隊長はつらいよ 06
二の腕が縛られた。ゴムの管で血管が圧迫され血流が滞る。
「はい、ちくっとしますから、痛かったら言ってくださいね」
何時も思うのだが、痛かったらどうだというのだろう。結局そのままなのは変わりない。
「君はまだ未成年だから200ccだね」
「あー、そんなに要らない。100ccもあれば十分だ」
看護婦さんと小早川大尉がやりとりをしている。
注射器が腕に刺さり、血を吸い出す。
ゴムの管が外され、採血が始まった。
腕に刺さった注射器から、管を通って採血の機械に血が吸い込まれていくのを見送る。
「えーと良く分からないのですが、これってどういうことなんでしょうか」
小早川大尉に聞いてみる。
「少佐は、今ロボテクス乗れないでしょ?」
「えぇ、そうですね」
「でもこれで乗れるようになるのです」
意味が解らない……。
俺の血がなんになるんだっていうんだ?
「昔の技術ってのは侮れないものですよ」
「昔?」
「そうです。昔、まだフォースパワーというものが良く分かっていなかった時代。それでも私達はロボテクスを動かしていました。一つは日本が採った方法でコンピューターに動作を積めるだけ詰め込んで、半自動操縦で動かす方式。こっちのが主流でしたね。そしてその他にも動かす術があったのです」
「それがこの採血と関係があると」
ロボテクス史……そんなに知っている訳ではないが、昔はゲームのような感覚で操縦できるように、パターンを組み込んで動かす方式だった。それがもっと直接操縦できないかと脳波操縦方式に注目が当たり、どうにかできないかと開発していった結果、フォースパワーで繋げる方式が出来上がった。
αやβ、θ波なんかの脳波を直接的に読み取ってってのは、どうにも動きながらではノイズが多くて使い物にならなかったからだ。
それで、他に伝達できる物はないかと探した結果、使えたのがフォースパワーだったという話だ。結果は見ての通りである。
「そう、埋もれた技術に中々興味深いものがあって、丁度その技術を持った船がやってきた。これ幸と試してみることにしたのということです」
「廃れた理由は?」
「管理が面倒なのですよ。それと、適合者が少ない。最終的に、20~30人に1人いればいいところまでいったそうですが、維持するにも管理するにもコストがかかる訳でして、結局廃れてしまった。フォースパワーで繋げた方が安価で安全であったせいでもありましたのでね」
さらっと、これはちょっと危険かもしれないよってことをいいやがった。適合率とかって適合しなかったらどうなるんだってんだよっ。
「あぁちょっと目眩が……」
「おやおや、大丈夫かい?あと少しで終わるからそれまで我慢してくれたまえ」
中断するつもりはないようでした。
横を見ると、美帆と瑠璃は俺を見守っている。期待に胸をふくらませて……。
「もし動かせたとして、今までと操縦方法が変わるとか身体的負担が高くなるとかそういうのは?」
「多分無いと思うよ。といってもデータでしかみたことがないけどね。操縦に関しては遜色ないはずだ。ほんとこの艦が旧式であってよかったよ。最新の艦では魔女工房なんて作られないものですから」
ま・じょ!
こ・う・ぼ・う!
「向うの言葉でいうと、Witch craft worksという。神秘的な響きがあるよね」
淡々と説明する小早川大尉だが、目が爛々と輝いていた。
それにしてもだ、なんで、こうも物造りの人間って振り切った所にいるだろうか。
採血が終わり開放された。
注射痕をアルコールを含んだ脱脂綿で押さえる。
「結局、俺を連れ出した本当の目的はコレだったわけですね」
じろりと2人を見つめる。
「それで適合しなかったときは俺はどうなるのです?まさか化物になるとか言わないですよね」
「それはないよ。そんな危険があったら、させる訳ないよ。信用して欲しいな」
瑠璃が訴え出る。
常識的に考えると、彼氏に~って言ってきて、その人物を人体実験で化物にする…なんてのはありえないか。
ふむん。そこは信じていいのかな?
「詳しいことは私から説明するわ」
今度は美帆が申し出た。
長い冗長な話から抜粋すると、こういうことのようだ。
今の主流になり得なかったロボット運用についていつくかある。英国というか欧州方面では魔術が盛んであり、その延長でロボテクスを動かせないかと研究が進められた。
魔術と機械人形。繋ぎ合わせるなら、ゴーレムみたいな使役方法がいいんじゃない?って流れだったが、まぁこれは失敗。単体の人形として動かすには良かったかもしれないが、火器、レーダー、通信、軍事的統率行動、複雑化する命令系統とは相容れなかった。
次に魔術なら魔女。魔女なら使い魔という発想の元に開発が行われた。使い魔として機械人形を操ってみようという発想だ。
これは操縦に関してはかなりいい所までいったらしい。問題が魔女が極少数であり、更に使い魔に複雑な作業をさせることができる魔女がこれまた更に希有な存在であったため、頓挫してしまった。そもそもが一人で複数の機体を動かすなんてのが無理な話だった。流石UK、トンデモ兵器の発祥地なだけはある。
ここで、日本からロボテクスの操縦について画期的な方式が発表される。
さっき言っていてた脳波操縦ってやつだ。
それでUKは気付いた。
“乗り込んで操縦すればいいんだ”
ロボットは外部から操作するものと言う固定観念を覆した。
何故そこに気付かないのかという突っ込みは日本人だからなのかもしれないが、減った人口をこれ以上減らさないたにめにも、兵器は無人運用でという思想があったからかもしれない。
それとも日本人は一つをとことん突き詰める気質で、UKを含む欧州は駄目なら次という気質の差のせいかもしれないが、当時を生きていない俺には想像の埒外だ。
実際、作業機器としては有人運転するものもあるし、それまでも乗り込むタイプはあった。結果が惨憺たる状況ではあったが。
そして焦点は、如何に普通の人が操縦できるかに移って行く。余祿だが、これが元で日本と同盟関係を結ぶまで関係が進展したという。
つまり、どうやって高度な操作を簡単に出来るかということだ。日本は脳波操縦が実用化に至らず、UKは魔術をもってすれば高度な操縦ができる。
両者の技術を合わせて、最終的にフォースパワーを使った操縦する仕組みが出来上がった訳となる。
で、採用されなかった方式が、俺が血を抜かれた方式だ。
魔術的要素を以てロボテクスを操縦する方式。
ゴーレムや使い魔で培った技術が役に立ったのだが、見逃せない欠点もあった。
一人で複数を操るという方式から、乗り込んで一機を“複雑”に操るまではよかった。
問題は、乗り換えが容易ではないことだった。魔術的要素として血を触媒とした使い魔の技術のせいで、別の人間が替わりに乗ることができなかった。軍用機を扱う上でそれは致命的である。
適合率うんぬんもあった。
また機体との繋がりを維持するために、数カ月毎に血を分け与える行為も問題点であった。
そうこうしている内に、フォースパワーで操縦する技術が出来上がってしまい、日の目を見ることが無くなったという経緯だ。
それでも細々と研究が続いてくれたお蔭で、随分と進歩はしたという。
抜粋しても長かった。
そういうことで、俺自身には問題は起きないこと知って安心した。問題は適合率だ。
駄目なら駄目で仕方ないが、やっぱり話を聞いて欲がでる。
というか、一度諦めてたものが、もう一度できるなんてこと聞かされたら、逆に期待が増大するしかない。
蜘蛛の糸よりは太そうだが、自分で手繰り寄せれないのはもどかしかった。
「それで小早川大尉、結果は何時解るのです?」
「ここで、術式を組み込んでから組み立て作業するのに一週間くらいかな。そこから最終チェックを経て納品は来週末辺りになるだろう」
そうか解るのは来週末か……って、えっ?
「ちょっと待って下さい。それって奇怪しくないですか」
「なにが?」
「いや、だってそうでしょ?さっきも言ってたけど適合しなければ操縦できないって。それが一足飛びに納品って奇怪しいと思うのですが」
素っ頓狂な顔をされた。
その後、何か気付いた顔をして笑いだす。
「私も人が悪いと良く言われてますが、なかなか君の周りも人が悪いのが勢ぞろいのようで」
「どういう……?」
人が悪いといわれて、真っ先に思いつくのは種馬糞蟲野郎だ。あと、安西も結構人が悪いな。それに生徒会の面々も……勿論、咲華もその中に入る。
指折り数え……あれ?もしかして、いや考えるな数えるな。これ以上考えてはいけないと本能が告げる。
「ま、いいでしょう。もう一度自己紹介しますか、私は皇軍左翼大隊第9工作部隊所属の小早川優遥大尉、サクヤを含めたロボテクス関連の技術主任であります。以後お見知り置きを」
合点がいった。
だから、ここまでするのか。
唯一A.Iを動作させた人間を放っておく筈がない。
どうにかこうにかして、ロボテクスに俺を乗せたい派なんだな。
「既に、貴君の適合性は合格しています。君が入院してるあいだにね。色々と」
そして既に規定事項でもあったと。
「正直いって、最初に君のことを聞いたときは腸が煮えくり返りましたよ。私の組み上げたロボテクスをどこぞの訳の解らない者が我が物顔で使っていると聞いてね」
そうでしょそうでしょうともっ。反対ならもっと声を大きくいって欲しかったね。そうすれば、こんな状況になってなかったんだから。
「それを言っても詮ないこと、私は作るだけの存在ですからね」
いやいや、そんな自嘲したこといわなくも、ほらっもっとはっきり言ってやった方がいいんですよ。あの阿呆には。
「それが、サクヤを宙返りさせたり。あまつさえ最後にはアレを動作させたって言うではないですか。あの時本当に思いましたよ。自分の不明を。流石、殿下が見いだした人物だったと」
そこで逆転しないでぇ~。
「単に、何らかの条件が揃っただけで、ほら、あれですよ、アレ。俺なんかをどうこうするよりも、あの時の状況から………」
言って気付く。全損してデータなんかは残ってない。なら、どうする?ってそういうことですかー。
「あれ?でも、あのデータはなぜ?」
美帆の方を見る。
「あれは、整備した時にバックアップされてたのを、安西君から貰ったのよ」
オーマイガッ。
安西ヌッコロ!
はぁもうそれはもういいや、それよりも気になることが未だある。
「ところで、やっぱりというか、アレですかね。納品されるロボテクスというと……」
「勿論、サクヤだよ」
ですよねー。
零式に組み込む訳がないと思ってましたとも!えぇ。
「でもそんなにサクヤって数あるのですか?」
「んーないよ。でも、仕方ないよね、状況が状況だし。まあ殆ど試験も終わっているし、次機種には決まったから後は量産するだけだし、試験機は余るから気にすることはない」
「そうですか」
そうだとしても、こっちに廻すってのはよっぽどのことなのは解る。殆どということは、試験がまだ残ってるということを意味する。簡単ではなかったはずだ。
「更に、君が全損させたサクヤよりも、より一層機能強化させたサクヤだ。操縦方法を替えるついでに色々詰め込むことができた。喜び賜え貴君だけのワンオフだ」
趣味全開ですね。
つか、ワンオフってどういうこと。そういうのは俺に対してやらないでくださいよぉぉぉ。
正にモルモットだ。
「まさか、目からビームが出たり、空飛んだりはしませんよね」
「はっはっはっはー、君も言うねぇ」
「はっはっはっ。いやぁもう色々ありえないことばかりでしたから」
「次のサクヤには目からビームは論外だとしても、空を飛べるようにはしておこう」
……口は災いの元。
身に沁みました。
「それは冗談とても、今回のサクヤは今までと違った趣向を凝らしている。量産を目指した物ではないからね。今ある試作品やらなんやらをふんだんに盛り込んであるので、頑張って使い切って貰いたい。そうすれば、次の開発にも役立つだろうしね」
「一介の学生が戦場に出るわけでもないし、特殊な装備やらなんやら使う場所なんかないですよ」
ロボテクスに乗れるようになるのは歓迎だが、それが活躍するような生活をしている訳ではない。
あくまで学生である。軍の学校とはいえ、学業が本来の仕事である。走ったり走ったり走ったりもしているが。
「そうだといいんだけどね。それと実際の戦闘をしなくても、授業で使ってくれればいいから」
「ないない、そんなのないですから」
後、不吉なこと言わないで下さい。本当に何かありそうで怖いですから。
もうあんなことはこりごりである。
「そうですか。今はそういうことにしておきましょう」
はぁ、それにしてもZクラスのこともあるし、色々と波瀾万丈な2学期の始まりだよ……。
てやんでぇーちきしょーめー。男は辛いよ。