俺と彼女と親友と 03
防弾仕立てで、菊の紋章が入った黒い車に乗せられて、着いた先は神社だった。
神社横の社務所に車をつけられて、俺たちは降りた。
「考えてた所とは違いましたか?」
後ろから降り立った女中さんが問いかけてきた。
「えぇ、まぁ。どっかホテルの豪華な広間とかそんな所を考えてましたよ」
素直に感想を言う。
「皆は社務所の中にいるんですか」
聞きつつ、中に入ろうとする。
「案内しますので、着いてきて下さい」
しずしずと神社内らしい物静かな歩き方で、先導する女中さん。思わず悪戯心の鎌首が持ち上がってきたが、自重自重。
無造作に後ろに着いて進むと、普段そこはじーちゃんばーちゃんが使うような居間を通り越し、さらに奥へと進んで行く。
居間の裏手側に廻ると、床板を持ち上げ、女中は言った。
「この下へ参ります」
覗くとそこは地下へと続く階段だった。
この時点で、お別れパーティーという浮ついたものでないのがうかがい知れた。
「なんからしくなってきたね」
返答はなかった。
女中はそのまま暗がりの階段に胸元から取り出したペンライトで照らしつつ降りていく。自分もそれに習って降りる。
2階か3階分降りた感触後、階段は終わり、床板が敷きつめられた廊下になっていた。
「秘密の会合場所って感じだね」
独り呟く、返事はない。
廊下を10メートル程歩くと扉の前に着いた。
「ここなの?」
少々不安気に聞いてみるも返事はない。なにかやり場のない怒りが少々込み上げるが、ここはグッと抑えておくしかない。
ペンライトで照らしだされた部分以外は暗く、女中さんが手元で何かをしている音が響く。おそらく、扉を開けようとしているのだろう。
ガチャチャ、ガチャガチャガチャ、ガシャッガチャッ。ガゴッ、ドゴッ、バキッ。
カッチン。
「開きました。少々立て付けがお悪いようで、時間が係り申し訳ございませんでした」
「いや、気にしてない」
鍵が開かないからと殴って蹴ってしているようにも見えたのは、僕の心の中にだけ仕舞って置こうと決心した。
中は10メートル四方の中々の広さをもったホールになっていた。中央の天井にはシャングリアがあり、四隅には高そうな装飾の壁掛けライト。地下であろうに、壁にはベルベットなカーテンの飾りつけがあった。
部屋の中央には丸いテーブルが鎮座しており、幾人かがそれを囲んで座っていた。
ぱっと見て解るのは、親友たる種馬氏だった。ヤツを中心に人が左右に広がって座っている。
「お連れしました」
女中はそう言って俺を前にし、一歩下がって頭を下げ、部屋の裏手に廻って姿を消した。おそらくキッチンとかあるのだろう、そこへ向かったのだと推測した。
「ようこそ、中島少佐殿」
種馬の横の奴が言った。
………少佐??
「はっはっはっ。少佐といわれて、戸惑っているぞ」
にたり笑いしながら種馬は言う。
「本日18時付けで、貴殿は皇軍左翼大隊第13独立部隊長に任命され、階級は少佐と決まった。異議は認めない」
「なっなんだってー」
「まぁしゃーないんだ。お前がベス倒しちゃったから。そういう訳だ」
「どういう訳じゃ~~~」
俺の声は虚しく響いた。
種馬は右手を壁際の柱を指し示した。そこには、先程の戦闘映像が映し出された。俯瞰で撮ったものや、あおって撮ってたり、俺たちが乗った機体が映っていた。
エリザベスの機体から撮影された映像もある。明らかに第三者が撮影したと判断できる絵図等がそこかしに入っていた。
流石に、音声まではつけてないようだが、効果音として武器を振るった時などに其れらしい音が響いていた。
一通り映像をつい見てしまった。
なんだこりゃ~、いや、それにしても…、編集ってここまで……格好良く、または酷く見せることができるのね。
「で、こんなものを流してどうするんだよ」
「どうにも…」
種馬は興味を無くしたように視線を外す。
「今は、君の処遇について頭が痛い所だよ。親友よ」
「経緯を……かいつまんで話してくれるよな」
つまり、結局はあの勝負はこちら側の勝ちという認識を英国は取ったらしい。
それでこの種馬の護衛役として一緒に英国まで来いと、向こうが迫ってきた。軍人であり、学生だから断ろうとしたが、それなら交換留学生でくればいいと言ってきた。
エリザベスが言ったオマケを出す代わりに、俺をご所望だということらしい。
本人の意志がと言おうものなら、本人に個別に確認するから問題ないと、言われそうなので、お前が将校だから海外には出せないと断ったということだ。
「で、だ。お前、どの役職が欲しい?とりあえず、少佐ってことにしてあるけど?」
「そうだな、英国の交換留学生って役がいいかもな」
「そういうだろうと思って、さっき本当に少佐になったわけだ。これで、簡単に海外旅行もできなくなったね」
快活な笑顔で言ってくる種馬。確かに、軍学生は軍人ではあるから、少佐にならなくても一応はそういうことにはなるんだが……。
「まだ一介の学生が、少佐とか何をトチ狂えばできるんだっての」
「それがだな……」
親友は、言葉を濁した。視線は横の奴に向いている。
歳の頃は俺たちとは比べるまでもなく、おっさんだ。初老の域に掛かりそうなくらい。しかし、身体の肉付きは良くスーツ姿に多少の違和感を感じる。特徴的なカイゼル髭をしており、見た目からは執事というよりも、番頭か艦長のようである。
「彼は、皇軍左翼大隊第5部隊長福士兼定中佐だ。君の同僚になるわけだね」
「はい、先生ッ。ひとつ質問いいですか」
返答を待たずに矢継ぎ早に言葉を並べる。
「お見受けした所、福士中佐の御年齢はどうみても50歳前後。若く見積もってしても40を切る事はないと見受けられます。そんな御仁がいかにして、うちの学校へ来るとい・う・の・だ」
視線を途中から種馬に変えて詰め寄る。
見据えたヤツの顔は、果たして……。
口端を吊り上げ、待ってましたとばかりに鼻息荒く立ち上がった。
「よくぞ、質問してくれたぞ。わが同士」
「同級だっ。同級生。それ以上でも以下でもない」
「まぁまぁ話の腰をおるんじゃない、それに俺とお前は親友だろ、シンユー」
にやにや顔は崩さない。というよりも、邪悪そうな笑いに変わった気がする。
「中島政宗君とやら……」
カイゼル髭がこっち向かって話しかけてきた。
「あ、はい。あ、この場合、サーで答えた方がよろしいのでしょうか」
「どっちでもいいよ。君の言いたい方で。それよりも、これから一撃いれるから、死ぬなよ」
刹那だった。語尾の音が放たれ消えた瞬間、手にしている杖から攻撃が放たれた。
杖の石突きが一直線に向かってくる。行く先は身体の正中線上である喉のちょい下辺りに向けてだ。
たしかに刺さればどうあがいても死ぬしかない。
咄嗟に軸をずらそうと右足を軸に反時計回りで身体を廻す。
だが、石突きはその動きにあわせて軌道を修正し、正中線を外さず追ってくる。
当たると考えるよりも早く、訓練の賜物か右掌底が咄嗟に杖を叩く。
勢いそのままに、回転し左で裏拳の反撃が出た。
だが、弾いたはずの杖が防御に回っていて攻撃は当たること叶わなかった。
「なるほどな。確かに合点いったわ」
一歩進む。無造作にだが、足運びに油断はなく、福士中佐は親友の隣に戻る。無造作に右で杖を地面に突き、身体を預けた格好で此方を観ている。
「中島少佐の任命を許可する。」
さもありなんと、親友はその言を自然に受取る。
「それにしても、ここまで気付かないものなんだな……」
親友は言い放った。
一体何のことだ。
「ま、いいさ。おいおい解るってもんだ。ネタバラシなんて無粋な真似はやめておくよ。とりあえずさ、親友よ。明日からとは言わずもう今からだが、君は皇軍配属になった。役職は少佐待遇の皇軍機乗りだ。もちろんこの時点で特別機密保持契約が発動するため、否認の場合は監獄生活がまっている。5年生き残れれば……と。まぁ拒否するわけないし、んな心配はせんでいいよな」
「へーへー、いい脅しをありがとな。人生計画めっちゃくちゃにされたお礼は何時すればいい??5分後くらいから100ドツキっていうお礼はどうや?」
「行動力よし、交渉術よし、状況判断よし、度胸よし。なかなかここまでの人物は居ないだろう?」
種馬が笑いながら、横の福士中佐に語る。
福士中佐が満面の笑みを讃えて笑った。先程までの厳めしい顔つきが嘘のようだ。
あー、話が進まない。というか、これわざと??
向こうの思惑はこのさい無視して、来た目的をさっさと済ませて帰ろう。それが一番正しい道だ。
「まぁなんだ、英国行きおめでとう。向こうに行っても、連絡はしなくていいからね」
持ってきた手持ち鞄から、梱包した包みを取り出し、親友に渡す。
「選別だ。向こうにいってから開けてくれ」
渡した後、仰々しく挨拶をする。
「それでは、今日は失礼するよ。君の未来に祝福を」
踵を返し、俺はこの場から去って家路に………。
「って帰す訳ないじゃん」
どちくしょーが肩に手をおいてシッカリとホールドしてきた。
とりあえず別室の小綺麗に整った小部屋に通された。テーブルに置かれた調度品やらなんやらが、ここは特別な会合を行う部屋だろうということが推測された。
部屋には、俺とここへ案内してきた女中さんの二人きりだ。
「中島様、お座りください」
椅子が引かれて、その席を進められる。
仕方なく、そのままに進められるまま椅子に座る。調度品の雰囲気もさることながら、座り心地もいいかんじに尻になじむ。……これいくらするんだろうか。
その隣に、女中さんも座った。
違和感を感じ、彼女を一瞥した。
「使用人はずっと後ろで立って居ろと言う事で、男尊女卑をこの場に持ち込もうといわれるのですね」
使用人も男尊女卑も全然意味が通ってないっっ。……つか、どうやったらそこまで話を膨らませますか~。
「ともあれ、何故、貴方が待たされることになったのか、原因を端的に示しましょう」
左手が、裏拳で、鼻頭めがけて突き込まれてきた。
咄嗟に俺は、右腕を掌底の形にして振り払う。顔に当たる寸前で掌底が拳を迎撃し進路を阻止しつつ、左手で相手の胸ぐらを掴みにいく。
「そう、それです。その動きです」
左手は女中の右手に掴まれていた。
「本来ならば、あの時貴方様は中佐の杖に小突かれてそのまま病院送りになり、持ち上がっていた昇進その他諸々の話はお蔵入りで、明日からは………退院後からは、普通の学生生活を送る事になるはずでした」
病院送りで、どうやって普通の学生生活なのか訳がわからないが、なんとなく察しはついた。
「つまり、あのUKの姫様との戦いはフロックだった。そう言い訳させたかったということか。それを自身の手で御破算にしてしまったと」
「はい。そういうことになります」
絶望が舞い降りた。お蔵入りが無くなったイコール強制昇進は規定路線に。
「つまり、そういうこと?」
なにがどうだか説明を聞くまでもなく、女中さんは頷いた。
いや、まてまてまて、これは何かの間違いだ。そうだ、俺は帰ってきてベッドにバタンキューでこんなヘンテコな夢を観ているのだっ。もうじき夕食で、そろそろ目が覚める頃だ。早く目よ醒めよっ間に合わなくなってもいいのか~~~。
「夢ではありませんよ」
頬を抓られた。
普通に痛い。うん、抓られたような痛みがって、いてたいてててついたてついたたたい。
抓られたまま、引っ張られた。反射的に半腰の姿勢で女中の方に身体が動く。
咄嗟に、抓っている手を取りに手が出た。
「なんですか、このラッキースケベを装った痴漢行為は」
咄嗟に出た手は、宙を掴み、女中の胸元でもう一方の手に掴まれていた。
「ほへっ。ふやふやほふいうことへなかへー」
いやいやそういうことでなくてーと言いたかったが、頬を抓られたままでは上手く喋ることはできなかった。
目と目が逢う。まるで蛆虫を見るような冷たい視線が、俺を突き刺す。無性に泣きたくなってきた。と、同時に怒りも沸いてきた。
何故こんな目に会わなければならないのだと。散々引っ張り廻された挙句、罵られているなんて許せないっ。