俺たちは軍人だ 06 + 幕間
戻ってくると、皆がこちらと視線を併せようとしてくれない。
かっ悲しくなんてなんいんだからねっ。
「よっ中島、なかなかの英雄行為だったよ」
安西がからかってきた。
「なんだ居たのか」
とりあえず、意趣返ししておく。
「まさか伯仲堂々と、仲のいいところを見せつけられるなんて思ってもいなかったよ。今夜はごはっす───」
アインクローーーー!!!!!
「痛い、痛い、痛いっ」
うはははー、左手を添えて、闇い怨念パワーを受けてみろ。
むりくり掴んだまま持ち上げる。頭蓋骨が嫌な軋み音を立てながら、安西の足は地を離れた。
「まさか、今度は男まで??」
「どういうことなのっ?」
「両方ってことなのね、両方……ケダモノよ」
「そういえば聞いたことがありますわよ。なんでも風紀委員長に怒鳴り込んで生徒会長を奪おうとしたとか」
「略奪愛を展開したのですか」
「えっそうなのですか?その場合どっちなのですか、会長×中島?それとも中島×風紀委員長?どっちが攻めでどっちが受けなのかしら」
「ケダモノですから攻めなのでは?」
「ケダモノですからねぇ」
ヒソヒソ、ヒソヒソ。
一気に力が抜けた。手が緩んだ途端、安西がどさっと落下した。
あぁ私は貝になりたひ。
「くそっお前無茶苦茶過ぎるぞ」
「うるさい、いらん事言うからだ」
この日の授業は散々だった。時間よ戻れ……。
転がる。
ころり、ばたん。立ち上がる、手をつかまれ、ころん、ばたん。
転がり続ける俺の生きざまよー。
何をやっているのかというと、必須の部活である合気道だ。
手をつかまれ引っ張られ、倒される。だから受け身を取って廻る。
4年の先輩から指導を受けている。
走り込みが無ければ、受け身や型の練習だった。
皇と咲華も同じ部活に入ってきて、二人で勝手に乱取りをしている。
同じ1年なのに俺たちと同じ練習内容ではない。
格差社会である。
元々、武術全般皆伝の腕前とか、何故か先生が大絶賛していた。
年期が違うのであった。
俺は高校入ってからなので、とてもじゃないがそこまでの域に達していない。
因みに柊も来るといったが、先ずは色々な部活を見て回ることを言い聞かせた。
何も俺に付き添う必要ないし、自分に合った部活があればそっちを推奨したい。頬を膨らませて、不満を漏らしていたが、アイスを奢ることで手を打った。
受け身が終わったら、1年は型を声を併せて繰り返す。
そういや、この動きってロボテクスの戦闘で使えないかな…。剣戟主体なので、応用できるのかどうか、未熟者の俺にはとんと見当は付かないけどね。
剣道部に入っていた方が良かったのかな。いや、今から変更しても無駄だろう。朝の平坂状態であるのは火を見るよりも明らかだ。
合気道には合気道のいいところがあるさ。
最初は辛いと思っていたが、まぁ慣れれば住めば都。そのうちなんとーかなる~だーろーおっ。
初心者の練習に明け暮れた。
部活が終わって帰宅すれば、そのまま着替えて今日も丘へ。
4人でぞろぞろと連れ立って登る。
柊の参加で華は増えたが、心労も鰻登りだ。
咲華と面向かってゴム剣を合わせる。
剣術は素人に毛が生えた程度だ。いいようにあしらわれる。
他の要素を組み合わせてなんとかならないか……。
などと考えていたら、即効一本取られた。
「私を相手にしているのに、考え事とはいいご身分ですね。そんな事を考えられないようにもっとしごいてあげましょう。塵になるまで」
いやぁ~、別に蔑ろにした訳ではないんだが、上の空になっていたのは言い訳できない。
今は、何も考えず、咲華からこれまで通りのやり方で、一本狙った方が良さそうだ。
集中集中とっ。
「済まん済まん、お前を倒すのに何か他の手は無いかと考えてたわ」
「………いやらしいっ」
「待てっ、一体何を──」
面にゴム剣が叩きつけられた。
「前にも言いましたが、貴方は話を聞きすぎです」
くっそ。上等だゴラァ。もう許さねぇいわしたる。
即座にゴム剣を振るう。
が、簡単にいなされ、小手から胴へと返された。
「単純です。攻撃の手が荒い」
!!!!怒りが有頂天だよっ。
どうにかして、一泡ふかせたい。
……前言撤回。考えていた事を実行するぜ。
ゴム剣を下段に構える。
咲華は中段に構え対応する。
間合いを測る。前後に摺り足で距離を攪乱しながら相手の呼吸を確かめる。
「何か考えてそうですね」
ドキッと鼓動が跳ね上がったが、これは奴の誘導だ。気を取られるな。
無言で下から咲華のゴム剣を払う。ここで踏み込まず一端離れる。誘いだ。
上がったゴム剣を上段に振りかぶり、流れるように咲華は追撃してくる。ここだっ。
俺は、一気に間を詰めた。
剣の間合いより更に前へ、歩を進め、上段に構えた剣の柄目掛けて、左手を差し伸べる。
何を狙ってきたのか察した咲華は、手を取られるのを嫌い、剣筋を変えた。振り切った後の返しで、こちらを叩く腹だろう。……多分。
その一瞬が勝負だ。
俺は、挙げかけた手をそのまま前に突き出す。
狙いはジャージ。掴めば………。
スカッ。
あ?絶対の距離だった筈だ。なぜに空振る?
見れば、体を横にし、俺の手を避けていた。
あーーーそっか、出っ張りが無いから、それだけで十分回避できたという訳か。
「…このっ、変態めっ」
ぬっ?いきなり夜叉の形相になっていた。
即座の挙動で、俺の左腕は咲華のゴム剣によって撥ね上げられた。痛みを感じる間もなく返す刀で右手に持つゴム剣も吹っ飛んだ。
わっ。
身を低くし、咲華は足払いを俺にかける。膝裏を蹴られ、膝をついたところで再度背中を蹴られ腹這いに倒された。
すかさず、俺に跨がってきて、首に手を掛けてきた。そのまま身を反らせる。
キャメルクラッチ。
くそっなんなんだこの展開は。言うまでも無く、痛い痛い痛い折れる折れる折れるってばっ。
「どさくさにまぎれて、胸を触ろうなどと、不届き千万。不埒な悪行三昧、天に変わって成敗いたす」
のぉぉぉぉぉっ、そんな積りは全くなかったのに勘違いすんなー。
喉を抑えられているため、声が出ない。ふごっとかごぅぼっとかなんだそりゃだ。
「なんじゃ主は、そんなに胸を触りたいのか?妾ならいくらでもよいぞ」
ぷるる~んな胸を持ち上げて、柊は云う。馬鹿っ今そんなことを言ったら─。
「つるつるおっぱい魔神は死刑」
更に力が掛かってきた。マジ、無理、もう無理。
皇に助けを求めようと視線をそっちに……なんですか、それ。胸を手で覆って顔を赤らめてこっちを見てるってーのは。
濡れ衣だぁぁ。
幕間 夜に蠢く
時間は放課後。場所は使われていない空き教室。
そこに、数十人の若者が集っていた。皆して、三角の覆面を被っている。
灯はともってなく、中は薄暗い。
一人が教壇に立ち、徐に話を始める。
「今日、お集まりの皆様方。少ない時間を割いてもらった事に感謝します」
教室の残りの面々から視線が集まる。
「能書きはいいから、話を進めな」
在り来りの野次が飛ぶ。どうにも、まともな集まりではないのが見て取れた。
「では、早速、件のヤツについてだ。諸君も色々と話を聞いていると思う」
そこで話を区切り、教室の騒めきが納まるのを待つ。
「今日、ことここに至り、ヤツの所業は目に余りあるものとなった。風紀委員が目を光らせて押さえ込んではいるが、我慢の限界であるっ」
そうだそうだと、追従する声。
「私、見ちゃいました。ヤツが昼日中、殿下の胸を揉みしだいた現場をっ」
「その前にも、霧島様といちゃいちゃしているのも見たわよ」
「なんというヤツだ。中江様と東雲様を侍らせているというのに、節操がなさすぎる。なぜ、中江様、東雲様はあんなヤツをのさらばせているのよ」
「私でさえ、遠目にお姿を拝見するだけなのに」
「理解しがたい。それともヤツに何か弱みを握られているのか」
「それもこれも、旧殿下の入れ知恵なのでは?」
「聞けば、生徒会長と昵懇の間柄だとか。ヤツには性別も関係ないのか」
「私が聞いた話だと、風紀委員長と何やら善からぬ仲と聞いたわ」
「なんとっ、種馬以上に種馬なのか、悪魔の所業ではないかっ」
「古屋様と古鷹様の仲を引き裂こうとしているの?そんなの許せないっ」
怒号が舞う。
興奮の度合いが高まってきている。
「更に、転校してきた、中学か小学生みたいな子。名前は何と言ったか……そんな少女にまで手込めにしているそうよ」
どよめきが教室内を疾走した。
「ヤツには、節操というものが本当に無いようだな。年端もいかぬ者まで手にかけるとは」
「殿下のお付きにも手をだしているとも聞いたぞ」
それに激昂するものは少数だったが、一番怒りの度合いが高かった。
「おのれっ、殿下の影に隠れてあんなことやこんなことをしていたということか……うらやましぃ」
ぽろっと本音が混ざっている。
しかし、怒りに身を任せている者の中に、それを聞き咎める者は居なかった。
「旧殿下は、あんな奴でも、まだ節操というものはあった。自分からは手を出そうとはしていなかった。それなのにヤツときたら……」
「天誅だ天誅しかないっ。今までのようなやり方では生ぬるい。直接ヤツを仕留めなければ、学校の秩序が崩壊するっ」
一人が言い出すと、回りがそうだそうだと追従し、異様な興奮が教室内を取り巻く。
「ならばどうする?どこで仕掛けるのよ」
「闇討ちなぞ生ぬるい。公開処刑だっ」
興奮ここに極まれり。
そろって床を踏みならす。
「ではどうする?」
その問いかけに答える者はなく、水を打ったように静まり返った。
「そうだ、武闘会だ。聞けばヤツは出場すると聞いたわよ」
「それだっ。武闘会でヤツを木っ端微塵にし、大いに赤っ恥をかかせてしまえばいい」
「事故で亡くなれば、更によいわ」
闇い情念が、情け容赦なく理性というものを引き剥がしていた。
「誰か、武闘会に出る強者はいないか」
牽制しているのか手を挙げるものは居ない。
「私が出るわっ。ヤツには煮え湯を飲まされたことがある。仕返しできるいいチャンスよ」
一人が手を挙げた。
「わ、私もっ」
後に数人が続く。
「全員で参加すればいいじゃないか。そっちのほうがもっと確実だ」
「そうだっ、ここにいる全員で出れば、必ずヤツと対戦できるはずだ」
そうだな。そうだ。それならば。低めの騒めきが支配した。
「だが、ヤツはかなりの手練と聞いたぞ。勝てるのか?」
「そんなもの、根性だ。根性があればどうとでもなる」
感極まった声で怒鳴ると、感化されたのか、次々に根性根性ど根性と怒声が高まっていった。
「ならば、諸君っ。決戦は武闘会だ。各々各自切磋琢磨し、ヤツに一泡ふかせようぞ」
最後に掛け声一つ全員が立ち上がって拳を掲げ、奇声を挙げ、その場は解散となった。
「戸締り、これで終了です」
教室には数人の生徒が残っていた。
一人が覆面を剥ぎ取ると、残っていたものも全員覆面を剥がした。
現れた顔は古鷹風紀委員長とその配下だった。
「単純でしたね。こっちが誘導しているのに気付かないとか」
「ま、烏合の衆だからな。これで今の奴らは武闘会が終わるまでは大人しいだろう」
「そんなものなんですか」
「見ていたろ?武闘会、最初誰も手を挙げなかった」
「そうでしたね」
「それにだ、こんな覆面被って身内にさえ正体がバレないようにコソコソする奴なんて怖くもなんともねぇ。お蔭で潜入は楽だったがな」
「なるほど」
「怖いのは、単独か片手で足りる人数の集まりだ。そいつらは流石に尻尾をださねぇからな。こんなバレバレの連中とは違う。もっと深い奴らだ」
「確かにそうですね」
「それにしても、俺と古屋がだとか、マジで脳味噌腐ってンじゃないのか」
「えっそうなんですか」
「……お、お前……」
「いやぁ冗談ですってば、冗談」
「それはともかく、誘導ご苦労さまです。これで4件処理したことになります」
「大体大きなところはこれで終了か?」
「はい、そうですね。後は少数の者たちがどう出るかですが、流石に読めません」
「ま、しゃーないな。引き続き身辺警護頼むわ。ヤツにもバレないようにな。後々めんどくせぇから」
「流石に、殿下の御身に何かあっては只事ではありませんからね」
「…あぁ、そうだな」
古鷹風紀委員長は云えなかった。殿下と柊の逆鱗に触れて、学校どころじゃなく、地域一帯が焦土になるかもしれないなんてことを。
中島達を守るためではなく、逆に守るための警護なんて、口が裂けても云えるわけがない。
古屋は呑気でいいよな。今度、奴に何か奢らせよう。そう思うのであった。
GW休みで、次話は来週末辺りになります。