隊長はつらいよ 01
隊長はつらいよ
霧島書記を先頭にして生徒会室までぞろぞろとやってきた。
正直いって、気が進まないことこのうえない。しかし確認しないといけないことが多すぎた。
意を決して扉を叩いた。
「ようこそ、中島少佐」
生徒会室に入室した途端、聞きたくない呼称を使われた。
中にいるのは、古屋会長と東雲副会長に……福士中佐(理事長でもある)が待ち構えていた。
当初の予想以上に物々しい雰囲気であった。
「少佐なんていきなり呼ばないで下さいよ」
言いつつ、霧島書記に勧められた席に座る。
右に皇、左に柊が座り、後ろでは咲華が立って陣取った。
えぇ、一人でくるつもりだったけど、そうはいかせてはもらえませんでした。
「咲華君、中島少佐とは仲良くやっているかね?」
「はい、宜しくさせて頂いております」
理事長が問いかけ、咲華が神妙に応えた。何時もの口調ではない。違和感ありありだ。
「君もかけたまえ」
「いえ、ここで結構ですので、お気になされないよう願います」
なんだか、二人の間柄が変だ。軍の上下関係とは別の何かがあるような感じがする。
皇のこともそうだが、咲華や柊についても俺は何も知らないことを改めて認識した。
深く追求すれば泥沼に嵌まりそうだからな。もう少し自由でいたい。
「まずは、退院おめでとう」
古屋会長が口火を切った。
「ありがとうございます。退院していきなり転寮を聞かされて、あまつさえ部下ができるとは思ってもみませんでしたが」
「その辺の経緯を説明した方がいいかな」
「多少は聞きましたが、できればお願いします」
霧島書記が紅茶を配り終わる。アールグレイのフルーティーな香が鼻腔をくすぐる。一口つけて味わいを楽しんだ。
「では、先ず留学生の経緯から始めようか」
なにはともあれ、情報が必要だ。素直に話を聞くことにした。
福士中佐がつらつらと語り始めた。
話は簡単、長船の馬鹿がUK戻る際の道すがら、人を集めたということだ。
渡された留学組の履歴書を見ながら溜め息が漏れた。
助けた人あれば、襲われてそのままお持ち帰りにした人etcetc様々な陣容だった。
「諸国漫遊ついでに人助けして廻ったとか、どこぞのちりめん問屋か」
「彼なら、そのつもりだったんじゃないのかな」
冷静な解析ありがとうございます。少し睨みつつ古屋会長を見ると肩をすぼめてみせられた。
言いたいことは解るし、実際そうなんだろう。
でもなぁ、こう事実を目の前に突きつけられるのはにんともかんともいかんしがたいものがある。
「話を続けるぞ」
福士中佐が横道にそれそうな所を軌道修正し、続ける。
漫遊だか食べ歩きだかは知ったこっちゃないが、それで集められた少女たちは、大半が身寄りも無く放っておけば、人生の底辺より更に底辺の扱いを受けそうな状況であった。
しかもFPPが高く、諍いを起こせば多数の人死にが出るのは確実で、引き取るしか他の手は無かったという。
下手に引き渡したりしたら、またそれが元で争になるとも限らない……いや確実に争になるだろうな。
そうやって集めたグループと、以前からエリザベスが集めていたグループとが合わさって、あの人数になったというのだ。
例外は、メアリーとついてきたお付きのメイド4姉妹。
それにしても、この履歴書は本当の事を書いているのか?メアリーが俺を許嫁と呼ばわっている経緯が記載されていない。まぁ嘘は書いていないだろうが、全て書いている訳ではないと……長船のやりそうなこった。
違う、そうではない。表向きのことしか書いてないんだな。学校側に提出する資料に俺との関わり合いなんて書きようがないし、元々があのアホが向うにいくことになったせいで、こっちに人を差し出すという流れだったわけだしな。
後は甲冑娘で、200年くらい封印されていたのを救出して、社会復帰を兼ねてやってきたとのこと。聞かされた経歴がこれまた凄いというか酷いというか…。
覚醒の夜が起き、初期の混乱が納まった頃、欧州では宗教戦争が勃発した。
中東含めてあの宗教とあの宗教が組んずほぐれつ、敵の味方は敵、味方の味方も敵、味方同士でも敵。360度全周囲が敵だらけで、覚醒の夜の混乱よりも烈しい抗争になったそうな。この辺は世界史でも語られるとこだ。
なんせ、想いが形になるんだ。そうなって当然とばかりに血で血を洗う凄惨な状況に陥った。
結果は、もろとも自滅。穏健派や融和派がかろうじて残った程度。政府はそのお蔭で断固たる態度を取って、政教分離を果たした。以降、過激な宗教団体は控えめな表現を使っても、激しく敵視されることにあいなった。
で、その“過激な”集団に属していたのが甲冑娘。
聖女として旗頭に一団がUKに乗り込んで大暴れし、紆余曲折あった末、地下に封印されたという経緯だ。それが最近になって、封印が解けたところをエリザベスと馬鹿船が保護したと……。
うむ、半分は嘘だな。封印が解けたじゃない、解いたんだろう。つか確実に解きに行ったに違いない。詰まるところ俺に寄越した本命中の本命じゃないか。何が社会復帰を兼ねてやってきたってんだ。
じと目で福士中佐を見ると、わざとらしく咳をして誤魔化した。
過激派グループの後押し(祈りともいう)が無くなったせいと長年の封印で、往年のフォースパワーは無いというが、それでも柊クラスはあるという。
つまりSランクからAAAランクになったということか。あんまり変わりませんね。俺からしてみればっ!
どの道、普通に話ができるならそれでいいだけっすよ。えぇほんとほんと、積極的に係わるつもりがないんで。スルーするに限る。
「それで、メアリー殿下の事についてだが……」
福士中佐が言いよどむ。
「何かしらまた問題児ってことですか」
「そういう訳ではないんだが……」
ふむぅ、考える。
あの中で、メアリーだけが、俺を婚約者だの許嫁だとかと言い切っている。単に他の面子と話してないからかもしれないが、積極的に打って出たのは彼女だけだ。
他の留学組とは一線を画しているものがあるということか。
つまり、エリザベスが送ってきた本命の刺客…。あれで?本当に?昨日からの一連のやり取りを思い起こす。
いやないっ。絶対、何かの手違いだ。
あんな我が儘だけの存在が、俺を本命視している筈がない。大体、平民ガーとかなんとかのたまわってたし、どうみても従者にしてやるぜ的発想だろうと推測できる。
………あれ?なんかとても……凄く…考えたくもないが……よしっ考えないっ。
貧乳ピンク髪のちびっ子じゃあるまいし……ねぇ……。いかん、考えるなといっただろう俺っ。
あーでも、金髪巨乳のパターンもあったっけか。料理が凄く壊滅的ならそれにあては……。だから考えるな俺ッ。
「はっきりいいましょう。中佐」
古屋会長が福士中佐の背中を押す。
「彼女はウィンザー家の者だ」
「そう言ってましたね」
だからなんだというんだ?
「英国王室直系の姫殿下なのだよ」
「はぁそうで……はっ?」
思考が停まった。
直系?えーとそれはだな……今の王様の家族ってことになるわけで……はぁぁぁぁ???
何気にとんでもない事実が発覚した。って知らなかったの俺だけか。周りに視線を這わせて伺ってみるも、どうやらそのようだ。
それじゃ、今後どうなるんだ?理解を超えた出来事に想像が追いつかない。事実は小説より奇なりって…なんでそういうのが俺にばっかおきんだっての。
「もし、中島少佐がメアリー殿下とご成婚になれば……」
「退学届けって受け付けてくれますか?」
「できる訳がないでしょう」
古屋会長が即効で却下してきた。
「全く頭の痛いことに、少佐。もし君をここから追い出せば、UKに泥を塗るばかりか、日本として国際的に非常に不味い立場になる。長船殿下が向こうに行く話しだけでも、紛糾したというのに、また拗らすこと請け合いだ。今度は、こちらが不利という立場でな」
溜め息と共に吐露する福士中佐。
……はっ、もしかして、安西が云った“御愁傷様”ってこれを見越してのことだったのか?
「なにそれ。自分は人身御供ですか」
「はっきり言ってしまえば」
肯定された~~~。
「なぁんてこったいっ」
「それもこれも少佐が卒業するまでの話だ」
「どういう理屈ですか」
「彼女達が留学生だってことだ。卒業すれば、メアリー殿下はご帰国することになる。ご成婚しなければだが」
頭が痛くなってきた。ご成婚ってつまり、俺とだってことだよな。
どうしてそ~なるのっ。脚を大股に開いて跳び上がりたい気分だ。
「他の者は、日本国籍を得てこちらで生活するもよし、自国に帰国するもよし、UKに戻るもよしという条件だ。尤も戻る国が無い分けだし、ほとんどが国籍を得て日本人として暮らす事になると思うがね」
「済まないが、君が入院している間に決めさせてもらった。なに、そう悪い話しでもない」
古屋会長が後に続く。
話を進めたって……皇を見る。
「うむ、我が旦那ならなにも問題はない」
タハーッ。
「お前には独占欲というものがないのか?」
あっても困るが、思わず突っ込んでしまう。
「勿論あるぞ。我は政宗が欲しい」
ど正直な告白に思わず赤面してしまった。
「だが、独り占めするつもりはない。こんな素晴らしい男を我一人のものにするのは惜しいというもの」
………あぁ、皇ってやっぱり長船と血縁関係にあるんだな。皇族故なのか、思考回路が俺とは違うのを再認識した。
一夫多妻制になったとはいえ、ここまで容認できる感性に驚いたわ。あれ?それって俺が古い感性ってことか?
古い新しいってことでもない気がしないでもない気がするような気がするが……。
とりあえず………卒業するまで何もなければいいんだな。よし、そういうことにしよう。
「主よ妾には聞かぬのかや?」
今度は柊が聞いてきた。
「いや、お前の場合、いざとなれば攫ってしまえばよいって考えだろ」
「ほぅ流石主じゃ。妾のことをよおーわこーてくれとる」
腕をとってくるが、それは外させてもらう。
「いけずじゃのー」
「こんな処でくっつかない」
後は咲華だが、聞くつもりもないし、聞いてもこない。ヤツのことだ、皇が良ければ何でもいいに違いないだろうから。
「はいはい、こんな処でいちゃつかないでね。目の毒です」
東雲副会長が、少し頬を膨らませて忠告してきた。ごもっとも!
「それで、メアリー殿下については、こちらとしてどう対処すればよいので?」
「好きにしてくれ」
「え?」
「色恋なぞ、どうしようもないだろ。こちらとしては、少佐に飽きて、御留学を穏便に過ごしてもらった後、帰国してもらえればいいのだが、そういう訳にはならないだろう」
福士中佐が針の穴を通すような要求をしてきたが、それは無理だと俺でも思う。彼女がこんな辺鄙な島国に自分の意思で来たからには、それ相応の理由がある筈で、どうやっても揉め事は起きるというものだ。
「それじゃ、とりあえず放置で」
「後手に廻るのは、いかんともしがたいな」
なにが目的なのか先ずは見極めることで決着がついた。
次に特Aクラスの者についての話が始まる。
今となってはZクラスになるのか、まぁ呼び方はどうでもいい。
これは簡単、今までも居た面々である。人外とそれになるかならないかのFPPを持っていて、隔離されていたとう話だ。
聖女やなんやらよりは一段落ちるのは確実のようだ。
それでも、俺と比べたら月とスッポンなのは変わりないけどな。
想像するに、留学生の大半とほぼ同じ程度といったところか。
同じ日本人であるから、多少は気安い感覚が持てる。
………いや駄目だっ。こいつらも危ないことに変わりがない。なんせいきなり貞操の危機に陥ったのを忘れたわけじゃない。
全くもって、デンジャラースゾーンである。戦闘機のって空戦してた方がましだ。
「留学組とは違って、彼女たちには帰る所はあるし、卒業後やることもある。そういう進路上にこの学校があったという訳だ。特段少佐とどうこうするような関係性はない」
「これまた長船が何かけしかけてるってのはないんですよね」
油断してはならない。上辺の言葉に騙されるもんか。
福士中佐と古屋会長が顔をみわあせた。何か確認しているようだ。“そんなのあったか?いや知りませんよ”そんな目配せだ。
「それは無い筈だ。いくら殿下でも、彼女たちに影響を与えることができる権限はない」
太鼓判をおす福士中佐であった。
なんだか、一気に信用ならなくなったのは気のせいだろうか……。
「ま、それはともかく、彼女たちは遠野とこちらを結ぶ大事な人材となる。上の連中の思惑がどうであれ、大切にせんとあかんことに変わりは無い。だからといって甘やかすようなことはせんがな」