Night raid 01
Night raid
寮に帰って来た。日がもう落ちる寸前だ。
駐車場に車を着け、一人降りる。
それにしても、最後の最後にこんなお土産を貰うとはね。瑠璃が運転してたSUVだ。溜め息と供に車を眺める。
なんと!俺の部隊用の装備だそうな。
うん、貰ってもあんまりいいことはなさそうなんですがね。だって、誰が運転するのよ、これ。
軍港などの施設に移動する為にと渡された足なんだが、俺しかいないような……。何かあったとき、俺が駆り出されること請け合いだ。
他に運転免許持ってそうなのは、咲華かなぁ。
寮で免許持ってそうなのは……うーん、夏休みの間に取っているのかな。普通の生徒ならとってそうなんだが、なんせここは特殊だ。車で移動するよりも、自分の足で移動した方が早そうな連中ばかりである。
まぁ有事の際は成り行きに任せることにして、普段の足に使わせてもらうことにするさ。
……出かける場所があればだが。
基本、寮と学校の往復だけで生活が完結している。購買で生活用品も買えるし、寮母さんに頼めば取り寄せてもくれる。
宝の持ち腐れならなければいいが。
あっ宝で思い出した。
そうかこいつがあれば、買い出しに行けるんじゃね?むふり、初めて少佐になって良かったと思った瞬間だった。
「ま、これからよろしくな」
「おぅよろしくされるぞ」
車に言ったつもりが、背後から応答があった。
振り向くと、そこには女の子がいた。
外国人である。爪先から上へと視線を動かす。
改めて思う、外国人ずるい。何その足の長さ。横に立たれるとちょっと凹むものがありそうだ。
「君は確か、留学組の……」
あの数の名前一々憶えているわけも無く……誰だっけ状態だ。
「クリスティーナ・マルティーニよ。エンジン音が聞こえたから覗きに来たんだけど、それあんたの?」
「とりあえずはかな。部隊の備品だよ」
「ということは、僕も運転していいってことだよね」
妙に馴れ馴れしい奴だな。
「乗りたいの?」
「勿論!ジャッポーネの車には興味があるんだ。一度は運転してみたかったんだよ」
ふむ、こいつは一応部隊の備品であるわけだし、俺がずっと面倒をみることは…できなさそうだしな。専属かそれに準ずる者がいれば管理は楽になるか。
「一応確認するが、運転免許はあるのか?」
「………」
視線を背けられた。
「車を運転したことは?」
「あるよっ」
「免許は?」
「もっ持ってるよっ」
嘘くせー。
「なら、見せてみろ」
「今は持ってないよ、部屋にあるっ」
ふむん。
あるというなら、少々付き合ってもいいかな。あればだが。
「それじゃ、夕餉後に免許持って部屋にきてくれ。俺も同乗するから、それで君に任せられるかどうか確かめようね」
「えー今乗せてよっ」
「だーめっ。今、免許持ってないでしょ。そんなんで走らせるわけにはいかない。何かあったときどうするんだ」
頬を膨らませて不満を訴えてくるが却下である。
この調子だと、持ってないことは確定っぽいようだ。
「それと、虚偽の申告は重大な軍紀違反となる。解っていると思うが、違反すれば営倉入りになるからね」
踵を返し、玄関へと足を向けて歩きだそうとするところで、後ろから抱きつかれて停められた。
「ねぇ、私が乗りたいって言っているんだよー。男なら細かいこと抜きにして乗せるのが礼儀なんじゃないのかなー」
背中をキャンパスにのの字を書いて、誘惑してくる。なんだかテンプレな展開だ。
「駄目なものは駄目です。それに今、寮から出かけようものなら、夕餉の時間が終わってしまいます。俺はもうお腹ペコペコなんだよ」
怒濤の展開で身体も精神もお疲れです。本当は飯食ったら風呂いってそのまま眠りに就きたいくらいだ。
「なんでジャッポーネの男って堅いのよ。普通女にここまで言われたらほいほい乗って来るものでしょ?」
「君の国ではそうかもしれないが、ここは日本だ。郷に行っては郷に従えともいう。車に乗りたければ免許を持って来るんだ。そうでない場合は絶対乗せないからな」
「そっちの話じゃないっ」
「え?何を言いたいんだよ」
しなを作って俺の前に立つ、クリスティーナ。
「こういうことだよ」
俺の眼前まで迫り、怪しげな雰囲気を醸しだす。香水の甘い匂いが鼻腔をくすぐった。
「僕の国の男だと、先ず美人をみかけたら、声をかける。それが礼儀だ。それなのに、ジャッポーネは挨拶はするけど、それ以上は何もしてこない。僕ってそんなにあんたたちからみて、なんとも思わない存在なのかな」
声が甘く蕩けそうな響きで耳朶を叩く。
「こんなことを言うと、セクハラだとか言われそうだが……言わないでくれよ」
「それでぇ~」
上目づかいでこっちを見てくる。空即是色色即是空、ぐっと堪える。
「魅力的な人がいれば、いちゃこらしたいと思っていますよ。俺だって健全な男子だ。隙あらばとも思っている。でもですね、軽々しく言い寄るのは、恥とも思っているのですよ。武士は喰わねど高楊枝。中には即効言い寄るやからもいることはいますが、そういうのは何されるか解らない無頼の奴らなんで、不要に近づかないようにしてください」
「今、僕のことを子供扱いしたわね」
「えっ?」
「この状態で、何を語っているのよ。子供を諭すような言い方だし」
セクハラで訴えるとかはなさそうだが、へそを曲げられた。
少し妥協点でも探さないと、納まりがつかないか。
「解った解った、君はとても魅力的だ。でも残念ながら俺には──」
「知ってるし、そんなの関係ないしっ。男と女がひとところに居れば、やることは一つでしょ」
話の流れが全然明後日の方向へ飛んでる~。どうしてそうなるのかなぁ。
「やることは一つか……。そういう割りに君は、すれた様には見えないんだけどなぁ」
カマをかけてみる。
経緯はどうであれ、長船種馬野郎が寄越してきた人物だ。そういうのは無いと踏んでいる。だから……。
「ばっ、この歳で処女なんてあるわけないだろ。やりまくってんのに決まってんだろ」
安い挑発に簡単に乗ってきた。
こう見えても俺は外道長船の蠅避けで数カ月を過ごした実績がある。多少の選眼力は持っている……はずだ。
嘘を言っているかどうかは解る……多分。こういう色仕掛けにだけはだが……変なスキル持っちゃったもんだなぁ。
それ以前に本気かどうか、この子の場合まる分かりだ。有体に言って思考が拙い。
車を運転したいがための色仕掛けなのがバレバレである。
蠅避けの時は、さっくり怒らせて馬脚を現させるのが最短コースではあったが、流石に同じ寮、同じ部隊、しかも部下となる相手だ。下手なことは言えないよなぁ。
これから、仲良くしなきゃならんこともある。
「分かったよ、降参だ。君は魅力的だ。だから夕餉の後にドライブに行こうじゃないか。それと、運転したければ免許を持ってくると。これは絶対だ。いいね」
「うっ、解った」
これ以上は押しても無駄だと悟ったのか、あっさりと了承してきた。
さっきと状況は変わってないけどなー。
クリスティーナの態度を見て一つ気になったことができた。身振り手振りが大げさなのだ。彼女の出身地では普通なのかもしれないが、どうにもそれが原因で子供っぽく見える。
一つ確認してみるか。
「なぁ砂漠で飯食うなら、何がいい?」
「パスタッ。あとはピッツア。それがどうたの?」
「いや、なんでもない、ちょっと聞いてみたかっただけだ。……そうだな聞いたことだし、夕餉の後、余裕あれば……って腹膨れてて無理か」
「大丈夫大丈夫、パスタとピッツアなら別腹だから」
やはり……。
疑問は確信に変わった。
だからといってどうということはないのだが、気になったものは仕方ないよね。
部屋に戻って、学生服から着替える。
変な約束しちゃったもんだな。まぁいっか、瑠璃たちの寮からこっちの寮までの運転だけではいまいち物足りなかったし、早く運転に慣れておくのも仕事の内だろう。自分への言い訳を並べる。
部屋を出ると、皇たちが待っていた。一緒に夕餉をするつもりで待っていたのだろう。
「ただいま。飯に行くけどいい?」
頷きを返して、4人で食堂に降りて行った。
配膳は俺がした。皇たちには席を取ってもらっている。昨日、退院祝いをしてもらったからな。多少は恩返ししとかないとな。
3人には和食セットで、俺はラーメンと早寿司……よくあったもんだ…を選択した。
入院中は脂っこいものなんて御法度だったから食べたかったんだよね。
豚骨ベースの醤油味、とろっと茶色に濁ったスープ。メンマとナルトが気持ち入っているところへチャーシューネギマシマシ、ついでにゆで卵も乗せちゃおう。いいねーいいよ、これよこれー。沸き立つ匂いにお腹はもうぺこぺこ。
胡椒をさっと振りかけて、いざ実食!
ずずずーと、麺を吸い込む。細めの麺に濃厚スープが絡まって脳内麻薬でまくりのカ・イ・カ・ン。 いいねっ人類の文化は。自然と笑いが込み上げてきた。
「美味しそうだな」
しげしげとこっちを覗く皇。興味津々そうな顔をしている。
そんな長いこと一緒に食べてはないが、食事で興味を持たれたのは二度目だ。最初は俺の出したお茶である。
ふむん。
「一口食べる?」
「いいのか、不作法になるが」
「いいっていいって」
レンゲにスープを少し掬って、一口分の麺を乗せる。
「ほれ、喰ってみろ」
皇はそのまま口を開けて、差し出したラーメンを食べた。
レンゲを渡すつもりで出したのだが……まぁいっか。
「どうだ、美味いか?」
「味がキツい。だが、これは……もう一口所望する」
「ダーメ」
自分の分が無くなるわ。お茶でもあったが、もう一口もう一口とせがんでくるのが目に見えている。
表情は憮然として不平を訴えてくるが、諦めなさい。
「食いたければ、頼んできてやるから。それを食って更に食い切れるならだけど、大丈夫か?」
「大丈夫だ問題ない」
「主よ、妾もラーメンを所望するぞ」
対抗心か興味本位からか、柊も加わってきた。
「では、私も一杯ごちそうになりましょう」
当然であるかのように咲華も言ってきた。
「お前ら……喰いすぎると太──」
その先は、殺意の波動をもろに浴びて言えなかった。
クチハワザワイノモト。
3人分を注文し、テーブルに運び目の前に置いてやる。最初だからノーマルにトッピングはなしだ。
レンゲでスープを掬い、口にする。次に麺をズズズーと吸い込んだ。
普段、静かに食べている皇が音を立てているのは、違和感がある。
「そんなに見つめるな」
怒られた。
「悪い、なんだか新鮮だったもんで」
まぁ食べているのをじっと見てるのはいいマナーではないな。
そういえば、皇たちってラーメンを今まで食べたことないんじゃなかろうか?俺たち庶民とは生活様式からして違うからな。今は一緒の寮にいて同じ釜の飯を喰っているわけだが……。
俺が変な癖つけたって言われなければいいが……。
これが元でまた騒動に……は警戒しすぎか。なんやかやと色々あったからなぁ、ちょっと気にし過ぎているのかもしれない。