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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第三章
87/193

隊長はつらいよ 04

 鬼気迫るというのはこういうことなのだろうか?

 剣幕に押され、俺はたじろいだ。

「いい?ハイかイエスで答えて」

 両肩を掴まれ、そのまま押し倒された。

「ちょっと待って、待ってください」

「聞きたい答えはそれじゃない」

「本当に待ってくださいっ。お願いします」

 魂の叫び。

「嫌なの?」

 少したじろぎ、伺うように聞いてきた。

「嫌とかそういうんじゃないです。理由が解りません。賭けに勝ったとしてもここまで迫られる理由が解らないんですよ。唐突すぎますって」

「……唐突なんかじゃない。ずっと待っていたのよ。それなのに、何も言ってこないんだもん」

 東雲副会長は半泣きになって呟きだした。

 普段の彼女からは見ることのない有り様になっている。 

「言ってこないって、無理ですよ。だって入院してたし、体力は衰えてるしで、この先やっていけるかどうかなんて不安でしかたなかったんだから。それに没収試合で無効って聞かされたから、諦めていたんですよ」

「そんな簡単に私達のことを諦めきれるものなのっ?」

「だって将来ですよ、この先のこと。ずっと入院生活かもしれなかった状況で言えるわけないじゃないですか」

「それでもっ」

 言い訳を並べたところで、東雲先輩には届いていないのがよーく解った。でも何故ここまで執着されるようなことした覚えなんかないんだが。

「ねぇ中島君、一ついいかしら?」

 前方から声がかかる。運転している中江先輩からだ。

「美帆っちがここまでご執心になってるんだけどさ、それっていつからって知ってた?」

 いつから?今じゃないの??

「解ってないようね……君と最初に逢った時だよ。君が美帆っちの話を延々と黙って聞いてたから」

 衝撃の事実を聞かされた。それだけのことで、どうしてこんな風になるんだ?

「……そんなことで?」

 確かに気に入られたってのは解っていた。事あるごとに延々と話を聞いてきたんだから。嫌な相手ではそんなこと起こりようがないのも事実だ。

「そんなことじゃないもんっ」

「だそうよ」

 だそうなんですか。

「私もね、事あるごとに君の事を話されてさ、多少興味ができたんだよ。美帆っちがここまで入れ込む相手ってどんなやつなんだろうというのもあったし。一度逢ってみたいなーってのも思った。けどね、美帆っちてさ、私が逢おうとするの嫌がっててねぇ」

「だってぇー」

 駄々をこねだした。もう美人副会長の面影は影も形もない。

「結局、武闘会のお蔭で君と接点を持つことになったのだけど、あの時の美帆っちの顔ったらありゃしなかったわよ。ホント渋々、渋々お願いしたいことがあるなんて、プッ」

「もぉーその話はやめてぇー」

「まあ、その前に逢ってたけどね」

 勝ち誇ったように告げる中江先輩であった。

「本当、瑠璃っちっていっつもいっつも狡いんだからっ」

「あーはいはい、私は狡い女ですよーだ」

 ………どうすんだこの事態……おいてけぼりだな。

「狡いついでにいうと、私は君のこと気に入ったといったよね。美帆っちよりも先にね」

 瞬間、サーキットのレストランでのやりとりが頭の中に浮かんだ。

「あれってそういう意味だったんですか?」

「さぁね」

 余裕ではぐらかされた。

「瑠璃っちいつの間にそんなことを…」

 地響きを立てて怒りを露にする東雲副会長。

「あんたが、どんくさいからいけないんでしょ。大体思わせぶりなことばかりして、気を引こうとしてんのに、いっつも失敗しててさ。もっとガツーンと行きなさいと言ったでしょうに」

「だってそんなの……」

 途端にしょぼくれた。アップダウンが激しい。

「でさ、まあこうなっちゃたんだけど、勝ち負けはもうどうでもいいかな。だから、答えを聞かせて欲しいかな」

「本当に俺なんかで?」

「くどい男は嫌われるぞ」

 ………、もう彼女たちの腹は決まっているってことだ。俺がどうであれどんな状態であれだ。

 男冥利に尽きるといえばそうなんだが………。

「それじゃ、一つだけ確認があるけどいいかな」

「ん、いいよ、いくらでも言って頂戴」

「今って俺は皇たちとその……」

 言いづれぇ~。

「それなら問題ない。あの時確認してある」

 きっぱりと東雲副会長が答えた。続いて、中江先輩も“問題ない”と返答された。

 そういや、そうだったな。

 そうなると、後は俺がハイかイエスで答えるだけ……どうにもイイエやノーの選択肢はこの状況じゃ無理ですはい。

 それにしても………本気だったんだな。なんだかいっぱい喰わされた気分ではある。

 酔ってる間にヤバイ契約書にサインを書いて。後になって騙された……そんな感じ。

 まぁそういうのとは違って、命をかけて大空を舞うような展開にはならない分、ましだろう。

 少し考えている間、車内は水を打ったように静かになっていた。ロードノイズだけが聞こえる。

 俺の返事を待っているんだよね、この状況ってさ。

 一緒に居て、嫌ではない。というか、くどいけど本当にいいのっていうか……うん、腹を据えよう。

「解った、答えは“ハイ”だ。後悔しても知らないからな」

「ありがとー」

 猛獣の如く抱きついてきた。

 ああっ、当たる当たってるよー二つの膨らみがー。気持ちいいんだけど、気持ちいいんだけどさー、時間と場所をわきまえてぇ~。

 急に身体が浮いた。

 上に乗っていた東雲副会長はバランスを崩し、シートの足元へと転がり落ちた。

 車が急ブレーキをかけたせいだ。

「美帆っち、はしゃぎすぎだよ」

「いたたたた、もぉー瑠璃っちのいけずぅ~」

「車中では静かに願います。だよ」

 はぁ助かったのか、残念だったのか、ちょっと判断しずらいが、まぁ道のど真ん中でこういうことは慎むべきだろう。………勿体ない。

「処で、東雲先輩、何処へ行くのですか。まだ目的地の事言ってませんよね」

 またもや、眉を逆ハの字にして、不機嫌そうにこっちを凝視してきた。

「政宗くん、ちょっといいかしら?」

「はい、なんでしょうか」

「今、付き合うって話をしたわね」

「えぇしましたね」

「なら、私のことは名前で呼びなさい」

 怒られた。そして命令された。

「いやそれは、先輩だから」

「だからなに?私のは君のなんなの」

 何故かいきなり立場が逆転しているような気が……。

「はっきりいいなさい」

「はいっ彼女であります!」

「では、彼女を呼ぶときはどう呼ぶの」

「名前でありますっ!」

「さんはいっ」

「み………ほ………………先輩」

「だぁぁぁぁ」

 脳天にチョップを喰らった。

 詰まる所、彼女も軍学校に来るような人物であった。体罰反対!

「美帆……さん……。済みませんこれでお願いします」

 恥ずかしさにへたれて許しを乞う相手は、名前を呼ばれ頬を染めている。

「まあいいでしょう」

「私のことも名前で呼んでね」

 運転席から催促が飛んできた。

「……瑠璃さん。これでいいですか?」

「うん、よしよし」

「でも、学校でも名前で呼ぶのですか?それはちょっと抵抗があるんですが」

 誰かに聞かれでもしたら、俺に明日はない。

 折角?皇騒動が納まったのだからして、また騒動の種を態々巻く必要などない。

「仕方ないわね。学校といっても軍でもあるわけだし、上級生を名前で呼ぶなんてことをしたら、それだけで粛清する口実になるものねぇ」

 非常に残念そうに呟く美帆であった。

「もしかして、連れ出したのってこのためだったんですか?」

「このためもあったんだけど、もう一つの方も君……ううん、もう政宗だね。政宗に見せておくものがあったからなのよ」

 これで漸く本題に入ることができたようだ。


 車は港に着く。

 そこに並ぶ壁は軍施設の壁だ。軍港の入り口に俺らは来ていた。

 瑠璃が、入り口の警備員に何か許可証のようなものを渡してやりとりしている。

「5番埠頭だって」

 言うなり、車が発進する。

 知った路という風に迷い無く目的地へと走らせる。

「政宗が……なんだかちょっとまだ恥ずかしいというか違和感があるわね」

 なら言わなくてもいいじゃない。今までどおりの呼び方で呼んでくれてもとは思うが、彼女の矜持だろう。

「政宗が名ばかりではなく、実になった自分の部隊あるよね」

「えぇ青天の霹靂でした」

 まあまあと肩を叩かれた。

「人員は彼女たちが正面部隊として配置にはなったのだけれど、後方の部隊はまだどうなっているかは知らなかったよね」

 これまでの経緯から何を示唆しているのか、意味が解った。これからその後方部隊に逢わせようということだな。

「なんだか悪い冗談をずっと続けられているような気がするよ」

 退院したらこんな怒濤の流れ。もう少しの間、入院しててもいいですかね?


 目の前には巨大な戦舟が堂々たる容姿で鎮座していた。

 200メートルくらいの船体。艦首方向から見るそれは、3連装の主砲が2基、その後ろに単装砲が1基、複砲だろう。艦橋の周りに迎撃用と思わしき広角砲が並んでいるのが見えた。

「基準排水量2万6千330トン。全長214.6メートル。最大速力37ノット。24センチ50口径3連装砲3基。16センチ60口径レールガン1基。36センチ対艦ミサイル4連装発射機2基。32センチ3連装短魚雷発射管2基。近接20ミリ機関砲8基。VLS8セル型8モジュール。英国からきた巡洋艦ね」

 すらすらと、性能諸元を並べる美帆であった。

 よく見ると艦首に日本とUKの旗が掲げられていた。

 ………また長船関係か。

 俺はやつのおもり役じゃないんだぜ、まったく…。

 でも、なんで英国の巡洋艦が俺の配下になるんだ?理由がわからない。

「メアリー殿下と共にやってきた訳よ。仰々しいよね」

 瑠璃が皮肉るように言っているが、船を観る目がハート型をしていた。あぁうんそういうことなんですね。

「そうはいっても、メアリー殿下のものではないのよ。ややこしいことにね」

 美帆が更に説明を進めた。

 皇も係わったあの掃討戦から話は始まる。

 彼女のおかげで、総崩れにはならなかったのは幸いなのだが、それが元で婚約破棄となった。

 そこで、日本に賠償問題をするべきだという派閥と、助けられてどういうつもりだという派閥が対立した。その問題は、長船あんほだらぁが英国に行くことになって納まりはしたのだが、親日派が恐れおののいた。皇族が英国に婿で来る。それがどういう意味か良く分かっている人達である。

 日本は払いすぎていると……。

 まぁそれが周り回ってメアリー達がやってきたのだが、その品の中にコレが入っていたと。

 日本政府としては、長船のほぼ独断で大立ち回りしたという認識だったらしいのだが、ってもうそれはどうでもいいや。

 やってきた艦船の扱いに困った政府は、皇族の事は皇軍へと振った。

 言い渡された皇軍も今の編成に組み込むことを嫌った。

 結果、メアリーたちの所だから、ついでに編成してまえばいいやとなった……そうです。

 因みにこの巡洋艦だけではなく、中の人も一緒にだ。あの戦いで助かった人が志願してやってきた。

 そんな経緯である。

 確かに扱いに困るよな……でもなぁ。

 国の軍隊なのに適当すぎるわっ!!いいのかこんなんで。

「向うからしてみれば、不平不満があの戦いで膨らんだから、そのガス抜きもあるんだって。船員は期間限定ではあるけど、それにしても私もその話を聞いてびっくりだったわよ」

 期間限定とはメアリーが帰るまでということだ。

「つまり、軍部での文化交流ってことですか」

「皇軍でも政府機関でもないから知らないわよ」

 素っ気なく言われた。

「それと、船はこれだけではなくて、あと駆逐艦が3隻ついてるわよ」

 指差す向こう側に並んでいるのがそうらしい。

「ところで、全然後方部隊って言い方があってないようですが……」

 主力部隊だよねっこれって!

「よかったね、その若さで提督よ」

「またまたご冗談を」

 俺はまだ少佐で将になってない……よ?。つか少佐ってのもどうかと思うんですがー。

 いやいや、その前に指揮なんてできないっての。どうすんだよほんとに。

「ということで、形式上は君の配下になるということでした」

「形式上……ですか」

「そっ形式上♪」

 うさん臭いことこのうえない。つまるところ名義を俺にしておいて、何か問題があれば被るのは俺ってことで、旨みは他の人がってことだろ。

「難しい話は終わった?中見てみたいのだけど」

 瑠璃がそわそわしだしている。

「解った解った。それじゃ中に入りましょうか」

 車をタラップの前につける。

 歩哨がやってきて、美帆が何かと話をして、俺たちは艦の中へと案内された。

 ブロンドのおねーちゃんたちがセーラー服にズボン姿でいるのは、なんとも妙な感覚ではあった。


お仕事が繁盛期(半期〆)に入って、ちょっとペースが遅くなりそうでち。

決して新海域のせいではないんだからねっ。

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