オープニング
オープニング
今は夏真っ盛り、太陽が燦々と降り注ぎ、暑い日差しが肌を焼く季節。学生たちにとっては夏休みの真っ只中。
一夏のアヴァンチュールに浮かれる者も、バイトにせいを出すものもいる長いようであっというまの夏休み。
そんな中、夏の浮かれた気分を味わうことなく、地中深く閉ざされた迷宮の奥を進む人影があった。
「はぁ疲れた疲れた」
屍の山に立つ男が、呑気な声で言った。
転がっている死体は俗に言うゴブリンやホブゴブリン、グールの類等。文字通りの人外、魔物とも呼ばわれる者たちであった。
「なんみょーほーれんげーきょー」
「なんですかそれは?」
金髪の美女が怪訝な顔で問う。
「俺の国の死者を弔う句だ」
派手な武者鎧に身をまとった男が答える。
「……いまいち、真剣身が足りないような句ですわね」
「そういうなって、そういうトコ温いのがウリなんだから」
「そうでしたわね、だから、ここに来てもらった訳ですし」
「でもいいのかー?封印された聖女様を埒ろうなんてしてさ」
「いいのです。それに、もう封印は持ちません。このような悪鬼が進入してきているのです。危なく手遅れになるところでしたわ」
「まっ、そうだな。あんなのが最後にいるんじゃ、聖女様が悪女様にされちまうところだ」
男は奥を見据える。
そこには、黒いマントで姿を覆った男がいた。青白く華奢な風体をしているが、金色の眼光は鋭い。
「ヴァンパイアですか……。まさか本当に、闇に身を落としてまで……」
女の目に憎悪の炎が宿る。
「ヘンリー……さんだったかな。婚約者に振られたからって、即効女を変えるのはどうかと思うけどな。モテたければ己を磨くことだ。そんなことも解らないようじゃ……」
男から殺気が溢れだす。
片手に持った日本刀が反応して妖しく鳴動する。
「魔血晶を盗んで、人外に変貌してまで、貴方は何をしたかったのですか」
金髪の女が厳しく問いかける。
「まぁ、ちいせー男のやることなんてたかだかしれてんだ。反省するなら半殺しでやめておいてやる。来るなら死んでもらうがいいか?」
兜と頬当の間から覗く剣呑な目つきで黒マントの男を見据える日本刀を持った男。
黒マントの男はおもむろに片手を突き出す。何かを唱えだした。
「あー、言っとくが“魅了”も“恐怖”も効かんぞ。勿論炎や氷の魔術もな」
無造作に前に一歩、二歩と前に進む。構えてはいないが、隙の無い足どりだ。
「そのように不用意に近づいては」
金髪の女が警告を発する。
「いいっていいって、この程度。麗しの妹君を相手にすることに比べたら、全然驚異を感じない」
妹と聞いて、黒マントがたじろいだ。
「あらあら、そんなになってまでも、彼女が怖いのねぇ。だから聖女様に手をだすと?愚劣すぎますわね。幾ばくかの擁護もありましたでしょうに」
そんな気はサラサラ無かったが、欠片ほどの未練を断ち切るためにも金髪の女は告げた。
「まっ、そんな訳で最後通牒だ。大人しく投降しろ。何、可愛い妹をお手つきにしなかった分、情状酌量の余地を残してやってんだ。どうよ」
「貴方、いうにことかいてっ、わたくしの目が黒い内は、そんなことさせませんでしたわよっ。結婚まで行けば諦めるしかありませんでしたが、そこまでに至っていない間はあいつの毒牙からきっちりと遠ざけておりましたわっ」
「おいおい、君の瞳は1万ボルト♪じゃない、碧色だろ」
「言い回しに突っ込まない!」
「ん?つまり、手を出そうとしたが、君に追い返されてたと。こりゃ情状酌量の余地なんかねぇーってわけか」
鎧武者の鋭い眼光が、黒マントの男を射貫く。
その視線に黒マントの男は己の現状を把握した。こいつらを屠らぬかぎり、路がないと。
瞬時にマントを翻し飛ぶ。
手には異様に伸びた爪が妖しく光る。
「定番だなー」
鎧武者が緊張の欠片も無く言い放ちつつ、日本刀を下段に構える。
爪と刀が交差する。
下段から掬いあげるように日本刀が舞う。黒マントの手首から先が斬り跳ばされた。返す刀で胴を薙ぐ。
「ほいっ終了っと」
苦もなく鎧武者は告げた。
足元には胴を真っ二つにされた黒マントが転がった。
その胸を鎧武者は踏みつける。
上半身だけになっても黒マントはまだ生きていた。踏みつけられたことでうめき声が漏れる。
「辞世の句はあるかい?」
悠々と言ってのける。
「そんな悠長なことを」
金髪の女が咎めるも聞いてはいない。
「おっ、まだやる気かい?流石、ヴァンパイア。この程度では死ねないってか」
黒マントの体が霧へと変化していく。
「んー、無駄だよ」
告げられた途端、霧化が解除された。
今度こそ驚愕に目を見張る黒マント。
「一体どうやって」
苦々しく黒マントが問う。
「種明かしをするとでも?」
「くっこのっ──」
何か悪態をつこうと口を開いた瞬間、黒マントの首が飛んだ。
「ふむ、辞世の句は、クッコロでしたと」
「違いましてよ」
即座に金髪女の突っ込みが入った。
「まあまあいいじゃん、どうでも」
「はぁ貴方ときたら、いつまでたっても…」
泰然とした態度でいる鎧武者にげんなりとしつつも彼女は奥へと進む。
「で、これが、聖女様か」
銀色に煌めくフルプレートが水晶の中で固まっていた。
「えぇ、そうよ」
「はぁプレートのせいで顔もわかんねーのに、聖女たぁ。封印解いたら男でしたってオチなんか嫌だぜ」
「よく見なさい。女性用のプレートアーマーよ」
「………そうなん?」
「…そうね、貴方には解らないかもしれないけど、そうよ」
「ふむん、確かに女性らしい体のラインはしているか」
じろじろとフルプレートを眺める。
「開放してみれば解るわよ。アレを出して」
金髪の女に言われて鎧武者はもう一本の日本刀を取り出した。
「鬼丸国綱……のレプリカ。本当にこれでいいのか?」
ここにきて、疑わしげに鎧武者は問う。
「えぇ、いいわ。聖女様を封印しているものは一種の呪い。貴方ならそれが見えるでしょ」
言われて鎧武者は水晶に閉じ込められているフルプレート姿の聖女をじっとみつめる。
「こりゃすげぇ、中々にどす黒い。これが呪いねぇ。ふむ、確かに弱まっているような感じだな」
金髪の女が水晶に閉じ込められた聖女を中心に魔方陣を描く。
「これから、呪いの本体を呼び出します。その本流部分を斬って。それで封印は解けるはずだから」
「へいへい」
「軽口はいいから、真剣にやってくださいませ。失敗はできないのですから。……いきますよ」
「りょーかいっと」
詠唱が金髪の女から厳かに紡がれると、水晶から黒い靄がじわりじわりと染みだしてきた。
鎧武者は更に目を凝らす。どす黒い渦がいくつもとぐろを巻いているのが観えた。それの根元、本流を追う。
「捉えたっ」
言うと同時に日本刀を振るう。一筋の白銀の煌きが音もなく舞った。
見事、封印の本流が真っ二つに絶たれ消滅していく。
同時に日本刀がぼろぼろと崩れだす。
「やっぱレプリカじゃここまでか。帰ったら怒られそうだ」
柄だけになった成れの果てを見やりつつ、愚痴をこぼすが、意にかえした風ではない。
ゆっくりと水晶が解けだした。あたかも氷が水になるが如く。
「おっと」
水晶で固定されていたフルプレートの人物が崩れ落ちてきたのを鎧武者は抱き留める。
「これで任務終了だな」
「そうね、これで最後の一人が揃ったわ」
金髪の女は端から見るといやらしそうな笑みを零した。
「それにしても、よくぞ揃えに揃えたもんだな。相棒の心中察するよ」
口にはするが、全然そんなつもりはもうとう毛程も感じていない。
「これで俺たちの夏休みは終わりか。長いようで短かったな」
「あら?何を言ってるのかしら、まだやることはありましてよ」
「これ以上何をするってんだ?」
「彼女たちに日本語を教えることが、残っていましてよ」
相棒の心配より、自分の心労のほうが気になる鎧武者であった。
本編はもう少しお待ちください。