戦イユカイ 03
続いて2戦目が始まる。
両者ゆっくりと中央に歩く。
今度は俺から剣を差し出し、合わせを待つ。
硬い響きが鳴り、勝負が始まる。
向こうは下段に構えを切り換え、一歩引いてこっちの出方をみている。
なんとも嫌な感じだ。
脚払いを警戒し、下段に構える。
摺り足で、両者互いに位置取りに動く。くるくると、くるりくるりと。
一歩、踏み出せば、狙い済ましたように脚払いがくる。
それをバスタードソードで払い、前に進もうとするのだが、体を入れ換え反対側から横薙ぎの一撃がやってくる。
攻撃を届かせるには半歩…一歩か、それが足りない。
さっきの踏み込み速度で、攻撃の間合いを測られたようで、攻めあぐねる。
これがサクヤなら届くのだろうが、如何せん10式同士の戦いだ。性能の差が無いというのは中々に厳しい。
それなのに、中江先輩はよく圧勝できるもんだと、改めて舌を巻く。
一体どこに差があるのだというのか。
相手のペースに踊らされているのがひしひしと感じる。このままでは、こっちのほうが見切られる。
後一手、何かが欲しい。
出し惜しみはできないってことだな。もとから俺なんかが、余裕で勝てるほどの実力はないのだから。
中段に構えをとり、間合いを測る。
向こうも不用意には突っ込んでこない。上等。いくぜいくぜいくぜっ、気合を充填だ。
一歩、二歩、走りだす。
下段の脚払いが容赦なくくる。それを両手で持ったバスタードソードで払う。
衝撃に機体が揺れる。
勢いがいくらか削がれるが構わず走る。
相手は引きつつ機体を綺麗に回し2撃目を放ってくる。こなくそー。攻撃が届かないなら、薙刀を払えばいいじゃない。回転力が乗った攻撃を剣の根元で受ける。まだまだぁー。
3撃目。半回転で石突きからの払いがくる。間に合えっ。
ギリギリ間に合った。バスタードソードでからくも受けきれた。だが、こちらも機体のバランスが崩れる。
まだまだぁ~!
倒れつつある機体から右手を伸ばし、地を掴み、勢いのまま脚は地を蹴り上げた。
側転。
不格好で低軌道ながらの横蹴りが……。
届いた。
鉄板を引き裂く無茶な音が耳朶を叩く。こんなエフェクト再現すんなって。
相手共々もんどりうって二転三転して停まる。
まだ“一本”にはなっていない。
心構えがあった分こっちが先に立ち上がることができた。そのまま、バスタードソードで胴を叩く。
乾いた音と供に“一本”のエフェクトが出た。
さすがに目が廻った。
これ……実戦でやったら、両機とも大破になるのだろうか。まぁ今はいいや。
とりあえず、2本先取できた。残り1本だが、こっちの手の内が一つ減った。次は簡単に近寄らせてはくれないだろう。
次の一戦だが、一本分の余裕はある。こっちの引き出しは殆どない。向こうの引き出しを探るためにも捨てて防御主体で行くべきか。
そんな余裕があるのか解らないが、先ずは様子みながらで戦ってみることにした。
3戦目が始まる。向こうとしては後がないから必死になってくるはずだ。どうでてくるか……。
今度も相手は、中央まで歩いてきて、薙刀を前に掲げる。
本来ならもう始まっていて、そんなことはする必要はないのだが、4年の矜持なのだろうか。
俺もそれに習い、剣を差し出しカツンと合せた。
即効。
中段薙ぎから脚払いときて、返す刀で上へと振り抜いてきた。リーチの差を生かした圧倒的な攻撃だ。本来の動きか、キレがいい。
しかし、様子見で防御主体を念頭に置いていたため、なんとか後退しつつ躱すことができた。切り込んで行ったら一本を取られていたかもしれない。
振り切った所を前に出ると、向こうは下がって接近させない。完全に距離を置く腹積もりだ。
しかも、ただ下がるだけではなく、槍を廻してカウンター攻撃まで繰り出してきた。
前に出たのはどういう反応か確かめるための誘いだったから、やってくる刃を払いつつ左回りで距離を取った。
どうも、攻撃の癖というか、ロボテクスの移動はそんなに得意手ではないようだ。追いかけてこずに自機を中心にして薙刀をこっち向けたまま追いかけてはこない。
ロボテクスの運用自体、個では無く集団戦闘や、戦車などの随伴が主な戦い方だから、授業では走ったとしても追っかけるくらいで、右に左にぶんまわして戦うようなやり方は教えてない。
自然と、剣や槍やらの手持ち武器ならどう攻撃するか、どう防御するかに主体が置かれる。ましてや、通常ならば重火器を用いた戦闘だ。
中江先輩とで縦横無尽にフィールドを走ったり跳んだりしたようなチャンバラは、念頭にないのが普通だろう。
つまり、勝機はまだまだこちらにもあるということか?
だが、相手は薙刀部だ。追いかけて攻撃する考えはあるだろう。いつやるか、どこでやるかを図っていると見て良さそうだ。
と、なると、俺が見せた側転蹴りなんかは、意表をついていたわけか。それを警戒して追いかけてこない…のか?
どのみち近づけないと、その戦法は使えない。こっちもいつやるか、どこでやるかを図らねばならない。
ならばと、グルグルと相手機を中心に反時計廻りに走りだす。
でかい図体だから、動きは人に比べて遅く感じるが、コンパスの差は大きい。其れなりの速度が出る。
バイクでサーキット走った経験からしてみれば、カタツムリが這うかの如く速度ではあるが、普段乗ってない人間ではどう見えるか…。
円も真円ではなく、楕円状に離れたり近づいたりと距離を一定には保たない。
これで相手はどう出るか見極める。
周回しつつ近づく。薙刀のギリギリな範囲に入っても攻撃はしてこなかった。
更に一歩前に踏み込むと漸く攻撃がやってきた。即座に離れる。
二度三度と繰り返し、相手の反応を確かめる。
攻撃の威力はありそうだが、精度が伴っていないのが読めた。生身なら膾斬りにされてそうだが、ロボテクスを操作しての行動は1テンポくらいずれている感じだ。
中江先輩に鍛え上げられていなければ、こういう事も知り得なかっただろう。
つまりは、そこが勝機だ。
近づく、攻撃がくる、躱す、離れる、近づく、攻撃がくる、躱す、離れる。
不慣れな対処なのか、攻撃のパターンも少なく読めてきた。
今がチャンスだ。
次で行く。
気合を入れ直し、イメージを造り上げる。
よしっ、行くぜっ。
踏み出す。浅く近づく。攻撃が来る半歩前からダッシュで懐へ。
慌てた攻撃が来る。
それをバスタードソードで左へ弾き、自身は右側へ向かってさらに切り込む。
相手は一瞬硬直した。おそらく、今までのパターンを変えられたことで、対処に迷いができたためだろう。
その時間が俺にとって有効に作用する。右側面を目標に奥へ奥へと入っていく。
相手はそれに合わせて、機体を回し、脚払いをかけてきたが、薙刀の長い柄が邪魔になり、空振る。
持ち手が右前左奥で、柄の部分が左になっているためだ。こっちの機動に機体も武器もついてこれていない。
さらに奥へと歩を進め、こっちが攻撃圏内に入る。
振り上がった薙刀は下へこちらへと振ってくるが、当たる箇所は柄の部分だ。有効打とは成り得ない。だが、当てられると走っている身である。転ばされるのは間違いない。だから俺は、バスタードソードから左手を放し、頭上に掲げる。
左腕と薙刀の柄が予定調和の用に衝突した。
流石に掴むことはできなかった。
弾かれた薙刀は泳ぐ。
このまま一撃を当てることができれば、一本取れそうだが、敵もさる者、時計回りに回転し、今度は石突きで脚払いをかけてきた。
ここだっ。
俺は跳んだ。
踏み切り、機体を宙に踊らせる。頂点で機体を丸め回転。
前方宙返り。
イメージ通りに機体は舞った。
脚払いを飛び越え、着地。機体が派手に揺れるて倒れようとするが、その前にやることがある。
バランスを崩しながらも、俺は右手に持ったバスタードソードを振るう。
それは見事に袈裟斬りを叩きつけた。
更に反動で機体が大きく揺らぐ。俺の機体は尻餅をついて停まった。
そこで“一本”が表示された。
……勝った。
終わってみれば3本連取だった。
試合が終わり、俺はシミュレイターから降りる。
今度はいちゃもんを付けられないように、即座に後方の観覧席に移動した。
そこには平坂が待っていた。
奴は掌を差し出す。
俺はそれを叩き、叩き返され、最後に握りしめた。
「凄かったな」
目をキラキラさせて平坂が感想を言ってきた。
「ま、なんとかな」
素直な感想を述べる。
と、背後で喧騒がおこった。
二人して、その方を見る。
「なんだ?」
「さぁ?」
どうやら運営に詰め寄っている学生がいるようだ。
「あれ、石動先輩のようだが」
目ざとく詰め寄っている学生を平坂は判別して言った。
向こうが順当に行けば、次に当たるだろう相手だ。
「試合してもないのに何を騒いでいるんだ?」
喧騒に耳を傾ける。
「あんな動き違反だろ。反則負けにしろ」
……俺のことか?
平坂と顔を見合わせる。
「そうなのか?」
「俺に聞くな。お前の方が詳しいだろ」
確かに、こっちのほうがロボテクスを触っている時間が長いだけに、言っていることは正しい。
「規則では……」
「それはっ……」
押し問答が続いてる。俺が行っても火に油だろうし、どうするか…。
思案していると、かなぎり声をあげて、こっちに石動先輩がこっちに向かってきた。
えぇ~。勘弁して…。
「お前、反則してんじゃねー。負けを認めろっ」
開口一発、怒鳴りだしてきた。
「反則はしてませんが、どのことを言っているのですか」
「どのって馬鹿にしているのかっ。なんだあの跳んだり跳ねたりは、曲芸じゃないんだ。あんなの反則だろっ」
胸ぐらを掴んで、脅してきた。
普段、咲華の視線に曝されている俺にとっては恐怖を感じなかった。逆に哀れみを憶えた。
「てめぇなんとかいえってんだ」
拳が振り上げられる。
くそっ殴られたらしゃれにならん。反撃を──。
だが、その拳は振り降ろされることはなかった。
「やめておけ」
石動先輩の後ろから、振り上げた拳を掴んだ者が鋭い声と共に制した。
「ですがっ」
「それは私をも侮辱する行為なのだが、それでもヤルというのか」
その問いかけに石動先輩は黙った。
石動先輩はこっちを睨む。何か言おうと口を開けようとしたが、何も発することは無く口を閉じた。
胸ぐらを掴んだ手を乱暴に振り払い、そのまま出て行った。ついでに俺はそのせいで尻餅だ。
「済まなかったな」
「いえ、大したことはないです」
石動先輩を静止した人物が謝罪してきた。
「藤堂先輩…」
俺の後ろで、小さい驚きの声が挙がった。声は平坂だ。
藤堂ってさっきの対戦相手ではないか。
「それしても見事な機体さばきだったな」
「いえ、それほどでもないです」
差し出された手を俺は掴む。
引っ張られる形で立ち上がり、再度、藤堂先輩を観た。
中肉中背、黒い瞳に短髪の女性だった。
「ふむ……聞いていた話とは幾分違うようだが……」
どんな話か想像したくもない。ついでにじろじろ観ないで…。
「あの試合でも、君は正々堂々としていた。噂に踊らされた私が馬鹿だったということか」
「…ありがとうございます」
「中々に楽しかったよ。次は生身で君とやりあってみたいものだ」
やめてください死んでしまいます。
「でも、最初の一戦は、態とやられましたよね。あれがなければ、負けていたかもしれません」
「そういう積もりではなかったのだがな」
「…そうなのですか?」
「君は良くやった。あそこまで機体を操れるのはそれ相応に努力したのだろう。誇っていいぞ」
「は、はい、ありがとうございます」
「では、頑張れ。私は後ろで応援することにするよ。といっても次の対戦相手が我が部の者だと、それに勝ってからの話になるだろうけどな」
そう言って、颯爽と去って行った。
「いやぁ男前だね」
後ろから平坂が声をかけてきた。
「どういう人なの?」
「薙刀部のレギュラーだよ。気風の良さで人気がある」
「そうなんだ」
確かに男前そうではある。
さっきの石動先輩とは雲泥の差なのも解る。
「お前も人気だぞ。ある意味で」
ぶっ、どういう意味つーねん。
「とりあえず……」
「んぁ?」
「あと一戦だ。藤堂先輩に応援してもらうためにも勝たないとな」
「まさかお前……」
「まて、そういう意味じゃないからなっ」
「わはは、解っているって」
くそっからかわられた。