隊長はつらいよ 02
「それで、自分にどうしろというのですか」
「それが問題だ。結果的に留学生たちと同じクラスになって、諍いが起こるだろうことは火を見るより明らかだ。そのために少佐、君が緩衝役となってもらいたい。そういう意図もある」
「本音の部分はなんでしょうか」
福士中佐は言い淀む。いいにくい事なのだろうか。
「私から説明しましょうか」
古屋会長が変わりにと進言してきた。
「いや、これは皇軍の問題でもある。君に説明をさせるわけにはいかんだろう」
皇軍?どういうことだ。
きな臭くなってきた。
「中島少佐。君が隊を率いる立場になっているのは理解しているかね?」
「全くもって全然そのつもりはないです」
嘘を言っても仕方ない。
やっぱりねという顔をされても困る。
「それが問題になっているのだよ。長船殿下の遊びだろうがなんだろうが、君は皇軍の隊長となった。他のものからしては面白くはない話だ。今まで命をかけて国に奉仕してきたというのに、ぽっと出の君が同じ立場となった訳だ」
「じゃあ、除隊させてくださいよ。まだ自分は学生でいたいです」
ついでに、任官はするつもりがないと言いたかったが、そこまでは流石に口に出すことはできなかった。
「そういう訳に行かないのは君も十分承知していると思ったが」
皇がいるからだ。彼女が俺を見初めなければこんな事態に陥っていない。だからといって……はぁ…。
「承知していますよ。嵌められた気がしないでもないですけどね」
ちくっという分には構わないだろう。
「政宗……其方が…」
「気にするな。お前のしたいようにすればいい。約束したことは守るつもりだ」
案の定、皇が蒸し返してきたのを俺は制する。
「なんだ、嫌で嫌でしょうがないと思ってたのだが、まんざらでもなかったわけか」
目敏く俺と皇に目配せして、福士中佐は安堵の息をこぼす。
「えぇ、嫌で嫌でしょうがないですよ。もっと普通に出会っていれば良かったと思ってますよ」
「普通とは、以前にも云っていたな。迷っているのを助けたらとか、それで同じクラスに──」
「わーわーわーわーーーー」
皇様、どうしてそのことを……って、あーーなんかどっかで呟いた気がしないでもないような……。
いっちゃン最初の出会いが脳裏に浮かぶ……その後って確か……。
「あー、下駄箱っ!」
天啓の様に閃きが舞い降りた。
そうか、そうだったんだ。あれって皇だったんだな……。てか、あんなことするのあの時点でこいつしかいねーじゃん。今まですっかり忘れてたぜ。
ははは、寝言の様にほざいた戯言を律儀に守ろうとしてたんか。こいつってほんと……。ん?
「いや、何でもないです。ちょっと昔を思い出しただけです」
周りから奇異の視線を向けられ、言い訳した。
誤魔化す様に紅茶をすする。
あー、今日も言い天気ですねー。
とにかく、皇の前でネガティブな発言をするのは控えよう。結構気にするようだ。
「それで、話の続きだが」
福士中佐が問いかけてきた。
「いいでしょう。やってやりますよ、えぇ。でも、あんまり無理ことは言わないで下さいね」
「善処しよう」
ほんとですか??それ。
「それで、今度はどんな無理難題でしょう。武闘会はもうなしでお願いしますよ。なにせ現状乗れないので」
「今度のは個人でどうというものではない。10月に体育祭があるだろう。その話だ」
わたしっ、わかっちゃいましたっ!!!
「また、優勝しろって話ですか」
「話が早くて助かる。要は、貴君の指導力が皇軍のそれに適っているかが問われている。皇軍であるからして、帝国軍など圧倒できねばならない。言っている意味がわかるだろう」
帝国軍のエリートの進む先が皇軍だ。普通なら!ぽっと出が皇軍に居ていい訳がない。そういうことだ。
「全く、勝手に皇軍に入れておいて、それは無いと思うんですけどね」
「そう言うな、現に君は個人としての実力は折り紙付きだ。ならば指揮能力はどうかという声が挙がった訳だ。単に少佐が皇軍に入ったからだけではないのが問題となっているのだ」
入ったからではない……ねぇ。つまるところ、皇の許嫁として実力があるかどうか示せということだろうな。間違いなく…。
ってちょっと待ってください。その前の台詞って?
「実力が折り紙付き?どういうことです。身に覚えが無いのですが」
何を言っているのだという顔をしないでください。マジ訳解らないよっ。
「武闘会だよ。それがそもそもの原因だ」
古屋会長が助け船を出してきた。
「原因ってなんで?俺そのせいで二カ月も入院してたんだけど。それがどう折り紙付きなんてことになってんだ?」
信じがたい者を見る様な目で見ないでください。
「君が優勝したからじゃないの」
今度は東雲副会長が言ってきた。
「優勝は俺じゃないでしょ」
「形式上はね。でも最後まで勝ち残ったのは事実。実際、あの場で聞けば誰もが君を優勝と言うでしょう。そうならなかったのはどうしてだか解るわよね」
「いや、全然。もうこりごりだなーってくらいしか」
えっなんで、可哀相な子を見る様な視線になるの?
「中島さんは、その後、一本だたらの生み出した12式をも退けました。普通であれば、中隊規模で当たる様な相手です。それを単独で倒してしまいました。正に一騎当千の活躍をしたとの判断です。結果は相手の不正など、色々ありましたし、貴方は重体でどうすることもできず、協議の上、没収試合となりましたが……」
今度は霧島書記が言ってきた。
「でもそれってサクヤのお蔭だし、それでサクヤはスクラップになって、俺はそのせいでロボテクスに乗れなくなりましたよ」
……残念な子を見る様な目で見ないでぇ~。
「ここまで自覚が無いとは思いもしなかった」
古屋会長が呆れた調子で締めくくった。
「中島少佐、貴君はサクヤのお蔭と言うが、そもそもそれを操っていたのは君自身なのだよ。所詮機械は機械だ。もっと自覚を持ちたまえ」
福士中佐は言うが、サクヤは普通の機体ではない。装備されていたモノが違う。
「ですが…」
「あれに装備されていたモノは解っている。こう見えても私は皇軍中佐なのだよ。それでも言わせてもらうが、アレを使えたのは今のところ君だけなのだ。そういう意味も含めてのことだと私は言っておるのだ」
反論できない。その余地が無い。だが、納得いかねー。
「だから、非常に残念に思う」
「はぁ……」
「いいですか?」
古屋会長が、割って入る。
「あの件に関してですが、公式では軍が倒したことになっています。中島君が倒したということを知っているのは生徒会含めて極少数しか知りません。箝口令が敷かれているので、倒したと吹聴は謹んでもらいたい。君は、軍が来るまであの12式相手に囮となって逃げ回っていたことになっている。それで、あわやというところで、軍に助けられた。そういう筋書きになっている」
また胡乱なことになっているな。
「それはまた……」
「君のためでもある。不正をした12式を倒した。そこまでは良い。それで当初の目的は達せられた。だが、一本だたらとの戦いは余分なのだ。霧島書記が一騎当千といったが、それでもお釣りが来る話なんだよ。つまり、あれを倒せたということは、君が人外だからではという嫌疑がかかってくる。実際はどうであれな」
トンデモ話を聞かされた。
「実際、君が普通の人だったとして、あの12式をその普通の人が倒したとなると、それもまたややこしいことになるのよ」
東雲副会長が話を続ける。
「それはどうしてですか」
倒せるなら万々歳じゃないか。
「倒せるとして、その結果が操縦士の死亡なんて言えると思う?特攻兵器に乗れば倒せますって発表できる?それに君がどうやって倒せたのか何も解っていないのよ。何か機密事項があるのは解っているけど、それを加味したとしても世間に発表するなんてことは危険すぎる行為なのよ」
後頭部をハンマーで殴られた衝撃が襲った。
確かに代償を伴う行為なんて、言えるわけが無い。とりわけ特攻兵器なんて作ってましたなんて言おうものなら世間がひっくり返ること請け合いだ。実際は違うのだが、それでもそんなレッテルを貼られると後は雪崩れるだけになる。
実際、俺自身死んだんだ。助かったのは……あれ?誰が俺を救助したんだ?あの場では軍は停電で入るのに時間がかかると云われていた。それじゃ一体どういう??
いや、それよりも、何か忘れている。そんな気がするもっと何か違ったことがあったはずなんだが……。
「どうした?政宗」
皇が怪訝そうな顔を覗かせてきた。
「いや、なんでも……。あの時、俺がどうして助かったのだろうと思ってさ。黒い12式を倒したって話は、お前達から見舞いのときに聞かされたけど、その前後自体記憶がない」
「そうか」
「そうだよ。看護婦さんからは、懸命の救助があって蘇生に成功したって聞かされた。その時はあぁそうか、助かったのだとそれだけ思っていたが、よくよく考えるとあの状況で誰が助けに入れたというのだ?」
「ちょっと待って中島君、そこから話をしなければ駄目だったの?」
驚いた顔をして東雲副会長が言ってきた。
「それってどういう?」
真顔で東雲副会長を見つめた。知っているのか?ならば是非にも聞きたい。救助した人にもお礼をいわなければならないしな。
東雲副会長の視線が彷徨う。その先には……皇?
「もしかして、皇が俺を?」
顔を向けると背けられた。
なんで!
「救助したのは、私と殿下、それと柊さんになります」
背後から回答が降ってきた。それは咲華の声である。
「そうなんだ。ありがとう、恩に着る」
心からの感謝を告げた。
「恩に着ないでください。当たり前のことをしたまでです」
けんもほほろな返答をされた。
「いや、そんなことはないだろ?あのままだったら俺本当に死んでたんだからっ」
反射的に怒鳴ってしまった。
そういうことをしたいわけでないのに、もどかしい。
「主よ」
今度は柊だ。
振り返る。
「妾たちはお主のなんなのじゃ?ならば、当たり前であろう」
その言葉を理解したとたん、自然と涙が溢れ出た。
「なっ泣く程のことか、しっかりせい」
柊が慌てだして言ってくるが、どうにも止まらない。
「ありがとう、ありがとう…皇も咲華も本当にありがとう」
助けたなら助けたって言えばいいのに、今の今まで黙っているとかないだろ。つか、こんなことが無ければずっと黙っている腹だったに違いない。
そっぽを向いていた皇がハンカチを手渡してきた。素直に受取り涙を拭く。
「感涙に泣き咽ぶのは後にしてください。それよりも問題はこれからのことです」
背後で咲華が冷たく言い放つ。
なんだよと振り向くと、そっぽを向かれた。頬が若干赤く染まるのが見えた。
……なにも言うまい。
「そうだったな。武闘会の話はこれでお終いにしよう」
もう一度涙を拭う。よし、もう大丈夫だ。
「これ洗って返す──」
と、指したハンカチをそのまま皇が奪った。
「気にするな」
「いや、洗って返すから」
「気にするでないといった」
返してくれそうに無かった。持ち主は皇のだから、文句は言えないが……。
「でも汚れ──」
「いいから、気にするな」
断固として聞き入れてくれなかった。
別にそれで何をするつもりもないが……。まぁいいか、言い出したら聞かないのは解っていたことだ。
「解った、貸してくれてありがとな」
微かに頬が桜色に染まるのが見えた。
あーーーもぉーーーこいつはーー。
「えーと、そろそろ本当にいいかしら」
困った顔で東雲副会長が聞いてきた。
「あ、はい。脱線して済みませんでした」
正面を向き、話の続きを再開する。