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ルピナス  作者: 桜庭かなめ
第4章

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第20話『ラヴナイト-前編-』

 直人を加えた4人での夕ご飯は和やかな雰囲気。直人の誠実な姿勢がお父さんには好印象のようで、お父さんは終始ご機嫌だった。

 直人の泊まる部屋については、付き合っているという理由であたしの部屋になった。それを両親が許してくれたのは嬉しいけど、二つ返事で許可を出してくれたから逆にあたしや直人の方が戸惑ってしまったほど。

 夕食を食べ終えると、あたしは直人と一緒に自分の部屋に向かった。


「ここが咲さんの部屋ですか」

「……あ、あんまりじっと見られると恥ずかしいよ」

「すみません。ただ、咲さんらしい可愛らしい部屋だなと思って」

「……あ、ありがと」


 まったく、キュンとさせるような言葉を自然に口にするんだから。そういえば、記憶を失う以前の直人はこういうことを言わないタイプだったな。まあ、今の直人も大好きだけれどね。

 でも、どうしよう。自分の部屋で直人と2人きりになっちゃった。しかも、これからお泊まりだし。


「咲さん?」

「ひゃいっ!」

「その、大丈夫ですか? 体が震えていますが……」

「べ、別に何でもないわよ」


 そんなわけないよ。恋人と自分の部屋で2人きりっていう今のこの状況で何にも意識しない女の子なんていないよ。色々と想像しちゃって。

 直人と2人きりでいられるのは嬉しいけど、いざその時が来ると何をすればいいのか分からなくなっちゃう。

 こうなったら楓にメッセージを送ってみようかしら。楓ならきっと何か的確なアドバイスをくれるはず。


『ねえ、楓。今、あたしの部屋に直人と2人きりで、お泊まりすることになって。何をすればいいのかな?』


 そんな内容のメールを作って、楓に送信する。

 すると、すぐに楓から返信が届いた。


『緊急事態なのね。お泊まりだったら、一緒にお風呂とか入るとかして、一晩中思う存分イチャイチャすればいいんじゃないかしら』

「お、お風呂!」


 それに、一晩中イチャイチャするって。そりゃあしたいけど、そのときになったら緊張しちゃうものなの!


「お風呂ですか?」

「あっ、えっと……うん。直人と一緒に入りたいなって……あうっ」


 確かに直人と一緒にお風呂に入ってみたいけれど! どうしてそれを口に出しちゃうのかな、あたし……!


「えっとね、今のは気の緩みというか、口が滑ったというか。ええと、その……」

「僕は咲さんが一緒に入りたいなら入ってもかまいませんよ」

「……い、いいの?」

「ちょっと緊張してしまいますけれどね」


 直人ははにかんでいた。私に気を遣ってそう言ってくれているのかもしれないけど、両親が公認した仲なんだし、一緒にお風呂に入っても悪いことはないはず! た、たぶん。


『あ、あたし……直人とお風呂に入ってくるわ!』


 なぜか、直人と入浴することを誰にも伝えないことに罪悪感を抱いてしまい、楓にそんなメッセージを送ってしまった。

 すると、楓からすぐに返信が来る。きちんとしているなぁ。


『そうなの。ちなみに、直人はゴールデンウィークに温泉に行ったとき、宮原さんや吉岡さんと一緒に混浴の露天風呂に入ったらしいわよ。そのときは妹の美月ちゃんも一緒だったそうだけど。じゃあ、思う存分にイチャイチャしてね』


 えっ、宮原さんと吉岡さんって直人と入浴した経験があったんだ。一緒に住んでいる宮原さんならともかく、吉岡さんも。そのことを知ってちょっとショックだったけど、不思議と直人とお風呂に入ることに緊張感が薄れていった。


「じゃあ、直人。一緒にお風呂、入ろっか」

「……はい」


 あたしはお風呂に入る準備をすると、直人と一緒に脱衣室まで向かう。


「直人が先に入って。あたしは後から入るから」

「……はい、分かりました」


 あたしは脱衣室の外から出る。これから一緒にお風呂に入るけど、服を脱ぐところは恥ずかしくて見られたくなかった。

 宮原さんと吉岡さんは直人と一緒に入浴したとき、どんなことをしたんだろう。できれば、あの2人よりも直人と……気持ちいいことをしたい。記憶を失った直人に訊くことはできないし、2人には訊きづらい。


『咲さん。僕、お先に浴室に入っていますね』

「うん、分かった」


 あたしは脱衣室に入って服を脱ぐ。

 浴室からはシャワーの音が聞こえている。直人が汗を流しているのかな。


「……あっ」


 さっき、直人の持っていた袋の中から彼の服がチラッと見えている。その近くには彼が着ると思われる寝間着が置いてあるし。


「2人はこんなことしてないわよね」


 直人が着ていたワイシャツを手にとって、そっと匂いを嗅いでみる。……あぁ、直人の匂いだ。とても落ち着く。


『咲さん? 大丈夫ですか? なかなか入ってきませんが……』

「へっ?」

『何かあったんですか?』

「だ、大丈夫だから! すぐにそっちに行くね!」


 ううっ、何だかいけないことをしてしまったような気がする。

 バスタオルを体に巻いて浴室に入る。すると、そこには湯船に浸かっている直人がいた。


「とりあえず、シャワーだけ浴びて入っています。すみません、お先に湯船に浸かってしまって」

「ううん、いいよ。あたしもシャワーを浴びたら、そっちに行くわね」


 直人って意外と体つきがいいのね。中学のときに剣道をやっていたからかな。

 直人の体を見たら、一時は和らいでいた緊張感が復活してしまう。何だかすぐにのぼせちゃいそうな気がする。それだけは気をつけないと。

 あたしはシャワーを浴びて、既に直人が浸かっている湯船へと。狭いとは感じないけど、直人の体とどこかしら触れてしまう。


「お風呂って気持ちいいですよね」

「……そうね。バスケの練習をして汗を掻くから、お風呂でリフレッシュするようにしているの。特に夏の今の時期は」

「そうなんですか。そっか、咲さんも渚さんと同じくバスケをしているんですね」

「うん。インターハイにも出場するんだ」

「凄いですね!」


 直人はまるで自分のことのように嬉しそうな笑みを見せる。あたしの頭を優しく撫でてくれる。試合直後に直人が倒れたこともあって、ようやくインターハイに出場できる喜びを味わえたような気がする。恋人が喜んでくれるのはとても嬉しくて。


「でも、月原もインターハイに出場するんだよ。吉岡さんは本当に凄いバスケプレイヤーだと思う。それをサポートする宮原さんもさすがだと思うし」


 まだまだ金崎高校には足りないチーム力が、月原高校は既にしっかりと構築されている。この前は勝つことができたけど、もしインターハイで戦ったとしたら、どうなるかは全く分からない。インターハイで一番の強敵は月原高校だと思っている。


「金崎高校にも頑張ってほしいですが、月原高校にも頑張ってほしいですね。もちろん、咲さんの試合は絶対に応援しに行きますから」

「うん、ありがとう」


 そのとき、直人の手にあたしの手が触れる。帰ってきたときにずっと手を繋いでいたのに、なぜかキュンときて。直人をもっと感じたくなって。


「……ねえ、直人」

「何ですか?」

「直人があたしを応援してくれるのは嬉しいんだけど、あたし……直人がキスしてくれないと頑張れない気がする」


 回りくどい言い方で、直人のことを求めてみる。宮原さんは昨晩、直人とキスとかを色々としたみたいだから。きっと、吉岡さんだって同じようなことを。

 あたしが直人の方に体を向けると、直人はあたしに向かい合う体勢となり、そっと抱きしめてくれる。

 あたしと直人の間には、互いの体にそれぞれ巻かれているタオルだけ。そのことが普段よりもずっとドキドキさせて。激しい心臓の鼓動はきっと直人に伝わっちゃってる。それは恥ずかしいけれど、直人に気持ちが伝わっているのなら、もうそれでいい。

 見つめた先にある直人の顔は、とても優しい表情を満ちているのが分かった。


「彩花さんや渚さんにも、今の咲さんと同じような表情で抱きしめられました。でも、咲さんが一番心に伝わってきて、咲さんを欲しくなる」

「あたし達はもう付き合っているけどね。でも、あたしも……直人がほしい気持ちがどんどん湧き上がってくるの。ねえ、キスして」


 あたしがそう言うと、直人はあたしの言葉に答えるように優しくキスした。その瞬間、嬉しい気持ちと愛おしい気持ちがあたしの体を包み込む。

 あたしは今一度、直人のことを抱きしめる。


「……直人、あたし……幸せだよ」

 

 記憶のない直人でも、あたしの好きな人であることに変わりはない。そんな人と好きだという気持ちを共有できていることがとても嬉しかった。直人の記憶を取り戻しながら、直人との愛を育てていこう。


「僕も幸せです。何だか、やっと……僕の側に愛する人がいてくれるような気がして。もしかしたら、幸せを越えているかもしれませんね」

「……そうなの」


 直人がそういう風に言うのは、唯が亡くなった事件があったからだと思う。振ったその日に唯が亡くなってしまったから、愛する人が側にいるのが何よりも嬉しくなるのかも。当時の記憶がなくても。


「あたしは直人の側にずっといるよ。だから、直人もあたしの側にずっといてね」

「……はい」


 直人は嬉しそうに笑って、もう一度あたしにキスした。

 直人のことを感じたい気持ちがもっと膨らんで。直人を求めたくて。求められたくて。

 まだまだ夜の時間は長い。これから、どうなるんだろう。あたし、もしかしたら直人とキスよりも咲のことをしちゃうかもしれない。ただ、そうなっていい自分がここにはいる。

 多少の緊張感を抱きながらお風呂を出て、直人と一緒に自分の部屋に戻るのであった。

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