俺と彼女と親友と 04 + 幕間
押さえていた怒りが、瞬間的に防波堤を突き破って溢れ出した。
次の瞬間には身体が動いていた。
女であろうが女中であろうが、どっかの偉い奴かもしれないのも全部まとめて、それはもうすでに、肉塊の一つとして認識する。
抓る手に手を被せ、強引に握り絞めて引き剥がす。強引に引き剥がしたせいで、爪で頬を裂く。しかし、自分に起きる痛みはもう気にならなかった。目の前を殲滅するのみ。そうすれば、普通の世界に戻れる。
繋いだ手は放さない。勿論両手ともだ。右に、左にっ、振り切って揺さぶる。
勢いがついたと感じたとき、上段に構え、自分は反転。背中に抱え込む様に“敵”を乗せ、やや足を伸縮したあと伸び上がって弾みをつけた勢いで、射出する。
このまま手を放せば、“敵”は壁にぶつかって相応のダメージを受けるだろうが、手を話してしまえば受け身を取られる可能性もあり、俺はその可能性を潰す事にした。
握った手に力を込めて、飛んで行く身体を無理やり引き止める。衝撃は相手の腕が悲鳴を上げつつ吸収。おそらく脱臼したはず。
しかし、地面には叩きつけず、掴んだ手はまだ放さず。いきおいを保ったまま横に振り回す。
置いてあった調度品が、服の端や身体、足のどこかにぶつかった様で室内を飛び交った。
ガチャガチャと破滅的な音をたて、調度品が床に激突する。高めの破砕音が部屋に鳴り響き渡った。
二回、三回と横回転。四回転目の最後に上へ向けて放り上げた。
落ちてくる身体めがけて、腹の位置に直蹴りをいれる。
相手は勿論吹き飛んだ。飛んだ先にはクッション多めの椅子が並んであり、それに尻から突撃する。
上下逆で椅子に座る格好で止まった。
静寂が訪れる。
息が荒い……、肺と耳が痛い。血液が酸素を求めて目まぐるしく廻っているのが解る。流石に急にこんな無茶な動きをしたせいなのだが。
そして、目の前には動きを停めている相手がいる。教科通りの行動をとるならば、止めを刺す工程がまだ残っていた。
だが、急激な行動は自身にも少なくない負担が掛かっていて、止めの一歩を踏み出せなかった。
止まった処で我に返る。何をやったんだ俺は……。状況は理解している。
ついカッとなってやっちまった。しかし反省はしていない。
一息つく。
相手は動かない。
とりあえず、相手が反撃をしてくるのかどうかと、残心の姿勢を維持しつつ探ってみる。
反撃しようとした場合は、それまでだ。やるなら徹底するべしと、日頃の鬼教官からの御教鞭に従うまで。
じりじりと摺り足で、背後斜め後ろに陣を構える。
「確かに、合格です。90点と判断します。ちなみに89点は不合格になります」
女中は言った。
「参考のために聞くけど、残り10点は何故取れなかったのだい」
この状態で何をと思ったが、聞いてみた。
「私の息の根を止めるか、行動不能にするために四肢を切り落とすかなりして、不動状態にしなかったためです」
感情の無い声で淡々と告げた。
「なるほどなるほど、俺には永遠にできそうにないや。とてもじゃないけど、自分からはそこまでする気にはなれないよ」
今のところはと心の中で付け足す。
油断無く、有利な位置からは動かないが、応答には答える。
「されど、貴方は合格しました。福士中佐の攻撃に、私の攻撃を防いだ事、どちもお見事でございました」
逆さに座っていた姿勢は、腕一本突き出し肘掛けをつかみ、それを支点に半回転を廻して座り直した。この女中らしいというのか、本人の矜持のなせる技なのか、ぴったりとした形で椅子に座った。俺が与えたダメージなど無かったような態度だ。
「この程度の温さのほうが、これからやっていかれるにあたって、吉となるか凶と出るかじっくりとお側で観させていただます次第です。以後良しなに」
俺は話が飲み込めてなかった。彼女の一言一言が、普通一般で考えることのできる“常識”を語っている訳ではなかったことを……。
それなのに俺は、答えてしまった。
「あぁ、よろしく」
何だかんだと、俺も影響されたのか、それとも流されただけなのかはその時点では自覚もなかったが、自然と腹の中は落ち着いた。
……単に暴れた後だから、気分が高揚していただけかもしれない。
彼女は口の端を軽く吊り上げ笑う。それからおもむろに立ち上がり、流れのまま手を差し出した。
握手のためだ。
あっと思ったときは遅かった。相手は俺が反射的に差し出した手をしっかりと握り返した。
「よろしく、明日からルームメイトです」
…………今、何か理解し難い、問答が、を、に??なんだってー?
「そう、ルームメイト。貴方を英国の害虫から守る役目を仰せつかった、中島少佐付け補佐官の咲華あずさと申します。以後よろしくお見知り置きを」
な、なにを言っているのだ。言っていることが理解できない。
そのまま彼女は話を続ける。
「それと、ルームメイトはもう一人。本来は、私はあの御方の護衛。貴方はオマケ。というよりも、君がケダモノになったときに処分する係りと思ってくれて問題ない」
おいおいおい、なんかとても聞き捨てならないことが耳に入ってきた気がした。
彼女の目を観る。
獲物を観る目だ。冷徹にどこまでも冷徹に、こっちを人とは見なしていない目だった。
………マジだ、どうみてもマジだ。
「それで、もう一人ってのはどこのだれ?ヤツはUKへ“逝く”訳だし、一体誰が……」
そこで気がついた。護衛を必要とする、ヤツと入れ代わりにやって来る……いや戻ってくる奴がいることを。そして、この騒ぎ。なんだかんだと試されていたのは。
「はーい、ご明察の通り。僕のマイスィスィスゥィートシスターだよ」
唐突に部屋に入ってきて、横合いから声をかけてきたのは、もうじき居なくなる親友だった。スィスィーと喋る時の口がアヒルを潰したような態と突き出して見せて気持ち悪い。
「何時お前の直接の妹になったんだ?」
くそっ思わず突っ込んじまった。
「はーい、質問です。俺、男だよ。女性と同室ってのは不味いよね」
「大丈夫だ問題ない」
イヤイヤイヤイヤイーヤー!!!
「じゃーさっ、任官拒否はできないのでしょうか」
「無理です。ホンジツノウケツケはエイエンにシュウリョウシマシタ」
笑顔で、質問したらそれ以上の笑顔で答えられた。しかも、一刀両断。
「あははははー、そんなこと言うなよー親友~」
「わはははー、いくら俺でもこればかりは無理というか、俺が仕組んだんだから、うんと言う訳ないだろー。馬鹿だなー」
思わず右手が唸っていた。くっ静まれ俺の右手。
やつはあー見えても皇族だ。といっても、既に事後だが。見事にフックぎみにどついてた。
「おーけー、解った。親友がそこまで言うなら。選ばせてやらんこともない」
……凄く、嫌な予感がした。
「不敬罪で死刑プラスぅここの壊した調度品の弁償と、任官受領のどっちかでいいよな。シンユー」
あぁ俺は、奴のあの顔を一生忘れる事はないだろう。奴の一生に一度だろうと断言できる晴れやかな笑顔を。
幕間 File.016028
やぁ親愛なる妹よ。なに?妹ではない?まあ、いいじゃないか気分で。
今年になって28通目のお便りだ。なに気にしないでくれ。本当は毎日2通位書いておきたかったのだが、流石に時間が取れなかった。こんなに間の開いたお便りで悪いね。
そろそろ、僕と入れ代わる時が近づいたようだが、僕の方は楽しみにしているよ。
残り少ない余生だと思って、高校なんてものに通ってみたものの、蝶よ花よと言われたときには、早く自爆でもなんでもいいからこいつらみんな巻き込んで盛大に逝ってやろうと思ったもんだ。
そしたらどうよ、ベスがやってくる事になったと聞いて、その機会がやって来たと思ったが……どうにも彼は僕を死なせてくれなかった。
彼を巻き込んだのは悪かったとは思うけど、人の人生なんてどうにもならないからさ、仕方ないよね。
まさか、ベス相手にスキを突いて勝つなんて芸当まで見せてくれた。その時おれは自滅も構わんとばかりに全開放出だったんだぞ。ん、その性なのか?
何?理屈が解らない。うん、俺も解らない。
びっくりした??
結局、どういう理屈かわからんが、勝利をもぎ取るわ、俺は普通に生きてるわで、本当に訳が解らなかったよ。なんとか悟られないようにするので精一杯だった。
そして、これが重要なんだが、なんと驚くなかれ、まだまだ余裕の人生を遅れるようになったようだ。この僕がっ。
多分、彼の能力のおかげだろう。僕がさっきまでの僕かどうかはわからんけどな。お前の妹であることは変わってなくて良かったと思うよ。
え、妹じゃない?くどいって?
それはまた今度話し合おう。
それでだ、こんな天の配剤が降って湧くとは思わなかった。その影響なのか、昔の様な力は無くなっていたけどね。精々AA辺りのようらしい。未だ人外寄りではあるが、恐らくそういうものなんだろう。つまり、僕はもう臨界することはないということだ。
そいうことで、僕の話はもういいだろう。それよりお前のことだ。
本当ならその時はもう少し先だったんだが、速すぎだ。馬鹿者め。こんなに早く僕と似たようなことになるとは、思いも寄らなかった。
紆余曲折あったけど、思惑とは違うこっちの方が面白そうだよね。うん、そう思うことにした。
本当、人と交わるのは楽しいな。君も交わってみるといいさ。
ついでに、ちょっと悪戯心おこしたことも笑って許してくれると思っているよ。
色々とオマケがつきそうではあるけど。つつがなくやってくれたまえ。
そうそう、僕が思うに彼の能力は、僕たちを助けるだけの能力じゃないはずだ。もう少し解明させておきたかったが、その役は君が受け継いでくれ。おそらく彼は……よそう。まだ確証もなにもないし、希望だけを述べるようではいかんよね。
その辺も含めて適役は君の方に譲る事にしよう。
つらつらと取り止めもなく書き綴ってみたが、この辺で失礼するよ。返事はいらない。君が息災であることを祈っている。
お前を愛してやまない兄より。