俺と彼女と親友と 02
新型機の生い立ちなんてものには興味がない。どう捏ね繰り回した結果だかなんだか知ったこっちゃない。
無いが、はたと気付く。
「つまり、あの機体はお前の麗しの従姉妹殿のものだってことか」
「あーあーネタばらしうっぜっ」
「ここまで引っ張っておいてバレバレのアタリもんしかなかったのかよっ」
「まぁそういうこと。んであのピンクは、従姉妹のパーソナルカラーということだ。つまり、パーソルカラーが与えられる機体ってっのは専用機ってことだ。専用機ってことは、勿論説明するまでもなくエースオブエースの機体ということだ。専用機だけあって、反応系とかシビアになっている。だが、お前は極々普通に乗りなせた訳で、ホントびっくりしたんだよ。だって解る訳ないじゃない。本当ならまともに動かない機体で戦闘して負けるってのが筋道だったから」
やつが饒舌なのは、色々と聞かれたくないことが有るからだろうといのうは想像に難くない。たまによく見る。主に女の子に詰め寄られているときとかそんな状況。
それよりも、なぜ、やられるのが普通なのだ。普通に動かせたんだから、勝つこともできるだろうに。
「で、そこで問題です。エースオブエースの機体です。動かす事ができるのは極々少数。更に、一部例外とは超エリートと呼ばれる位の歴戦の勇士です。それも、ゆくゆくは皇族の伴侶になるかもしれない者達だ。まぁ稀に緊急時にはそういうことは棚上げされることはあるけど。それでは、はい、貴方はどーですかー」
しなを作って決めポーズを俺に見せる。
誘導されているのは解るので敢えて外してみることにした。
「いや、俺関係ないし、たまたまお前の副操縦士だから乗っただけだもん」
「おっと、アニキーそれはなしだぜぇ~」
「俺の家系に、皇族な兄弟はいないな。俺は現在親無し金少し、将来未定、これからの人間だ」
そう言わせてしまたっことに、親友の顔が僅かに歪んだが、怯まなかった。
「そうだね、悪かった。お詫びに、嫁を紹介しようじゃないか」
「おっとそろそろ夕餉の時間だ。遅れると飯抜きにされるからな」
嫁だなどと本気にする筈も無く、背を向けたところを、親友がはがいじめに抱きついてきた。
「アッー」
「ケツを押さえて変な声で叫ぶな」
「やれやれ、それでどうするんだ?本当に晩飯の時間になるんだぞ」
そして、本当に遅れると飯抜きにされるのは冗談でもなく本気でそうなる。
「大丈夫だ問題ない。今日、政宗君は親友の晩餐会に呼ばれることになってるからね。寮長にも話はいっているし、朝帰りしたって何も言われないよ」
「なっなんですとー」
流石にこの展開は読めていなかった。いや、読めるはずだったと気がついた。
奴は、明日居なくなる。それなら、お別れ会なるものを開催しないわけにはいかないだろう。そして、やつはどうしようもなく俺の親友なのだから。
だからか、従姉妹を会わせようとしているのは。それはどっちが主でどっちが従になっているのだ。普通に考えたら、ヤツがそうだがそれだと話のかみ合わせが悪い。となると、従姉妹が主導と考えてしかるべきだが、動機はなんだ?それが解らない。
マジで嫁にさせるつもりなのか?いや、この場合、対象は俺になるから嫁じゃないな。婿!?
いやいやまてまて、ちょっと冷静になろーぜ俺よ。
「それで、一体その晩餐会には誰が集まるんだ?お前の家族も含むのなら、俺なんか場違いだろうに」
「ま、内々な会だし、その辺は気にしないでいいよ。気心のしれた仲間が集まる感じだし。気にすることはないぞー」
親友の瞳をじっと見つめる。嘘ではなさそうだ。だからこの話は嘘八百だ。でも俺にはどうすることもできない。
「それで、気心のしれた仲間って誰のことだ?」
「それは……まずお前だろ。あとは来てからのお楽しみ」
臭い、臭すぎる、ぷんぷん匂ってくる。
「とりあえず、政宗を皆に紹介したいんだ。通っている学校の親友だ、是非紹介しなければならない」
「はぁー、まーいいか。とりあえず、部屋の隅で眺めておくわ。お前は気心のしれた仲間と歓談するといいさ」
「おーっ来てくれるか。助かる助かる。それじゃ時間前に迎いを寄越すからそれでよろしく。あと服装は平服でいいぞ。大層なもんじゃないからな」
平服といわれて、ジーンズにシャツで行けるわけもなく、普段の洒落た格好をしてこいということだ(意訳)。ただ、そんな服は勿論の事持っているわけなし。
学校の制服で行くことにしよう。冠婚葬祭各種イベントにこれ一着あれば問題ナッシング。
「平服ねぇ……制服でいっか」
それを聞き咎めたか、ヤツの動きが停まる。
「我が親愛なる親友よ。シカタナイナー、迎えを寄越すついでにこっちで服も用意させるからそれを着て来るように」
いいことしたという風に悦に浸っているのが解る。
反論したとして無駄だ。どうせこれも計算ずくだろう。
「はいはい、もうそれでいいよ。で、何時になるんだ?」
「ん、時間??」
親友は腕時計を見る。手巻き式のシンプルな2針タイプで秒針が別に付いている革ベルトの腕時計だ。ブランドではなく個人製造モノだと言っていた。金持ち死すべし。
「ほんと、お前が寄越すっていう服が金ぴかでゲテモノみたいなのでない事を祈らせてもらう」
「言っちゃなんだが、そんなセンスは持ち合わせていないぞ。そうだな、決めた。お前には日本代表という格好で着てもらう事にしよう。中々いい意見をありがとう」
口の端をつり上げて静かに笑うヤツに、俺は、なんとも火を付けてしまった感がとても…猿回しの猿にだけはならないように祈るだけだった。
「そんじゃ、ここで時間喰ってても仕方ないし一端寮舎へ戻るわ。適当に呼び出してくれ」
「そうだな、俺も仕立て……あ、いや見立てしないけといかんし、そうと決まれば時間はもうない。じゃな親友よ。アイルビーバァーック」
訳わかんない事を口走って親友は姿を消した。廊下を走って……。
「何がヤツのスイッチを押したんだか……」
独りごちる。
それとも本当に最初から狙っていたのか。
そうだな、晩餐会までには時間があることだし、今回の話の筋を再確認しつつ帰るとするか。
ロボテクス使った勝負は負けが見えていた。
負けたことを俺のせいにしてヤツは勝負を御破算にしようと企んだ。しかし、勝ってしまった。そう、そこで、黙っていればこっちの勝ちは文句無しだった。
賭けには勝った。その内容は?推測するに、どっちが手綱を取るかってことのはずだ。それともそれは隠語として別のことを示すとしたら?
結果としては、ヤツはこの学校を去る。交換留学になるのだろうか?ふむん、どうでもいいや。それと、変わりに従姉妹がやってくるような事をいっていた。
さて、どんな従姉妹なのか、武勇伝は一部聞いた。いわく、戦線崩壊しかけたところを敵も味方もお構いなしに暴れまくって、王子の一人を再起不能?にさせてしまったようだ。
本当かよ…。
それが切っ掛けで、従姉妹は日本へ送還となり、変わりに親友が結婚するために行くことになった。皇族の仕組みか知らないが庶民の俺とは世界観が全然違う話だな。
で、だ。主導権争か何か解らないがロボテクスまで持ち出して優越きめようとした訳だったな。
しかし、親友はひねくれた事が三度の飯より大好きで、勝負自体を御破算にしようとした。勝負を俺に代わりにやらせて無効としようとした。出発の日もあるから、おそらくやり直しの無い一発勝負だろう。
結果……どう解釈すればいいんだかわからん。勝つには勝ったが、結局は負けたのと同じってことか。それは何故だ。
勝っては不味かった。そして、負けるのも不味かった。だから御破算にしようとした………と、いうこと…なのか?
勝ったことにしておけば後々有利な条件をとれるはずなのにどういうことなんだろう。
いくら考えても答えは出てこない。くっそ、我が大馬鹿なる親友の考えることはよく分からん。
晩餐会の時にでも聞いてみるか……。でもヤツは喋らないだろうな。
そうそう、晩餐会だ。服が来るらしいが、一体どんな服を持ってくるんだろ。
結局、答えは出ることもなく、寮に辿り着いた。
寮に戻ってから程なくして、使いのものがやってきた。
それは、袴姿で日本髪した女性が玄関に立っていた。
「これに着替えてください」
服の入ったと思われる車輪付キャリーケースを渡された。
「応接間があるからそこで待ってて」
踵を返して、部屋に戻ろうとするが。
袴姿の日本髪した女性が後に着いてきていた。
「あー、えーと、応接間はそっちです。すぐ着替えてきますから待ってて貰えますか」
「いえ、着付けは私が行います。殿方に任せても時間の無駄ですから」
「あ、いや一人で着れるから」
ご遠慮してもらおうとしたが、どうにも駄目だった。
「貴方が着付けの時間を掛ければ掛けるほど時間が押してまいります。私の方が効率よくできます。何か問題でもありまして?」
一体どんな服を持ってきたのかいぶかしむ。
押しの強さに、問答してても時間の無駄だし、遅れるわけにもいかないとあっては、断ることはできなかった。
キャリーケースを開けてみた。うげぇっ。これ、和服じゃねーか。見よう見まねな着付けとか……想像したくないね。
言っておいてなんだが、流石に自分で着れるかといえば時間ばかり掛かって、できたころには着崩れしたものが出来上がるだろうなと、簡単に想像できる。
仕方なく、部屋に招き入れた。
入った途端、テキパキと俺の服を脱がしにかかられた。
抵抗する間もなくパンツ一丁な姿にされた。同い年くらいなのになんでこの人は動じないんだ。手慣れているし、なんだろう隙がない。
女の人……女中さんになるのか?流石に言うだけのことはあるようで、普段見よう見まねな着付けよりもパリッとした出で立ちが出来上がった。それでいて、動きにつっかかりがなく締めつけるところも適度だった。
そしてなによりも、着付けが速かった。
紋付羽織袴だ。生地は何となくというか高級な感じがひしひしとオーラが滲み出ているというのか、家一軒位は建つんじゃなかろうか?
「加賀友禅です」
心の声を聞かれたのか、使いの女中改め着付け師はそう言った。本当、自分で着付けしなくてよかった。怖すぎます。
紅色をした羽織、薄い桃色の袴に桔梗の紋所、背中には金糸で縫い上げた龍の柄。
何か意味があるのだろうか。それすらも解らないが、ヤツが持って来させたものだ、何かあるには違いない。
「それではこれを履いて下さい」
渡されたのは編み上げの太股まで高さのあるロングブーツ。ホントッどういうつもりなんだ。普通だったら、下駄とか草履とかで揃えるものじゃないのか。
ヤツの趣味ってならそれはそれでもういいや。大人しく渡されたブーツをってここはまだ寮内だ。出るときに履こう。
「本当は丁髷を結っていただきたい所ですが、流石に長さはありませんものね」
短く刈りあがった頭を見る女中さん。
「なので、こんな物をご用意いたしました」
そう言って出したのは丁髷のカツラだった。
「………冗談ですよね」
にっこり笑って拒絶の意を示す。
何も返答がこない。ずっとカツラを見ている。
え、まじなのか?
「そうですよね。いくらなんでも百貨店で揃えたような安物を付けさせる訳にもいきませんし」
ぽいっと“俺の部屋の”ごみ箱に無造作に放り込んだ。
「それではちょっと失礼して」
いって、身体のあちこちを触る。服の弛みやらなんやらを直しているようだ。
「流石私、完璧です」
なんか倒錯した世界の一端が開かれ掛けた気がしたが、気にしないことにする。
どうせこの場限りだ。
「それじゃ、時間もそろそろだし、行かなければならないのじゃないかな」
「そうですね。それでは行きましょうか」
女中はクルリと廻って前に位置をとり、ドアをあけてこちらの退出を促す。
クルリと廻った髪を見てなにか、気になるというか近視感に襲われた。
「あっ朝」
「どうかなさいましたか」
女中がこちらの瞳に焦点を会わせて問うてくる。
俺は戸惑いつつも、なんでもないと答えた。
「そうですか」
必要最小限だけ言葉に出して、女中はドアから出て行き、こちらが出るのを待つ姿勢で起立した。挙動乱さず綺麗なバランスの良い立ち方で待っている。
慌てて続こうと駆け寄ろうとしたところ、にゅっと手が目の前に伸びてきて。
「違います」
出て行こうとするのを停められた。
「えっ?」
「姿勢を正して下さい。帝国軍兵たるものいつ何どきであれ胸を張りなさい。猫背なんてもっての外です」
兵隊といっても高校生ですがとは、反論しようにも受け付けないと目の輝きが優雅に物語っており、発することができず言葉を飲み込んだ。
「イエス、マム」
はからずもそう答えてしまった。
「米語で答えるな。日本帝国軍人なら日本語を使えっ」
「了解であります」
「よろしい、では行くぞ。着いてまいれ」
「了解であります」
大きな声で返答した。