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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第二章
69/193

誰が為に 03

 呆気にとられていたのも束の間、サクヤが警告を発する。

 左?

 咄嗟に体をかわす。

 黒い何かでかいものが横切った。

 何かではないな……。黒い12式だ。獣のような動きで襲いかかってきたのだ。

 つか、誰も乗ってない筈だがどういうことだ?

 ── 人間は人間で殺し合え──

 一本だたらが何かしたのは明白だ。これが答えということか。

 黒い12式が唸り声を上げて迫ってくる。

 冗談っ、ロボットが叫ぶなどと、しかもまるで獣の鳴き声だ。

 身を屈めた体勢で突進してくきた。速いっ。

 動きが解っていただけ、なんとか躱すことができた。それにしても、このままじゃ何時かは掴まるぞ。何か手はないのか?

 その考えにサクヤが返答を寄越す。腰に装着しているバスタードソードがあると。

 硬化ゴムのおもちゃだが……それでも、ないよりはましか。

 抜き放ち、正対する。

「中島っ」

 不意に通信が来た。その声は長船だった。

「どうなってんだ、これ」

「詳しい話しは後だ。悪いニュースと目茶苦茶悪いニュースどちらから聞きたい?」

 こんなときに冗談をっ。

「うるさい黙れ、とっとと言え」

「黙ったら何も言えないだろう」

「なら早く言え」

 黒い12式が飛び掛かってくる。俺はそれをバスタードソードでいなして躱す。ゴムの擦れる音が癇に触る。

「じゃ、先ず悪いニュースからだ。援軍はこない。いやこれないといったところだ」

「長船ならいける、生身でいける」

「さっきの衝撃波で電源が落ちた。今、非常用の電源が立ち上がって、漸くお前と通信ができたところだ。門が開くまでまだまだ時間がかかる」

 俺の援軍要請を無視して長船は話しを続ける。

 黒い12式が低い体勢から回し蹴りをしてきた。俺はその足の根元に向かって蹴りを叩き込む。衝撃にお互いが揺れる。

「次に目茶苦茶悪いニュースだ。電源が落ちたといったな。おかげで、まだ避難が終わっていない。逃げきれてない観客が中に居る。そいつをそこから絶対逃がすな。今、軍がなんとか誘導しているところだ。それもあって周りは大混乱している」

 無理ゲーを押しつけられた気分だ。

「それと、一つ忠告だ。Fドライブを使え。もう試合じゃないんだ」

 忘れてたっ!!

 慌てて、Fドライブを起動する。

 胸に嫌な感じの圧迫感が押し寄せてきた。

 無理やり体から何かを絞り出される感じだ。

 嫌悪感から一瞬集中が途切れた。サクヤとの繋がりが緩み、機体がふらつく。

 その一瞬の隙を黒い12式は逃さない。覆い被さって組み伏せようとのしかかってきた。

「くっ」

 押され、機体が後ろに倒れる。

 再度集中っ。

 繋がりが回復すると、俺は押し倒されながら、黒い12式の腕を掴む。

 背を丸め、脚を中へ入れた。

 背中からサクヤは倒れる。

 今だっ。中に入れた脚で蹴り上げる。

 押し倒してきた勢いも利用して、黒い12式が宙を舞う。巴投げ。

 地響きがサクヤを通して伝わる。即座に機体を立ち上がらせ、落としたバスタードソードを拾い上げ、そのまま中段に構え、対峙し直す。

 軽い目眩がした。腹が捩れ、唇が乾く。身体の前表面部分から丹田へ、そこから背筋を通ってあたまにへと何かが流れている感覚があった。無理やり得たいのしれないものが身体の中を這い回っている感触は吐き気をもよおす。

 これがFドライブの弊害か。

 黒い12式が襲ってくる。機体強度があがって、掴まれても握りつぶされはしない。そのまま蹴り跳ばす。こちらの膂力も向上しているお蔭で、ヤツを引き剥がせた。ついでに反応速度も上がっている。

 だが、疲労度合いが半端ない。

 よくも、長船はこれを維持していたものだと、改めて感心した。

 あいつと俺とのFPPの差がそうさせるのは解っているが……。

 吐き気がする。

 B-の俺では維持するのも至難の業だ。いや、短期に決めないと持たない。やりすぎると暴走だ。その前に意識が有ればだが……。

 この状態では援軍を待つこともできない。正に背水の陣だ。特攻だ。

「まったく、長船は無茶ばかりいってくれる」

「すまんな、埋め合わせは必ずする。だから生き残ってくれ」

 まだ通信が繋がっていたか。切った覚えもないしな。

「まさかこんなに気持ちわりぃとはな、Fドライブがここまで負担になるとは知らなかったよ」

「なに?そんな筈は…」

 それは俺との差だ、天才と凡人の……。長船にとってはどこ吹く風だろうが、こっちは万力で頭を締めつけられるように痛い。

「あのとき、お前全開だったんだろ?尊敬するぜ」

 口を開くのさえ億劫だ。

「何を言っている?」

「ちょっと頭に響くから切るぞ」

 言い終わるが速いか切った。

 起き上がった黒い12式がまた飛び掛かってくる。

 カウンターにバスタードソードを突き入れる。Fドライブで強化されている。鋼鉄以上の強度はあるはずだ。

 見事、胸に突き刺さった。

 ぬるり。

 刺した手応えがなく、刃はそのまま突き抜けた。バスタードソードが根元まで突き刺さり、勢いが止まらずのしかかられた。もんどりうって倒れる。

 まずった。深く刺さりすぎて抜けない。突くのではなく、斬るべきだった。

 サクヤが下に、黒い12式が上の体勢となっている。

 黒い12式が口を大きく開ける。

 やばいっ。

 右肩に噛みつこうと迫る。

 俺はバスタードソードを手放し、黒い12式の顔を掴む。

 切り子のような歯がおぞましく目の前でカチカチと金属音を立てる。口元からは唾液が垂れてくる。

 それが零れ、サクヤの右肩についた。

 装甲から白い煙が泡立つように吹き出た。溶解液だ。

 溶かされている。

 右手で黒い12式の首もとを掴み直し、顔を反らせつつ、左手を自由にさせる。

 自由にした左のナックルガードを展開させ、脇腹へと拳を叩き込む。

「このっこのっ」

 何度も殴りつける。手応えがいまいち感じられない。まるで布団を殴っているような感触だ。埒があかない。

 殴りつけつつ、片膝を立てる。

 立った。

 そのまま軸にして回転、体を入れ換える。やはり黒い12式は戦い方においては素人だ。勢いと力は有るが技はない。本能のみで襲ってきている。

 体勢が馬乗りに変わる。下半身で相手を固定し、上から拳を叩き込む。

 黒い12式に刺さったバスタードソードはまだ刺さったままだが、蹴って飛ばしたりと転がせまくったせいで、刀身部分がひん曲がっている。もう使い物にはならなさそうだった。

 殴る。

 黒い12式の形をしたものはたわむ。

 殴る。

 確実に体幹部分へ叩き込んでいる。

 殴る。

 だが、効いている様子はない。

 殴る。

 焦りが募る。

 殴る。

 それでも殴るのを辞めるわけにはいかない。

 殴る。

 黒い12式が不敵に笑う。

 殴る。

 その顔目掛けて、拳を叩き込んだ。

 電車が急ブレーキをかけたときのようなスキール音が響きわたる。

 拳が引き戻せない。

 黒い12式が噛みついていた。ナックルガードが甲高い軋みを上げる。やられた、あの笑いは挑発だ。まんまと引っかかってしまった。

 噛み付きを外そうともう片方の拳で、横面を殴りつける。

 くそぅ、びくともしねぇ。

 硬いナックルガードが軋む。殴るために其れなりの強度があるのに悲鳴をあげて砕けようとしている。

 いよいよ保たなくなってきた。このままかみ砕かれては手まで潰される。

 決断しなければらない。

 噛まれている右籠手を分離させる。間一髪、引っこ抜いた途端にナックルガードは噛み砕かれた。もう少し遅ければと思うと冷や汗が流れる。

 武器が……。何かないかとサクヤに問う。直ぐに答えが返ってくる。腰に刺したままのククリがある。これまた硬化ゴム製だが、Fドライブで強化できる。それにしても、色々と忘れすぎだ。焦りは禁物だというのに、全然駄目すぎる。

 直ぐさま抜き放ち、黒い12式の肩口へと刃を降ろす。

 ぬぷりと刃が埋まった。

 さっきのバスタードソードと同じことがおきた。

 左で殴る。右で斬りつける。

 どちらも当たりはするが、ダメージを与えたという印象は皆無だ。

 どういうことなんだ?思考を巡らせる。

 行き着く先は一つ。フォースパワーだ。それしか考えられない。

 フォースパワーは大きく分けて4つの特性を持つ。加速・減速・収束・拡散だ。この場合、拡散の力を使っているということか。

 因みに、こっちが使っているのは収束で、機体の構造強化に用いている。

 いくら収束で固めた攻撃でも、拡散で防御されては暖簾に腕押しだ。

 ならばどうする?相手のフォースパワーが切れるまで殴り続けるか?それは不毛だ。いや、違う。逆だ、こっちが不利になる。どうみつくろっても、先にフォースパワーが切れるのはこっちのほうだ。

 今でさえ消耗が烈しい。もって数分。それまでにケリをつけなければいけない。

 何か他に手はないのか?

 そんな思考の隙を相手は見逃さなかった。両腕を掴まれた。

 慌てて振りほどこうとするが、振りほどけない。

 黒い12式は引っ張る。切り子の口を大きく開けて待ち構える。

 まずい、まずい、まずいっ。ヤツの膂力が半端じゃない。構造強化したサクヤがあがらえないでいる。

 人工筋肉が悲鳴をあげる。このままでは断線してしまう。断線……!

 そうだっ、俺はサクヤに筋力倍化を指示する。

 機体が唸りをあげる。

 途端に引っ張れていたのを引き返すことができた。これで振りほどけるっ。

 安心したのも束の間、黒い12式が手を放した。

 当然の如く、サクヤは後ろに仰け反ってバランスを崩す。が、拘束が緩んだ。

 黒い12式は体を捻り、這って抜け出す。やられた。

「シャシャシャシャー」

 あざ笑いなかなんなのか、黒い12式がこちらに向け声をあげる。

 どこまでも癇に触る奴だ。

 ククリを前に油断なく構えをとり、相手を見据える。

 おもむろに黒い12式は胸に刺さったバスタードソードを引き抜き振り回した。

 しげしげと、バスタードソードを眺めだす。

 隙ありっ。サクヤを走らせ、胴を薙ぎ払う。

 だが、その攻撃は当たらない。黒い12式は大きく跳躍し、距離をとった。

「シャシャシャシャー」

 やはりこれはあざ笑いだ。舐められているのだ。

 怒りが全身を駆けめぐる。

 怒りに任せてサクヤを走らせ切りかかる。サクヤが駄目だと告げるが無視し、いうことを聞かせる。

 1合、2合、ククリで斬りつけるが、黒い12式は器用に躱す。

「くそっ」

 脚が止まった瞬間、黒い12式が回し蹴りを打ってくる。

 躱せずにまともに喰らい吹き飛ばされた。地面をいいように転がされる。

 衝撃が襲ってくる。頭痛が更に酷くなった。

 時間がない。

「俺では無理なのか」

 地団太を踏む。

 頭痛が突き抜け、意識が遠のいていく。腹も捻じられたように不愉快極まりない。全身から汗が吹き出る。じとっとした嫌な汗だ。

 何か……何かないのか、何でもいい、ヤツを倒せる方法が。

 黒い12式がバスタードソードを構えた。ひん曲がっていた筈が元に戻っている。これもヤツの力か。

 形勢はいよいよのっぴきならない状況となった。

「はははっ」

 絶望しかない状況だというのに、笑いがこみ上げてきた。

 ほんと、俺って何してんだ。

 普通の生活を夢見て、一番近道だと思ってここに来たはずだったのに、皇族のお供から始まって嫁?あまつさえロボテクスの試合ときて、最後にコレだ。どこが普通なんだか、ほんと笑える。

 ここで死ぬのか?

 これで終わりなのか?

 ここが人生の幕引き場なのか?

 これがっ!

 冗談じゃないっ!!

 終わってたまるか。何か何かあるはずだ。俺は足掻く、足掻かなくてはいけない。

 そこで気がついた。

 バイザーの片隅で点滅するA.Iという文字に。

 ──奥の手──

 長船が言っていた。

 ──試作兵器──

 とも言っていた。

 ──使わないに越したことはない──

 今使わないでどうする。

 俺は躊躇いなく、それを押した。

「Allege Ideolgy開始します」

 あれっじ ありあろじー?突然の英単語。よく聞き取れなかった。何を開始するんだって?

 聞き返す前に、世界が弾けた。


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