予備予選だよドーンといってみよう 04
「なにいちゃこらしとんねん。人がダッシュで持ってきたってのに」
あっちを立てればこっちが立たず……じゃねーよ。
「何もしてない。それより、早くしようぜ。俺は何をすればいいんだ?」
「データースーツを来てこい。長船殿下と体格差はなかったと思うが、スーツにも調整は必要だ。形状をリセットしてあるから、合わせてこい」
投げつけられた。
「奥に、部屋があるから、そこで着替えてこい。こっちは長船メットの調整をしておく」
言われて、奥の部屋へと向かう。部屋までの路はカオスだ。よくこんな状況を教官たちは放置しているもんだな。
部品があちこちに散乱している。いいのかコレ……。
後で知ったことだが、あれらは耐用年数を過ぎたものが分解され、使えるパーツを抜き取っていたものだということだ。帳簿外品だ。それはそれで問題がありそうだが、部品の工面は大変なので、見逃されているとのこと。内緒ダヨ。
スーツを着る。
………これ長船種馬が着てたやつよだよな……。クリーニングされているとはいえ奇妙な感覚だ。真っ裸で他人の使っていたやつを……。
ブルブル。そういう考えは止めよう。俺は健全だ。ノーマルだ。
大きく深呼吸して気持ちを切り換える。
複雑な心境を抑えて、着た。
手首の操作ボタンを操作し、データースーツを起動させる。肌とスーツの隙間に残っている空気が吸い出され、インナーが張りつく。
いつまでたっても慣れないものである。
……ん。この……、くっ。やつは右なのか……。収まりが悪い。形状リセットしていたとしても、へんな癖が残っているようだ。
リセットを3回繰り返し、服を揉んだりして、やっと収まりがよくなった。
全く、男モンはこれだから困る。女性用なら、そういうモノがないから楽なんだろうな。
女性ならではの苦労を知らないがゆえの思考だった。
着替えて戻ってくると、安西から長船メットを渡された。
「サクヤに乗ってきてくれ」
「サクヤに?」
どういうことなんだ?
「あぁ、こっちのデーターベースからは削除されているからな。サクヤの方からメットにデータを移し出す。そんでもってデータベースにコピーして成形、新メットにデーターを書き出すって寸法だ」
「めんどくさいのな」
「キャリブレーションは忘れんなよ。変なことでデーターが吹っ飛んだら、それで終わりなんだからな。気をつけろ」
「めんどくさいのな」
「早くいけやっ」
追い出された。
キャリブレーションをしながら、ハンガーへと向かう。
ハンガーは隣の棟だ。
「主よ、妾もついて参ろう。用心に越したことはないからな」
「皇たちは?」
「奴はあそこで、守っておる。どちらか片方でも被害が出れば終わりなんじゃろ」
「なるほど」
柊を残して置くのは危険だ。主に襲撃者が。だから皇のほうが残って、こっちに彼女が来たという訳か。こいつを抑えることができるのはいまのところ、俺か皇のどちらかだ。力では敵わないんだけどな。咲華はもちろん殿下に付いて廻るし、この組み合わせになったということか。
「作業は少し時間がかかる。その間の護衛は任せたよ」
「任せておけ、襲撃者なぞ木っ端微塵にしてくれるぞ」
「いや、取り押さえるだけでいいから」
「なんだ、つまらんのう」
「そういう問題じゃないだろ」
毎度毎度のパターン。いい加減学習して欲しい。
言い争いつつも程なくして、ハンガーに辿り着いた。
「それじゃ、作業をしてくるから待っててくれ」
サクヤに乗り込もうとする。
「主よ、少し待ってたもれ」
「どうした?」
振り返ると、何やら地面に絵を描いていた。
「これは?」
「魔方陣じゃ」
「魔方陣?何をするんだ」
「うむ、探査の魔術を掛ける。半径100メートル以内に入ると引っかかるようにする」
「ほぅ」
神秘学では色々学んではいるが、所詮智識だけだ。2年になれば、色々と実技もあるようだが、今の段階では集中と開放といった基礎訓練的なものでしかない。まともに出来た試しはないけどね。
実践を見るのは始めてだ。
「主よ言っておくが、授業で習うようなものは、本当の魔法ではない魔術だ。魔術と云っても毛が生えた程度のものだ。本当の魔法とは神の如き力だ。人が理解など到底無理じゃな。それを解りやすく紐解いたのが、魔術だ。一定の手順、詠唱、魔方陣、触媒など環境を整えて魔法もどきを発動する。これも、その魔術の一つだ。魔法を科学するといって、やれ高次元だのなんだのといっておるが、所詮理屈の世界だ。見えない世界を見ようとしても無駄というもんじゃ。感じ、操れなければ本当の魔法など、到底無理というもの」
意味が解らないが、フォースとは違うということなのか?授業ではフォースが魔法の源になる力だと習ったような。俺の解釈が何処かで間違っているのか?
「できたぞ」
三角と円の組み合わせに文様が幾つか書かれている。
「これが、魔方陣か。実際に見るのは初めてだ」
「いくぞよ」
柊が魔方陣の中心に立って、詠唱を始めた。
詠唱は短くあっさりと終わる。何をいったのか聞き取れないなかった。日本語じゃなければ、英語でもない。なんとも奇妙な韻を踏んでいるから頭に入らなかった。
魔方陣の円周部分が青白く淡い燐光をだした。その円周部と俺との最短距離で一本の魔方陣と同じ燐光で結ばれた。
「うむ、動作しておるな」
横に移動すると、光の線も一緒に移動する。なんかすげぇ。
「魔方陣って光るんだな。光らないってきいてたが」
「探査陣だからな。対象までを結ぶ線のせいじゃ。普通の攻撃魔法なんかは光らないぞ。光ったらいい的になるじゃろ」
なるほどね。用途によって違いがあるということか。
「それじゃ、よろしく頼むよ」
頼もしい護衛を後に、俺はサクヤに向かった。
探査に引っかかれば、相手もビックリして逃げ出すだろう。被害が出ないのはいいことだ。
サクヤに乗り込み起動をかける。
なんとも不思議なことに、探査の魔術はサクヤの装甲を貫通し俺に繋がったままだ。恐るべし魔術。
>command com
:
:
>Hallo World!
お約束が表示され、サクヤが起動する。
今回はデータ転送だけなので、やることは殆どないけどな。
バックアップモードを選択し、俺のデーターをヘルメットに転送する。
どのくらいかかるんだろうか。こういう事がない限り、やらないからわからん。普通は両方とも同じデーターを共有するから、一方が空というのは、珍しい現象なのだ。
バイザー右側で忙しなく、データーの移行状況が流れている。結構多そうだ。
ん?反対の左側上隅になんかマークが点灯している…A.I?
初めて見る。知らない間にまたぞろアップデートしてんじゃないだろうな……。まぁいい、今はデーター転送が先だ。
時間にして10分程度かかった。転送だけなら直ぐだったようだが、ベリファイとか暗号化とか重い処理があったせいだ。
サクヤを停止し、マシンを降りる。
柊は仁王立ちで踏ん反り返っていた。
「ごくろうさん、終わったぞ」
「うむ、こちらも異常はなかったぞ」
何も無くてなによりだ。
柊に労いと感謝の意を伝え、二人して戻った。
すっかり遅くなってしまった。
しかし、作業はまだ終わらない。
主に、安西が四苦八苦中だ。データーの整形に苦労しているようだ。
「もともと、ここのは、10式までのだから、サクヤのデーターを直に流そうとしてもエラーで弾かれる。だからバイナリモードでうんぬん──」
とりあえず聞き流した。
数十分後。
夕餉の時間があるから、皇たちは先に帰した。残っているのは咲華と作業中の安西だ。皇が残るといったが、てんやわんやの後、咲華だけ残して二人には先に帰ってもらった。
皇が帰らないと、柊も帰らない。
皇が帰らないと、咲華も帰れない。
つまりはそういう事だった。
「殿下は帰ったぞ。何か言いたいことがあるのだろう」
開口一発目は咲華である。
お見通しか。
「今日のことだが、誰にも云わないで欲しい」
「貴様がそれをいい出すとは思わなかった。これ幸いと報告して大会中断を騒ぐものだと思っていた」
「普通なら、俺もそう思うよ」
「それが中島の生きる路だもんね。いつでも普通普通」
「確かに安西のいう通りだ。だが、今回は普通じゃない。だから、普通の対応をしていは駄目だってことさ」
「そりゃいい理屈だ」
「それでどうするつもりだ?」
「放っておく」
「そうか」
「また楽しいことになりそうなことを…。長船の霊でも乗り移ったか」
「別に奴ほど考えているわけじゃない。今回のことは、衝動的だったかもしれない。俺が黙っていれば、済むことかもしれない」
「反乱の芽は早急に狩った方が安全だぞ」
咲華が忠告してくる。当然の対応なのだが……。
「長船もそんなことを言ってたな」
「ああ、あの大喧嘩か。野蛮すぎるよお前たちは」
「うっせ」
「とりあずな、今日は、大会があっただろ。負けた奴が発作的にやったんじゃないかと思ってな」
「確かにな。そうかもしれないし、そうでないかもしれない。捕まえないことには真相は解らないぞ」
「その時はその時で」
「お前は馬鹿か。ロッカーの件はそうだとしても、サーバーのクラッキングは咄嗟の犯行とはいえないぞ。クラックした奴は次も確実に仕掛けてくるぞ」
冷静に、咲華は俺を見つめて断言した。
「え?」
「安西、お前なら解るだろ。説明してやれ」
「えー僕だってめんどいよ」
「どういうこと?」
「だから、君はお人好しなんだよ。今なら解るね、長船の方が正しかったって」
「ええい、話にならん」
逆ギレしないで咲華殿~。
「……済まん。なんか俺が浅はかだったみたいだな」
「いや、気にするな、それがお前なんだろ。こっちが勝手に振り回されるだけだ」
「そういうの楽しいからいいけど、僕にまで危害がこないうちになんとかしてくれ」
どうにも俺は勘違いしていたようだ。
単独の犯行だとばかり思っていたが、そうではないということか。
「それじゃぁどうしたらいいかな」
「放置の件はいいだろう。ただ、待つだけではなく網を張ろう。クラッキングしてきたということは、こっちが修復したことが解ればまたやってくる可能性がある。安西は対処できるか?」
「素人なりに頑張るけど、相手がウィザードクラスじゃないことを祈るかな。そんなやつは学校にはいやしないだろうけど」
「おそらく、そこまでの奴が仕掛けるとは思えない。たまたまパスを知ってるようなやつが怪しい。あとは関係者の知り合いだ」
「ソーシャルハック系か。一番妥当な線かな。幾つか網を張っておくよ。恐らくそれで大丈夫だろう」
「では、スーツとヘルメットの件だが、物理的にロッカーが開けられたということは問題だな」
「もともと、そんな頑丈なもんじゃないしね。その気になれば誰でもできる」
「カメラを仕掛けるか。ダミーを置いておけば、ひっかかるかもしれん」
「流石に、盗聴系は揃えてないよ」
「それはこっちがやる。気にするな」
咲華と安西が頭越しにテキパキと話が進んでいく。俺、役に立ちませんね…。
「咲華さんって思ったより、楽しい人なんだ。色々見直したよ」
安西の目がキラキラと輝いている。同好の士を見つけたようなそんな目だ。
……多分違うと思うぞ。
「ともかく、注意が必要だ。それこそ、お前自身がシッカリしておかねば元も子もないのだから、気を引き締めておけ」
「了解であります」
真面目くさった顔して敬礼した。
「馬鹿、お前の方が上官だろ。しっかりしろ」
怒られた。
結局、備品は安西に預けることにした。自動車部のロッカーを使うことに落ち着いたからだ。
そこなら絶対に安全とはいいきれないが、更衣室のロッカーよりは対策もとってあるから安全らしい。
持って帰ることも検討したが、荷物が荷物だけに目立って仕方ないので無理と判断した。
大体、持って帰ったら皇たちに気付かれてしまうしね。俺の勝手だが巻き込みたくないし、巻き込んで暴れられでもしたら……。怖くて考えたくもないねっ。
作業が終わったのは、結局日付が変わる寸前だった。
残る申請はしたが、さすがにこの時間までとは思っていなかったようで、夜勤の先生にちょっとお小言をもらった。
「僕は帰って寝るよ。お休みぃ」
そういって安西と別れた。
俺たちも帰るとしますか。咲華を連れ立って寮へと歩を進めた。
「咲華も今日は本当にありがとうな」
お礼を述べる。
「別に、殿下に危害が加わるようなことは看過できないだけ」
今日のことだと、直接皇に何かって訳ではなさそうだが……、あえてそれを指摘する必要もないな。
「それでも、ありがとう」
「ならば、ここまでしたのだ。必ず優勝しろ。でないと磨り潰す」
「えっ、いやそれは、それとして、ちょっと勘弁して下さい」
「その代り、優勝すれば褒美が必要なのだよな」
「だーかーら、人の話しをだなー」
「お前が優勝すれば、認めてやる。殿下とのこと、そして私との婚姻のことも」
俺は黙る。それはさすがに、重い話しだ。
「どうした?男なんだろ、そのくらい当然と受けないのか」
「挑発には乗らない。でも優勝はめざすよ。景品は要らない。そんなんで認めてもらっても意味がない」
「そうか……ならいい。でも、優勝しなければ磨り潰すだけが残るがいいのか」
「えっ、いやっまてまてまて、根本原因として賭けは無効なんだから、それも無しだろ?」
「さぁな、私の気分次第だ。せいぜい頑張れ」
奴は有言実行だ。ナニが磨り潰されるのか……ナニとはなんなんか、良く読めないがとてつもないものなんだろう。本当にナニだったりしたらしゃれにもならんし、ナニを守るためにも必死にならねばならぬのか……いまいちモチベーションあがんないな。
身の危険は感じるんだけど……どうもにも…フッ。
「帰ったら特訓です」
「え、この時間から?それはまずいっしょ」
「知りません」
「今日はマジ勘弁してください」
そんなこんなで、寮に辿り着いた。夕餉と風呂を済ませ(文化祭もあってだが、寮母さん感謝です)戻ってきたら、皇たちが心配そうにしてたが、部屋に入った途端意識が無くなった。
今日だけはもうギブアップです。お休みなさい。