Night raid 06 + 幕間
寮の駐車場に車を着ける。
なんだか色々あったが、漸く帰って来れた。
全く午前様になるとは思ってもみなかったぜ。
初日からこれとは先が思いやられる。いや、今回は俺のせいなんだが……毎日こんなんだと疲れることになりそうだ。
……オレかオレがトラブルメーカーなのか。いやまて、そんな馬鹿な。何時も何時も何時も何時も!トラブルを起こしてきたのはあの馬鹿船の野郎だ。奴がいなくなって……トラブルばっかりですねっ!
あれ?どうしてこうなった!!!
「……マ……ター……戻……い…か?」
運命なのか?あの時からの……。それこそそんな馬鹿なっ、だ。あってたまるか、俺は普通の生活をするんだ。
「マスターッ」
耳元で大声が炸裂した。
なんだなんだっ?
「ジャネット……さん?」
振り向くと、彼女が立っていた。あれ?周りをみると他にはもう誰もいなかった。
「他の娘は?」
「既に戻っている。マスターが動かないから待っていた」
「君も戻っておけばよかったのに」
「そうはいかない」
……なぜ?
「なにがどうなって、そうはいかないのだ?」
「貴方が、余のマスターだからだ」
「そいや契約したんだったな」
「そうだ」
「では、クーリングオフをご所望いたします」
「それはできない」
でしたかー。ワーイと頭の中が一瞬お花畑が浮かんだ。
いかん、いかん、思わずトリップしてしまった。
「はぁ、それで契約とはどういうものなんだ?支配とかいってたが、って、あれは俺を嵌めたな。本当は皆殺しにするつもりなんかなかったろ」
「いや、襲ってくるものには死を以て対応する」
………マジだったのですねー。
「ですが、いいタイミングでした。以前のようなタイミングでは、はぐらかされますから」
「……以前?」
とんと記憶にない。こんな娘に迫られた覚えなんか1ミクロンもない。
「それって何時のことだ?全然身に覚えがないぞ」
「そうですか」
答える気がないようだ。俺、その時何かしたのだろうか……。でも何時?彼女たちに会ったのは、退院してこの寮に来てからだ。昨日だよっ!ってもう一昨日だ。
退院したら転寮で、痴女に襲われて、宴会して、お宝探しで終わった。今日……訂正、昨日は昨日で、学校いってクラス分けから始業式、拉致されて彼女にと迫られ、軍艦でおかしなことされて、買い出し行ったら拉致(2回目)されて、乱闘……なんですか、この濃密な時間割り。入院してた頃ののんびりした生活よカムバッァァァークー!
思わず額に手をあてる。オーイャーだ。
「はぁ、それはいいとして、契約ってなんだ?支配とか物騒じゃないか」
「余の宿命だ」
「……宿命?」
「余は聖女である。マスターの元に悪を殲滅するのが余の宿命……だった」
聖女?どっかで聞いたことがあるような……なんだっけ?色々有りすぎて思い出せない。
「んで、その聖女がなんで俺なんかをマスターにしようと……長船か…やつの仕業か」
全ての企みは長船糞蟲に通ずる。それしかない。
第一、奴が寄越した連中だ。いわずものがな。
「よし、最初の命令は長船の抹殺だ。ゴー」
「解った。では長船の元へ連れていってくれ」
………やばい、冗談が通じてない。
「今のは無しで……」
睨まれた。
「悪かった。冗談だからそう怒らないでくれ」
「怒ってなどいない」
……そういうことにしておこう。突っ込むのも、もう疲れ過ぎてやる気が起きない。
「そうだな、とりあえず今日は寝よう。これ以上起きてたら明日が辛くなる。詳しい話はまた後でいいか」
「解った」
部屋に戻ると……灯が点いていた。
皆さん勢ぞろいで俺を待っていた。
「えーと、ただいま」
さて、どう言い訳したらいいのだろうか。ありのままに起こった事を話せばいいのだろうか。しかし、それだと話が長くなるし……。
「先ずはゆっくり湯に浸かるといいだろう」
皇が風呂を指して言ってきた。
「あれ、いいの?こんな時間まで何がとか聞かなくて?」
「構わぬ」
別に束縛されたつもりはないからそうなんだろうけど……なんだろう、普通なら…って、こんな時間だ。俺を放って置いて寝てるだろう。それが起きて待っていたんだ。何か一言いってきても…あれ??
「着替えは、洗面所に置いてあります。こんな時間です、早く行ってきて下さい」
咲華が無表情で指示してきた。
「ん、あぁ解った。行ってくる」
そそくさと、逃げ込むように風呂場に向かった。
服を脱ぐ。
………うぁぁぁぁぁ、今更ながらに服がぼろぼろになっているのに気がついた。
「このジャケット高かったのに……」
ジーンズも擦ったり何だかんだと傷だらけである。こっちはダメージ処理された感じでいい味が出てよろしく……ねぇーーー!
はぁまだ履けるようだし、とりあえずはいいか。
タオルいっちょで風呂に入る。
身体を洗い、ざぶんと湯船に浸かる。
あぁいいねぇ風呂は人類の宝だ。
宝……宝………おたからぁぁぁぁぁ。何処に行った俺のお宝はっ。
咲華の部屋にあるのだろうか。こっそり忍び込んで調べ…てって、なんで俺の着替えが洗面所に?
フッ。
考えなくても、真実は一つ。咲華辺りが部屋入って持ってきたんだろうよ。
………つまりなんだ。
もし、お宝を買って来たとしよう。
咲華は平然と、俺の部屋に入ってくるわけだ。俺が居ないときに!
と、いうことはだ、家捜しされて終了ってパターンって訳だ。
見つからないように安易な場所には隠せないな……。色々仕組みを作らなければ……って、はっ。
もしかして、前の寮にまだあったりして?隠していた訳で、見つからなければそのままだとしたら、ここをどんなに探しても見つかるわけがない。
希望が出てきた。明日寮に忘れ物がーとかいって覗きに行ってみよう。
神様仏様エロス様、お宝がありますよーに。
幕間 あぁお姫さまっ
湯船に浸かる。
何故日本人は毎日毎日風呂に入るのでしょう。しかも入り方が…作法が違う。
同じ湯を使い回すなんて、不潔ではないですの。日本人は清潔を通り越して潔癖症だと聞いていましたが、そうではないらしい。
長船殿下がこちらに来たとき、一番最初に手がけたのは風呂場の改装だった。
「こんな風にしていたのでしょうか」
考えてもしかたないことでは有るが、思わず夢想してしまう。
「……殿方の入浴姿を想像するなんてはしたないわ」
それに殿下はベスのものである。
でも、今はどこも一夫多妻制、わたくしも殿下の……。
いけませんわ、そんなこと。ベスと同じ人を夫にするつもりはない。それでは、わたくしが負けたようなものです。
無理を言って出てきたのですから、なんとしても同等以上の夫を探さねばならない。
中島には何かあると思ってカマをかけてみたが、どうにもはっきりしない。というよりも、わたくしが許嫁と名乗ったになんですかっあの態度は、まるで嫌そうな顔をして。大体、わたくしが声を掛けたのによりにもよって!
それに、委員長の話ですわ。何故わたくしを支持しないのですか。全く誰だと思っているのかしら、王室の継承権上位者ですのよっ、姫殿下なのですよっ。召使のように従っていればいいというのに………。
はあ…面倒ですわね。もう許嫁と言ったのは破棄してしまいましょうか。
色々と考えを巡らしていたらうつらうつらしてきた。
湯船から出なくては……でも、ああこのたゆたゆ感覚は捨てがたい。
それでも出なくては……でも、あぁこのぷかぷかする感覚は捨てがたい。
茹だってしまいます……でも、ぁぁこの……はっ!!!
………なんて恐ろしいのかしら、日本式は。何か、とてつもない言い知れぬ片鱗を味わった。
風呂から揚がると、日付が変わっていた。
「わたくし何時間入っていたの?」
更に驚愕する事実であった。
「姫殿下、よろしいでしょうか」
洗面所の扉越しに声が掛かった。
「いいわ、お入りなさい」
扉を開けて、入ってきたのは、アラキナ・マーチ。メアリー付きのメイドである。
メアリーにガウンを掛け、髪を拭く。その流れでドライヤーをかけ梳いていく。
「ビアンカ達はもう帰って来たの?」
「いえ、それが……」
説明された。
「なんですって?いままでどうして報告しなかったのよっ」
「状況を分析するに、大したことではないと判断しました」
「おおありよっ」
「そうですか」
無表情に報告するアラキナの態度に、怒りも萎む。
「まあいいでしょう。皆は無事なのね」
「はい、今こちらへ向かっている最中です」
出かけただけで、どうしてこんなトラブルに巻き込まれているのかしら。本当うんざりする。
「それともう一つ」
「何よ?」
「ジャネット様が無事契約を果たした模様です」
「なんですって!?」
ジャネットが戻ってきた。
因みに、この部屋はメアリー、アラキナ、ジャネット、フィリスの4人が使っている。フィリスは既に就寝し、待ち構えているのは、自分とアラキナの二人である。
「おかえり、ジャネット」
無言で通りすぎようとするのを見て、立ちふさがる。
「挨拶は大事ですわよ」
「……ただいま」
「貴方、匂いますわよ。先ずは風呂に浸かってきなさい。話があるから手早くね」
「問題ない」
「おおありですわっ」
びしっと風呂場を指差して咎める。
嫌そうな顔をされた。
「ここは日本ですの、郷に行っては郷に従う。よろしい?」
「……解った」
風呂にいくのを見送る。
「なぜわたくしが、このような……」
世話を焼いているのだろうと。
彼女も手駒の一つだ。ここにいる間に彼女たちを手懐ければ、本国に戻ったときに大いに自分の評価があがる。そのための存在であるはずだ。
そうですわ、身なりが悪ければ印象も悪くなる。浮浪者のような格好をされては、わたくしの威厳も堕ちようというもの。そうならないように日々彼女たちを教育していく。そうして、彼女たちを手懐けていくのですよ。
考えを改めた。
「アラキナ、彼女の着替えを用意しなさい」
「御意に」
「……本当に速かったわね。しっかりと入ったの?」
「入った」
ジャネットを風呂へと突っ込んでから10分も経っていなかった。
「まあいいでしょう」
ダイニングでテーブルを囲んで3人は座る。
「聞きたいことがあるわ、契約したって本当なのかしら」
「……約束は果たした」
「何かものが挟まった言い方ですわね」
長船殿下とベスがジャネットを迷宮から“掘り出してきた”ことは知っている。それで、ジャネットは殿下達と一つの約束をしている。それが、中島と契約を試みることだ。失敗してもいいとも言われていたが、必ず行ってもらうことを厳命されていた。事実、聖女と契約を結ぶなんてことができのるは相当な人物でなければ無理だからだ。
……本当に、殿下がおっしゃったように、中島は“相当”な人物なのかしら?疑問しか湧き出てこない。
「それで、イングランドに攻め入った様な力は戻ったの?呪いは?」
「あの時のような力はない。それと、呪いは消えているようだ」
尤も、彼女がいうあの時の力は契約者を媒介にして何百人との繋がりがあったからである。そう聞いている。
だから、Sランクにはなろうはずもないのは理解できる話であった。
だが、呪いが消えたという話が解らない。
「FPPがSランクにならないのは、理解できるわね。あの時と状況が違うのですから」
ジャネットの視線がぶつかってくる。
「貴女もあの時を蒸し返すつもりはないわよね」
念を押すと、ジャネットは頷きを返した。
「呪いが消えたのはどういうこと?」
「説明不能」
「じゃあ、武装はもうできないってことなの?」
「試してみる」
徐にジャネットは立ち上がり、詠唱を開始しだす。
「待ちなさい。こんな処でしないでよね」
「なら、解らない」
淡々と答えられた。
「いいでしょう、貴女は約束を果たした。色々と想像したものとは違う様ですが、おめでとうと言って差し上げますわよ」
やはり、彼には何かがある。出会っていきなりジャネットの鎧を剥いだのであるからして、無い方がおかしいのですわ。
確かにこれは面白い逸材なのかもしれませんわね。
ただ……本当に許嫁と…愛する相手といえるのか、全然欠片ほども感じなかった。
「話は終わりか?」
「そうですわね、それでは良い夢を」