表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
大儀であるっ  作者: 堀井和神
第二章
55/193

人類は文化祭しました 06 + 幕間

 放課後。

 俺たちはシミュレーションルームへとやってきた。

 この時間でもまだ人はいる。ごった返す程ではないが、奥の新規に入れ換えられたシミュレイター以外は埋まっている位には人がいた。

 ヘルメットを被り、奥のシミュレイターに搭乗する。

 やはり、ちくちくとした視線がある。

 気にしたら負けだ。ここで確かめておかないと、この先まともに戦えない。

「起動完了。用意はいいぞ」

「とりあえず、動いてみて」

 安西から指示がくる。

 舞台はコロッセオ。いつもの場所だ。機体を中央へと移動させようと……。

「うわっ」

 なんじゃこりゃぁ。

 目茶苦茶派手に転倒した。

 全然バランスが取れないってどういうことだ。一歩踏み出した途端倒れたぞっ。

「おーい、大丈夫か」

「この有り様でどう大丈夫と思えるのか聞いてみたいぞ」

 大笑いされた。

「イメージを読み取る感度が上がっているから、半端なイメージだと、そのまま読み取られて動きに反映されるんだよ。だから、きびきび考えないと駄目なんだ」

 なるほど…って、そいつは厳しいな。最初の零式乗ったときみたいな状況か。

 あの時はまだオートバランサーがあったから、よたっただけだったけど。

「あと、動きの速度もしっかり考えないと、面白いことになるから気をつけてな」

 ハードルたけぇなー。

 小中型のロボテクスを飛ばして乗った弊害か、基礎となる部分をすっ飛ばしているから、どうにもタイミングがおかしいのだろう。

「なんか、虎の巻みたいなのないのか?」

「知らんわ。僕だって実機は乗ったことないんだからな」

「政宗、リズムだ。リズムをとれば、機械が汲み取ってくれる。体操をやったときのよな感覚だ」

 見かねたのか、皇がアドバイスをくれた。普段はやれるできるしか言わない……それも最近言ってないか、いやまぁ珍しく忠告してくれたのだから、有り難く参考にしよう。ありがとよ。

 リズムリズム。適当にこのシチュエーションに合いそうな曲を思い浮かべて頭の中で再生する。

 その曲にあわせて、動きのイメージをおこす。まずは立ち上がることからだ。

 初心に戻って操作する。

 てーてれーてーてれーてーてーてー♪

 おおっ起き上がった。

 ててーてーててーてー♪

 ジャブジャブストレート。リズムにのってステップステップ。ダッキングしてワンツー。

 うっほー完璧。

 意識の違いでここまで動きに差がでるのか。

 あーこの感覚、なんとも懐かしい気がする。それは初めてサクヤに乗ったときの感覚か。

 いやいや、あの時はまだオートバランサーに助けられていた。今は使っていないのだから、さらに鋭くなっているはずだ。

 今まで零式や10式のシミュレイターに慣れていたものから、一段階上がったような気がした。

「コツが掴めた気がする」

「そいつは良かった。折角の性能のレベルを落とさないで済む」

 ──お前も揺すっとけ──

 あの一言がここにきて……。本当ヤツはどこまで先を見据えてたんだ。あーゆーのが皇族の力なのか?それともヤツ自身に寄るものなのか。皇の態度からして皇族の力とはちょっと違う気がする。となると……認めたくないものだな………。

 それとも単に成り行きか?ただの怪我の功名なのか判断が難しい。

「そんじゃ、敵を出してくれ~」

「最強レベルでいくぞー」

「なんでもこいやー」

 バスタードソードを抜き放ち構える。

 目の前に、10式が現れた。いざ尋常に勝負っ。

 一足飛びに突きを入れる。10式の肩にめり込む。

 抜きつつ小手を払い、勢いのまま胴を薙ぐ。

 今日の対戦相手が使った連携技だ。彼女ほどの鋭さはないだろうが、サクヤの性能のお蔭で一つの武器として成り立っていた。

 再度、突く。今度は躱された。瞬間バスタードソードを振り上げ、面へと叩き込む。

 流れるような剣筋だった。イメージ生成のテンポを早くし、次々と攻撃手段を模索する。面、胴、小手、面、胴、小手。

 相手の攻撃の機先を潰し、受けに廻らせる。

 圧倒的速度、圧倒的正確性。その攻撃の前に10式は倒れた。

 本当に安西は最高レベルで敵を出してきたのか?

 こんなこといっちゃなんだが、弱い。圧倒的に隙だらけなのである。

「安西、これ本当に一番強いのか?」

 疑問を口に出す。

「そうだよ。でも流石に十全の状態のサクヤとじゃ話にならなかったようだね」

「これが本来の力か」

「いや、まだ8割ってとこかな。でも、これ以上はFドライブ前提のレッゾーンになる。シミュレイターだから、そこまで再現できないしな」

「でも中江先輩相手になると、どうなんだ?」

「厳しいねぇ。リミッターカットしているって前提があるなら、本来の性能で乗り始めたのはいいが時間が足りない。どうやったところで隙は絶対できるからな。せめて後3日は欲しかったかな。最も中江先輩とあたるまで丸まる使えたとしても、一本とれるかといわれたら、競馬で不人気馬が本命押さえて勝つようなもんだな」

「へっ、でも出場できるなら、勝つ可能性はあるってもんだ」

「そうだといいんだけどね」

 格の違いがまだまだ雲の上まで積み重なっていると安西は諭してくる。

 ならば、やることは一つ。決勝戦までの2戦を如何に有効に使えるかだ。万に一つ、咲華のいぢめで千に一つなら、今度は俺が戦って百に一つ位には差を縮めなければならない。

 決意を新たに練習を再開した。


「なんとかいけそうだな。3日は欲しいと思ったけど、なかなかどうして乗りこなせてんじゃん」

 安西が安堵の息とともに太鼓判を押してきた。

 最初に乗ったときの動きのイメージを思い出せたのか、意外となんとかなった。それでも圧倒的に時間が足りない。3日欲しいのは確かだ。

「もうちょっとやっていたかったが」

「時間がないからなー。そろそろ追い出されるから、マシン落として戻ってこい」

 明日の対戦相手を想定してのシミュレーションもやった。

 中江先輩との想定戦もやった。これはコンピューター側が中江先輩程の強さを発揮できなかったせいもあって感触がいまいちだったが。いや、もう、なんですかね、あの人。どういう理屈で強いのか解らん。異次元過ぎるぞ。

「主よ妾もはよー乗りたいものじゃ」

「文化祭が終わったら、始められると思うよ。それまでは我慢だな」

「むぅ」

「それと、早く乗りたいからといって文化祭を中止にしようなどと思うなよ」

「主よ、いくらなんでもそれは妾を馬鹿にしておるぞ」

「すまんすまん」

 頭を撫でてやった。

 丁度いい高さにあるんだよなー。なんとなく、つい、手が出てしまう。

「ゴホンゴホン」

 横合いからわざとらしく咳をする咲華。

 仕方ない、撫でてやろう。

 手を伸ばしたら、捻られた。そのまま、皇の正面に立たせられる。

 ……つまり、撫でるなら皇にしろと?

 皇を観る。

 皇もこっちを観る。

 視線と視線が絡み合う。あー……、思わず顔が赤くなる。

「さっきは助言ありがとう。おかげでなんとかなりそうだよ」

 耳まで真っ赤になりながら、頭を撫でようと手を伸ばす。

 あと少しで頭に手が届きそうな所で、咲華に捻られた腕が更に捻られた。

 海老反りに反射的に身体が反り返った。

「痛ってぇ~。何するんだ」

「なんでもない」

 なんでもなくなくなくね?

 やれといったり妨害したりとどういう心づもりなんだ。……やってやるぜ。

 心の中で悪態をつきつつ、痛みを我慢しつつ、根性で皇の頭に触れた。

 触れた感触が伝わったところで、膝に蹴りを入れられ、無様に大の字に転ばされた。

 誰にかって?勿論咲華だ。

「全く、なんなんだよっ」

「なんでもないっ」

 はー……こいつの皇好き好き大好きーはなんとかならんもんか。

 気持ちはなんとなく察しがつくが、被害が全部俺に来るのはやめてくんねーかな。ここで言い合っても仕方ない。

 もう本当に退出しなければならないからだ。

「そんじゃ帰るか」

 皇たちと一緒に、シミュレーションルームを後にする。

 帰ったら夕餉の時間か。そうだ、夕餉はカツカレーにしよう。

 華麗に勝つことを期待して。



幕間 にくしみのだいしょう


 白い部屋だった。

 白いシーツ、白いベッドに白いカーテン。じっと観ていると目が痛くなるのを憶えた。

「ここはどこなの?」

 その問いに答える者はいない。

 起き上がろうとすると、縛りつけられたように身体は動かなかった。

 頭を動かし、身体を見ると、“よう”にではなく、本当に縛りつけられていた。

 一瞬にして頭がパニックを起こした。

 何がどうなって、今の状況なのかと。拉致?監禁?その先は??

 絶叫が迸った。喉が焼き切れんばかりに叫ぶ、喚く、怒鳴りちらす。

 恐怖でいっぱいいっぱいになる。渾身の力で暴れようとするが、拘束ベルトで縛りつけられていてはどうすることもできない。

 ひとしきり暴れ回ったが、どうする事もできなかったのを身に沁みて理解した。

「なんで、どうして…私が何をしたっていうのよ」

 目頭が熱くなり、とめども無く涙が溢れ出た。

 そこへ部屋に人が入ってきた。

 白衣の50代とおぼしき女性を先頭に、4人の完全武装した兵士が続いて入る。アサルトライフルの銃口がこちらに向けられる。トリガーには指を掛けていないが、いつでも撃てる体制だ。

 恐怖と驚きで声を失った。

「そんなに驚かれても困るのだけどね」

 白衣の女性は手で兵士を制する。銃口は下げられた。

「貴方、石動さんでしたっけ?自分が倒れたことは憶えている?」

 何を言ってるのだ?見に覚えがない。

「では、質問を変えましょう。今日は何日か解るかしら?」

 答えないでいたのを見て、どう思ったのか。質問を変えてきた。

 今日は何日ですかって?決まっている文化祭の前日で……。

「あっ」

「何か思い出した?」

 そうだ。予備予選の最中に、気を失った……のか。原因は……、怒りが込み上げてきた。

「あいつっ」

 腕を振り上げようとしたが、拘束は解かれていてない。ベットが軋みをあげただけだった。

「貴方、これが見えますか?」

 白衣が腕の時計を指し示す。

 時計がなんだというのだ?じっと睨む。

 そして気がついた。

「あれからまる一日経っている?」

「そうね」

 淡々と告げられる。感情が読めない。

「それで、私をどうするつもりなの?ここはどこなのっ答えろ!」

「やれやれ、どうにも君は頭が悪いようだね。どういう状況なのか想像もつけられないのかい?」

 白衣を観る。後ろに控えている兵士、銃口は降ろされているが、いつでも戦えるような気配が伝わっている。

 いや、戦うのではなく、処分だ。私を処分するつもりなのだ。

 恐怖が再び赤い舌を伸ばしてくる。

 死が現実のものとなって手を伸ばしてくる。

 虚ろな目のない髑髏がこちらを凝視し、かさかさに乾いた骨だらけの黒ずんだ手が脚を掴む。

 瞳孔が開く、激情が津波となって襲いかかる。

 声にならない絶叫が──。


「気を失ったか」

 白衣の女性が石動を確かめる。瞳孔、脈拍、心拍数、他諸々。

「獣変はしませんでしたね」

 後ろに控えていた兵士の一人が確認するように聞いてきた。

「報告は正確のようね。全く、色々面倒事を持ってきてくれるわ」

 カルテを捲る。

 そこに書かれているもの、それは小鳥遊女医からの報告であった。

「ま、そこそこ信用はするさ。なんたって…ま、それはいいか」

「では、彼女の処遇はどのようにいたしますか」

「ん、そうだね。報告書にあるように、退院してもらったら、学校に引き取ってもらうさ。それ以上は我々の管轄外だ」

「はっ了解であります」

 ベッドで寝る、少女を観る。

 さっきまでの暴れ具合はどこ吹く風とばかりに、気持ちよさそうに寝ている。

 いろいろやんちゃ坊主は見てきたが、獣変ねぇ。この子が?はっ冗談はヨシコさん。こんな小便臭いガキができるわけないだろ。

 ま、私には関係ない話しだし、勝手にやってくれ。ケツは持たないからな。

 そうして、ジジツを確認した白衣と兵士達は部屋を退出していった。


 さらに翌日。

 目を覚ました石動は、今度は拘束されずにベッドで横たわっていた。

 まるで、夢のような話だと思う。

 その後、医者が経緯を説明し、検査と称して、色々身体をいじられたが、何も異常なことは検出されず、退院となった。

 色々と納得がいかない話であったが、証人もいる。実感はないが事実であった。

 今は先生が迎えにくるとの事で、待合室でぽつんとひとり佇んでいる状況だ。

 一時間立たずに先生がやってきた。

 顔は非常に険しい。

 授業でも、部活でも見た事のない怒りの表情だ。

 ……あれ?

 ここにきて自分がしでかしたことを悟った。

 いや、解らされた。

 獣変して、皇様を始めとした人を襲ったという。自分がそんな力を持っている事なぞついぞ聞いた事もない。実感するよなFPPもない。ないないづくしだ。

 それでも事実だという。一体何が自分の身におこったのか理解できなかった。

「停学1週間……」

「それと3カ月の奉仕活動だ」

 個室に連れられて、延々小一時間正座させられ、説教を受けたあとに知らされた事実。

 本当なら放校処分、つまり退学となる所を皇様と糞蟲野郎!名前を言うのも忌まわしい!!の口添えで軽減されたと。

 恥辱だ。

 今度は殺してやる。ふんぞりかえりやがって、いい気になってんな。次こそは絶対……。

「おい、石動っ」

 先生から怒声が飛んできた。

 ちっうるせーやつだ。はいはいテーガクでしょ。解ってるって。

「反省してますよ」

 しれっと口を継ぐ。

「いや、そのことじゃない…」

 先生の視線は足元を見ていた。

 そこには黄色い水たまりができていた。ツンと刺激臭が漂ってくる。アンモニアの臭いだ。

 内股を伝う生暖かい液体の感触。下着どころではなくスカートから靴に至るまで、その異臭を放って濡れていた。

「えっ?」

 自分の身に何が起きたのか、理解できなかった。いや、したくなかった。

 だが、現実は残酷だ。

 ──獣変したことで、何か体調に変化があったら言ってくださいね──

 先程、ほんのつい先程、医者が告げた言葉が脳裏をよぎった。

 そ、そんな馬鹿な。認めたくない事実が足元の水たまりで否応なく自覚させられた。

「いーーーやぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 更なる絶叫が谺した。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ