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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第二章
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戦イユカイ 07

「そういうことだったのか」

「はい。だから、彼女は試合前に服用したと見て間違いはないです。そこで問題なのは、誰が彼女にそれを渡したのか、彼女自身がどこからか用意したものなのか。病院で目覚めたら話を聞くことになると思います」

 確かに、推論という点では100点だ。

「それで、使わなかったというのはいいのか?」

「えぇ、これを使った……いえ使い切ってしまえば、彼女は恐らく獣変したまま周りに被害を与え、最後には殺害されていたと思います。でも、彼女は生きている。もし、自身が用意したものでなければ、犯人はどう思うでしょうか」

「物騒なものをいつまでも持たせておく訳にはいないとなると、口封じに動く……」

 最も単純で効果的な行動原理だ。胸くそが悪くなる。

「はい。ですから、普通の病院、更に云えば陸軍病院でも心もとないという訳です。皇軍の病院なら、流石に手出しは出来ないかと思います」

「では、彼女は皇軍の病院へ、目覚めたら事情聴取という線で。それで、我々はどうすれば?」

「石動先輩が目覚めるまでは、普通にしてもらえればいいかと」

 普通……ねぇ。普段、普通がいいと言って憚らない俺だが、なんとも奇妙な感じだ。

「それじゃぁ、皆そういうことでいいかな?」

 回りを見渡す。

 咲華が一際渋い顔をしていたが、異論はないようだ。

 あとは、柊が話を聞かず、ずっと魔血晶を睨んでいるだけだ。この話には興味がないようである。

「ちょっといいかしら?」

 話を挟んできたのは、東雲副会長だった。

「この処置はいいとして、気になるのよね」

「なにがですか?」

「彼女、石動先輩が経緯はどうであれ本当に実行犯なのか…何か見落としているような気がしてならないのよね」

「それは、彼女が目覚めて事情を聞けば解ることでは?」

「そうなんだけど、何かしら……気になるのよね。女の感?」

 どういうことだ?

 男の感は何も警鐘など鳴ってないです。

「そうか、そういうことじゃったか……」

 柊が解ったように頷いた。

「何か解ったのか?」

「主よ。狙われたのは主ではないということじゃ」

「襲われたのは俺なのに?」

「そういうことではない」

 どういうことだツー。

「そういうことなのねっ」

 我が意を得たりと、東雲副会長が気付いたようだ。

「これを使って騒動が起きたとしよう。普通ならば、主は喰い殺されておったはずじゃ。するとどうなる?その先の筋書きじゃ」

「魔獣の出現によって、他の生徒も被害が出ますわね。それで対処できるのは誰?」

 東雲副会長の問いに、全員が皇を見た。

「こやつは、餌にされたのじゃ。弥生、お前のな。だが、妾が主が未然に防いだ。起こる筈の騒ぎが起きず、妾たちは今ここにいる」

 微妙に俺を持ち上げて、得意気に柊は言い切った。

「それは流石に妄想が大きすぎないか?なんつか陰謀説?」

「確かに言われてみれば、納得のいく話ですね」

 霧島書記が、考えながら頷く。

「主よ、これは早々手に入るものではないぞ。だが、ここにある。どういうことか解るか」

 魔血晶を指さす。

 そんな子供を諭すような言い方しなくてもいいだろー。

「つまりだな、入手経路が特殊だってことだろ。一介の学生では手に入らない。誰か裏のある奴が裏ごとの為に用意した。そんなものを使ってまでやり遂げたいことがあった……」

 俺は自分の推論に絶句した。確かにそうだ。一介の学生をどうこうするのに、そこまでする必要性が皆無なのだから。

「じゃが、此度の件はいささか杜撰ではあるな。しかし、もう一方の見方もある。主も狙いの一つだということじゃ」

 また話がややこしくなってきた。

「つまりじゃ。主が殺害されたとしよう。我々はどう反応するのかじゃ」

 そら、柊なんか怒り心頭で辺り一面焦土に……。なら皇は?あの約束がある。誰も知らない筈だが、学校での態度は俺とその……なんだ、べったりだ。回りから見れば、俺がどうこうされたら、こいつも怒り心頭になるにかたくない。そうなればどうなる?英国での噂は学校関係者は知らないだろうが、知る人ぞ知る逸話だ。それがこの地にも同じことがおこるだろうと想像できる。

 しかも皇族だ。彼女が国民に対してそのような暴挙が起きれば……日本の政治体系が根底から覆される可能性が無きにしも非ず。いや、それを狙っているのであれば、話に挙がらないなんてことはない。

 現体制にとって俺がアキレス腱になっているのか?マジすか……。

「政宗よ、もし──」

「云うなっ」

 皇が何を言おうとしたのか即座に理解した俺は、その発言を怒鳴って止めた。察しが良すぎるぞ。

「だが…」

「だがも、でもも、しかしもなしっ」

 俺は怒り心頭だ。こんなことになって逃げ出したい考えはある。しかし、それを俺は許さない。そんなことになったら俺自身を俺が許せなくなる。

「いいのか?」

「いいに決まっているだろう。俺をみくびるなっ」

 言い切った。言い切ってしまった。勢い怖い。

 皆に振り返る。………なんですかそのキラキラした目は、東雲副会長と霧島書記!

「話は大体理解できたが、そうなると石動の処遇はどうする?」

 淡々と女医が尋ねてくる。

 忘れてた。話を総合すると皇軍の病院でも危ない。となると、どこに匿えばいいのだ?なんとかなかった事にできないのか。

 ん?無かった事?もしかして、それって妙案??

 いや、駄目だ。無かった事には出来ない。大体彼女自身が憶えている。

 ……憶えている??

「先生、ちょっといいですか?」

「なんだね。いい賜え、性少年」

 ん?なんか今引っかかったぞ。でも一々考えていてもしかたないし、まぁいいだろう。

「石動先輩は獣変したことは憶えていると思いますか?」

「あの状態は、恐らく憶えていないだろう。自意識があったとは思えんからな。だが、自分がおかしな事になったというのは憶えている可能性はある」

「なるほどっそういう事ですか。石動先輩は、獣変したことにして……実際成りましたし、それを間一髪皇さんが取り押さえた」

 霧島書記が閃いたように喋る。

「そうなんですよ」

「皇さんの活躍により、彼女は一命を取り止め、しかも獣変が解かれた。更に云えば、彼女は捨て駒として使われている。渡したとする人物がいれば、それは正体を隠したまま渡した筈です。犯人に繋がる線はない」

「そう、あんな物騒なものを、彼女は知らなかったとすると、渡した犯人は気付かれずに渡しているはずです。彼女自身もなぜ獣変したか解っていないでしょう」

「では、私達も彼女が獣変した理由は解らないことにして、結果だけで判断するということですね」

 無かったことにするのは、魔血晶の存在だ。その存在さえ知らないことにすれば……。

「石動先輩は、突然、獣変して襲ってきた。これを皇さんが取り押さえ事なきを得た。彼女には普通の軍病院に行ってもらって精密検査を受ける。もちろん暴れたのですから、それなりの処分は受けてもらう。停学一~二週間あたりが妥当かしら」

「精密検査を受けても原因は不明。色々聞かれはするが、魔血晶に至ることはない。そうなれば、彼女を誰かが監視していたとしても、手出しするようなことはない」

 うん、完璧な筋書きだ。なんか一周廻った感がするが、これが最善の手。

「それでいいかな?」

「妾は一つ、憤っておることがある」

「ここまできてなんだってんだ?」

 物言いを付けたのは柊だ。ベッドを睨み付けている。

 まてまて、いまここで彼女を亡き者にしようとしてんじゃないだろうな。

「アレが目覚めたとしてどうなる?」

「そら、色々あるだろうが、最後は学校に戻ってきて普通の生活を……」

 いや、一つ厄介な問題があった。

 彼女の俺に対する態度だ。このままだと、事あるごとに突っかかってくるのは目に見えている。だが、それだからといって、処分とかいうのは本末転倒だ。

 皇に説得してもらう?火にガソリンぶちまけることになるな……。更に激化して俺に厄災が降ってくること間違いなし。

「あー面倒な事が残ってたか」

 今までの陰謀論なんかよりも、ある意味切実な問題が…。

「手込めにしていうことをきかせるか?妾は断固反対するぞ」

「そんな不健全なことはいたしません。でもどうしたらいいのだ?」

 厄介事はないほうがいいが、こればっかりはどうしようもないよな。

 鬱だ……。

「ならば、妾が処置をしよう。こういう手管は気にいらんのじゃが。主が穏便に済ませたいようじゃからな」

 言って、俺を見つめる。

 借りができたってことか。後々面倒なことになりそうだが、しゃーあんめい。

「解った。で、何をするつもりなんだ?」

 ニヤリと邪悪な笑顔を見せて、告げる。

 なにが気に入らないだ。やりたくてうずうずしてんじゃねーかよ。

「主よ手を出してくれ」

 言われるまま、注射を受けていない方の手を差し出す。

「ヤツに、主に手を出させないようにするのじゃ。自分では気がつかないだろうが」

 柊は俺の手をとって、浅く切りつけた。掌から痛みと共にじわっと血が浮かぶ。

 それを掬い取って、詠唱を始めた。

 爪先に小さな珠が出来上がると、そのまま石動先輩の寝ているベッドに向かっていく。

 慌てて追いかけようとするが、俺はベッドから動けない。点滴がまだ終わってないから下手に行動できなかった。

「案ずるな。命を取ろうという訳じゃない。まぁ面白いことになるがのぉ」

 物凄く不安です。

 回りの皆も止めない。止められる筈もない。

「終わったぞ」

 悲鳴も絶叫も何も無く、それはあっさりと終わった。

「一体何をしたっていうんだ?」

「条件付けをした。誓約の魔術じゃ」

「条件?誓約??」

「うむ。もし、また今度、主に殺意を持ったときに発動する誓約じゃ」

 まぁ……よくわかんないが、その条件なら問題はないかな……。

「一体何をしたのです?誓約とか上位魔術ではありませんか」

 東雲副会長が咎める。

「くっくっくっ。なぁに単純なことじゃ。殺意を持って主に相対すれば……」

「相対すれば?」

「失禁するようにした」

 ………へ?

「なっなんだってー!!!」

「人間興奮すれば、色々とおかしくなるじゃろ。その一つと思うじゃろうて」

 いや、まぁ、危害加えるつもりで、そんなことになった日にゃ、なにもできなくなるだろうけど。

 いい手なのかもしれないが、なんとも複雑な気分だ。

「もう施したから、どうにもならんぞ」

 嬉々として、俺の寝ているベッドに乗っかってきた。

 褒めて褒めてと頭を差し出してくる。

 これ…褒めた方がいいのだろうか……褒めたら何かが終わりそうな気がしないでもない。

 しかたなし、褒めてやる。頭を撫でてやった。

 まぁ苦痛に苛まれるような条件でなくて良かったんだと納得することにした。

「これにて一件落着か」

 安堵の息を零した。

「残念だがもう一件あるぞ」

 女医が、ビーカーを片手に言ってきた。

 ……それ、捨てちゃっていいですよ。

「中島君、君が持っていたまえ。無い物がここにあるのは不味いからな」

 心底嫌な顔をした。

「いらないですよ」

「なぁに戦利品だと思って持っておけ。もしかすると何かに使うことになるかもしれん。お守り替わりとでも思っておけ」

 枕の横に置かれたのはいいが、どないせーちゅーんじゃ。

「それに出るとこ出ればいい金になるぞ。いいんじゃないか?」

「いい金って言われてもなー」

「そうだな。家一軒は建てられるかな」

「有り難く頂戴致します」


 点滴が終わって、保健室を出たのはどっぷりと日が沈んだ後だった。

 帰り道は、皇たち同室のメンバーだけである。

 東雲副会長と霧島書記は生徒会で後処理があるからと、あの後退室していった。恐らく文化祭のこともあるし、まだ残っていると思うが…。今の状況では顔を出すわけにもいかず、どうなっているからは知らない。

 石動先輩は程なく連絡した救急車で運ばれていった。女医が打った薬ってどこまで効いているのだろうか……。まぁとりあえずは問題ないだろう。

 時間的には夕餉の時間。腹の虫も……点滴受けたせいでなんか変な感じで食欲ないなぁ。

 街灯の灯に照らしだされた路。文化祭の準備がまだ終わっていないクラスの喧騒。さっきまでの騒ぎが嘘のような雰囲気だ。なんだか、不思議な感覚だ。自分達だけが、別世界にいるような……なんとも云えないむず痒さがある。

「主よ。さっきはああ言ったが、本当の所は、単純にあやつが家から持ち出しただけなのかもしれない」

「なんだ今更?」

「主は此度の件、どう推測する?」

 柊が改めて聞いてきた。

「そんなの解るわけがない。単純に石動先輩が騒動の主で、柊が言ったように家からかどっかからか勝手に持ち出して騒動になったってのは楽でいいけどさ」

「まぁそうじゃの」

「って、それだけ?」

「妾には関係ないからの」

 どっと疲れた。というか気が抜けた。

 あれ?ふらふらする。急にどうしたんだ。あぁ気が抜けたからか。

 やばい、世界が廻る。

 意識の手綱を離さないよう踏ん張ろうとするが、深淵の深さは計り知れない。抵抗虚しくずるずると飲み込まれていく。

 せめて寮まで……は…。

 あがらうことができず、俺はあっさりと意識を手放した。


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