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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第二章
62/193

Last vacation 02

 そうは言っても焦れていた。早く先輩の元に駆け付けたい気持ちで一杯だ。

 零式が2人の機体を剥がして、外に連れて行くのを観て、無事であることは解っているが。

 退場するときに見えた10式の右腕は完全にひん曲がっていた。内部フレームが曲がったか折れたか、人工筋肉筒は割れて冷却液が水溜まりを作ってた。

 被害が右腕だけだったのは幸いだったのか判断はつかない。しかし、次の試合がある。もしこのままであれば、最悪棄権ということになる。フツフツと沸き上がる怒りが俺の中でまた暴れ出す。

 今は掘り返された地面を整地中で試合はもう少し先になる。早く、早く、早くっ。

「中島、聞いてるか」

 安西から通信が入った。

「あぁ聞いている」

「あと5分位で整地が終わる。そしたら出番だ。今は冷静か?」

 冗談じゃないっ。

 だが、安西がいわんとしていることは解る。俺は落ち着くまで深呼吸を数回繰り返した。

「冷静な訳ないだろ。早く終わらせたい」

 深呼吸は余り効果がなかったようだ。

「ほんと、君は熱血だね」

「うるせっ」

「それと、朗報だ。先輩は無事だよ。相手は右腕だけに絡んでいったようで他の所は無事だ。いま急ピッチで右腕部交換の準備を行っている。見に来た自動車部の面々も手伝っているから、大丈夫だと思う。ついでに準決勝戦の順番も入れ代わりになった。生徒会がその辺の事情を汲んで入れ換えたようだ。だから、君が勝てばそのまま連戦になる。多少のインターバルは元々あるから、それほど連戦というもんでもないけどな」

「そうか……」

 とりあえずは問題がなさそうなので安心した。結局俺って、単に空回りしただけだったか。途端に恥ずかしさが込み上げてくる。

「中島は目の前の相手に集中すること。いいな!」

「あぁ解ったぜ。さっくり終わらせてくる」

「阿呆。それがいかんつーとろーがっ。全く君って奴はホント駄目すぎる。いいか、目の前の相手にだけ今は集中しろっ」

「………解った」

「よし、それじゃ、そろそろ時間だ。ケーブルを外すから、行ってこい」

「おうっ」

 そうは言っても、まだまだ身体の芯にどうしようもなく怒りの部分が残っている。理性で押さえようとしても、身体が震えてどうしようもない。そうは簡単に切り換えることは出来なかった。


 結局の所、試合はなんとか勝利することができた。

 思い出したくないほど酷い戦いだった。先ず、2戦連続して落とした。

 そこからは自分でも良く分からない。気付いたら勝っていた。

 どうしようもなく今まで一番の無様な戦いだったとしか言えない。転倒に次ぐ転倒で、地面は穴凹だらけ、サクヤも土まみれ。

 勝てたのが不思議でしょうがない戦いだった。

 サクヤにもかなり無理をさせてしまった。

 コロッセオから退場し、機体を簡易整備台につける。

 これから洗浄とチェックが始まる。ほんと、いいところなしだった。

 サクヤから降りると、当然如く安西が烈火の如く怒鳴ってきた。何も言えねぇ。

「本当に本当に本当にっ君って奴は!!」

「反省しております」

 素直に頭を垂れる。

「僕言ったよねっねっ」

「それはじゅうじゅうに」

 安西も解っている。俺も解っている。二人して怒り心頭なのだ。それがこの状態。

 勝ったことで多少気は晴れていたが、芯に根強く燻っている。

「はぁ……もういいや、インターバル終わったら直ぐに開始になるから、お前はうろちょろせずにサクヤに乗っておけ」

「えっ、今のうちに中江先輩に会いに行きたかったのだけど」

「却下だ、却下っ。今のお前を中江先輩に合せてどうする。第一向こうは作業中だ。そんな余裕はない」

「うっ……そう…か」

 力なく地べたに座る。

「とりあえずこれ、飲んでおけ」

 スポーツドリンクを渡された。

 蓋を開け、口をつけると一気に飲み干した。

「少しは落ち着いたか」

「……安西すまんかったな。お前も怒っているだろうに。俺にばかり気を使わせちまって」

 大きく溜め息をつく安西。

「とりあえず、そこまで思考が戻れば大丈夫だろう。サクヤがお待ちかねだ。行ってこい」

「あぁ、埋め合わせは必ずする。何か欲しいものがあったら言ってくれ努力する」

「昨日と一昨日の分も纏めて請求するよ」

 ちっ、憶えてやがったか。

「解った、何処へだって付いて行くし、買える物なら何でも進呈するぜ」

「その言葉忘れんなよっ」

 俺はサクヤに搭乗する。

 準決勝まで、多少時間はある。今のうちにサクヤのチェックを行い、状態を把握しておく。問題が少しでも有れば、試合に影響する。決勝まで残り1戦、些細なことでとりこぼしたなんてことは絶対にできない。

 中江先輩と決勝戦を戦うために、俺は気合を入れ直した。


 インターバルが終わり、入場のアナウンスが流れる。

 俺はサクヤを立ち上がらせ、試合相手と供だってコロッセオ内に入った。

 改めて周りを見ると、場内満員であった。

 流石に凄い注目度だ。

 勝っても負けてもあと2試合。いや、負けない。勝って決勝戦に進むんだ。

 定位置に着く。

 紹介のアナウンスが流れる。いよいよ始まる。高鳴る鼓動を感じつつ、戦術を練る。

「始めっ」

 審判員の声が鳴り響くのと同時に俺はサクヤを走らせた。


 試合は一進一退の攻防が続く。

 流石、準決勝戦である。

 相手も相当な力量を示してくる。

 こいつは……楽しい。

 相手は軽量型の10式を自分の身体のように操作している。攻撃のバリエーションも多彩だ。

 それをサクヤの能力でもってなんとか互角に剣を交わせている。

 武道の…剣を扱う技巧は向こうの方が上なのは身に沁みて解った。

 楽しいが、サクヤがあってこその互角の戦い。内心忸怩たる想いも滲み出る。

 将棋の差し手の様なお手本の連続攻撃を無理やり捌く。

 もっと、もっと、この戦いを楽しみたい。

 だが、永遠はない。削り削られ、お互いの体力バーが消費していく。

 試合は2対2まで進む。

 泣いても笑ってもこの一戦が最後だ。残す体力バーもお互い1/3残すのみとなった。

 今、手にしているのはバスタードソード。杖は体力バーが半分になる前に取られて手元にない。

 対する相手はロングソードを2本持ちで構えている。

 杖の攻撃で稼いだ分も今では互角の所まで持ってこられた。

 単純計算すると、このままでは負けること請け合いだ。

 相手もこちらの手の内が解っている。

 対するこっちも相手の手は解っている。悔しいが詰めの部分で実力の差が出る。

 まさか、操作に関してエリザベス並の相手がいるとはね。昨日戦っていなければ既に負けていたかもしれない。

 だから、俺の腹も決まった。

 距離をとって対峙する。次の一撃で決める。

 相手もそれを悟ったのか、油断無く構えをとる。

 深呼吸一つ。

 俺は、バスタードソードを天高く上段に構える。

 相手は左のロングソードを頭上を守るように構え、右のロングソードを中段に位置させた。

 いくぞっ。

 サクヤをバネで弾かれたように疾走させる。

 相手も呼応するように前に出る。

 ここだっ。

 渾身の力でバスタードソードを振り抜く。

 そして……。

 そのまま手を放した。

 勢いよく相手向かってバスタードソードがすっ飛んでいく。

 相手もこんな手で来るとは思っていなかったようで、対処に一瞬の遅れが出た。

 そのせいか、飛んできたバスタードソードを弾くことが難しいと感じたようで、十字受けで一撃を防御する。

 今だっ。

 俺は跳ぶ。

 渾身の跳躍をもって、天へと向かう。

 頂点で、機体を丸め一回転。まだまだぁー。伸び時に捻りを加える。

 半回転しつつ、そのまま相手を飛び越し、相手の背面で着地。

 機体が軋みをあげ沈もうとするのを無理やり耐える。

「うぉぉぉぁぁぁ!!」

 吠える。

 揺れる機体を気合で制御しつつ、左腰に装備しているククリを抜刀、逆袈裟斬り、返す刀で横薙ぎに胴を薙いだ。

 そこで相手の体力バーが底尽きた。

 勝負あった。

 どよめきと歓声がコロッセオを埋めつくした。

「勝った…」

 安堵の息が零れ落ちた。

 さぁ、次は決勝戦だ。


 退場し、サクヤを簡易整備台につける。

 無理をさせたから、膝関節が大丈夫か心配だ。

 早速、安西が駆け寄ってきた。

 俺は機体から降り、話しかける。

「勝ったぜ」

「ああ、おめでとう。それより、サクヤを診させてくれ。壊れてないか確認する」

「頼む。それと、中江先輩は?」

「腕の換装は無事に終わっている。さすが自動車部の皆だ。手抜かりはないみたいだよ」

「良かった」

 後は先輩が勝つのを待つばかりだ。

「観戦するなら、行ってこい。こっちは任してくれ」

「ありがと、行ってくる」


 観客席からコロッセオを見下ろす。

 中江先輩の10式が見えた。紅い機体に右腕だけが灰色をしていて、いかにも応急的につけましたと見て取れる。

 対する機体は12式だ。皇軍正式採用機。こんな所まで残っていたのか。

 いや、そうじゃない。貸与することができる位に、その実力は折り紙付きなのだと…いうことなのだろうか。

 一抹の不安が脳裏を掠める。

 かぶりを振る。そんなことはないだろう。中江先輩の強さは骨身に染みている。どんな相手でも理不尽な強さで勝ち抜くだろう。

 今は決勝を前に、どんな戦いをするか、それを確認するのだ。

 試合が始まる。

 開始の号令と共に、紅い10式が走る。

 待ち受ける形でゆっくりと12式が前にでる。

 10式の武装はファルシオンにスパイクラウンドシールドといつもの装備だ。

 対する12式は両手持ちの剣、異様に長いな、ツヴァイヘンダーか?それを抜き放ち対峙する。

「また特殊な武器だな」

 重量級の武器だ。本来なら……。硬化ゴムでは見た目ほどの重量はないだろうけど、そのリーチは特筆すべき点だ。

 10式の突撃に合せて、ツヴァイヘンダーが振り降ろされる。間合いはしっかり正確だ。

 振り降ろしに合せて、ファルシオンが疾走する。当てて、軌道をずらすのだろう。

 鈍い音が鳴り響く。

 ここで、今までの経験からは武器を絡めて弾いた後、容赦ない一撃が入れられる。筈だった…。

「ばかなっ」

 我が目を疑った。

 あの中江先輩が、合せることができていなかった。

 ツヴァイヘンダーの軌道は反らすことができたが、弾くまでには至らず、切り返しを盾で防御した。

 反応は早く、問題は無いようにみえる。

 だが、どういうことだ?12式の膂力が凄いのか?相手もまた巧みであるということか?

 にわかには信じ難い光景がその後も続いた。

 なんと、あの先輩が防戦一方なのである。

 確かに、12式の動きは機敏だ。長大な剣を自在に振るうことからも基本性能の高さが伺える。

 それでも付け入る隙は見える。ロボテクスを操縦する者には解るタメのような一瞬の間がある。イメージを流し込む隙だ。俺が解るのだから、中江先輩に解らない筈は無い。

 目を皿のようにして見つめる。一体全体どうなっているのだ。

 いつもなら……そう、いつもの先輩なら、その間を巧みについてくる。嫌というほど味わっているのだから俺には解る。

 やはり、準々決勝でその身に何かあったのだろうか。不安になる。

 違う、そうじゃないだろ、安西は大丈夫といっていた。その言を信用するなら、問題は別の所にあるはずだ。

 ならなんだ?皿にした目を一層皿にして見つめる。

 足運びはいつもの様に見える。楯の使い方も多分そう変わっていない。とすると、答えは一つ。

 右腕だ。

 やはり、取ってつけただけでは駄目なんだ。同じ10式の腕だとしても、慣らしや摺り合わせは必要だ。

 無意識に大丈夫だと思っていたことが、気付けばそれはかなりのハンデとなっていた。

 それともう一つ、奇怪しい点がある。力強さがないというか、打ち負けている。

 右腕を重点的に観れば解る。

 遅い。

 規格通りの出力が発揮されていない。そんな感じだ。

 上手くつけたと言っていたが、どこか緩んでいたのか?だとすると非常に厳しいことになる。

 それでも、それでも中江先輩ならなんとかしてくる筈だ。

 戦いの趨勢を固唾をのんで見守った。


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