なんかようかい 02
「お待ちなさい」
寮を出ると、背後から声を掛けられた。
振り返るとそこにいたのは、金髪碧眼の女性だった。
「メアリー・ウィンザー……さん?」
「ご機嫌よう」
「あ、あぁおはよう」
「随分と余裕の登校ですわね」
「余裕なんてないぞ。速く行かないと遅刻だ」
彼女は、ふぅと溜め息を漏らす。
あれ?なんだこの態度は。明らかに失望されたような感じ。
「そうですわね、遅刻しないように行きましょうか」
確認を待たず、さっさと歩きだす。
皇を見る。
表情から察するに手引きしたとかいうわけでも無さそうか。
「俺たちも行こう」
「それで、俺たちを待っていたのは何故?」
追いかけて、話しかけてみる。
待っていたのはメアリーだけのようで、他の者は居なかった。
「直ぐに追いかけてきたのは合格ですわね」
「偉そうに」
柊が敵意向きだしで噛みついてきた。
「偉いのです」
さも当然とばかりに言い返す。
ったく、この先の展開が読めた俺は、先に柊を抑えることにした。
頭を撫でる。
「……主?」
柊の問いを手で制し、会話を続ける。
「その偉いお人が、供も連れずに何用ですか」
「決まっておりますわ、貴方は私の婚約者なのです。ならば一緒に登校するのが筋というものでしょ」
そうきたか。
「エリザベスさんの差し金ですか。と、なると後何人いるので?もしかして全員ですか」
「流石、ウタマロですね」
……へ?歌麿??ナニソレ???
「いや、俺は只の高校生だが……そんな芸名は持ち合わせてはない」
「プッ」
後ろから失笑が来た。見るとそいつは咲華だった。なんだヤツの笑いのつぼなのか?
視線に気付いたのか咲華はコホンと一つ咳払いして平静を保とうとする。口の端がほんの僅かつり上がっているのが解る。………なんでこいつの表情が読めるようになってんだ俺……。考えちゃ駄目だ考えちゃ駄目だ。心の中でレッドアラートが鳴り響く。
「貴方、何を言ってますの?ウタマロよウ・タ・マ・ロ」
「歌麿だろ?解ってるって、大喜利で毎度馬鹿馬鹿しい小噺をする人達だろ」
「プッ」
………。
再度、咲華を見る。
「失礼しました。中島少佐」
「厭味はいいから、どういうことだ?」
「僣越ながら。メアリー・ウィンザー嬢の仰るウタマロとは、江戸時代の絵画師が由来のことかと判じます」
「絵画?それがどうして俺に」
「その絵画とは、所謂、女性を描いたもので、その中で非常に……」
咲華が言い淀むとは珍しい。が、それで思いついたものがある。
「蛸の絵か」
「それは葛飾北斎です」
「違ったか」
「ですが、似たようなものです。その作品の中で、男性器を非常に大きく描いたものがあります。海外で云うウタマロとは、つまり………プックククッ」
「あーあーもう言いたいことは解ったからもう言わないでっ」
「つるつるでしかも──」
「ゔにゃぁぁにゃにゃにゃにゃぎぁぁぁぁぁぁ」
それ以上は云わせはせん、云わせはせんぞーーー!!!
ハァハァハァ、心臓に悪い。
「咲華が笑うとは中々珍しい光景だ。今度その話を我にも──」
「らめぇ~~~~」
皇様、お願いですから、興味を持たないでください。
「駄目ですか?」
「駄目です。なんなら、少佐権限でも何でも使う用意はあるぞ」
「それでは仕方ないですね。どうしてそんな粗末な……いえ、些細な事を秘密にしたがるのでしょう」
「解って言っているよな、ソレ」
「いえ、存じあげません。貴方のそ──」
「あ゛ーあ゛ーあ゛ー」
「一体どういうことなのだ。咲華よ説明しろ」
「駄目絶対っ」
咲華が俺を見つめる。殿下に対しては私は云いますよと目が訴えている。
「お願いです、咲華様。後生ですから秘密にしてください」
「主よ妾を差し置いて、睦言か」
柊も参戦してくんなっつーねん。
「仕方ないですね。少佐殿から直接秘匿事項だと云われれば、秘密にするしかないようです」
くっそ、なんだその勝ち誇った顔は。まな板の癖にっ。
「今、物凄く秘匿事項を喋りたく──」
「ごめんなさい、お願いします。秘密にしてください、一生のお願いです」
ペコリと頭を下げる。屈辱だ。
「咲華、我が問うても駄目なのか?」
しつこく皇が聞いてくる。話題を変えねば。この身が危うい、なんとかしなくては……。
「殿下、済みません。お教えすることは出来ないようです」
「そうか」
「しかし、直ぐに判明することでしょう。何せ無防備ですから」
俺を見て云う咲華。自ずと皇と柊の視線が俺にくる。
………寝るときの戸締りは厳重にしなくては。心に誓いを立てた。本気で襲われたら扉なんて紙同然もいいところだが……。
「話は終わりまして?」
「あぁ、済まない。なんか脱線したようだって、お前が変なことをいうからだぞ」
脱線の原因がいらついた顔で言ってきた。
「知りませんわそんなこと」
悪びれもせずのたまった。
鎌かけしたら後ろから爆撃喰らったのは俺だけどさ…。何かあってもいいだろうにったくぅ。
「あー、それで、婚約者って話だっけ?全然身に覚えがないので、誤報ですよ。こんな島国までご足労になったことは誠に遺憾に思いますが、大人しく帰ってみてはどうでしょう」
メアリーの脚がピタリと停まった。
む、きつく云いすぎたか?
「メアリーさん?」
機嫌を確かめようと近づく。
瞬間、危険を感じた。そのまましゃがみ込む。頭の在った位置をメアリーの回し蹴りが通過していた。
弧を描く脚に併せてスカートが翻る。
おおおっ!!
ぉぉぉぉぅ。
残念無念、暗闇の向こうはスパッツだった。いや、これはこれで……。てか、そんな状況じゃない。
「アブねっ」
「三文芝居は飽き飽きしましてよっ」
居丈高に言い放つ。
「三文芝居?何を言って──」
「解っておりましてよ、貴方でしょっ」
なっなにを云われているか解らない……。
非常に怒っていらっしゃれるのは解るのだが、その原因が解らない。
解らないってことは、つまり、長船が原因だ。そうに違いない。
「長船あたりに何か言われでもしましたか?」
「長船殿下を呼び捨てにっ」
えっどういうこと?
思う間もなく、次弾が飛んでくる。続く脚蹴りを飛びすさって回避する。
「どうどうどう。とりあえず落ち着こう。深呼吸深呼吸」
「煩いですわっ」
次は拳が飛んできた。
大仰に振りかぶってきたから、余裕で躱す。テレフォンパンチなんかは流石に避けれる。
「貴方一体なんなのよっ」
「なんなのと云われても只の高校生だとしか」
拳が襲う。それを躱す。蹴りが飛ぶ。それも躱す。
「ベスを打ち負かし、ロボテクスで優勝してみせたのでしょ」
言ってることの意味がわからない。
「どういう理屈なんだよっ」
「大体、聖女の呪いをしれっと解く様なことをしでかしておいてっ」
「なんのことだっ?」
いや、マジ解らんぞ。最初のは身に覚えがあることはあるが、聖女?呪い?ずっと入院してた俺に出来るわけがないじゃないか。
「そんな……そんな人が何故平民なのよっ」
びしっと指を突きつけられた。
泣いていた。
もう訳が解らん。
怒らせる様なことも、泣かせる様なことも、何がどうなっているのやら……。うん、長船大馬鹿野郎のせいだ。そうに違いない。今度会ったら絞めるしかない。
「あー、長船に何を云われたのかは知らないが、とりあえず……」
どうしようというのだ俺?言葉に詰まる。
「とりあえず、学校に行かなくては遅刻になります」
咲華が後に続いて告げた。
サァァっと血の気が引いた。鬼軍曹に遅刻の罰で責められるのは嫌すぎる事案だ。
始業式中、皆の見ている前で校庭を周回するとか、腕立て伏せさせられるとか……そんな羞恥プレイは勘弁だ。
「間に合うか?」
腕時計をみる。かなり時間を消費していた。
「やばい。走るぞ」
「あ、ちょっと」
「あぁもう、メアリーさんも急ぐっほらっ」
手を引っ張って俺は走り出す。
「主、狡いぞ」
柊が怒りだしたが無視を決め込む。
「遅刻したらしゃれになんねーんだよ」
「そうなのか?解った先に行っておるぞ」
あっというまに、目の前から消え失せた。
「では私達も急ぎましょう」
「いや、我は政宗と──」
咲華が皇を引っ張って消えていった。
あれーおいけぼりー?
くっそーメアリーを引っ張っている分もあって遅いのもあるが、三人が本気を出せば、俺なんかあっちゅーまなのはいわずものがな。でも、ちょっと薄情じゃね?
「メアリーもう少し速く走れるか?もしかして、さっきのでへばったか?」
「失礼なっ」
手を振りほどかれた。
「なっ、急がないと遅刻するといっただろう」
「解っていますわ。だから……」
「だから?」
「お先に失礼しますわ」
颯爽と走っていった。これまたあっと言う間に消え失せた。
あれー?あれれー?
つまり危険なのは俺一人だけってことかよっ。
慌てて掛けだしたのはいうまでもなかった。
「ひえぇー、置いてかないでぇー」
魂の叫びが谺した。
肺が痛い。
病み上がりで、準備運動もなく全力疾走すればそうなるわな。
リハビリだけでは戻りきらなかった体力を羨ましく思う。
なんとか遅刻せずには済んだが、既に汗でびっしょりだ。ど畜生ーめ。
皇たちは掲示板の所かな。クラス割りが張り出されているのを俺も確認しないとなー。
息を整えながら、掲示板の所へと歩きだす。
既に始業前だけあって、もう人は殆ど居なかった。各自自分の教室へと散っている。
掲示板の前に行くと、皇たちが居た。
端の方で固まっている。
「主よ来たか」
目敏く俺を見つけたのは柊だ。
「お前たち酷いじゃないか」
近づく。
「乳繰り合っているのが悪いのじゃ」
「乳繰りって別にそんなんじゃなかったろ」
柊は怒っているが、そんなの濡れ衣だ。
「で、皆のクラスはどうだ。同じクラスになってるやついたか?」
皇が指を差す。その先を俺は目で追う。
「Z組?なんだそりゃ」
聞いたことも見たこともないクラスだ。
そのクラスの名前に皇を含め俺たちが入っていた。
「私達、海外留学組含めた寮のメンバーですわ」
メアリーが言ってきた。
なるほどなるほど……って、はぁぁぁぁ???
「どういうこと?」
「寮生以外にもいるぞ」
皇が指し示した先には安西と平坂と………霧島書記の名前があった。
なっなんだってぇーー!!!
「一体全体……」
「話は後にしてください。もう始業の鐘がなります」
にべもなく咲華が話を切ってきた。
「すまん、待っててくれたんだな」
「べっ別に貴方のことを待っていたわけではないのですわ」
そっぽを向くメアリー。
先程のこともあるから、素っ気ない。って元々だな。
そんなこんなで、俺たちはZクラスへと向かった。