暁の地平線 03
夕餉前になんとか帰宅することができた。
奉仕活動、マジきつい。校庭50周走れといわれたほうがまだましだ。
弥生たちは着いてくるものの手伝ってはくれなかった。まぁ俺の罰ゲーだから当然ではある。
なので、とっとと帰れと命令し、一人もくもく清掃活動に従事した。
事情を知らない女子からは、蔑まされた視線を浴びるし、それの説明で掃除は進まないと踏んだり蹴ったりだった。
2週間だ、2週間だけ我慢だ。自分に言い聞かせる。
夕餉後、部屋に戻ると来客が来た。
誰かと思えば留学組の面々である。
ディアナ・マーチ、メアリー付きのメイドさん。
フィリス・メルクーリ、翼のある少女。
カルディア、エルフである。
イフェ・アリー・ユースフ、猫耳尻尾の褐色肌のキュートな女の子。
カナン・ヒャーヒン、これまた褐色肌。イフェより一回り大きい、猫耳尻尾はないけどね。そいや、イフェとカナンはテニスでペアを組んでたっけ。元から知り合いなもんで、一緒に行動しているってことか。
「ショッピングに行きましょう」
ディアナがカードを眼前に翳して言う。そういえば、そういう約束をしてたっけ。
「昨日、あんなことがあったからないものとばかり思ってた」
「何を言っているのですか、少々のトラブルなんか関係ありませんよ」
よろしくと、五者五様に頼まれては無下にもできず、昨日のことがありませんようにと祈りながら車を走らせた。
昨日と同じようにショッピングモールに来た。今回は流石に制服姿で来ている。また文句を言われないためにも、当分は大人しくしておいたほうが身のためだ。
あんな重箱の隅のような規則なんか持ち出さなくてもいいだろうに、一人愚痴る。
それはさておき、昨日のように長時間待つのもなんだし、1時間半後に入り口広場へ集合と厳命し、俺は彼女たちと別れて一人行動する。
本屋は昨日行ったし、今日もってのは顔が割れているだけに行きづらい。
何処に行こうか……喫茶店で時間潰し……いや買い物終わったら多分飯になる。今ここで腹にもの入れるわけにもいかない。第一喰ったばかりである。
参ったな……どうすっか。いきなり途方に暮れる。
あぁそうだ。ジャケット駄目にしたんだったな。春に買って秋に駄目になる。勿体ないお化けでるぜ。ジーンズもぼろっちくなったし、ついでに買っておくか。
紳士服売り場へと先ずは足を運んだ。
「うーん、けっこうするなぁ」
吊されているジャケットを眺める。今の時代、男が少ない。必然品揃えも悪くなるし、値段も高くなる。
それに吊るしであるのはモード系というやつで、今年の流行服と言われるものだ。
時期が悪いのもあった。秋・冬モデルとなるなら、春先に買うもので、今あるのは売れ残りというやつだ。
その分、割引もされているが、それでも高い。
ここはちょっと張り切ってオーダーしたほうがいいかなぁ。それならクラシックスタイルでもいいし、長く使うなら直しが効く方がいい。パターンなら安くつくし、生地も安いのを選べば……。
なーんてね、ヤツの受けおりなんで詳しいことなんて解ってませんですはい。ただ、ヤツの選眼美だけは悔しいほどにまともだ。あのジャケットもヤツが選んだものである。なんともフィットして着心地が良かったんだよね。
「お客様如何なされました?」
悩んでいるのを見て、店員が声をかけてきた。丁度いい、時間潰しも兼ねて色々聞いてみよう。
待合せの時間まであっと言う間であった。
奥が深いぜ。そして懐が寒くなったぜ。
結局パターンオーダーでジャケットを買うことになった。普段の外出着ってことで鯱張らない格好ということで、ナポリ仕立てを選択した。相談したらあれよあれと、スタイルからなにからなにまで、気付けば採寸もされていて、ついでにパンツも揃え、あとはレジに向かうだけだった。
店員さん、恐るべし!
薄くなった財布に、2週間後に出来上がる服の領収書を納め、待合場所へとほくほく顔で戻った。
時間丁度に戻ったが、女性陣の姿は見えない。
フッ、お約束ですね。
これを見越して1時間半とした訳ですよ。多分2時間前辺りに戻ってくるだろう。
それまで一休み。
抹茶のソフトクリーム片手に待つとしよう。
あの後、またラーメンを喰って、寮に辿り着いたのは門限寸前…消灯時間ともいう。これを過ぎると手続きが面倒になる。ギリギリであった。
こうも連続でラーメン……明日もラーメンのような気がしてならない。好きだが、毎日食べるもんではないし、どうしたものか。とりあえず、悩んでいる時間はない。風呂だ風呂っ。
大浴場も消灯時間が過ぎればお湯が止まる。即効、風呂桶に着替えを突っ込んで向かった。
「ヒャッハー、汚物は消毒だぜー」
ギリギリ温かいシャワーを浴び、身体を神速で洗う。
時間が時間だけに時間を掛けられない。短時間の行水で済ませた。
明日もこんなんだと辛いなぁ。
目覚めは程々良かった。退院して早々の騒動のせいで、多少のだるさは残っているが、まぁ学校に行く分には支障はない。
連日連夜の騒動さえなければ……。今日は一日が平穏でありますように。
…言った傍から、期待は裏切られた。
食堂に着くと、何時ものメンバー意外に栗毛色したジャネットとガリガリの龍造寺もやってきた。
「お前らは自分らのグループがあんじゃねーのか?」
「問題ない。余の目的はマスターと供にあること」
燐とした清々しい顔を向けてジャネットは宣言する。
「チームを組んだことだし、当分はご一緒の方が何かと捗るかと思ってね」
対抗するように龍造寺も言い出す。
「ほう、龍造寺とやら、妾と席を同じとしたいと。それは楽しみじゃな」
あからさまに威圧する。それはもうビリビリとした火花が……って本当にだしてんじゃねー。
「やめろ、柊。飯時に騒ぐなって」
こっちに視線を向ける柊。あれーなんで怒った顔なんですかーー。ボクゥー注意しただげだよぉぉ。
「主……」
「なんだ?」
「名前、呼ぶ」
そうだった。
「あー、千歳さんや、お茶はまだかいのー……ぶべしっ」
愛情の籠もったアッパーカットがやってきた。
「何故こんなのが……本当に……」
「どうした千歳さん。気分が悪いなら、寝とくか?病欠を伝えとくぞ」
「構わん、大丈夫じゃ。はあ、主のそういう所はいささか好かんところじゃが、何この先時間は幾らでもある。矯正していこうかや」
ウェットに富んだジョークが通じなかった。
「政宗よ、何かあったのか?」
弥生が心配してきた。
「いや、なんにもないが」
「それでは、何か好い事でもあったのか?」
「うーん………一つ思いつくものが。あったな」
「それはなんだ?」
「いや、服を買っただけだよ。仕上がりは2週間後」
「なるほどね、彼女にプレゼントってやつかー」
耳ざとく、今の言葉を聞いて割って入ってきたのはクリスティーナだ。彼女も寄ってきた。
「この隅に置けませんねー、よっ色男、種馬っ!」
「まて、種馬は長船の方だ。俺は別にのべつまくなしになんでも喰うようなことしてないぞ」
「ほっほぅ、厳選して喰っていると。あの上級生とか?」
!!!なぬっ。
「何故それを知っているんだ、いや違う、交際を迫られたが手を出しちゃいねーって」
「あんたばかぁ?食堂で乳繰り合ってんの皆観てんだからね」
雷鳴が轟き、雷が俺を襲った。そんな大げさな…目立つような騒ぎは起こしてないぞ。
「あれ目立ってたよねー。でも周りの奴らシカトこいてて、……というか触らぬ神に祟り無しって感じに恐れられていたような感じだったよ?」
思い起こせば……なぜか机に着くと、周り一個分空席ができていたような?いやいや、まてまて、気のせい気のせい、たまたま、たまたま空いていただけだよー。うん………。
昼食の場面を脳内再生し終わる。
「俺はそんなことはしていない。下衆いことをいうなって」
あれ?なんですか、その蔑んだ眼差しは。
「女の敵」
「言いがかりだー!」
機嫌が良かったのもそこまで、この話は学校に着くまで延々と繰り返された。
鬱だ。
「ほら、席に着け生徒ども。お前たちの大好きな神秘学だ。日頃の鬱憤……いや成果を見せてもらうぞ」
そう言って、教室にやってきた六道先生は、即効俺たちを第一運動場へ引き立てた。
「よーし、準備体操は終わったな。フォースパワーを煉って、両手を前に翳せ。どんだけ気合が籠もっているか確かめるぞ」
うがっ。いきなりかよっ。
つか、こんな進め方なのか?聞いてた話と違う。
出席番号順に並んだ隊列の先頭から、翳した手に一発一発拳を叩き込んで確かめていく。
叩き込まれた生徒は多少ぐらつくものの、耐えきっている。それにしてもいい音が鳴り響いている。
見取れている場合ではない。俺も準備しなくては。
吸ってー、吐いてー、吸ってー、吐いてー。呼吸に合わせ、フォースパワーを頭上から下腹へ、下腹から頭上へと廻す。
……昨日は出来たのに、何故出来ない。
吸って吐いて吸って吐いて!
すぅはぁすぅはぁすぅはぁすぅはぁ、はぁはぁはぁ……深呼吸だけで疲れてどうする。
だが、漸く何かが廻ってきた感じがした。
昨日よりも更にしょっぱい状況だ。まるで砂漠の中で見つけたカラカラの果実を精一杯力を込めて絞り出したら、数滴ぽとりと落ちてきたような…。
「ほぅお前さんは中々やるようだな。ちょっと本気でいこう」
俺の前、ドゥルガーに対しての発言だ。
瞬間、鉄板を無理やり引き裂いたような、耳をつんざくとんでもない金切り音が轟いた。
剛拳を受けて、ドゥルガーが後退する。地面に二本の轍ができた。
「今の一撃でこの程度か、もう少し力ぁ入れても良かったか」
「もう一度やるか?」
「いやいい。次、中島構えろ」
呆気にとられて、集中が途切れてた。
両手を前に翳して呼吸と供にフォースパワーを練りあげる。掌に集中するイメージ。
少し掌が温かくなるのを感じた。
「中島、この程度なのか?」
無茶云わんで下さい。
「先生だって知ってるでしょうに」
抗議の声を上げる。
「ま、そうだったな。どれ……」
ピンと中指で弾かれた。
フルスイングのバットで打たれた様な衝撃と供に両手が万歳した。まてや、なんだこの威力。
「こんなもんか」
どんなんやー。
「次は仁科、構えろ」
「了解であります」
これまた、ドゥルガー程ではないものの、六道先生の拳を受け、強烈な爆裂音が鳴り響いた。
「お前もうちょっと真剣にやれよ。まだまだ伸びるんだからな」
「気が乗ったらそうしますであります」
「全く生意気だ。よーし次は羽柴か、行くぞ」
そうして六道先生はクラス全員の力量を確かめていった。