戦イユカイ 04
さてさて、本日最後の戦い。これを勝てば、晴れて予選に出場だ。
トイレ良し、水分補給良し、準備は万全どんとこい。
予想通りというかなんというか、対戦相手は薙刀部の3年生、石動先輩であった。
勝っても負けても厄介そうな相手だ。
当然、同じやっかいなら勝つ方がいいに決まっている。全力で倒します。
彼女の戦い方は観戦して解っている。超攻撃型だ。藤堂先輩が静なら、こっちは動といったところだ。
同じ薙刀部でも、こんだけ差があると、あんまりさっきの戦闘は参考にならないかもしれない。
それでもリーチとかの間合いは同じだろうし、得物の得手不手も変わらないだろう。
圧倒的リーチの差をかいくぐっての勝負は変わらんところか。
開始の合図。
ゲートの格子が上がっていく。俺は一歩一歩確かめるように中へと進んだ。
対する相手は猛然とダッシュしてこちらへと向かってきた。
藤堂先輩のように中央で待つようなことはなく、間を詰めてくる。
まぁ、あそこまで律儀な戦い方をするのは早々いないし、これが本来の戦い方ともいえる。
授業では習わないけどね。
俺ものほほんとはしていられない。駆け足程度の速度を出して、回り込むようにして近づいていく。
1回戦と同じような構図だ。リーチが違うだけに対処も違ってくるから接敵時にどうするかだが、踏み込んでくるならこっちも距離を詰めやすい。まずは、それで試してみることにする。
薙刀の持ち手は右前左後、それを下段にしてこちらに突き進んでいる。
俺は、時計回りに廻るように距離を詰める。
状況はまんま1回戦と同じだ。
距離が狭まる。5,4,3,2…。今度は右に横跳びした。
案の定、向こうは下段から右上、俺から見て左へと薙刀を振るった。位置的に俺は相手の背後に機体を滑り込ませることに成功し、バスタードソードを振るう。
だがそれは空かした。
相手は駆け出したままの状態で抜けていく。そして錐揉みして転倒……。
「こんな躱し方ありかよ」
慌てて追いかけて、倒れた機体の胴へと一撃を加えた。
“一本”の文字が踊る。
なんだこの展開は……。頭が軽くパニックに陥る。なんというか間抜けな構図である。
勢いだけで突っ込んでくるなんてありえない。
なにか企みでもあるのか?訝しむ。
訳が解らないよ。
どういう戦略なんだ?こちらの油断を誘う気なのか?それにしても、ちょっとありえないよな。
当惑をよそに2戦目が始まる。
気持ちを切り換えろ。引きずるな。深呼吸を一つ、機体を走らせる。
1戦目と同じく相手は駆け抜けてきている。しかも薙刀を上段に構えた格好だ。
なんだこれは……やぶれかぶれすぎる。
やぶれかぶれ……まさかっ。
そういうことなのか?
そういうことなら、納得がいく。4年の先輩に俺は勝った。となると、自身では勝てそうにない。だから、特攻する。
ちょっと単純な発想だが、そういうことでこの戦術なら納得がいくというものである。
けど、ちょっと単純な発想か。確証はないし、結局は今、この戦いは戦いで気を引き締めてやらなければならない。
上段から薙刀が振り降ろされる。
俺は、踏み込んで右に躱し、左腕で薙刀を抑える。走った勢いがまだ続いており、両者が激突するのを右腕で構えてショルダーチャージで対応する。
重量ある金属の衝突音が響く。
衝撃に備えて構えることができた俺は、なんとか転ばず立っていられたが、相手はもんどりうって倒れた。ついでに武器は俺の左腋に挟んだままである。相手から薙刀を取った形になった。
薙刀を遠くへと放り投げ、転んだ相手の胴目掛けてまたも打ち込む。
“一本”
勝利の文字が踊った。
勝つには勝ったがどうにも後味が悪い。
勝つためにここにきているのだから、勝利は至上だ。しかし、戦い方というものがある。
ここは戦場ではないし、私闘でもない。
もっと場に応じた戦い方があろうというものだ。いくら軍の学校とはいえ、どんな手を使ってでも勝とうするのは正しいとしても納得が…いや、気持ちがいいものではない。理屈じゃない感情の問題だ。
戦場で一見無力そうな相手が、突然素手だとしても襲ってきたら、兵隊である俺は銃口を向けねばならない。
それは生き残るための当然の対処である。
今まで戦闘していた相手が突然降伏のつもりで地面に伏せたとして、俺はそこに向かって銃を撃ち込むこともあるかもしれない。正しい手順で降伏を示さなければ、騙し討ちにあう危険性のほうが高いからだ。
戦場というのは、感情で動いてはいけない。そう教えられている。命のやりとりをするため、非情で理屈的なのだ。
全部が全部そうだとはいうつもりはない。だが、人と人の間での戦闘はどこかで線引きが必要であり、心を殺さなければならないのが常である。倒してから考える。生きて残るため、そういう風に教えられている。
……あれ?
この状況を、戦場とかに照らし合わせること事態がおかしいんじゃないか?
今は試合だ。ルールの範囲内であれば卑怯と言われようが、どんな手を使ってでも勝てばいいのだ。俺が宙転してみせたように。向こうは今までの戦い方では勝てないと踏んだからこその戦術だ。
舐めてはいけない。侮ってもいけない。全力をもって勝ちをもぎ取る。
彼女も勝つための方法を模索している訳なのだから。
俺は、奢っていたのかもしれない。
気を入れなおせ。
太股を握り拳で叩く。
いってぇー。
痛みと供に気持ちを入れ換える。
なめた態度は相手にとって失礼だ。次も全力で、そして必死に勝ちにいく。
気合を入れ直して、3戦目に臨んだ。
開始の合図と共に、格子が上がっていく。
駆け足気味に俺は中央に向かって走る。相手を見据えたら、反時計回りで接敵していく。
……はずだった。
ところが、相手機体は入り口から一歩も動かないでいる。
俺は中央まできて歩みを止め、様子を見る。
どういうことだ?なにがおきているのだ?
ゆっくりと時間をかけて、近づく。いつでも対処できるように、バスタードソードは中段に構えて。
それでも相手は動かない。
一体全体何がどうなっているのだ?
薙刀の攻撃圏内一歩手前まで近づいた。未だに動く気配はない。
居合か?それでこんな戦術に?
一歩踏み込む。ギリギリ圏外と目するところまで近づいた。
まだ反応しない。
ええい、ままよっ。
一歩圏内まで踏み込み、即座に下がる。攻撃の意志があるなら、何かしら反応があって然るべき……。
何も起きない。不動のままだ。
いや、ホント訳が解らなくなってきた。
圏外ギリギリで対峙して、様子をじっと伺う。
突然、相手の機体が消え失せた。
???
そして、画面に“相手棄権”の文字が踊った。
「え?」
狐につつまれたような感じだ。
向こうは必死ではなかったのか?
何故こんな結末になったのだ。
呆然として、動けないでいた。
モニターから光が消える。シミュレイターのコックピットが開き、外の光が降ってきた。
終わりなのか?
コックピットから降りて、相手側のシミュレイターに視線を送る。
何やら、人だかりができていた。
「そっと運び出せ」
「気を失っているぞ。ヘルメットを剥がせ」
そんな声が聴こえた。
「ごくろうさん」
またもや背後から声がした。
もちろん平坂だ。
「あ、あぁ……」
平坂の方を向かず、視線は相変わらず、相手に向けたまま。
「何が起きたんだ?」
「パイロットが気絶したようだ」
担架が持ち込まれ、乗せられている。保健室に連れ出すようだ。
「ちょっと見てくる」
「待て、お前がいくと─」
静止を聞かず、俺は人垣を分けて中に入っていく。
丁度、担架に乗せられた所だった。ヘルメットは脱がされ、ついでにジャージの胸元もはだけられ、下に着ている体操服が見えた状態だ。
先生が隣について状態を確かめている。
「大丈夫ですか?」
俺は聞いた。
ざわめきが、俺を中心にして凪いでいった。
視線が集まる。
「お前のせいでっ」
担架に付き添っていた人物が一人、挑みかかってきた。
「よせっ」
静止の声を掛けたのは、藤堂先輩であった。
「しかしっ」
「彼は何もしていない。石動が自滅しただけだ。解っているだろう」
その子はじっと俺を睨み、威嚇する。
俺は、何もいえなかった。云えば、また騒動の種になるのは火を見るより明らかだ。
知らされていたとはいえ、薙刀部員の露骨な態度には流石にイラッときた。
唯一藤堂先輩だけが理解してくれていて、騒動にならないよう抑えていてくれる。
「保健室へ運び出すんだ」
薙刀部員の渋々といったハイという声と共に石動先輩は運び出されていった。
「済まんな。色々と」
シミュレーションルームから部員たちが居なくなったのを確認して、藤堂先輩は謝罪してきた。
「いえ、それより大丈夫なのですか?」
「診たところ、ヒスを起こして気を失ったようだ。どうにも、君に竝々ならぬ敵愾心を持っているようだな。戦い方も無様すぎだ。部活ではこってり絞るとしよう」
俺ってドンだけ恨まれているんだ。何もしてやいないのに。
うんざりだ。
その顔を藤堂先輩はじろじろと観てくる。
「えーと、なんでしょうか」
「いやなに、へらへらした奴と聞いていたからな。本当にそうなのかと…」
「やっぱりそう見えるんですかね」
右手を俺の肩に乗せて、藤堂先輩は言った。
「男は顔じゃない」
キリッと、その顔は俺より男前なまじめ面だった。
神は死んだっ。
「藤堂先輩。後で、石動先輩の様子を見に行こうと思うのですが、俺が行っても大丈夫ですかね」
「大丈夫ではないだろうな」
あっさりと否定された。
「そうですよね…」
「気になるか?」
「そら、まぁ…」
「そうだな。君一人だと何かと揉め事になりそうだ。私も一緒に行くとしよう」
意外な提案に驚いた。
「いいのですか?」
「私と一緒では嫌なのか?」
「そんな滅相もない。こんな展開になるとは思っていなかっただけです」
「なら、今から行こうか」
「……はい」
連れ立って保健室へと向かう。
平坂には、一言行っておいたが、渋面な表情をされた。
「ごたごたにならんようにな」
一言付け加えられた。
別に争に行くわけじゃないんだがな……。
「そういえば、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
「なんだ?色恋事なら受け付けてないぞ」
俺ってそういう人に見られているのか?
「そうじゃなくって、ロボテクスの事ですよ」
「お前程の腕前の奴が何を聞きたいというのだ?」
んー、俺って巧いの??まさにそれを聞きたい。
「俺の操縦の事です。他の人のを観戦してて思ったのですが、やっぱり動き方おかしいですか?」
「おかしいってどういう意味だ?」
「ほら、側転したり宙返りしたり、いろんな意味で」
藤堂先輩は考える。
あーいったアクロバティックなのは、他の人の目から見て邪道に映るのかどうか。それが気になったのだ。
「あぁ確かに、実際の機械ではやれないことを、シミュレイターだからといって演じて見せたことか」
「えぇ、まぁそういう感じです」
中江先輩はできると言った。やって見せて機体を壊したらしいが。
手を顎に持ってきて、思案する藤堂先輩。一々様に成っているのが小憎らしい。
「その是非は私には解らんな。将来それが普通になるかもしれない。今は出来ないかやろうとしていないか、授業は習わないことだしな」
「そう、ですか」
「そんな顔するな。ただ、云えることは、やれるならやったほうがよい。失敗なんかは出来る内にやっておければ糧となる。その中で出来るものが生まれるものだ。それにな、若い内の失敗は買ってでもしろという諺もある」
「それ……失敗ではなく、苦労では?」
「む、そうか、細かいことは気にするな」
……本当、この人色々男前だ。
まぁそれでも、宙返りの行為は否定されなかったということは、俺にとって安堵できた。
「相談に乗ってくれてありがとうございました」
「この程度、相談でもないでもない。というかだな……」
「え?」
「別のことを聞かれると思った」
云われて思い出した。
「そのことは、もういいです。多分どうしようもないと思ってます」
「悪かったな」
「それなら、これから誤解の無いようにお願いします。自分としてはそれだけです」
藤堂先輩の足が止まった。
釣られて止まる。
「君、中々に男前だな」
男前に男前言われた。
「一見、なよっとしているのに、なかなかどうしてどうして、私に彼が居なければ惚れてたかもしれんな」
「そういうことをサラリと云わないでくださいよ」
「わっはっはっ、気にするな少年」
そうか、藤堂先輩には彼氏がいるのか。どんな人だと付き合えるのだろうか。聞いてみたい気もするが、流石に今日、知り合ったばかりの人に突っ込んだ話は出来ない。
そうこうしている内に保健室前まで着た。