Man-Machine 03
「なぁ親友。これはどういうことかな」
着替え終わってハンガーに来てみれば、何時もの練習機とは違ったものが鎮座していた。
目の前には、訓練用の本体がオレンジの腕に黒と黄色のどぎついストライプが入ったいつもの機体でなはい、全くもって全然別物がハンガーに納まっていた。
単座型と違って複座型のせいか一回り大きい。
9メートル超えてはいそうだが10メートルは超えない位か?それでいて、スタイルはスマートだ。
胸部の盛り上がりから腹部のコックピットまでのライン。細めの腰から膨らんだ臀部にスラリと延びる脚が繋がっている。臀部のサイドには銃器と刀剣を吊している。それらをカバーするための装甲がいかにもドレスを着た女性的なシルエットを思わせた。
訓練機の転んでも大丈夫なようにゴテゴテと緩衝素材が巻かれて、ごっつい筋肉質な姿ものとは全くもって全然別物だった。
尤も訓練機も複座型だ。単座機からの改修機であるから単座機よりは大きいが、頭が胸部と一体型に変更されているため、高さは元々とそんなに変わってない。
そういう横並びの高さの中、この新機体が飛び抜けて目に入るもんで、周りから浮きまくって耳目を集めていた。
「格好いいだろ。皇族専用機の新型だ」
あっさりと親友はばらした。
「あーなんとなくそんな気はしたさ。でもなんでピンク色なんだ。皇族機は紫だろ?」
「そりゃ、まだ正式採用では無いからだよ。ワトソン君」
「つまり、あれですか。バリッバリの機密の固まりってことですか。このあと俺、暗殺されるとかないよな」
「あー、それはないから安心しろ。今日がお披露目だから。不具合が無ければこのままデビューだ」
「それで、兵装訓練ってことか」
「まっそういうこと、そういうこと。フフッ光栄に思い賜え」
「ふんっ、有難迷惑だ。大体俺の信条は知ってるくせに。そういうのは……あっ、それで黒塗りの防弾車がずらーと並んでたわけか」
朝みた光景が浮かんだ。
「えっ」
「違うのか?」
「あーいやー、そうだね。そうだろうね」
「なんか隠し事でもあるんか」
態度がおかしいのはあからさまだった。
「いや、そこまで考えていなかったのさ。よくよく考えたら、新型機だ。そりゃ視察でお偉いさんが見物にこない訳がないよなと」
「そうだなぁ」
お前より、偉いお偉いさんってのも居ないだろうがと思いつつ答える。
「とりあえ~ず、お前がアレに乗るなら、俺は何時ものでいいのか。その割に軍曹が何処にもみあたんないようだが」
「ん、何韜晦してんだ。何時もの様に俺とお前のペアだ」
「は?」
友人が訳の解らないことを言ってきた。ソレ皇族機だろ。俺、庶民自慢にもならないが天涯孤独の一市民。皇軍のグリーンやオレンジの隊でもない。
ざっくばらんに言うと、帝国軍は陸空海の3軍で皇軍はグリーンの親衛隊とオレンジの開発を含めた特殊部隊である。
「あ、頭痛くなってきた。ちょっと保健室で休んでくるわ」
「まてまてまてって」
押しても駄目なら引いてみなと言わんばかりに低姿勢に話しかけてきた。皇族なのにその辺ざっくばらんに庶民的だった。
「操縦したくないのか?こんな機会なんか二度とないぜ」
もう一度、ハンガーに吊されている新型機を眺める。確かにあんな機体に乗る機会なんて普通はないだろう。そう思うと、乗ってみたい弄ってみたいブン廻してみたいという欲望がフツフツと沸いて出る。
「しかし、訓練機と互換性ないだろ。一からイメージトレースの設定なんてやってたら日が暮れるどころじゃなく、一週間はかかるだろうに」
「だ~いじょうぶ。零式と基本は同じ。10式のシミュレイターも同じだっただろ。新型といっても互換性は一貫して通っているからセッティングデータはそのまま使えるし扱いは変わらんよ。反応速度とか中身は違っているけどね」
零式とは一世代前の主力機で今は改修されて訓練機、10式とは現行配備されている機体だ。
小型機や中型機と違って、大型機は操縦方法がチト特殊だ。小中型は多少の差あれど、基本、身体の動きに合わせた鎧の延長のような仕組みだ。勿論小型と中型でも差はあることはある。
それが大型機になると、操作するには身体を動かす延長ではなくなる。
操縦席に身体は固定されるからだ。ヘルメットに仕込まれた装置が脳と接続するのは同じだが、第2の身体として認識させ動かすことになるのだ。
実際の手足は、コンソール操作や軌道修正といったことをする。仮想的に、ロボテクスの本体が自分の身体に生えたというか繋がったというか、そんな感じになる。
動きをイメージして、それがヘルメットを通してロボテクスに伝わり、ロボテクスがそれを解釈し、パターンに併せて動作する。
イメージする力がなければ、ロボテクスと繋げることはできない。
それと、FPPがCランク以上の判定が必要だ。大型ロボテクスを操縦するためにフォースパワーが必要になる。ヘルメットの読み取り装置がそういう仕組みになっているためだ。
そうは言っても、Cランクってことは一般レベルだから、特殊な状況でもない限りは訓練すれば操作できるようにはなる。
ただ、これも目玉の機能である脳波接続が、小中とでは占める割合が大型ではダンチで難しさの違いがある。
小中型は自身の身体を動かせばそれを補正する形なのだが、大型では生身の身体を動かせての操縦ではないからだ。慣れてくれば、もう一人の自分を作ってそれを動かすことようなもできるらしいが、俺はそこまでに至ってないので、巧くは説明できないけどね。
そういう事もあって、小型から始まって中型・大型へとステップアップ式に操縦訓練を行っていく。
余祿だが、一般の陸軍では中型機が主力である。
大型機は用途が限られるは、整備に時間はかかるわと、余り実用的ではない。人外相手にするのも精々それように製造された中型機がメインだ。それでも手に負えない大型の魔物が出た時に大型機の出番となる。
後は、人同士の戦いにという側面も表立っては言わないが、そういうものもあるというのは想像に難くない。
大きく息を吸い、ゆっくりと吐くいて心を落ち着かせる。
まっここまで乗せられたとはいえ来てしまったんだ、やらなきゃ面白くはないよな。独りごちる。
「ふらついても大丈夫な程度にはサポートしてやる。だから後は知らん」
「うわ、偉そう。俺より偉い奴なんて数えるくらいしかいないのに、その中に入ってきやがった」
二人して爆笑した。
ハンガーに収納されている機体の足元に立ち、簡易エレベーターで昇りコックピットハッチ部分の前に立つ。
傷一つ無い磨き上げられた装甲だ。当然だけど。
開閉操作のハッチを開き、パネルを操作する。
ぽっぴっぴぽぴっぽーっぽー。自分のIDカードを差し込んでパスを入力。
ガシュンと鉄の門扉が開く音。重厚な扉を思わせる装甲が軽く持ち上がった。続いて下部分へ内部ハッチが続いて開く。さらに、エッグシェル(コックピットのハッチ)が静かに開いた。
中の空気はひんやりとして清潔感に溢れていた。
「本当にピカピカの新品だなこれは」
感動的だった。今までとそんなに手順的な差はないのだが、やっぱり何かこうクルものが違う。イイネッ。
長船が奥側の半分起立した椅子に座り、続いて俺は手前下部の椅子に座る。
椅子の頭部右側にある接続ケーブルを引き出し、ヘルメットに差し込む。
ヘルメットには個人の身体データーがあり、ロボテクスとリンクし自動的にキャリブレーションモードに入っていく。身体の曲面や長さをあわせる自動調節機構が動く。
ヘルメット内のモニターに接続完了のメッセージが流れ、OKボタンを押すとカチカチカチとデータースーツの肩・腰・尻・太股部分に自動的にロックがかかって固定される。そのまま安全バーが降りてきて胸の部分と頭を抑える。手は操縦桿へと、脚はペダルを踏む。
「やっぱいいねこれ、新品だと何か違うよな」
君仁が興奮した様子で語りかけてきた。
いつもの流れなのだが、非常にワクワク感が止まらない。やはり俺も興奮しているのだと実感した瞬間だった。
「チェック、グリーン……全てオッケー、オールグリーンだ」
機体に乗り込んだ俺と君仁とで、起動確認が終了する。
コックピット内面前方に張りめぐらされたモニターに外の風景が映し出される。何時もより視点が高いのはこの機体自身が他より高いからだ。
内壁に映し出される光景は頭部にある目からの映像だけではない。胴体の各所に置かれたカメラから合成されているが、その視点となるのは頭部が基準のためだ。
因みに、内壁モニターに操縦席の3面モニター、ヘルメット内の2重透過モニターと多い。各々の役割があるといっても、慣れなければ目が死こと請け合いだ。
そんでもって、操縦席は単座のロボテクスと違ってレイアウトの関係上、半分腰掛けたような状態で狭い。主操縦席が後部上側になり、副操縦席が前部下側である。最もどちらも同じように操縦はできるし、その気になれば独りで全部やってのけれる。
最も通常の機体は1人乗りだし、結局の所、操作は変わらない。というか単座のほうが面倒だ。皇族機が2人乗りなのは、操縦の負担を減らすことだけではなく、皇族に万が一があったときに、助ける者が近くにいなければならないといった理由もあるためだ。
「うわ、訓練機やシミュレイターで分かっていたつもりだっけど、新型機となるとやっぱ違うな」
俺は感嘆した。まだ新品独特の匂いが残ってもいる。
周辺地図を3面モニターの右側に映し出し、左側のモニターで機体の状況を呼び出す。
「ま、日進月歩だな。シミュのは現行の10式を元にしているし、コイツは次世代機だ。違うのは当たり前だよ」
背後から声が答えた。
ちなみに、訓練機は零式と更に古い。名機なんだけどね。
「そりゃそうだが、かなりコイツってピーキーな感じがする」
「わかるのか?」
「ん、なんとなくだけど、人工筋肉のパルス曲線とかみるとそんな感じするなーと」
「そんじゃ、一発いってみよー。目標3キロ先の演習場。ナビよろしくな」
「へーへー」
ジャイロ軸をマッピング。音響センサー、光学センサーetcから自機位置を確認する。ヘルメットに投影される情報を眺めつつ、いつもの手順で道を作る。
「オッケー、そっちに送った。アクセル踏めば自動的にたどり着くよ」
「流石、俺が見込んだ軍師殿。ありがたくアクセルだけ踏ませてもらうぜ」
と、言ってやつは俺の席の背もたれを踏む。
「俺はアクセルじゃねー」
文句をつける。
「俺を踏めって言わなかったか?」
「てめー、どんな耳してんだっ」
「そこっ遊んでないで、早く行け」
モニタリングしている鬼軍曹殿からお叱りがインカムに飛び込んできた。
その後にくすくすと女子の笑い声が小さく入ってくる。
「いかんいかん、折角の兵装訓練を中止されるわけにはいかん」
親友は言うなり機体を進ませた。
「サー、これより試技場へ急いで向かいます、サー」
ハンガーから離れ、外へ出る。機体のモニタリングからあがる情報をチェックする。
予想通り反応が鋭い。シミュレイターの10式や実機の零式と比べてラグが殆どない。
「すごい敏感だな」
感想を漏らす。
「確かに、バランスとるのもしんどいな」
そうはいうが、確かな足どりで機体は進む。動作音も目茶苦茶静かだった。どんだけ凝ったギミックを仕込んでいるのかと思うと胸が熱くなるが惚けている暇はない。
通常授業のみんなと分かれ、単機路を歩く。
歩行から走行へ、感触が掴めてくると親友は左右に蛇行も入れて動かしだす。
「こいつはすげーや。パワーゲインが通常の5倍ある」
親友が感嘆の声を漏らす。
「なんだそれは。そういのはトリコロールカラーの機体に乗ったときに言えっての」
モニタリングからも機体の反応のよさが分かる。ピーキーかと思っていたが、トルクの粘りも素晴らしく機体のブレが少ない。オートバランサーも凄く副操縦士が補正を入れるほどの変化が起きない。
君仁が調子に乗りだす。ダッシュアンドストップ。ジャンプ、ステップ、上体をゆらしつつジャブジャブストレート。
「凄すぎる」
後頭部から、嘆息が響く。
しかし、俺は一つ疑問に思う。
「これ、センサーとかバランサーに人工筋肉の数が多すぎじゃないか?実戦出たら即効メンテの山になりそうだ」
モニタリングの状況は確かに良い。その分、補器類がみっしり詰まっている訳で、必然、損傷した時の修理がかなり地獄になりそうだ。
「その辺はこれが皇族機たる所以だな。後先の事よりも今をなんとかできることのほうが優先される仕様だから」
「しかし、これだといざという時に本当に問題なく動けるのか心配になるね」
「まぁその辺はなんとかするだろう。俺たちが気にしても仕方ないさ。そんじゃ、半分も過ぎたことだし、操縦をそっちにまわすぞ。お前も機体を一応揺すっとけ」
副操縦士だからといって、モニンタリングや補助の面倒を見るだけはないので、それは当然なのだが。
「これ扱ったら、元のとギャップ激しくなりそうで、あんまり触りたくないな」
「そんな心配は後でいいわ。普通じゃ触ることも見ることもないんだから、いい機会と思って楽しめ」
確かに、皇族機なんて元旦と夏の総合演習会場で突っ立っているのを見るくらいしかない。実際動いたりしている所なんていままで見たこともない。それがなんの因果か搭乗員なわけだし、こりゃ一生分の運使ったと言われてもおかしくない今の状況が凄すぎる。
「一般庶民がこんなの動かしたらバチがあたりそうだが」
そう言っている間に主操縦権がこちらに廻され、反対に副操縦士の仕事が親友に切り替わる。
「うげぇっ、なんだこれ、全然違う」
訓練機や10式シミュレーターで感じる一瞬のタメみたいな挙動が感じられない。慣れてくればそれでもタメみたいなラグが分かるのだろうが、今はそんな慣れはない。
繋がれた新しい四肢は100メートル走をしながら絵画を描いているようななんともいえない感覚に襲われた。
「君仁、これ洒落になんない」
素直な感想だ。こんなの乗り慣れたら他の機体が鈍亀に感じるだろう。
「そうだろそうだろ」
「今日だけというのが勿体ない。ずっとこれでいきたいもんだ」
操縦する楽しみがこいつにあった。車でいう1box車とスポーツカーの差だ。加速・制動・ハンドリングのキレが並じゃない。イメージのブレを起こしたらどうなるか解らない。丁寧な操縦を心がけるが、その分疲れること請け合いだ。
それにしても、親友はこんなのを普段どおりに扱ってみせたのか。背筋に薄ら寒いものを感じた。