暁の地平線 01
暁の地平線
登校早々、職員室に呼ばれた。
理由は、昨日の乱闘だ。警察から連絡がいったようである。
事情を説明するも、教師陣は難色を示し、停学だとか、いや退学に値すると騒ぎ立てられた。
「では、自分としては、どうすればよかったのでしょうか。拉致監禁され暴行を受けて最後には無様に死ねと先生方はおっしゃられるのですか」
昨日のビアンカを真似て反論してみる。
「そんなことは言っていない。やりすぎだと言っているのだ。もっと上手く立ち回れなかったのか」
「人死にも出ずに切り抜けました。これ以上の何を望むというのでしょうか」
「それがやりすぎだと言っているのだ。暴力では何も解決しない」
「では、こんな軍学校は必要ないと、そうおっしゃられるのですね」
「黙れ、教師のいうことは絶対だ。我々は暴力装置ではない、抑止力だ。それすら解ってないのか」
カチンときた。こっちは誘拐までされた被害者なのに、こんな罪人扱いされねばならぬのだ。
ならば、軍であれば階級上位の者こそ絶対だ。それを持ち出すべきか否か…。
「おっと、話はそこまでだ。俺が担当する生徒だ。その辺にしてもらおうか」
六道先生が、見かねて話しかけてきた。
「ですが…」
「あん?聞いた話、あーいった連中のやることがどうかなんて解らないのか?」
俺に喰ってかかる先生をじろりと睨み付け、六道先生は主張を通す。
「それともなにか?あんたの身内がその中にでも居て、意趣返しをしようとそういうことかい?」
「そんなことはありませんっ」
かなぎり声をあげて反論する。もう見ててあれですね、感情論でしかない。
「なら、正当防衛だ。幸い死人も出なかった。文句の言いようがないだろ?」
「我々は──」
「軍隊だろ?一般市民を守る、な。ならあの無頼共が一般人というのか?」
「日本国民です」
「そうくるなら、こっちも持ち出すぞ。こいつは皇軍少佐だ、その意味が解るか?」
俺が躊躇っていたことをあっさり告げる。
「卑怯ですよそんなことを持ち出すなんて」
「卑怯?上等。俺たちは軍人なんだぜ。勝てば官軍、負ければ賊軍という解りやすい立場の人間だ。ここで俺たちは何を教えているのだ。それが解ってないのか?」
「しかしっ」
「もうその辺でお止めなさい」
更に横から割ってはいる人物が居た。
教頭先生である。
「学校の外で起きた事件です。我々が関与することはないでしょう。何かあれば警察がいってきますよ」
剣呑とした発言だ。
「ですが……」
「何か問題でも?」
「……いえ、ありません」
文句を言ってきた教師も教頭には逆らえないようだ。上下社会である。
「ですが、彼、中島政宗君のとった行動にも問題があります」
え?
一転、希望に目を輝かさせる教師。ちっなんてことだ。
「彼は校則を破っていましたね。その点に限っては学校の問題です」
へ?
教師共々、なんのことだと視線を合わせる。
「私服での外出」
解ってないのかというふうに、教頭は答えを告げた。
えーいまさらそんな規則を持ち出すのかよ。
俺に文句を言っていた教師も呆気にとられている。まぁそうなるわな。
「あっはっはっはっそうきたか。やられたな中島」
六道先生は豪快に笑って、俺の背中をバンバンと叩く。ちょっと痛いって。
結局、停学や最悪の退学にはならなかったものの、2週間の奉仕活動を命ぜられた。
どんな内容かってーと……。
「トイレ掃除です」
定番ですねー。
「勿論、ここは軍でもあります。言おうとしていることは解りますか?」
「全校舎のトイレを掃除……ですか」
「流石に、コロッセオ等の施設までとは言いません。教室棟だけです」
ほっと一安心。幾らなんでも全部回れといわれて回りきれるもんじゃないからな。
まぁそれくらいなら、罰としても当然か……。無茶な要求は流石にすまい。
「では、今日から2週間、男女の全トイレを頑張って綺麗にしてくださいな」
「了解であります!」
………あれ?
隣で、盛大に六道先生が爆笑した。
「それで、放課後はトイレ掃除しまくる人になるのか」
昼飯時、安西たちと皇たちとで食堂にて……安西が笑いながら言った。
飯食っているときにする会話じゃない。
「安西よ、俺たちは親友だよな」
「何言ってんだ。今日は必修の部活じゃないか」
ですよねー。ヂゴクニオチロ。
モチのロンで、罰当番もとい奉仕活動中は部活動禁止である。俺の場合、選択はないから、ダメージは半分だ。
………くっそっ。
「いいじゃないか、女子のトイレに堂々と入れるんだ。代わってやりたいくらいだが、残念だ。柔道部を休むわけにはいかないからな」
平坂よオマエモカッ。
人をネタにしやがる。
二人して大笑い。
が、一瞬で笑いが止まった。
咲華の絶対零度の視線を浴びて固まった。
「食事中はお静かに」
俺にまで絶対零度が降りかかる。いや、俺被害者だよ、ねっねっ!
話を変えようそうしよう。このままでは凍死する。
「処で、部活といえばクラスの連中はどの部活に入ってんだろ、知ってるか?」
「興味ない」
とは安西。
「以下同文」
平坂が続く。
終了ー。
「それより、気になることがあるんだが」
安西が目配せしてくる。
……解ってる。言いたいことは。極力触れない様にしたいのだが、その一言で皆の視線が……皇を除いて2人の同席者に集まる。
安西、平坂、皇、咲華、柊、俺というのは、まぁ解る。
霧島書記が居ないのは生徒会室に行っているから、まぁ解る。
にこにこーと、皆を眺めている人物と無表情に昼飯を食べている2人。
「ん?何々、私に何か様なのかな」
にこにこーとしている方……瑠璃が皆を見つめる。
安西が俺を睨む。見事な推理力だ明智君。
「いやーなんでもありませんよ。昼飯美味しいですねー」
瑠璃に向けて俺はごまかしにかかる。
「そう?いつもと同じだけど」
空気読んで下さいお願いします。というか、絶対この人ワザと言っている。
「漸くなのだな」
俺の隣に座っている皇が事も無げに告げた。
「うん、そうよ。美帆っち共々よろしくね」
「こちらこそ、よろしく頼みます」
2人の視線が絡む。阿吽の呼吸で言葉以上の何かが交わされた……ようだ。
「それってまさか……」
平坂が何か思い出した様に絞り出す様な声で俺を睨みつつ言う。
「えーあー、まぁそういうことで……」
何がそいうことだと、自分でも訳が解らないことを平坂に告げる。
「ふん、まあそれはよい。妾が気になるのはそっちのほうじゃ。何故ここにおる」
黙々と昼餉を賜っている外国人…留学生の1人に全員の……皇を含めた視線が集まった。
視線に気づき、見回した後、俺を見つめる。
「余に何かあるのか」
「……ご飯美味しい?」
「うむ、日本の食事と言うのは聞いておったが、予想以上だな。母国に勝るとも劣らぬ出来ばえだ」
「そいつは良かった」
また黙々と食事を再開するジャネットである。
「よーよー、ナカジマサンよー。ちいっとばかし、校舎裏行こうか」
平坂が定番の台詞を吐いてきた。
「僕も付き合うよ」
のりのりで安西も参加してきた。
「妾も少しばかし、付き合いたくなったぞ」
御免被る!
一気呵成に残りの飯をかっこむ。
「ゴチソウサマデシタッ!」
奪取で逃走だっ。夕日に向かって走れ!
「あら、逃がすと思う?思わないよねぇ」
背後から、瑠璃が抱きついてきた。柔らかい二つの膨らみが背中越しに感じる。
そしてキュッと締めつけられる首……ギブッギブッギブです。
「解った、解りました。説明しますからっ」
中庭の人気がない場所にぞろぞろとやってきた。
食堂では騒ぎすぎて耳目が集まったため、食べ終わると同時にここへ避難してきたのであった。
「さて、説明してもらおうか」
ででーんと、腕を組んで上から睨み付ける平坂。引きつった笑いが怖い。
「あージャネットとは昨日、ちょっとしたことで仲がよくなったんだよ。だから、一緒に着いてきている……」
「嘘だね」
安西が一刀両断に断言した。明智君、名推理だ。
「んで、また嫁とか許嫁とかそういうパターンなのか」
平坂が表現できないほどの表情をして言ってきた。
「そういうのじゃないと思う……たぶん」
「多分ですか」
確認する様に咲華が問う。なにもお前まで係わってこなくてもいいじゃないかー。
「実際良く分からん。俺のことをマスターといって着いて回るだけなんでな」
「マスター?」
「そうだよっ」
「酒場の?」
「マスターだけどそれじゃないな」
「武道の達人」
「ある意味あっているかもしれないが、ここで言うのは違うな」
「職人の!」
「えーかげんにしなさいっ」
平坂に突っ込みを我慢しきれず入れてしまった。
「マスターよ、いちいちその会話をしないと話が始まらないのか?」
ジャネットが怪訝な顔持ちで言ってきた。あれ?いちいちって初めてじゃないのか。それとも俺がそういうコトをした?記憶には全くもってミクロンほども憶えがない。
「いや、なんというか、ボケツッコミはお約束であはあるが……そうだな話が進まんよな」
眉根を寄せられ渋い顔で睨まれた。優雅ではないと訴えているようだ。
コテコテですみませ~ん。
「あー、良く分からないが御主人様のマスターらしい……」
「誰が」
「俺が」
「御主人様?」
「そのようで」
「誰が」
「俺!オレオレオレ!!俺がだっ!!!」
「ジャネットさんだっけ?詐欺に引っかかったのなら、いい弁護士を紹介するよ」
「アンザイー!」
「まあまあ、良くわからんがどうしてそうなったんだ?」
流石に平坂も飽きてきたのか、話を進めに入ってきた。
「長船との約束だ」
そう告げられた。
一同、それで納得がいったようだ。
「順当すぎて面白くない展開だな」
安西それを言うな。
「まぁそうだろうとは解ってたさ。大体一介の高校生がどうしてこんな展開になるんだよ」
ちらりと、皇を観る。
無言のままだった。さて、どうしたらいいのやら……。
「つまり、こいつも嫁なのか?」
納得がいってないのか柊が問い質してきた。
「俺に聞くなって。昨日の今日でなんも聞かされてない」
「それなのに、マスターとはどういうことじゃ」
「契約を交わした。だから政宗は余のマスターだ」
「契約とな?」
「聖痕の誓いだ。魂果てるまで供に在る契約だ」
え?そんなに重いことなの?あれが???
「主よ、どういうことじゃ?」
こっちに矛先を向けないでぇ~。