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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第三章
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Night raid 04

「軍校の奴らといちゃいちゃしやがって、だからそんな正義感をもってたんかね」

 そいや、制服着てたのは彼女たちで、俺は私服だったな。外から見たらそういう風に見えたのか。

「次はあたいらが遊んでやるよ。搾り取って最後にすぱっと切ってあげるさ。楽しいだろ」

 言ってくれる。

 それにしても、意外と冷静だな、俺。乗り越えてきた修羅場のせいか、それともこいつらを驚異とは思っていないのか……こんな状況では幾らなんでも驚異となるだろう。

 ということは、修羅場の差?確かに一撃即死を何度も体験してきたが、まずいだろう、感覚が鈍っているというのは。そのことは取り敢えず後回し、先ずは状況確認だ。何人だ?この車にいるのは。

 運転席、助手席、後部シートに二人か。用意周到なこって。

「無駄口はいいから、縛っておけ。暴れ出す前にな」

「は、はいっ」

 助手席からの声に素直に従って、俺の手と足を縛りにくる。

 こいつが頭か?

 なんとかして拘束を解いて頭を潰せば、逃げれるかな。

 先ずは痺れが取れないことにはどうしようもないが、それにしてもこいつら何処へ行こうとしているのだ。

 車の外へと視線を向ける。

 街道沿いか、街燈の形で解る。だがどっちへ向かっているのか、海側か山側か。

 じっと外を観ていると、看板が通りすぎるのが見えた。文字までは未だ視界が回復してないから読み取れないが、あの矢印の形には覚えがある。

 海側だ。

 となると、倉庫街にでも連れて行かれているのだろうか。頭の中で地図を描く。

 アジトまで連れていかれたら終わりだ。それまでになんとしても逃げ出さねばならない。

 それまでに痺れが取れるかどうか…時間との勝負になる。

 普通に回復を待っていたのでは絶対に間に合うことはない。

 ならば、どうする。

 フォースパワーだ。それしかない。つか、それしか思い浮かばない。

 できるのか?今の俺に。

 悩んでも仕方ない。やらねば、この状況を打破できないのだから。


 痺れて呼吸が浅い。それでも、イメージする。

 息を吐く。身体の前部を頭から下腹へと気が流れるイメージ。

 息を吸う。下腹から背骨を通って、頭へと気が流れるイメージ。

 繰り返す。

 フォースパワーは大小あれど、使い方は変わらない。

 ほぼゼロと言われた俺だが、逆に言うとゼロじゃない。幾ばくかの力は残っているってことだ。

 そうして肉体を活性化させるんだ。

 イメージ、イメージ、イメージ。

 集中、集中、集中。

 何度も繰り返していると、呼吸に合わせて何かが流れている感覚がやってきた。

 今まで感じたことが無かったが、これがそうなのか。この土壇場になって気付くなんてね。

 やってきたことが漸く実ったってことだが、なにもこんな時にって気もしないでもないが、こんな時だからなのだろう。

 フォースパワーが流れると共に痺れが薄らいでいく。視界もはっきりとし……なんだこりゃ?

 何かが重なっているような、ぶれた景色が飛び込んできた。

 なんだこの幾何学模様は。

 思わず、息が止まる。併せてイメージしていた流れも止まってしまった。

 フォースパワーの流れが消えるとともに、幾何学模様のぶれた景色は消え失せていった。

 つまり、この現象はフォースパワーのせい?肉体活性化の影響なのか?

 慌てるな俺。もう一度イメージ。呼吸に合わせて気を巡らす。

 岩より沸きだす清水の如く、ちょろちょろとした流れを認識した。

 下腹から頭へ、頭から下腹へ、ほんの僅かな清水を循環させる。

 これが今現在、俺のフォースパワーなのか。凄く頼りない。

 視界がぶれ出す。既存の形と幾何学模様の形。ここで気を抜くな、言い聞かせる。

 呼吸を繰り返すと、ぶれは自然と止んでいった。既存の形に摺り合わせるように幾何学模様が融けていく。

 時折、明滅するように幾何学模様が見えるが、おおむね元に戻った。逆に幾何学模様に視点を合わせるように意識すると見えてくる。どういう仕組みなのか気にはなるが、今は気にしないでおこう。

 染み出でる流れは、気を抜くとあっと言う間に霧散していく。砂漠に水を流すような絶望感が襲ってくるが、それでも歯を食いしばって耐える。

 そういえば、砂漠といったらパスタとピッツァだったっけ。彼女達はどうしているのか。

 警察に連絡していてくれると助かるのだが……。

 っと、集中しなくては。

 呼吸が深く長くなっていく。痺れも薄らいできた。

 後ちょっとだ。もう少しこのまま……。

「そろそろ着くぞ」

 助手席のリーダーらしきやつが言った。

 やばい。

 手を握りしめる。やや頼りないが、回復しているのを確信した。

 これからどうする。

 何かするなら運転手をどうにかしないといけないか。

 どうにしかて次は……えぇい先ずは車をどうにかすることだ。黙って手をこまねいていていいはずはない。

 交差点に差しかかったのか、車の速度が落ちて大きく曲がりだした。

 いまだっ。

 椅子の背もたれに手を掛けた。

 同時に足を縮め同じように背もたれに足を置く。尺取り虫のように椅子の背にしがみついた。

「あっこいつっ」

 突然の行動に横のケバイのが声を上げたが、遅い。

 引き絞るように身体を縮め、一気に伸ばした。

 宙を舞う。

 前方へと。

 背中から飛び込んだ。

 衝撃が身体を襲うが、歯を食いしばって耐える。そのままハンドルへと手を伸ばす。右折の途中だったところへ取りついたせいで、曲がり切れず、歩道に乗り上げた。

 車が異常を感知し、自動で急ブレーキがかかるが、止まりきれずにそのまま街路樹に衝突する。

 ぶつかったことで車は止まったが、中のいる俺は慣性の法則で身体が宙へと飛んでいく。そのままフロントガラスに衝突した。

 ゴツンと鈍い音が後頭部から響く。突き抜けた痛みが頭を襲った。跳ばされついでにフロントガラスにしたたか打ちつけたのだ。蜘蛛の巣状にひびが走る。流石に突き破って外に放り出されることはなかったが、これはまずい。ダッシュボックスの上で転がっているってことは、まだ車中にいるからだ。

 エアバックが作動して、前席のは衝撃で動けないでいるようだ。逃げるなら今しかない。

 息を吸い、吐く。繰り返し繰り返し呼吸を続ける。少しでもフォースパワーを循環させ、痛みを和らげようとする。焼け石に水かもしれないが、やらないよりはましだ。

「ふんっ」

 縛られた足では有るが、跳ねることはまだできる。

 運転席のエアバッグを飛び越え、手を伸ばす。ドアノブに……掛かった。

 幸い鍵が掛かっていなかった。ドアがゆるりと開き、そのままずるりと車から這い落ちた。背中から着地、一瞬呼吸が止まるが構っていられない。

 イケイケゴーゴー。

 芋虫が這うように前進する。肘と膝を駆使して這いずる。

 ははは、まさかこんな処で、訓練でやった匍匐前進が役に立つとはな。人生何が起きるか解らないもんだ。

 奴らが動き出す前にここから離れて隠れなければ。

 息が荒い。肺が酸素を求めて暴れている。血が身体を巡り、心臓が早鐘のように鼓動を叩く。

 吐き気が……胃が暴れる。やっぱりラーメン二杯は無謀だった。

 だが、ここで吐くわけにはいかない。相手に逃走経路を教えるわけにはいかないからだ。見てくれ的にもゲロまみれになるのは絶対さけねばならない。むしろそっちの方が大事である。

 口をきつく噛みしめ、無様な芋虫が街路のを超えて、歩道に入る。

 ズリズリと街路樹の影を盾にして這い進む。


 ここはどこだ?辺りを見回して確認する。

 もう倉庫街だった。

 さっき曲がったのは中に入る為だったのか。

 間一髪だ。しかし、騒ぎを聞きつけて他がやってくるか……やってくるだろうな。

 どこかで、縄を切るものを探さなければ。

 がやがやと声が聞こえてきた。奴ら出てきたか。怒声が轟く。

「ミンチにしてやる」

 一際大きな声が耳に入った。

 静かに速やかに、這って這って匍匐前進で物陰に移動する。

 そうだ、鍵、鍵で縄を……ってポケットはなかった。何処で落としたんだ、くっそー。

 他に何かないか?辺りを見回す。

 今のうちに縄を切っとかなければ、じり貧だ。

 悪あがきとばかりに腕をクロスに捩じって、引っ張った。

 少し緩んだ。見ると、素人な縛り方をしているな。ってもっと早く気付け俺っ。

 紐の材質も大したもんじゃなかった、ただのナイロン製だ。これならいける。

 捩じって隙間を開けつつ何か役に立つものがないか視線を侍らす。

 壊れかけの木箱の山が見えた。

 いけるか。

 慎重に匍匐前進で進み木箱の前へくる。

 木箱の角に縄をあてがい擦る。

 よし、これはいけるぞ。ささくれ立っていたのも役に立った。みるみる縄が切れて手が自由になった。

 すかさず、足の紐も解きかかる。結び目がかてぇー、後先考えてない固結びじゃねーか、しかも二重にかけてやがる。くっそ、手と同じようにやるしかないか。

 木箱の角にあてがい、グリグリと擦って切る。

 手に比べたら不格好でしかたない。いまいち力が入らないが、急いてはことをし損じる。慎重に慎重に。

 息を殺して、擦り続ける。


「いたぞっ」

 見つかった!

 まだ、紐は切れていない。

 まずいまずいまずいっ、慎重になんてやってれない。力を入れて擦りつける。

「観念しなっ」

 足音が近づいてくる。

 落ちている木屑を投げつけ牽制する。少しでも時間を稼がなくては。

 腕で顔を覆いつつ、相手がやってくる。

 早くっ。

 切れたっ。間一髪、間に合った。

 足から紐を抜きつつ、立ち上がる。

 相手は目の前まで迫ってきていた。捕まえようと腕を伸ばしている。

 俺はその腕を掴み、自分の身体毎一回転。ゴキッと鈍く嫌な音が鳴った。肘関節が抜けた音だ。

 そのまま回し蹴りを背中目掛けて叩きつける。

 地面にそのまま相手は崩れおれ、気絶したようだ。

 人が集まる前に退散だ。

 の、前に……倒した女のポケットを弄る。こんな奴でも女である。柔らかい感触に別の興奮するものが隆起されてくる。非常事態って状況なのに、何を感じてんだって。非常事態だから興奮するのか?ええいっそんなこと考えてる余裕なんかないだろ。

 財布にハンカチと携帯電話か…。

 財布はポケットに仕舞い込み、携帯電話を……ちっご丁寧にロックがかかってやがる。

 警察に電話と思ったが、そうそう上手くはいかないってか。

 丁度複数の足音が近づいてきた。

 逃走劇の開始の合図が鳴った。


 走る。

 追いかけられる。

 逃げる。

 敵の集団がまばらになる。脚力の違いが差を生み出すのだ。

 わざと足を遅くし、一人の距離が縮まるように誘導する。

 相手は好機とばかり飛ばしてきた。後続との差が更に広がる。

 距離が後1、2歩というところまで縮まった瞬間、俺は反撃にでる。

 捕まえようと伸ばしてきた手を掴み、反対の腕で胸元に肘鉄を入れる。触るなら、肘でなくて掌のほうで揉むがいいぜ、くそったれ。

 因みに素手で顔は殴らない。一発でのせると思われがちだが、こっちの被害が尋常じゃないことがある。歯がささんだよね。殴って安全な場所というのがあると、教官に教えられたことが脳裏をかすめた。

 無様に喘ぐ女の膝裏に蹴りを入れ、倒れた所を脇腹にもう一発爪先止めを入れた。これで当分動けないはずだ。

 追っ手はまだまだいる。

 逃走劇の再開だ。


 5人は倒した。流石に同じパターンで潰していけば、相手も気付いて戦法を替えてきた。

 しっかし、何人いるんだ。20人はまだいるようだ。

 3、4人で1グループになって行動するようになり、目下、絶賛包囲され中だ。

 となれば、次にやることは、頭を潰すことか。

 逃げれれば問題ないんだが、どうにもそれは無理くさかった。

 さて、頭はどこか。あの助手席にいたのがそうであれば、探すのは多少は楽にはなるのだが、出張ってくるようなやつが頭とは到底思えない。いいとこ、隊長クラスといったところだろう。

 ふむん、となると本拠地に陣取っているのだろうか。

 頭の中でここの地形を描く。

 逃走経路と遭遇場所。逃げながらだったから結構あやふやだが、まぁ大体は掴めている。

 総合するに、本拠地と思わしき場所は2つか3つ候補にあがった。

 先ずは一番臭い所から行くか。

 それにてもフォースパワーってのは便利だな。使い方が解ればかなり肉体に無理を効かせれる。

 病み上がりの追走劇でもお役立ちです。思ったほどに疲労が溜まっていないのだ。

 調子に乗らない程度には活用させてもらおう。慢心せず心を引き締める。また入院になんてことは、万が一にも避けねばならぬ。

「といっても、面倒だよな」

 独りごちる。

「汝よ、殲滅が目標か?」

「いや別に殺す気はないよ……ってだれだ?」


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