第4話『かわいいは正義』
午前10時過ぎ。
寮のエントランスから渚による呼び出しがあり、応じた彩花によると咲も一緒に来たのだという。別の高校だけど、一緒に宿題をやりたいとのこと。
「広瀬先輩も来るとは思いませんでした」
「……宿題のことは分からないけれど、きっと、渚が小さくなった俺のことを話したから咲もここに来ようと思ったんじゃないか?」
「それはありそうですね」
咲も俺がこのくらい小さい頃には出会っていなかったから……一度、今の俺の姿を自分の目で確かめたいんだろう。
それから程なくして渚と咲が家にやってきた。俺が出迎えて玄関先で驚かせてはいけないと言って、彩花が2人を出迎えることに。
「おじゃましまーす」
「あたしも宿題をしにきたよ」
「ささっ、どうぞ上がってください。直人先輩はリビングでコーヒーを飲んでゆっくりしていますから」
キスという形で、彩花にたっぷりと堪能されてしまったので、気持ちを切り替えるためにとても濃いブラックコーヒーを飲んでいる。
パンツルックの渚とワンピース姿の咲がリビングに入ってくると、すぐさまに俺の所に駈け寄って、
「きゃあああっ! かわいい!」
「本当に直人の体がちっちゃくなってる! この頃の直人を知っている美緒が羨ましいなぁ……」
目を輝かせながら俺のことを見ている。彩花みたいに俺のことを堪能したいとか言わなければいいんだけど。今も2人で俺の頭を撫でたり、頬をツンツンしていたりしているので気を付けないと。
そういえば、美緒にはこのことを伝えていなかったなぁ。後で伝えておくか。でも、あいつ……LINEはこの夏に始めたばっかりでまだ慣れていないみたいだから、写メの方がいいかな。
「直人にもこんなにかわいい時代があったんだねぇ」
「中1のときの直人は、今とあまり変わらない雰囲気だったから……こんなに可愛らしい直人は新鮮よ」
確かに、小学6年生になったときくらいから、成長期に突入したので中学に入学してから知り合った咲はこの姿の俺は知らないのか。
「ねえ、直人?」
「うん? どうした、渚」
「声も可愛くなってるよ、広瀬さん!」
「きっと声変わりをする前の声なのね! もう、直人が直人じゃないみたい!」
渚と咲、2人でキャッキャしながら喜んでるよ。まあ、この姿を見てショックを受けてしまうよりはいいけどさ。というか、咲……小さい頃の俺を知らないだけで、この姿や声はかつての俺だったんだよ。
「……で、俺に訊きたいことって何なんだよ、渚」
「ええと、その口調や声色で分かったけど……見た目は子供で頭脳は大人なの?」
「……ご名答。それが真実だよ」
彩花もそうだったけど、体が小さくなると「見た目は子供で頭脳は大人?」って訊くのがお決まりなのか? 流行ってるの?
「だから、渚や咲の宿題を手伝うことはできるよ」
「そっか。ちょっと安心した。忘れていた宿題、私の苦手な数学だから……」
なるほど、それなら俺に手伝ってほしいって言ってくるのも分かる。というか、苦手だから自然と頭の中から宿題の存在が消えていったんじゃないか?
「まあ、今の直人も可愛いけど、あたしは頭脳も子供の直人も見たかったなぁ」
「……そうかい」
美緒が羨ましいと言っていたくらいだもんなぁ。
「ねえ、直人」
「うん? さっそく宿題やるのか、渚」
「宿題もやるけどさ。直人……そんなにブカブカの服を着ていて動きにくくない? サイズに合った服を着た方がいいんじゃないの?」
「ブカブカなのは確かだけど、ズボンとTシャツだから動きやすいよ。まあ、大は小を兼ねるって言うし」
「そっか。いや……その、小さくなっちゃったんだったら、体の大きさに合った服の方がいいと思って、家から持ってきたの。私が小学生の頃に着ていた服なんだけど」
「へえ……それは有り難い。どんな感じなの?」
小学生の頃の渚がどんな感じなのかは知らないけれど、今と変わらない服装なら男の俺が着ても大丈夫かもしれない。
「これなんだけどね」
バッグから取り出したのは複数の……ワ、ワンピースかよ!
「可愛いですね、渚先輩」
「へえ……小さい頃はそういう服を着ていたのね」
「まあね。今の直人ならこのワンピースを着られると思って。それに、顔も可愛くなっているから似合うかなって」
渚はワンピースを次々と俺の体に合わせていく。俺、着せ替え人形じゃないんだけどな。
「あっ、この水色のワンピースは着られそうだね。直人、着てみて」
「嫌だよ。今ので十分だし、いつ元の体に戻るか分からないだろ。それを着たときに戻ったら、たぶん破れちゃうんじゃない?」
「別にいいよ。このワンピースもきっと、直人に着られることを望んでいるだろうから」
いい話風に渚は言ったけど、俺は絶対にワンピースは着ないぞ。ワンピースなんて着たら、絶対に写真を撮影されて、元の体に戻った後でも絶対に馬鹿にされる。
「渚、気持ちだけ受け取っておく。だから、そのワンピースはバッグにしまって」
「きっと動きやすいと思うよ。家の中だけでいいから!」
「……着たくない。俺はおもちゃじゃないんだぞ」
「直人のワンピース姿を見たいと思う人手を挙げて!」
渚がそう言うと、渚はもちろんのこと、彩花と咲までしっかりと手を挙げた。みんな、俺の言っていることなんて訊いてくれないんだ。
「4人中3人が賛成しているから、さっ、直人……私が持ってきたワンピースに着替えようか」
「数の暴力だ! それに、俺に無理矢理ワンピースを着せるんだったら、2人の宿題は絶対に手伝わないからな」
「そ、それは……困るなぁ」
咲の宿題内容は分からないけど、渚が忘れていた数学の課題は俺じゃないと多分手伝ってやることはできないだろう。
「直人先輩、ワンピースを着てくれたら美味しいプリンを作ってあげますよ」
「……何だって?」
俺の大好きなた、卵で釣ろうとしてるな。そんなことでこ、心が揺れ動くことなんて、な、ないんだぞ。子供の姿になっても。
「あたしは茶碗蒸しを作るから!」
「私も……料理はあまり得意じゃないけれど、頑張って甘い玉子焼きを直人のために作るから」
「……はあっ」
何か、ここまでしてまで俺にワンピースを着させたいのかって思うと急に力が抜けてきた。このまま拒んでも、きっと粘られるだろうからここは俺が折れるか。
「分かった。このワンピースを着るよ。でも、家の中だけだからな」
着替えるために俺は自分の寝室へと1人で向かう。リビングを後にする際、渚から黒いカチューシャを渡された。
寝室でさっそくワンピースを着て、カチューシャを頭に付けてみる。
「これでいいのかな……」
俺の寝室には鏡がないので、洗面所に行って自分の姿を確かめてみる。
「うわあっ……」
ワンピースを着るなんてこと、今まで想像したことなかったけど……いざ、鏡で自分のワンピース姿を見ると何とも言えない気分になるな。まあ、この体のサイズに合っていて、動きやすいからまだいいけど。
リビングに行くのが恐いけれど、3人が今も待っているだろうからさっさと行こう。
「……お待たせ」
リビングに戻ると、3人は俺のところに駈け寄ってきて、
「とっても可愛いです! 先輩!」
「直人に似合うって思った私の勘に狂いはなかったよ!」
「可愛いは正義ね! 可愛いっていうのは性別は関係ないのね!」
3人それぞれ思いの丈を口にする。ただ、共通しているのは俺のワンピース姿が似合っていて可愛いということだ。
こんなことをさせられるなら、頭脳まで子供になった方が良かったような気がする。馬鹿にされていないだけマシだけど、何だかとても恥ずかしい。いつか、3人には家の中で水着姿や裸エプロン姿になってもらってもいいんじゃない?
「何だか、直人先輩の新しい一面を知ることができた気がします」
「そういう風に言うけれど、これは無理矢理着せられているだけで、決して趣味じゃないからな」
「分かってますって。でも、可愛いです」
彩花がスマートフォンで写真を撮ると、渚、咲も写真を撮る。うううっ、これで何年経ってもこのことを言われ続け、その度に鮮明に思い出すのか。元の姿でワンピース姿になったわけじゃないのが唯一の救いかな。
「……そうだ。渚、咲。2人に訊きたいことがあるんだけど」
「何かな、直人君」
「あたし達に何でも訊いてごらん? 直人ちゃん」
「……中身は変わっていないんだから、今まで通りに接してくれよ……」
ワンピース姿になったから、俺のことを小さな女の子のように接したい気持ちは分かるけれどさ。小さくなってしまった俺の気持ちを考えてほしいな。
「そうですよ。直人先輩は見た目は子供、頭脳は大人なんです。普段通りに接してあげてください」
と、彩花は言ってくれるけれど、後ろから俺のことを抱きしめて頭を撫でている。言動と行動が合っていないぞ、おい。
「それで、直人。あたしや吉岡さんに訊きたいことってなに?」
「俺の体が小さくなった理由だよ。全然心当たりがなくてさ」
「旅先で出会った幽霊とかは? その幽霊の仕業で、旅先で出会った女の子と彩花ちゃんの体が入れ替わったんでしょう?」
渚がそう言うけど、咲は訳が分からないのか首を傾げている。そういえば、彩花の体が入れ替わったこと……渚にしか言っていなかったな。
「それも考えてその女の子達にメッセージを送りましたが、彼女達には何も異変がないそうですから、例の幽霊ではないようです」
「なるほど。だから、私や広瀬さんに訊いたんだね」
渚は腕を組んで、何か心当たりがないか思い出そうとしているようだ。
「あたしには心当たりがないなぁ。でも、直人の体が小さくなったってことは……唯のいたずらとか? 入れ替わりを起こさせた幽霊がいるんだから、体を小さくする力も持っている幽霊がいてもおかしくないんじゃない?」
「咲もそれを考えるか……」
1年間だけだったけど、咲と唯は同じ中学校の同級生だったもんな。唯の仕業だと考えても無理はないか。
「あっ! 思い出した!」
「渚、何か心当たりでもあるのか?」
今の渚の様子だと、彼女の思い出した内容が鍵になりそうな予感がする。
「……月原高校で言われている、課題の呪いだよ」




