Last vacation 03
やはり、中江先輩は凄かった。
そりゃぁ舌を巻くほどに。
何が凄いって、右腕がまともに使えないと悟るや否や、スパイクラウンドシールドを捨て、その手にショートソードを握った。
右が使えないなら、左で攻撃。しかも、膂力不足を補うために戦い方まで変えてきた事だ。
右手にファルシオンはそのままに2刀である。
舞う。
それは異国の踊り子の様に。
舞う。
それは巫女の神楽舞の様に。
舞う。
それは流麗であった。
足りない打撃力を遠心力で補う。その為の舞であった。
踊る。廻る。跳ぶ。
力強く、優雅に、止まりもせず。
観戦者は立ち上がり、声を大に叫んでいる。驚愕と感動とその他もろもろがないまぜの声援だ。
剣の姫君の戦いに、観客も踊る。興奮の坩堝が形成されていた。
場内が揺れる。興奮した声援のせいで。
俺もその中の一人となって、先輩を応援した。
試合の始めはどうなるかと心配だったが、すでに2対0。連勝だ。
3戦目も、12式は紅い10式の動きについていけず、防戦一方だ。徐々に削られ、体力バーが減っていく。
勝ちは決まった。誰もが勝利を確信し、あとは如何に決めるかに焦点が移っているといっても過言ではない。
斬り結んだ後、一端距離が離れる。
それを良しとはせず、紅い10式が懐に飛び込んでいく。
12式はそれを左から右へと横薙ぎの一撃で迎撃に向かう。
懐に入る速度が早い。舞のように踊る紅い10式が剣を徒あげ……れなかった。
ファルシオンが折れ曲がる。
ツヴァイヘンダーが、迎撃をものともせず、そのまま紅い10式の腰部に刃が食い込んだ。
暴風の中で翻弄される凧が如く、宙を舞う。
信じられない光景だ。
いくらなんでも、そんな膂力は無いはずである。いや、本物の武器であればそうかもしれない。だが、硬化ゴム製の武器であれば、しなってしまいあーいったことはできない。
それなのに、目の前でおこった出来事が、如何に異常であるかということだ。
剣の根元で当たったから?それでも、10式が吹き飛ばされるなんてことは有り得ない。
そんな状況でも中江先輩は見事な操縦を魅せる。
錐揉みして落下する機体を制御し、脚から着地してみせた。
たたらを踏みつつも、暴れる機体を制御し、倒れないでいる。
場内でどよめきと喝采が沸き起こる。
そこで俺は気付く。
右腰部装甲が根こそぎ剥ぎ取られているのを。
外部装甲が引き千切れ、インナー部分も裂けてしまっている。さっきのは百歩譲ったとしてもこれは流石に有り得ない。
場内の観客も、損傷に気付いたか騒めきが舞いだした。
電光掲示板に映されるゲージを見れば、半分の体力バーが減っていた。しかも、腰部大破判定までついている。
体幹ダメージは致命的といっていい。まともに操縦することなんてできようはずもない。いや、判定以前に機体自身が本当にその状況だ。
それでも……試合は続く。
12式が止めとばかりに走り込み、上段からツヴァイヘンダーが振るわれる。
動くこともままならぬ10式では躱しようがない。
まさかの大逆転が繰り広げられている。
もう駄目だと思った。
しかし、現実は違った。
古鷹風紀委員長は化け物だと言っていた。それはここまでのことを想定して言っていたのかは知るよしもなかったが、この光景は一生忘れそうにない。確かに化け物と称号されるだけの事があった。
10式の右腕が出る。
剣と剣とがぶつかり合う。
完全に膂力で負けている。あっさりとそのまま押さえつけられ、ツヴァイヘンダーは右肩へと殺到する。
ここだ、ここで奇跡の技を見た。
押されたファルシオンを肩にかけ、ツヴァイヘンダーを身に受ける。その力を回転と推進力に変え、10式は舞った。
ショートソードが12式の胴を抜き、返す刀で逆袈裟斬りを続行、最後に脚払いをかけ、両者倒れながら止めとばかりに、胸部にショートソードを突き立てた。
神業である。
これが、中江先輩の底力であった。薄ら寒いものを感じる。どんな苦境でも決して折れない倒れない。不屈の闘志を感じいった。
結果は紅い10式がミリの体力バーを残して、12式の体力バーを消し去った。
中江先輩の勝利である。
場内割れんばかりの拍手と喝采が鳴り響いた。
試合を終えたロボテクスは退場する。
普通の決まりである。
だが、それができない機体があった。
中江先輩の紅い10式だ。
右肩口がべっこりと凹み、右腕が釣られた猫のようにぶらんとしている。右腰部はスカート部分が喪失、腰部にかけてインナーが断裂、内部フレームにも歪みがでているかもしれない状況だ。
事実、自立することができなく、2台の零式によって引きずられるようにして運ばれた。
俺は駆ける。中江先輩の元へ。
出口に辿り着くと、丁度10式がトレーラーに乗せられている所だった。
それを見上げる中江先輩がいた。
紅い塗装が見るも無残に削られ、右肩も装甲が潰れ、脱臼したような状態だ。更に腹部の破潰痕がエグイ。当たり所が悪ければコックピットであるエッグシェルにもと思うと寒気がした。
「先輩……」
口に出して気がついた。この場合なんと言っていいのか。
勝利おめでとうございますとは、この惨状では言えない。かといって、慰める言葉はかけれない。
「中島君か」
呟いた声が聴こえたようで、彼女は振り返った。
なんとも言えない愁いを帯びた顔をしているのをみて、心拍数が一瞬であがった。
「その……」
やはり、言葉は出ない。
「うん、ごめんね。決勝戦は無理になったよ」
「……そうですか」
この時ほど自分が不器用だと痛感したことはない。長船なら心にもないことをぺらぺらと臆面もなく喋るんだろうな。なぜかそんな光景が浮かんだ。
「ごめんね、約束だったのに」
「先輩が無事ならそれでいいです」
口を継いで出た言葉は陳腐だった。
紅い10式が運ばれていく。それを2人で見送った後、中江先輩も検査のため病院に運ばれて行った。
大丈夫だとはいっていたが、あんな事の後である。しっかり検査してもらって大丈夫の太鼓判を貰ってきてください。
中江先輩を見送った後、サクヤの所に戻った。
安西がにやついた顔で待っていた。
「お帰り」
「ただいまって、何んだその顔は」
「んー、そうだね。色々あったけど、優勝おめでとうってことだ」
「は?」
「中江先輩は棄権したからね。人の不幸をって訳じゃないけど、対戦相手はいなくなったんだ。つまり、そういうこった。先輩も大丈夫そうだし、とりあえず俺たちチームとしては祝ったほうがいいのかな」
安西も複雑な状況なのが解った。俺たちにとって中江先輩との関係は特別だ。にやついた顔ってのは訂正する。おそらくどんな顔したらいいのか解らず、そんな顔になっていたのだろうと思い直した。
「終わってみればあっさりだったな」
決勝戦は先輩と。
確定事項で俺は決めつけていた。それが無くなった。
先輩以外の相手でもなく、試合自体がなくなったことで、俺は空虚な心境になった。
2人して乾いた笑いがでた。
さて、どうするか……。やることがなくなった。
「とりあえず、飯でも食うか」
安西が提案してきた。
呼び出しの放送が鳴る。
昼餉を安西と2人寂しくしんみりと食べていたときだ。
おおっぴらに祝うこともなく、そんな気分でもなく、飯は味気ないものであった。
「なんの用なんだろ」
「優勝したんだから、その手続きとかじゃないか?」
「ふむん。呼び出されたことだし、是非もなし。行って来るわ」
「じゃ、僕はサクヤの所にでも行ってるよ」
そうして、短い昼餉は終わった。
「敗者復活戦ですか」
「そうだ。その勝者が君と決勝戦を行う」
呼び出されてきたら、そんなことを言われた。
部屋には、生徒会の面々に文化祭の実行委員の武闘会担当者に、先生方がいる。
生徒会のメンバーとは何日ぶりかの顔合せだ。東雲副会長も霧島書記も神妙な面持ちでいる。
ここまでは、解る。
部屋の隅に何故だか、長船までがいた。ニヤニヤと笑っていてぶん殴りたい。
「なんでまたそんなことに?」
「決勝戦が行われないからだよ」
古屋会長が告げる。
「それは仕方ないでしょうに」
「そうなのだが、こちらとしても、尻切れ蜻蛉では納まらないのだ」
じろりと、長船を見る。どうせこいつの策動だ。
視線に気付いて、首を振る。どういうことだ?違うのか。
「それは誰からですか?」
「今日来ているお偉い方からだよ」
長船が告げた。
その発言に古屋会長は言うなと視線を送るが、どこ吹く風。
「文化祭の武闘会つーのは、国民の皆に日本の武力を示す目的がある。高校生なのに、大層なお題目だ。全く自分等で勝手にやっとけってんだよな。あ、それで、優勝者が不戦勝となれば、どうなるか?馬鹿だよね」
メンツメンツメンツ、そういうことかよ。
長船のこういうことに対する態度は辛辣だ。……違うな、奴もルールを破る。穴をついていいように掻き回す方でだ。
俺は俺でルールにないことをされるのは嫌いだ。
棚ぼたで得た優勝がどうということではない。自分たちの都合のよいように曲げるのがだ。最初に提示しておけば、それに従うが、そんな規定はもとよりない。
「向こうは、不測の事態に対して柔軟に対処したといってきた。常套句だな」
それにしても、自分の事でないのにここまで不快感を表しているのは珍しい。必然裏を勘繰る。
「つまり、準決勝の敗者同士が戦って、勝者が俺と決勝戦を行う。ということでしょうか」
流れからこれは読める。
そこから先の裏読みは解らない。そんな推理の天才じゃないからな。なにかあるらしいってのは解るが…。
「まっ、結局その案には賛成したんだ。それだけじゃないぞ。折角だからフルコンタクトにしようと言ってやったら、あいつら目を丸くしてた」
笑う。邪悪な笑みだ。
「殿下、どうかそのへんで…」
古屋会長が悩ましげに呟く。
「おっと失礼失礼。もうここの生徒じゃないしな。お口にチャックデース」
ふと懐かしさが込み上げてきた。生徒会室でのやりとり。のらりくらりと訳の解らないことを雄弁に語り、けむに巻こうとする長船と、その矛盾点を付こうと必死になる会長の構図。
思わず失笑してしまった。
漏れた笑いに気付かれたようで、長船と古屋会長は顔を見合わせて、お互いの矛を納める。
「それでだ」
古屋会長は仕切り直して話しかけてきた。
「敗者復活戦の勝者と決勝戦を行うこと。それを受けるか受けないか、答えて欲しい」
なるほど、俺が受ければ、本決まりということね。生徒会長はそこまでは食い下がってくれた、ということか。
いつもの俺ならそんな面倒は御免だ。棚ぼた?いいじゃなーい。そこまでは頑張ったのだから、今更そんな提案を受ける謂れはない。いまこそ勝者の特権を振りかざすべきだ。
「いいでしょう。受けて立ちます」
だが、口を継いで出た答えは間逆だった。
理由はある。
それはヤツがここにいるということだ。そして、試合を肯定したこと。自分のことでもないのにだ。
裏がどう繋がっているのかは解らないが、態々ヤレと言い出しているのである。恐らく、それが答えに繋がる唯一の路だと信じた。短いながらもヤツの行動原理はいやというほど身に沁みている。
問題は、矢面に立つのが俺自身ってことだが、今は仕方ないと諦めた。
古屋会長としては、拒否することを選択して欲しかったようだ。例の件の事がある。中江先輩以外に優勝を掻っさらわれることは想定外だからだ。もちろん準優勝が俺という前提である。
だから、俺がここで拒否すれば、それは自動的に目的を達成することになる。それは俺も解っている。
利害は一致するのだが、ここに長船がいることで、俺の中で全て引っくり返しになった。
「それでは、話しがなければ、サクヤの整備に戻りたいと思いますがいいでしょうか」
「あ、うん。そうだな。頑張ってくれ」
予想外の言葉に古屋会長は惚けていたが、気を取り直したように言葉をかけてきた。
最後にちらりと、種馬を見て部屋を後にした。