Last vacation 06
「もしもし?」
一体誰からなんだと思いつつ話しかける。
「やっほー、私だよ私」
「私さんですか。初めまして」
笑い声が聴こえた。
声の主は中江先輩だった。
「今って病院からですか?検査はどうだったのですか」
「まあまあ、こっちは大丈夫だよ。特に問題なし。なんかね、大事をとって一泊させられるって話しで憂鬱だよ」
「それは良かった」
「良くないっ」
そういう意味じゃないんだが……。まぁ元気そうで何よりだ。
「それで、どうしたのですか?こっちはこれから決勝戦です」
「そうそう、だから美帆っちに頼んだのよ。君に話しておきたいことがあって」
「話しておきたいことですか」
「うん、私の最後の授業だよ」
「それって?」
「勿論、ロボちゃんの操縦についてだよ。本当は決勝戦前に伝えようと思っていたのだけど、あたふたしてたから言い出す機会がなかったから、うん、間に合って良かったよ」
「一体どういう……」
「君はもっと巧く操縦したいとは思わない?」
「そりゃしたいですが」
「えっ何?聞こえないはっきり言ってよ」
「したいですって」
「き・こ・え・な・い、君の覚悟が聞こえない」
「もっと巧くなりたいですっ!!」
大きな声で言ってやった。何をふざけているんだ。
はっ。
横を見る。
東雲副会長並びに安西がにやついた顔でこちらを見ていた。
「先輩、諮りましたね」
「んーなんことか解りませーん。でも君の覚悟は解ったよ」
笑いながら言っても説得力がないわ。
「私とシタイノネ。そして巧くなりたいと。このーおませさん」
「……もう、切りますよ」
「わぁごめんごめん、退屈なんだよ~、ちょっとくらいウェットにとんだジョーク言ったっていいじゃないー」
まったくこの人は……。
「それで、教えてくれるなら手短に。もうじき始まります」
「わー事務的すぎるー。君の私にかける情熱ってそんな程度なのぉー」
「先輩っ」
「解った解った。じゃー真面目にいくねー」
全然そうは聞こえないのが不思議なんですがねぇ…。
「普通さ、動かすときに動き方をイメージして、それをロボテクスに読み取らせてるでしょ?」
「そうですね。最初に習いました」
「それがね、それだけじゃないんだよ」
「え?」
「普通はね、そうでないと動かないけど、もう一つやり方があるんだよ、ちみー。それが私の操縦法。だから、決勝前に教えようと思っていたんだ」
つまり、中江先輩のあの強さの秘密って訳か。
ごくりとつばを飲みこむ。話の感じからではリミッター解除ではなさそうだ。
「結果はあんなことになってしまったけど」
「いえ、先輩の強さは変わらないです。あの一戦、俺じゃ勝てなかった」
「ん、ありがと。じゃあ教えるね。聞いても解らないかもしれないけど、本当だからね」
なんだか、不可思議なことでもやるのか?疑ってもしょうがない。話をじっくり聞いた。
「それじゃ頑張ってね優勝してきてね」
「はい……でもそれって…」
「本当よ。じゃあね」
云うだけいって、通話が切れた。
携帯電話を東雲副会長へと返す。
「瑠璃はなんて言ってたの?」
「最後の授業だそうで…」
聞いたは聞いたのだが、今だ信じられない。
「そう、良かったわね」
神妙に答えられ、これが本当のことなんだと実感した。東雲副会長も察しているのだろう。
「でも、なんだか、最後って言い方が……、先輩っ本当に中江先輩は大丈夫なのですか?」
不安がよぎる。思い返せば、言葉の端々に妙な引っ掛かりを感じだす。
「ああ、大丈夫よ。やっぱり決勝戦でれなかったことで、落ち込んでいるよ。大体あの子ってそんな調子だよ」
「そう…なんですか…」
「そうよっ。一年のときにね、バイクのレースでぶつけられて鎖骨折った時もあんな感じだったわよ。それで一週間もしたらケロッとしてまたレースに出て、しかも優勝したのだから心配するだけ無駄よ」
言い切った。
今の医療技術だと骨折しても、程度にもよるが1~2週間もあれば完治するにはする。大体治療魔術なんてものもある。かけてもらえば一発だ。それでも、事故ってからそんな短期間でレースにでれるかと言われたら……半端な精神力ではない。中江先輩の強さを垣間見た気がした。
俺より付き合いが長い東雲副会長の言うことなら間違いはないだろう。
いろんな事があって、俺は過敏になっているのだろうか?平常心平常心。
先ずは先輩の教えだ。本当のようだが、それを実戦で行うのか……正直悩む。
使えれば最強なのだろうが、俺が使えるのか?いや、そういうことじゃなくてだ、信じられるのかだ。
勿論それは中江先輩のことではない。ロボテクスのことだ。
俺にもできるのか、それが…。
一抹所ではない不安が俺の中で渦巻く。
だが、やるしかない。宙返りだけでは勝つ武器とはもういかない状況だ。
そうだ、ここまできたんだ。信じようではないか、サクヤの事を。これまでの事を思い出せ。サクヤと一緒に戦ってきたんだ。信頼できる相棒なんだから。
もうじき決勝戦が始まる放送が流れた。俺はサクヤに乗り込み起動をかける。
整備中で電源は入れていたから、初期起動は飛ばして繋がる。
心を落ち着け、深く、深く、サクヤを探す。
中江先輩の言っていたこと。それを実戦するために。
ロボテクスを操縦する場合、イメージを創り流し込むことで動作する。
しかし、この手順では先読みと適切な行動のイメージを創らねばならず、ロスが多い。今までだとそういうものだと思っていた。だが、咄嗟の行動をすることがある。イメージは半分もできていないのに、勝手に反応する時だ。
俺の場合、準々決勝で2本連続で落とした後、頭が真っ白になって気がついていたら勝っていたという現象だ。
戦い自体は荒々しく、とても巧者とは言い難かった。
それは、逆の視点で見ると、意識して操縦していなくても、ロボクテスは勝手に反応して動くということだ。
中江先輩の最後の教え。それは、ロボテクスに身を任せるということだ。
俺にも良く分かっていないが、そういう状況があるということは、主体となるロボテクスの本体というようなものがあるはずだ。
目を瞑り、深く深く繋がりを意識してサクヤを探す。
心を落ち着け、サクヤの寄越す情報に身を任せる。
最初は揺れを感じた。片膝着き駐機状態を維持するために機体自身がバランスを取ろうと脈動する鼓動のようなものを。
次に周りの音が聴こえてきた。幻聴かと思えるほどの小さい音。機体の駆動音から人の声、地面の揺れなどが囁くように耳に入ってきた。
そして視界が開けてきた。目を瞑っているのにも関わらず、脳裏に待機場の屋根、壁、機材を感じ取れた。
注意深く俺はそれを手繰り寄せる。
本当だった。
びっくりして目を開けたら、情報は途切れた。しまった……。
でも、確かに感じた。ヘルメットを介して、サクヤと繋がったことを。
深呼吸を数回繰り返し、再度試してみる。
一度できただけに、再度の接続はたやすかった。
サクヤからの情報が手にとれるように脳内を駆けめぐっている。繋がりが一層深く強固になっていくのが解る。
決勝戦を始める放送が鳴った。
そろそろいかねばならない。そう思ったら、サクヤが反応した。
充電ケーブルなどが外れると、自分で立ち上がっていく。
「勝って来い」
安西の呟きが聴こえた気がした。おれは振り返って親指を立てる。するとサクヤが同じように動作した。
「瑠璃っちの分まで頑張って」
こんどは東雲先輩の声を拾った。
俺は敬礼をすると、サクヤが同じように敬礼をする。
不思議な感覚だ。今俺とサクヤは一つになっているような、そんな感覚。
俺のしたいこと、サクヤのしたいことが一つに合わさっていくような感覚だ。
サクヤ自身に意識があるのかと言えば、そうではない。サクヤのシステムが情報を分析し、最適解を俺に囁いているといったようなものか?それがサクヤのしたいことと認識する。俺はそれを後押しする。
逆に俺がしたいことがサクヤの中で最適解となって、提示され、それをもって追認し動作する。
さすがに、気分が高揚した。
しかし、心に余計なものが入り込むと、繋がりが薄くなっていき、最終的には切断状態になる。
思い返せばあの時は、俺はひたすら倒すことだけを考え、どうするか真っ白になった。その時はサクヤが倒すことだけを優先して動いてくれたのだな。今なら解る。今回は、それでは勝てないだろう。サクヤもそう判断している。だから、供に行こう。
注意深く、だが、大胆に細い紐を手繰って、俺とサクヤを結びつけ、俺達は繋がりをもって、行動した。
サクヤ、行こう。これが最後の戦いだ。存分に暴れてやろうぜ。
俺の意気込みにサクヤは慎ましやかに答えてくれた。
高らかにファンファーレが鳴り響く。
決勝戦だけあって演出も派手だ。
観客席を一望する。
満員御礼、立ち見の人までいる。流石注目度が高いと言われているだけある。
サクヤを通じて見る世界。普段ではこんなにも詳細に映ることはない世界。観客の一人一人がクッキリと解る。
色々と参加動機が不純であった俺だが、ここまで来たことに多少の自信と誇りが芽生えてくる。
眺めていると、藤堂先輩を発見した。友人達と一緒にいる。一体何を話しているのだろう。応援していてくれると嬉しいな。
「──負けちゃえー」
ガク。
サクヤが音を拾ったのが伝わった。藤堂先輩の隣の人が叫んでいる。
「まあまあ、私に勝ったんだから、応援してあげなよ」
「でもぉ~」
藤堂先輩が宥めている。話を総合するに、部活仲間か。薙刀部御一同のようだ。相当恨まれているのが解った。何もしてないのに……。
気を取り直して、他に誰かいないか視線を巡らせる。
………あっ。
皇がいた。ついでに咲華も横にいた。
見に来てくれたんだ。安堵と共に頬が緩む。手を振ってみる。
途端、サクヤとの繋がりが不安定になった。ぬぅー、これは焼き餅ですか?いいえ違います雑念です。
集中集中っと。
対面を観る。
12式が居た。自然と怒りが込み上げる。またもやサクヤとの接続が不安定になる。ええいっ雑念よ去れっ。色即是空、空即是色。
まだクロと決まった訳ではない。はやるな俺。
それでも、調べた経歴からは、限りなくクロに近い相手だ。
ロボ部と剣道部の掛け持ちしている4年生。ロボ部であれば、データーベースを弄れるのもおかしくはない。剣道部はいわずものがな、俺への反抗勢力である。
裏の繋がりがどうなのかまでは解らないが、その辺りはおそらく長船が探っているだろう。
それでも逆の視点から見れば、順当な実力で上がってきた可能性も高い。ロボ部で剣道部なのだから。
どっちに転んでも強敵なのは変わりない訳だが……。白と黒とでは想いも変わってくる。
どうにも煮え切らない状況だ。
まぁ、相手の手の内は先程までの試合で大体見えている。こっちも丸裸ではあるが……。
と、なればだ。
純粋に読みあいと力関係という在り来りなまでの実力差の勝負となる。
ズルがなければだが。
在り来りと言ったが、この状況でそうはいってられない。正直どうなるか解らない。サクヤの新たな操縦方法が本当に通用するのか、中江先輩ほどの操縦ができるのか、まだまだ未知数だ。
だが、俺は信じる。サクヤと今までの俺の努力を。
負けることは考えない。ただひたすら勝つことだけを。
紹介のアナウンスが終わる。
両者共にコロッセオ内へと歩を進める。
一際歓声が高まった。
いよいよだ。
はやる気持ちを押さえ、サクヤと供に決勝戦に挑む。