Night raid 05
背後に立っている人物をよーく見ると、学校の制服を着た女の子だった。
影から一歩前に出て素顔が確認できた。
「あれ?ジャネット……さんだっけ?なんでここに」
「汝が攫われたから、追いかけてきた」
なんともっ!
「よく追ってこられたな。他の面子もか?」
「クリスティーナとマルヤムが正門前で待機、他は探索。余が最初に汝を発見した」
「つまり、エレノアさんとビアンカさんがこっちに来ているのか」
首肯する。
「ふむ、ならとっととずらかろうか。ここにいてもいいことないし」
救出の道があるならのらない手はない。
ジャネットの力があれば、俺を運んで、そのまま皆と合流し逃げれるだろう。なんてったて、人外の力を宿しているのである。お茶の子さいさいだろう。
「残念だが、それはできない」
「えっ?」
「余の宿命がそれをさせぬ。もし、余の宿命を違えさせたければ、汝が余のマスターとなることだけだ」
「えーと、具体的には何をするつもりだ」
なんとな~く、余計な火種が増えそうな気が山盛りマシマシである。
「悪の殲滅」
一瞬視界が真っ暗になった。
真顔でこんなことを言うやつがいるとはね。
「殲滅?」
「そう、皆殺しだ」
外国人、オッカナイ。
「そんなことをさせれるわけがないだろう」
俺は否定する。確かに自分の命が危なかったから、相手にとっては因果応報ではあるのだが、だからといってそこまでするつもりは毛頭ない。ちょっと残りの人生を後悔してもらう程度だ。
「ならば、二者択一だ。汝が余のマスターとなって余を支配するか、しないかだ」
「なぜそういう風になる」
「宿命だからだ」
議論するつもりはないらしい。
時間が惜しい。このままでは見つかるのも時間の問題だからだ。
「それは直ぐ済むものなのか?」
「あぁ直ぐだ」
なんだか含みがあるな。しかし気にしている暇はなさそうだ。
「解ったやってくれ」
「了解した」
「で、なにをどうすればいいんだ?」
「右手を前にかざせ」
「こうか?」
瞬間、鋭い擦る痛みが走る。
薄皮一枚の深さで一筋の傷ができた。血が滲み出る。
その掌にジャネットが右手を重ねる。
ぬめっとした感触に驚き、反射的に手を引こうとしたが、動かない。まるで強力な磁石で吸いつけられたような引力だ。
もしかしてジャネットも手に傷を?同じように血を流して…つまりは血の契約。
あれ?それってどこかで…。
「動くな。失敗すると大変だぞ」
「それって……」
「死だ」
はいはい、事故承諾でこういう風に進めるのはいつもの手だよね。
まぁでも、なんだろう。失敗するという気はしなかった。要は受け入れればいいのだと理解する。
ジャネットの掌から何かが流れてくるのを感じた。凄く胸焼けがする。
フォースパワーなのか?ならば、丁度いい、使わせてもらう。呼吸に合わせて流れをイメージする。
循環するのが確認できたとき、掌が外れた。
「これで終わりなのか?」
意外とあっさりしていた。もっとこうビキビキとかピッカリとか派手な事になるのかと思った。
あー、そこで柊や女医の言葉が思い出させる。曰く、光った魔方陣なんかの過剰なエフェクトなんかはないという話を。
聞いてみたものの、ジャネットの反応がない。あれ、実は失敗した?
「おーい?」
「……成功したはずだ」
ちょっと、それどういうことやねん?
「だが、なんだこれは……今までの契約とは違う」
「成功したらいいんじゃねーのか?今はそれよりこれからだ。見つかったようだぜ」
頭を潰す作戦は取れそうに無かった。
通路を挟んで各々7、8人に取り囲まれている。
「おうおう、手間かけさせんなクソ野郎」
定番の台詞がやってきた。
「そついはどうも」
「仲間を潰してくれて、いい気分か?ちょっと痛い目に会うだけじゃもう済まされねえぞ」
絞ってナニをちょん切るのがちょっとなのか。こいつらの思考には付き合いきれない。
さっさとこいつらをカタシテ眠りたい。邪魔をするなら排除するだけだ。
何かが心の中で鎌首をもたげだす。
コロス。
コロセ、メッサツ、ジュウリン、レキシ、ボクサツ、ザンサツ──。
なんだこれは。
明確な悪意を向けられ、俺の中で何かが囁きだす。
やかましいわいっ。
衝動に向かって怒鳴りつける。俺は普通で平凡な生活がしたいだけだ。血なまぐさいのは勘弁だ。
大きく息を吸い、吐く。嫌なものを吐き出すように、深く深く息を吐く。
「道を開けてくれないか。俺は帰って寝たいんだ」
「なにをほざいてやがんだ。この状況が解ってんのか」
「そうだな。大体把握している」
契約とらやをしたせいなのか?気が大きくなっている?なんだろう、負ける気がしない。
それと、今までフォースパワーを廻していたせいか、視界が鮮明になっている。
夜なのに、夕方くらいの明るさがある。幾何学模様もたまに見えるが、まぁそれはいいや。
「全殺しだ。やっちめぇー」
号令が轟くと同時に先頭の奴らが一斉に掛かってきた。
「殺すなよ!」
俺は言った。ジャネットにだけではなく、鮮明になった視界の奥、奴らの背後に立っている2人にも。
終わってみれば圧倒的だった。
足元には、チンピラが転がっている。痛みに呻くものや、そのまま気絶したもの多数だ。
流石に彼女たちに掛かれば赤子の手を捻るようなもので、一撃の元に次々と倒されていった訳である。
「なんとも君たちは凄いな」
称賛の意を伝えた。
「それほどでもありません。この程度なら……へそで茶を沸かすというのでしょうか」
ビアンカが言ってきた。
「……多分違うかな」
自然と笑いが込み上げてきた。
「おっ居た居た。ってもう終わりか。だらしねーなーこいつら」
マルヤムだ。
「クリスティーナだけ残してここへ?」
ビアンカが問う。
「ああ、なんか来たけどさ、一睨みしたら小便漏らして逃げちまってな。やることないからこっちにきたってわけだ」
「言い方が下品ですね」
エレノアがしかめた面で咎める。
「いや、比喩でもなく本当のことだからな。中には糞も漏らしてたやつもいたぜ。臭かったぜーまいっちまう」
つまり、臭かったからこっちに来たと。残されたクリスティーナよ、なむり。
「クリスティーナは何故こないんだ?」
残してって、一人にしてはいけないだろうに。
「あぁ車を放置できないって言って残ってる」
「車?」
合点がいった。彼女たちがここにいる理由。
俺が落とした鍵を拾ったクリスティーナが、皆を乗せてここまで追ってきたと。
「よく、追いつけたな。というか良く探せたもんだな」
「その点については、エレノア様のお蔭です。彼女は探索や追跡に長けておりますので」
ビアンカが説明する。
「そうなんだ、ありがとう。皆もありがとう」
「別に構いません。それよりも、これをどうすればいいのでしょう。埋めて、植生の肥料にでも致しますか?」
エレノアが生ゴミを見つめるような目で転がっている連中を見る。
そういうお化けが出そうな話には持ってかないで欲しいもんだ。
「取り敢えず警察にでも連絡するしかないか。これで完全に門限破り決定だ」
今更である。
溜め息と共に、倒したヤツの物品を漁る。
ロックされていない携帯電話を探し出して連絡した。
「僕も活躍したかった……」
助手席で、ぶーたれるのはクリスティーナだ。戦闘に参加してなかったのは彼女だけである。マルヤムも実際は睨んだだけで戦闘してはないが…。
「十分役に立ったと思うぞ。なんせ皆を連れてここまで運んでこれたのは君のお蔭なんだから」
「そうはゆうてもなー。全然いいところみせれんかったやん。台無しやで」
「いやいや、本当皆のお蔭で助かったよ。一人じゃきつかったし」
「………なあ、あの状況一人でもなんとかなったいうの?」
ふむん。
しばし考える。
「多人数で囲まれたら駄目だったかもしれないか」
「つまりは、一人でなんとかできたいうことか」
「運が良ければね。だから君たちが来てくれた。そういうことで感謝してるよ」
「それが日本式なの?」
「……どうだろ」
結局あの後、警察が来て事情を説明し、開放されたのは日付が変わる直前だった。
目下、帰宅中で日付は変わっている。
過剰防衛だとかなんだとか言われたが、こっちは攫われて命の危険があった、人死にも出してないのに文句を言うなと押し問答だった。
「日本の警察は、善良な市民が被害に遭ったというのに、被害者を加害者にするのですか。UKでは──」
メイドのビアンカさんが延々と逆に説教を垂れるに至り、納得してもらえたようで、面倒では有るが色々な書類に記帳後、開放となった。
「あの暴漢たちはどうなるのですか?」
回想していると背後からビアンカさんが聞いてきた。
「殆どが未成年だからなぁ。親が呼ばれて説教後、開放かもしれん。拉致監禁に暴行未遂、あげつらえれば鑑別所行きになるかもしれない。どっちにしろ、与り知らぬ所だなぁ」
「やはり息の根を止めておいた方がよかったのでは?」
「そういうのは無しで。法治国家であって、俺たちは国防に携わる者だ。そういう場合もあるかもしれないが、その時ではなかったからね。日本は人の生き死にには煩いんだよ」
「まるでロボットですね」
ロボット?
「どういうことだ?」
「知りませんか、ロボット三原則を」
「ロボットは人に危害を加えてはならないとかなんとかってやつ?」
「そうです。ロボットの替わりに日本人と入れ換えてみてください」
「いや、全部知らないし……」
「第一条、ロボットは人間に危害を加えてはならない。また、その危険を看過することによって、人間に危害を及ばしてはならない。第二条、ロボットは人間に与えられた命令に服従しなければならない。ただし、与えられた命令が第一条に反する場合は、この限りではない。第三条、ロボットは第一条及び第二条に反する恐れのない限り、自己を守らなければならない。以上です」
成るほど、ロボットを日本人と置き換えても大差ない気がする。
「しかし、人間とはどういう括りでいっているのだこれ?」
今の世、角や羽が生えてたりする人間も多い。それが軋轢にもなっている。
「そこまでは存じあげません」
まる投げされた。
「そうだなぁ人間ねぇ。目があって鼻があって口があって──」
「それでは聾唖者や盲人は人間ではないと」
「……すまん、そこまで真剣に考えていなかった」
なるほど、考えれば人間というのは難しい。姿形では規定できない。では人間というのはなんなんだ。
「Je pense,donc je suis」
後部座席から小さな声が挙がった。でもなんだって!?ジュ パンス ド……ジューシー???
「我思う、ゆえに我有り。ですか」
ジャネットの言った言葉を翻訳してくれたビアンカだった。流石メイドさんである。物知りです。
「それは聞いたことがある。なるほど確かにそうだ。やれ人間だ人外だと分けようとしても、行き着く先はそこなんだな。人間は考える葦であるとか、人の上に人を作らず人の下に人を作らずとか」
「……言いたいことは解りますが、概ねそのようなものですね」
歯にものが挟まったような返答がきた………帰ったら勉強しよう。
「はっ、何を言ってやがる。腹が減ったら喰う。眠ければ寝る。着の身着のままで何が悪い」
異を唱えてきたのはマルヤムだった。
「それでは獣と変わりありません」
ビアンカが即座に否定してきた。
「てめーは、霞でも喰っていきてんのか?んなわけないだろ。喰って、寝て、犯って増えたのが人間だ。獣?上等じゃないか。俺たちの本質はそこだろう。力あるものが正義だ」
「そういう考えができることこそ、人間の証じゃないのか?」
俺は言う。
「正義だなんだと、獣はそういう大義は持ち合わせていないよな。群れを守るとかはあるかもしれないが、それとは違うだろ」
「うっ……」
「マルヤム様の負けですね」
ビアンカが判定づけた。
「うっせい」
「まぁ、そういうことで、同じ人間同士これからも宜しく頼むわ」
「へーへー、精々よろしくしてやるよ」