Night raid 03
ショッピングモールにある本屋はでかい。
専門書から雑誌、漫画なんでもござれだ。
情報パッドでも読むことはできるが、寮、ひいては学校では持ち込み禁止品だ。ついぞ情報誌は紙主体となる。
そいやあの車なんてーのかな。種類は見て解ったが、車名が解らん。そんなに詳しくないからなぁ。
車雑誌のある棚を探して向かってみる。
物色していると、目に留まったのはバイクの雑誌だった。ついついそっちの方を読んでしまう。
中古車情報とか、ふむふむ、この額なら買えない事もないか、車検のない排気量なら維持費も安かろう。
頭の中でソロバンを弾く。
うーん、バイク本体だけじゃなく、装備も揃えるとなると、かなりの出費になるのか。借り物で済ませれてた時とは違い、自分のものとなると…くぅきついなぁ。とりあえず、必要と思われるのはグローブとメットと靴か。ジャケットやパンツは今あるものでなんとかするしかなさそうだ。
半ば絶望しつつ本を棚に戻す。
さて、他に……ん?
二人組の中学生っぽい女の子がいた。ファッション雑誌の棚で本を漁っている。
それだけなら、何も問題はなかったが、その他にしている事が問題だった。
巧みに、お互いをカバーしつつ本を鞄に失敬しているを見てしまった。窃盗シーンの生現場である。
見てしまったなら仕方ない。店員に通報しておくか。
視線を彷徨わせるが、見える範囲に店員はいない。まぁそのタイミングを狙って盜ったんだろうからして当然だ。
そうこうしているうちに、二人組は本屋から出て行く。くそっ思わず走り出して、二人組の前に出る。
「ちょっと君たち、待ってもらえるかな」
「あー、ナンパならお断りだぜ、消えなカス」
正面から見るとケバい化粧の2人である。一瞬憐れみをもよおすが、それはそれこれはこれ。
「そうじゃないよ。君たち、会計は済ませたのかい?」
言った瞬間2人は左右に別れて走り出した。
動きが慣れてる。こいつら常習犯か。
ならばと、本を鞄に入れている方を狙って組み付く。
流石に一般人のそれも中学生と思しき女の子に遅れをとる事はない。腕をとって逆手に捻りあげて確保する。
「ちくしょー放せ糞野郎がっ」
悪態をつくが、それで放すほどお人好しじゃない。
この段になって店員が気づき、やってきた。
「どうしました」
血相を変えて聞いてきた。
「窃盗です。鞄の中に」
「失礼します」
言って、店員は鞄の中身を検める。
中から数冊の雑誌が出てきた。
「元々あたしんだ。なに勝手にほざいてやがる」
唸り声を挙げるが無視。
「店員さん、タグチェックを」
「はい、そうでしたね」
今時、在庫管理の為にICタグが入っている。それを調べれば会計済みかどうか以前に素性がまる分かりだ。
「うちの商品ですね。未会計の」
ICリーダーからの情報を確認し店員は告げる。
「だそうだ。観念しな」
「くそっくそがぁっ」
化粧と同じように、心根も見苦しいったらありゃしなかった。
「それでこれどうします?」
店員に聞く。
俺としてはもう引き渡しておさらばしたい。
また本屋に戻って立ち読みの気分でもないし、どうしたものか。
「今、警備員が来ますので、少々お待ちください」
店員に引き渡しておさらばにはならなかった。渡したところで、この人が押さることはできそうにない。
遅まきながら、漸く警備員がやってきた。これで開放される。
ここで気を弛めたのが失敗だった。
女の踵が向こう脛に入った。瞬間の痛みに拘束が緩んでしまった。
その隙を逃さず、振り切って逃走を謀り、警備員が慌てて後を追う。
しまった。捕まえたのなら、地面に倒しておくべきだった。初歩中の初歩を俺はミスってしまっていた。
「済みません」
「いえ、商品は無事でしたから、気にしないでください。こちらこそ、ありがとうございます」
店員に慰められるが、沈んだ気持ちは回復しない。
「それより、脚は大丈夫でしょうか。思いっきり蹴られてましたが」
「大丈夫ですよ。日頃鍛えてますから」
昨日退院したばかりだけどね。
確かに痛みは残っているが、どうということはない。咲華のしごきに比べたら屁でもないのはいわずものがな。
しっかし、やっぱ入院で感が鈍ったのだろうか。明日からの授業が憂鬱になりそうだ。
本屋を出て元居たベンチに座り込む。
結局あの二人組は逃げきったのだろうか。
まぁ監視カメラにはバッチリ映っているだろうし、逃げきれたとしても後は警察の仕事か。
のこのこと次にやってきたときは警備員もいることだし、二度と窃盗なんか働くこともないて…。
……ゔ。
何も顔が知れ渡ったのは、あの二人組だけではない。俺の顔もバッチリグッドに映っているはずだ。
つか“本屋”の店員さんに面が割れてしまった。こっちのほうが大問題じゃないですかっ。
店員さんが入れ代わるまで、お宝を買えないじゃなーい。流石に恥ずかしすぎる。致命的失態だっ。かといって見過ごす訳にもいかなかったしなぁ。ちきしょーめー。
ふんっ何も本屋はここだけではない。他にもあるんだからねっ。
………絶望に打ちひしがれた。
帰ったら酒でも呑もう。今夜ばかりは呑みたい気分だ。
「あら?本屋に行かれたのではなかったのですか」
メイド!のビカンカが聞いてきた。
あれから待つこと数十分、買い物を済ませた彼女たちがやってきた。
「あぁあんまり読むものが無かったので、戻ってきてた」
「それより、買い物は済んだかい?」
「はい、充実した一時でした」
晴れ晴れしい顔を見る。
ま、そういうことなら、来たかいがあったというものだ。
「なら、帰るか。時間も結構経った事だしな」
「あー、一つ忘れてるー」
異議有りと、クリスティーナが割って入ってきた。
「なんかあったけ?」
「パスタ!ピッツァ!!」
そういや、そういうイベントがありましたね。本当すっかり頭の外やった。
「でも今日はラーメン!!!」
にこにこと、食いもんの指定を替えてきた。
って何故にラーメンなんだ?つか俺の夕食ラーメンだったんだが。同じものは喰いたくないなぁ。
「皆で食べたいものを話し合った結果です。中島様の夕食を見て、美味しそうでしたので」
変更になった理由をビアンカが告げる。
そーですかー、自分のせいでしたかー。
人生何処で墓穴を掘るのか解ったもんじゃなかった。
「Cibo tradizionale del Giappone!」
………なんだって?
クリスティーナが目を輝かせて、ラーメンに箸をつける。
「日本のソウルフード、と」
翻訳ありがとうございます、ビアンカさん。
なんだか、色々お世話になります。
ショッピングモールには何でもある。レストラン街の一角に店を構えているラーメン屋に来ていた。店を探して街を徘徊しなくて済んで助かった。
5者5様にラーメンを食べだす。
ビアンカは礼儀良く、エレノアはこれって食べ物?みたいな怪訝さで、マルヤムは豪快に、ジャネットは無表情で食べる。
一々煩いのがクリスティーナだった。
皆、箸の使い方は習熟しているようで、危なげは無かった。
「箸の使い方、上手ですね」
「長船殿下に教わりました」
解説役を進んで買って出てくれるビアンカさん感謝です。
「あっちの喰いもんは不味くして仕方なかったが、こっちのは気に入ったぜ」
マルヤムが太鼓判を押してきた。
「そうそう、UKの食べ物は食に対する冒涜ね」
調子に乗ってクリスティーナが賛同してくる。
「エレノアさんと、ジャネットさんはどう?」
「辺境の食べ物にしては、まともですね」
とはエレノアの返答。気に入ってるだろうか?恐る恐る食べる姿からは想像しずらい。
エルフだから菜食主義なのかと思ったが、そうではないらしい。こっちの幻想はあくまで幻想であった。ふむん、エルフが作る料理か、一度食べてみたいな。
「こういった味付けが濃いものは苦手だ。だがなぜだ、止まらない」
止められない止まらないと、ジャネットのほうは気に入ってもらえたようだ。
ビアンカに感想を聞くのは怖かった。マルヤムとクリスティーナがUKの食べ物を虚仮にしていたから。メアリー付きのメイドであればUK出身なのは明白で、それを比べられれば気にもするだろう。
「UKでも、ラーメンの店はありますが、そこでは味わえないこってりした料理ですね」
察してくれたのかどうか、感想を答えてくれた。やっぱりメイドさんはイイネ!それにしても、向うにもラーメンあったのか…一体どんな魔改造されたものになっているのだろう。……って日本基準で考えてはいけないか。このラーメンも他に行けば、また違うスープに麺に乗せる具材ががらっと変わるもんだしな。
ちらりと、ビアンカを眺める。エリザベス付きのメイドさんと比べるのは失礼かもしれないが、彼女もかなり高得点ですよっ!えぇこれなら、残り3人の実力も推して計れるというもの。色々期待しちゃうぞー。一人くらいは欲しいですっ!切実に!!
「とりあえず、気に入って貰えたようでなによりだ」
遅ればせながら俺もラーメンに手を着けた。
食したラーメンは、専門に商売するだけあって寮のより美味かった。だけど、流石にラーメン二杯目はきつかった。付き合いとはいえ、無茶したもんだ。
ふぅお腹一杯で動きたくないが、そろそろ帰っておかないと消灯時間に間に合わなくなる。
風呂もまだこれからだし、買い物に時間を喰ったのが痛いせいでもある。
復帰早々門限破りとか、不良ですよ。やってはいけませんねと、いうことで飯を喰った後は慌ただしく車向かった。
「そうだ、クリスティーナさん。免許は持ってきてた?」
「あー、えーと、どうもこっちに来る時に持ってくるの忘れたみたいかなー。あははー」
どこから持ってくるというのだ。
あるとすれば国際免許だが、端から信じちゃいない。
「そうか残念だ。帰りの運転を任せようかと思ったのにな」
ポケットから車の鍵を出して、目の前で指に引っ掛けてくるくると廻して見せつける。
「うがぁ~」
鍵目掛けて襲ってきた。見え見え過ぎる行動に、俺はさっと鍵を握って頭上に掲げる。
取ろうと、クリスティーナは手を伸ばすが、身長差で届かないでいる。
「残念だ、非常に残念で仕方ない」
「笑いながらいうなー」
ぴょんぴょんと跳ねるが、左右に腕を振って躱し、そのまま車まで走り出す。
「わっ、逃げるなー」
あははは、あー楽しい。ま、からかうのも程々にしておくか。
脚を停め、振り向き告げる。
「運転させてやるさ、寮の駐車場なら──」
声はスキール音に消された。
振り向くと、背後で車が急停車した。
白いワンボックスのバンが目の前で停まった。
やべ、ここ駐車場だった。
「わ、済みません」
思わず謝る。
と、スライドドアが開く。あちゃー、怒らせたか不味ったな。
「急に飛び出してすみま──」
胸に堅いものが押しつけられたとおもったら、弾けた。
いや、これは電流だ。スタンガンか。
刺されたような突き抜ける痛みのあと、力が抜けた。電気ショックで神経が麻痺したからだ。
そのまま崩れ落ちる所を引き寄せられ、車に引きずり込まれた。
ドアの閉まる音と、急発進する加速が続く。
一体何が起きた?
視線を彷徨わせる。ぼやけた視界に顔が映った。
「しぶといな、まだ意識があるぞ」
誰だ?
そこへむせ返るような化粧の匂いが鼻をついた。
この匂い、覚えがある。それは、本屋で窃盗を働いた二人組の匂いだ。
気付けば視界に入る顔も、焦点が合わずにぼやけているが、確かに厚化粧したあの顔だった。
あの後逃げきって、お礼参りにきたのか。顔を憶えられたのは、店だけでなく、こいつらにもだったか。
逃げきって、即効のお礼参りなんて、なんともやることが速すぎるぜ。
ということは、俺は拉致られたのか。本日二回目だな。つか本物の拉致にあうとはな思ってもみなかった。