戦イユカイ 06
格闘すること数分、なんとか吐き出させることに成功した。
胃液や吐瀉物に混じってそれは、あった。小指の先位の小ささの赤黒い石だった。
「こんなものが?」
俺は拾おうとした。
「触るな馬鹿者」
女医に怒鳴られた。
触る寸前で手を引っ込めた。確かに、こんな変化をもたらしたものだ。不用意に触っていい類のものではない。
「とりあえず、この狼をベッドに…」
女医が指示しようとした辺りで、狼に変化がおこった。体毛が抜け落ち、身体が縮こまっていく。突き出た口も人の口に、犬の耳も人の耳に、もちろん身体も人の身体に戻っていく。ってうわぅっ。
「見るなっ」
藤堂先輩に目を塞がれた。
うん、まぁどういうことかというと、すっぽんぽんな訳で……。ここで目を覚まされたら俺犯罪者コース?勘弁してくんろー。
結局、女医と藤堂先輩で、元に戻った石動先輩をベッドに運び、俺はその間あまった布の切れ端で目隠しをされていた。
そんなことしなくても見ませんよ。うん、ほんとほんと。………ホントダヨッ。
「全く余計な手間をかけさせる」
転がってる赤黒い石をピンセットで摘まみ、ビーカーに入れながら女医はため息を漏らした。
俺だってそうだよっ。と、叫びたかったが言わないでおいた。それよりも問題がまだまだ山積みだ。床は散乱したものがあり、ついでに吐瀉物で酸っぱい匂いが漂っている。さらに……。
とりあえず、その惨状は置いとくとしよう。
「先生、次、俺をお願いします」
多分割ときっと重症なんじゃないかなー。今まで気を張っていたのが抜けて、本格的に痛みが襲ってきている。
「あぁそうだったな」
急に目を爛々と輝かせて俺を観る。
「そっちは怪我はないか?」
シャツを脱がされ、上半身裸にされたあと、俺の疵を水で洗い流し、消毒しながら女医は藤堂先輩にも声をかける。
「ええ、大した疵はありません」
突き飛ばしたりなんやらしたが、怪我はしてなかったようで俺も安心した。見た目からして俺しか疵を負ってないのは解っていたが、それでも何も無くてなによりだ。
「意外と深いな……疲れるがやるしかないか」
「そうだ、皇たちをどうしよう。食堂に多分いると思うのだが」
「なら、私が言づけしにいこう。治療されるようなことはないからな」
「お願いします。先に帰るようにいっておいてください」
「ん?ここの呼ばないのか」
「えぇ、こんな惨状は見せても仕方ないですし」
「あー、そうだな」
回りを見て、納得いったようだ。そのまま藤堂先輩は保健室を出ていった。
「さて、君も大変だな」
言われて返す言葉がない。
「術を施すから、ベッドへ」
促され、移動する。仰向けに寝た。
「改めて酷い疵だな。惚れ惚れする」
そんなー照れますよーじゃーない。
「早くして下さいって」
「やれやれ、最近の若者はせっかちでいけないねぇ。もっとじっくりたっぷりねっぷりいこうじゃないか」
態度豹変しすぎですよ。
だが、逃げるわけにもいかず、いいようにいぢくりまわれながら、治癒術を受ける。
疵の部分がむず痒い。術によりみるみる間に疵が塞がっていくが、なんとも言い難い痛痒いというか、感覚があった。
「それにしても、治癒術をつかうまでのような患者はそうそういないもんだが、君は卒業までにあと何回くることになるのだろうね」
恐ろしいことを言わないでください。来たくてきたわけじゃないし、そもそも今回の現場はここだ。事件は会議室でおこっているんじゃない、保健室で起きたんだってーの。
「ほいっ終了っと。あと、結構血を流したし、点滴でも打っとくか」
なんか軽々しいんで、不安だが、この女医が言うことだ。相当なのかもしれない。……おそくらはっ。
言われるまま、点滴パックと増血剤諸々のコンボを受ける。
「気持ち悪なったらいってくれ」
言ったらどうなるのか知りたくないないです。はい。
そんな気持ちもあるが、それで我慢して大事になるのは余計に面倒なので、気持ちを落ち着けながら寝ていることにした。
そこへ、保健室の扉が開く。
藤堂先輩が戻ってきたのか?首を巡らせた。
ファッ。
戻ってきたのは藤堂先輩だけではなかった。皇、咲華、柊、中江先輩、東雲副会長に霧島書記までいた。
後、安西と平坂も何故かいる。
くそっなんでこんな大人数が。
視線を藤堂先輩に向ける。
わりぃわりぃと手で合図してるのが見えた。
よしっ、今から俺は気を失おう。そう決めた。
結論から言おう。気絶させてはくれなかった。
あたりまえですよねー。
だが惨状を見て、俺に詰め寄るようなことはなかった。
だって被害者なんだもん。
そして、女性陣は藤堂先輩からことのあらましを聞いているといった状況だ。
頭を抱えていたのは東雲副会長と霧島書記だった。こうならないように努力してきたのが一瞬でパーなのだから。同情します。
安西と平坂の両名は、片づけをさせられている。安西はブーたれていたが、平坂の方は率先して片づけをやっている。愛しの霧島書記にいいところを見せるチャンスだからなのだろう。
「それでこれが元凶というのじゃな」
ビーカーを前に柊が唸る。
「それって何か知っているのか?」
「魔血晶じゃな。吐き出させたは正解じゃ」
「マケッショウ?」
「魔獣や人外たちの血の塊じゃ。血を精製して結晶化させたもの。妾たちはこれを魔血晶と呼んでおる」
憎々しげにそれを睨んでいる。
「なんかやばそうなものなんだな」
血を原料にして造った結晶なんて物騒でないはずがない。
「単に血の塊というものじゃないのは解るな。フォースの塊じゃ」
「でもなぜそんなものを、彼女は持っていたのだ?」
「それは知らん。だが、融け切る前に吐き出させたのは正解じゃ。融けておったら元には戻らなかったじゃろうな」
恐ろしいことをいってのけた。
「それにしても、ぽんぽんと手に入るものなのか?そんな物騒なもんが」
「そのような訳はない。これくらいのものを精製するのだってどんだけかかると思う?途方もないぞ」
「と、なると犯人は、どういう経路でこれを手に入れたことになるんだ」
途方もなさ過ぎて思考が追いつかん。
一体誰が、何のために………って俺を抹殺するためですよねー。ってちょっまてやごらぁ。それは洒落になんないぞ。
はたと、今更ながらに気がついた。こんな話を中江先輩や藤堂先輩、ひいては安西、平坂の前でするこっちゃないな。あんまそっち方面の話が詳しいと、柊の立場が疑われる。
「とりあえず、その話は置いておいて、石動先輩の話をした方がよさそうかな」
柊に目配せする。
「妾が始末するということか?」
ちっがーう。
「物騒なことは言わない。約束ね。オーケー?」
「仕方ないのぉ、了解じゃ。ともかく、妾はその件に関しては何もいうつもりはないしの。主に牙むこうだのだいそれたことをという感想はあるがのー」
出会って直ぐ、居丈高に襲ってきたよねキミは。自分の事を棚に上げている子は放置しておく。
どういう対処をするのかというと、俺たちの出番ではそもそも無い。生徒会、ひいては教職の人たちが主役だろう。女医に視線を送る。
「ん、とりあえず病院送りだな。なに、解剖されることはないよ。君は気にしなくていい」
「そのあと、取り調べになると思います。ここまで派手に暴れられると生徒会としても内々にという訳にはいかないですからね」
東雲副会長が残念そうに答えた。
明日からは文化祭だ。その中での凶事。最悪中止になりかねない。更にいえば学校の名誉その他もろもろ世間体もある。どう落としどころを付ければいいのやらって、なんだか俺の考えは隠蔽したらよくね?ってなってないか。思考をニュートラルにせねば…。
では、ニュートラルに考えると、なんのことはない、さっきの話が王道だ。病院送って、目が覚めたら事情聴取。ことが公になって大騒ぎ。
一介の学生ではどうにもならんし、手心を加える訳にもいかない。
「私の計算によれば、一つ穏便とまでは言いにくいですが、解決策があります」
切り出してきたのは霧島書記だった。
「中島さんに多少負担は掛かってしまうかもしれませんが、それでよければですが」
流石、才女様っ霧島様。そこに痺れる憧れる。
何もまだ行ってないのに俺は断言できる。彼女なら大丈夫だと。その案でいきましょう。
「はい、政宗は大丈夫ですっ」
あれ?なんか視線が痛い……。おっかしぃーなー…。
「では、中島少佐権限で先ず、箝口令を敷いてください。そのあと藤堂先輩、中江先輩、安西さんと平坂さんは退出願います」
ちょっと怒った様子がまた可愛いです。
って、見取れている場合じゃない。
「少佐権限??」
「はい、そうです」
霧島さんの有無を言わせぬ表情。これはこれでイィーぢゃな~い。
「お前、少佐なの……でありますか」
平坂が驚く。今更そこで驚かないで欲しいが、知らない人はとことん知らないんだろう。
「色々とあってな。あと、敬語いらないから、今までどおりにして欲しい。お前に敬語使われるなんてこっぱずかしすぎる」
「う、うむ。そうだな」
「済まんが、オフレコでお願いする。これから何がおこっても知らぬ存ぜぬで頼む」
「解った。だがなー政宗よ、もうちょっと命令って感じに言ってくれないか。緊張感がなさすぎる」
そこで駄目出しすんなよー。
「解った。平坂はマゾだということがな」
「いうにことかいて、それかよー」
「真面目にやってください」
霧島書記に怒られた。
「そういう訳で、中江先輩と藤堂先輩に安西も頼みます」
「そうね、生徒会に任せておけば大丈夫よね」
藤堂先輩達はあっさりと了承してくれた。
話が早くて助かります。
「とりあえず、僕はサクヤのメンテナンスに行くよ。中江先輩も10式あるだろうし」
「なんだか済まんな、大事になってしまって。明日は応援させてもらう。よろしくな」
中江先輩を筆頭に、4人は保健室を出て行く。
そして、保健室には俺たちと生徒会メンバーに女医が残った。
「それで、このあとはどうするのですか?」
霧島書記、東雲副会長、皇、咲華、柊、女医を一人一人確かめるように視線を送った。
緊張が走り、視線は霧島書記に集まる。
コホンと一つ咳払いをし、話しだす。
「それではですね、先ずはその魔血晶についてです」
指された指の先にはビーカーに入れられている赤黒い石がある。
「これは使われなかったことにします。そのうえで、藤堂先輩は暴れたことにします」
皆の顔が怪訝になる。どういう采配なのだと案ずる。
「藤堂先輩には皇軍の軍病院に搬送してもらいます。事情聴取と監禁が目的です。これは中島少佐が手配をお願いします。今は薬で眠っていますが、目を覚ますと何をするか解らないためです。皇軍預かりにすれば、学校を管理している陸軍は手出しできませんので、情報の秘匿にも繋がります」
権力が有効に活用されている。俺意外の意見で…。いや、まぁ丸く治まるなら問題はないんだけど。
「次に、彼女の処遇ですが、暴れたとういことで、残念ですが最低でも停学処理をしてください。出来れば一週間程の期間でお願いします。これは、小鳥遊先生に手続きをお願いします」
小鳥遊というのは女医の名前だ。全然、今まで、全く記憶もしてなかったが。
「それも中島少佐権限なのかい?」
悪戯っぽい笑みを浮かべて、女医は問う。
「それでも構いません。が、できれは通常の処理でお願いします。いざとなれば少佐権限ででもって通してください」
「はいはい、解ったわよ」
俺の権力大盤振る舞い。
「これで、藤堂先輩に対しては終了です」
「いいのですか?それだけで」
東雲副会長が、こんな惨事を引き起こしたにしては甘いのではという疑問だ。それは俺もそう思う。
魔血晶を使った訳だから、それなりに重大な罰があってもおかしくない。
「はい、おそらく彼女はこの魔血晶については何も知らないでしょう」
「どういうことだ?」
俺に向かって殺そうとしてきたんだぞ?
そんな…なんというかあっさりとしていいのだろうか。
「状況から推測しますと、彼女はこれが獣変を起こすものとは考えていなかったでしょう。おそらく集中力が高まる薬とかその程度の認識のはずです」
なぜ、そんなことが言い切れるのだろう。
「なぜなら、服用した時間的に、3回戦が始まる前に飲んだと見るべきです。それは、気を失ってシミュレイションルームからここまで運ばれたのですから、起きるまでは彼女は行動をとりようがないからです」
「つまり、彼女にそれを飲ませた人物が別にいるというわけですね」
東雲副会長が霧島書記の思考を読む。確かに、ジャージ姿でここに運ばれたということは所持品なんかはありそうもない。
「確かに、運ばれたときに診たが、所持しているものはなかったな」
女医は状況を思い出すように顔を天井に向け思案し、推理に正当性を与えた。
「運び込んでいる最中に、付き添いの子が飲ませることは無理でしょう。付き添っている子は一人ではなく、複数いましたから。不審な行動をすれば誰かが気づきますし、小鳥遊先生もそれは見てないでしょう」
「そうだな。その通りだ」
「そして、彼女の行動です。3回戦の戦いを見て感じました。まるで獣のようだと」
そうだ。そうなんだ。いくらなんでもあれはない。あんな戦い方は……。そう、まるで獣といってもよいだろう。