はどうだ? 中学まで一緒の生徒がたくさんいるそうだけど」
「うん。場所が変わっただけで、中学のときとあまり変わらない感じだよ」
「そうか」
まあ、洲崎町とその近隣の町には高校の数が少ないからな。特に公立は。私立の場合は隣の市にある高校や、俺のように上京する生徒もいる。俺の卒業した中学は、地元にある洲崎町立洲崎高等学校に進学する生徒が圧倒的に多い。俺の中学時代の友人の多くが、そこの高校に通っている。
「私、ちょっと用事があるからこれで。同窓会の会場で会おうね」
「分かった。じゃあ、また後で、美緒」
「うん」
美緒は俺達に手を振って、洲崎駅を後にした。
彼女の姿が見えなくなると、彩花はほっとしたのか胸を撫で下ろしている。
「彩花、お前……美緒に対して強気な態度を取るなって」
「だって、幼なじみで直人先輩のことを『なおくん』って呼ぶんですよ。それに、可愛いですし、私よりも胸が大きいですし。これは油断できません」
「油断ねぇ……」
美緒とは幼なじみというだけで、好きな素振りを見せられたことは一度もない。でも、彩花には美緒を見て何か感じるものがあったらしい。
「私はいい人だと思ったけど。彩花ちゃんは色々と考えすぎだよ」
「そ、そうですかね……」
「それとも、彩花ちゃんは自信がないから、そういう風に警戒しちゃうんじゃない?」
「そんなことありません!」
「それにしては、椎名さんが直人のことを『なおくん』って呼んだときに、不機嫌そうな顔をしていた気がするけど」
「あれはその……嫉妬していただけです。ああいう風に呼べていいなって……」
「そうなんだ。彩花ちゃん、可愛いね」
ぐぬぬ、と悔しそうにしている彩花の頭を渚は優しく撫でる。さすがに、渚はこのくらいのことでは動じないか。むしろ、余裕さえも感じる。自然体でいることを心がける彼女の強みかも。
「じゃあ、そろそろ家に帰るか」
「そうだね、お兄ちゃん。両親もお二人と会えるのを楽しみにしていますから、行きましょうか」
俺達は実家に向かって歩き始める。
1年ぶりに見る洲崎の町並みは懐かしく思えた。歩いていると、俺のことを覚えていた人達が声をかけてくれて、心が温まった。
彩花と渚は時折、「俺の彼女なのか」と訊かれたので顔を赤くする場面があった。それが可愛らしく思えたのであった。




