暁の地平線 02
「昨日のあれがそんなだいそれたもんって聞いてないぞ。高々手を合わせただけじゃないか」
「マスター、それは聞き捨てならない。聖痕の誓いは何者にも違える事はできない契約だ。蔑ろにするものであればマスターとて容赦はしない」
「容赦しろっ。大体、マスターマスター言うのに、全然従順じゃないやんけ。どの辺がマスターなんだって」
「……確かにそうだ。なぜ、マスターに従う気にならないのか解らない」
「はぁ?」
「契約を果たしたならば、マスターの言に従い、意に沿う様に行動するものだ。なのに何故そのようにならぬ。余に強制力が働かないのだ」
待て、つまりなんだ?強制力というので、俺の望む様なことをしてくれるって?
それってあんなことやこんなことも?
ぐへへへっ。お宝なんて目じゃない現実が………ごめんなさい。
皆の冷たい視線が俺を射貫いた。
「妾もたまに思う事が在る。何故にこんなに俗物的なのかと」
なにおー、健全な男子だぞー。ちょっとくらい妄想に浸ってるのが普通ってもんだ。大体、柊だって挑発してきたことがあるじゃないか。
しかし、それは口に出せない。人間、分を弁えるのも大切大切★
「あー、つまり、契約は失敗したということでいいんじゃないか?」
そうならないなら、そういうことだな。
「いや、それはない。余の宿命たる行動理念が薄らいでおる。契約自体は成っている」
「なんだか随分曖昧な気がしないでもないが、誰か解るか?」
「大丈夫だ、我の政宗ならば、そのような些細なこと気にする必要はない」
皇が太鼓判を押してきた。意味不明すぎるって。それともあれか?皇の答えを知る能力ってやつがそう囁いたのか……うん、違うな。おそらく皇にとっては瑣末な出来事なんだろう。
「ねぇ、契約っていうけど、それ何回目なの?」
瑠璃が聞いてきた。
「2回目だ」
「なら、1回目と比べるとさ、今回のって何か違ったものがある?」
どういうことなんだろう。契約は契約なんじゃないのか?
「あっなんとなく解ってきたぞ」
安西がしたり顔で言ってきた。
「何が解ったってんだ?」
俺には全然わかんねーつーのっ。
「つまりね、最初の契約者と政宗の違いだよ」
解った?って顔で瑠璃が俺の顔を覗く。
「解説しよう!最初の契約者は、それそこジャネットさんを使役するつもりで契約した。ならば、それ相応の力の持ち主ってことだ。でも、今回の契約者である中島は……」
安西がしたり顔でこちらを見る。
「ロボテクスもまともに動かせない奴で悪かったな」
そういうことか。俺にジャネットを使役というか何かを強制できるほどの力はないと。けど、契約はできたから、彼女の行動理念は俺の行動理念と合わさって、敵即斬な物騒なことは控える状況であると……いうことか?
「ふむ、なるほど。そういうことなら、この状況も頷けるか」
「ただの推測だけどね」
といって、俺の腕をとって抱きつかないでください、瑠璃さん。
「中江せ…ガフッ……瑠璃さん、当たるので今はその離れて欲しいな」
名字を言った瞬間、膝が極められた。そして……名前で呼んだ後の皆の視線が痛い。
「瑠璃さん?」
耳ざとく平坂が咎めてきた。
「いや、それはだな……」
「カレカノなんだから、名前で呼ぶのは当たり前よねっ」
一層力強く腕を拘束された。
「うぉぉぉ、鉄拳制裁だっ──」
叫んだ平坂は、柊の一撃のもとにどっかへ飛んでった。今更なのでもう知らぬ。
「主よ……」
「どうした柊?」
わなわなと拳を震わせながら目の前に立つ。なんだか怒っていらっしゃる。
「主よ、妾の言いたいことは解るか?」
……まぁなんとなく。でもなぁ……。
「妾のことは嫌いなのか?」
「千歳のことは嫌ってないぞ。それに弥生もあずさのこともな」
「ならばよいっ」
後が怖いのであっさり折れるのであった。今更って気もしないでもないが、なんだか外堀がしっかり埋められてしまっているような夏の陣である。暦的にはもう秋だけどっ。
「あーっ私のことはさん付けなのに、どうしてそっちには呼び捨てなのっ」
痛いっ、関節が逆に!締め上げられるっ。
あっちを立てればこっちが立たず。
「いやいや、だって瑠璃さんは俺より年上だし、呼び捨てにできないって前にも言った痛っ痛たたた」
「平等に扱うのが男の子の義務よ。できない子にはお仕置きだよっ」
「わ、解りました。千歳さん、弥生さん、あずさんでいいでしょうか?」
「解ってないっ」
ギブッ!ギブギブッまじ無理。ミシミシと破滅的な音が関節部から骨を伝って聞こえる。痛みを通り越して、なんだか訳が解らなくなってきた。
「その辺にしておいてやれ」
皇が止めに入ってきた。上機嫌な顔をしている。
名前を呼んだだけで上機嫌になるものなのか?理解に苦しむ。
「そうね、今日の所はこの辺にしといてあげる」
「助かったよ皇」
言ったが最後、般若に変わった。
「助かったよ、弥生さん」
言いなおした。
クチハワザワイノモト……。
「夫婦漫才は健在か。退院した途端これだよ」
黙れ安西、イワスゾボケー。
昼の授業は体育祭に向けての話し合いだった。
通常の徒競走やらなんらやらと、軍の学校ならではの種目。その他面白競技が黒板に書き出された。多種多様な種目のせいで2日に渡って行われるという。
競技は学年混ぜての4組、赤白黄青に別れた団体戦から個人競技までずらずらと並んでいる。
因みに我がZクラスは黄組となっている。
総合優勝を狙えと言われたのは勿論クラスでの得点でだ。黄組とクラス、個人競技の合計で決まる。
個人競技ではおそらくぶっちぎりであろうことは推測できるが、問題は黄組とクラスの得点だ。
総合力でどうなるかの組と、団体戦であるクラスの得点……。なんとかなるのだろうか。黄組での得点はもう神のみぞ知る所だから、重点を置くべきはクラスでの得点。ここで下手をこけば優勝が覚束ない。
運動能力が高いのは優先的に個人競技に廻すとして、問題は団体戦だ誰が担当するかだ。
例えばビアンカ達のメイド4人組だ。姉妹だけに息はあっていると思える。そういう組となるのがどれだけいるかだ。
それと、軍学校ならでは競技。車やバイクを使っての2時間耐久レースとかどうすりゃいいんだっての。
小型ロボテクスを使った障害物競走、サバイバルゲーム。またぞろ大がかりなイベントすぎて対策も何にも思いつかん。
「そんじゃ、委員長、こっちからの説明は以上だ。割り振りを考えてくれ」
六道先生が平坂を呼び、檀上に上げる。
「それでは、先ずは特殊なものから割り振りをします。経験者は立候補してくれ」
会議は踊る。
はてさて、優勝をと言われたが、俺がどうこうできる状況でもなさそうだな。無理難題とはこのことだ。
あーだからか。だから、ロボテクスに乗れるように昨日のアレがあったということか。
乗れないから、指揮力がどうだというなら、乗れれば問われない。なるほどなるほど、前提を覆せばどうとでもできるって寸法だったんだな。
と、いうことなら、結果を気にせず気軽に参戦して楽しめばいいか。
100メートル走、400メートル走、障害、1600メートルリレー、10キロマラソン、トライアスロン、走り幅跳び、棒高跳び、スプーンレース、パン食い競争、借り物競争等の陸上種目から綱引き、騎馬戦、棒倒しなどの団体戦の定番に、バレー、バスケ、テニス、サッカーのスポーツ系、柔道、剣道、弓道の武道系。
2時間耐久レースにジムカーナは車とバイクそれぞれ。サバゲ、小型ロボテクスを使った競技その他諸々目白押しだ。
当然、人気不人気もあって、全員参加はするが、希望のない競技もある。競技の数が多すぎて、不参加となるものもある。サッカーなんかは11人で出ると他の競技に支障が出るからミニサッカーとなっていたり、一応配慮はされているが……。うーんどーすっかのぉ~。
ど・れ・に・し・よ・お・か・な。神様のいう通りにしてみよう。
「………まっ解ってたよ。うん、そうだよね……」
神様の言う通りにはならなかった。
俺が参加する競技、それはバイクの耐久レースとジムカーナだった。相棒は安西である。
「免許持っているのが僕と中島しかいなかったってのがなんともねぇ」
「いや、免許なくても参加できんだろ?」
苦情の一つくらい言わさせてくれ。
「車と違ってバイクはね……流石に乗り方を知らなければ無理ってもんさ」
教室の別の隅ではクリスティーナが車の耐久レースとジムカーナに登録ができてはしゃぎまくっているのがちらりと映る。
それにしても、あずさん辺りは当然もっていそうなんだけど……視線を這わす。そっぽを向かれた。
「バイクといっても80ccのオフ車だからな。それ程でもないけど……って聞いてるのか?」
「んー、あぁ聞いてる」
乗り気でないのはあれだ。
勝てる要素がまったくねーんだって。自動車部から始まって交通委員まで乗り物関することは彼等の独壇場である。1年の俺でも解る簡単なことだ。同じようにロボテクス関係もそっち方面が独占状態である。
それに事バイクのこととなれば、瑠璃がいる。車、バイク、ロボテクスどれに出るか解らないが、バイクである可能性は高い筈なのだから。
だが、ここで文句は言えない。なんせ肉体を使った運動系は俺より適任者揃いのクラスである。自然とこっち方面になってしまうのは仕方がないことではあった。
平坂なんかも小型ロボテクスで障害物競争だ。得意の柔道があるはずなのにである。
こっちに廻されると、整備やらなんやらも含まれるため、普通の競技には出れない。時間がないからだ。
ロボ、車、バイクは1グループとして纏められ、そのグループで整備やらなんやら担うことになる。
俺、安西、平坂、クリスティーナに加え、千歳がロボテクス、龍造寺が車、この6人が1チームという陣容だ。
この中でまともに面識がないのは龍造寺だ。
昨日見せられた資料を思いおこす。龍造寺小百合、呪装・刻印式なんかの魔道兵器を担う一族の娘。あの魔血晶を製造することができる一家の娘という。当然機械全般にも詳しく、選ばれたのも頷ける。
頼もしいやら、恐ろしいやら、なんともかんともだ。
「龍造寺さん、よろしく」
「おう、よろしくされんぞ」
固い握手を交わした。
人外だからと構える必要はないが、なんというか凄く気さくそうで見た目と違うのが驚きだった。
だってこの人かなり……病弱そうに見えるのだ。
千歳よりは背が高いが、それでも小さい方で、色白を通り越して青白い肌。細い手足、肉付きもボリューム不足である。あずさんよりは、盛り上がっているが、それでも吹けば飛ぶような印象は拭えない。
人外の領域の人間なのだから、見た目と中身は違っているはずだが、心配である。
「いま、なんかすごく失礼な視線だったな」
握った手に力が込められた。
「すまん、なんだか見た目と言葉づかいに差がありすぎたもんで、つい……」
「ああ、よく言われるぜ」
痛いっ。手を潰しにきてる。だぁぁぁっ。
引っこ抜こうと力を込めるが、万力の如き圧力は意にも返さない。
「気に障ったなら謝りますから、手を」
「んーどうしよっかなー」
いたぶるつもりか?違うな、どっちが頭であるかを決めようということか。
ならばっ。
右腕から力を抜く。すると一瞬相手は力の均衡が崩れることで動きが止まる。
すかさず腰を引く様に腕は脱力させたまま後退させる。
バランスを崩した龍造寺は引っ張られて、俺に寄り掛かってきた。
体勢が崩れれば後はこっちのもの、今度はこっちから握り返し、そのまま身体を入れ換え背後に周り逆手に取る。
やっててよかった合気道、伊達に転ばされてた訳じゃないのを実感した。
痛めつけるつもりは毛頭ないから、極まった処で手を離す。
「改めて、よろくしな」
再度、手を差し出す。
「……今のは」
俺は無言で待つ。
「ちっ、解ったよ、本当によろしくだ」
再度の握手は紳士的なものだった。
余祿では有るが、一番人気が高いのは陸上競技であった。理由は個人戦主体だから……みんな我が儘である。
そんでもって、出場権を掛けて実力勝負が繰り広げられた。運動場で希望選手が走ったり跳んだりと賑やかであった。眼幅眼幅ぅー。その後、目茶苦茶あずさんにこてんぱんにのされましたが…。
因みに配点は個人種目が低く、団体戦が高くなっている。参加人数が増えればその分点数もあがるというものだ。100メートル走の優勝が10点とすれば、騎馬戦は40点といったように結構な差が出てくる。
その点数は色分け組とクラスにそれぞれ加算され、色組の優勝とクラス優勝が決まる寸法だ。
眠い……なんかやっちまってたら済みません。