俺たちは軍人だ 03
さて……。
生徒会室を後にし、俺たちは帰路についた。
寮に戻ると、中は騒がしかった。
………。
うん、もう解るよね。
寮の最後の空き部屋には柊が入居するのであった。
こらっ俺の部屋に入ろうとするんじゃないっ。
皇に首根っこを掴まれ、自室と割り当てられた部屋に放り込まれ、荷物整理をさせられる。
自分の荷物なんだから、ちゃんと片づけなさいよーって。
散らかった自分の部屋を棚に挙げて云ってみる……。俺も咲華辺りに何か言われる前に片づけておこう…。
部屋を片づけている柊を残して、3人は今日も丘までやってくる。
硬化ゴムでできた練習用の剣を持って。
透明な防護マスクを被って、咲華と相対する。
「始めっ」
皇が審判役で、開始の合図を出した。
ゴム剣を小刻みに揺らして、相手との間合いを測る。
摺り足で右側へゆっくりと移動する。
呼吸、視線、身体の動き、ありとあらゆる情報を駆使して、有利な仕掛けるタイミングを探す。
この辺は合気道とも通ずるものがある。
部活では、受け身とランニング位しかやってないけどな。
授業で走って、部活でも走って、ほんと軍学校は地獄だぜ。
「破っ」
一歩前に出、直ぐさま下がる。突っ込むだけが能じゃない。前後に移動してフェイントを掛ける。
「駄目だ、見え見え過ぎる」
咲華からの指摘が飛ぶ。
んなもん、解っているさ──。
その一瞬で咲華はこちらに向かってゴム剣を振るう。
咄嗟に下がって距離をおく。
……こういう隙の作り方もあるのか。思考の間隙を突くって、無茶苦茶高度そうで真似できそうにないが。
「いや、簡単だ」
そうかよっ。
つか、なんで俺の思考が読めているんだ。
再び、三度、右に縦にゴム剣がはしる。
それをなんとかほうほうの体でかわしつつ反撃の糸口を探す。
「なんとも、逃げるのだけは速いな」
言われて身体が反応した。咲華のゴム剣が振り切られたところで、身体が反射的に前に出た。斬るっ。
横薙ぎにゴム剣を振るう。
次の瞬間、咲華の姿が消え、虚しく空振りした。
何処へ?下だっ。
身を伏せた咲華は、足払いをかけてくる。
躱すのが踏み込んだ分遅れた。易々と脚を払われ、膝をつく。
「それまでっ」
首筋に、咲華のゴム剣が触れていた。
立ち上がり、大きく深呼吸する。止めていた息が肺に大量にやってくる。
「感想は?」
「なぜ、俺の考えが読まれたのか解らない」
「それは、私が話かけたことについてか」
「そうだ…そうです」
「謙虚でよろしい」
ぐぬぅ。
「種明かしすると、お前の考えなど読んではいない」
「えっ?」
「お前が勝手に考えて、隙を作っただけだ」
「ど、どういこと…ですか?」
「お前は相対したとき、直ぐさまかかって来ず私の様子を見ただろう」
「ああ…」
頷く。出方をみて隙を攻撃しようとした。
「それはお前が受け身だったのだ。私の行動を推測し、対処しようと考えていた。だから、私の話しかけに反応したのだ」
それのどこがいけないんだ?
当たり前のことじゃないか。
「挑発にのったってことだ」
……こういうのもそうなのか?
「つまりだな、私はお前に対して何も考えていない。単に喋っただけなのだ」
「え?それって……」
「それらしいことを言われれば、考えるだろう?嵌まれば、どういうことかと、勝手に考えてくれる。そうなると、剣筋が鈍る。集中してないからな」
なんという罠だ。単純ではあるが効果的だ。
「何も罵詈雑言を吐くだけが、挑発ではないということだ。肝に銘じておけ」
それにしても、これってかなり狡いよな。
「狡くはないぞ、戦術の一つだ」
「やっぱり、お前、俺の考え読めているだろう」
にやりと笑う。くそっどっちなんだ、読めない。
「それを踏まえて、次だ。いいか?」
呼吸を整える。
挑発、挑発ねぇ……何かないものか。
「いいぜ」
「始めっ」
皇の掛け声とともに俺は言った。
「胸、まな板だね」
「死ねっ」
ドスの効いた声が耳に入った瞬間、電光石火で腹を薙ぎ払われた。
息が詰まり、腹這いに倒れる。
倒れた脚を咲華は両脇に抱え、仰け反った。
ボストンクラブ。
いで、いでっいでぇ~。
逆エビらめぇ。
「ギブッギブッ」
叫べど、皇の制止する声はない。
「政宗よ………胸は大きい方が好みなのか?」
と、逆に問いかけてくる。
やーめーてー、今そんな話しないでぇ~。
俺の上で咲華が暴れる。絞らないでー。折れちゃうおれちゃう~。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
はぁはぁはぁ。
逝きかけた。口から魂が飛び出て、三途の川が見えたよ……マジでっ。川向こうで誰だか解らないが、おいでおいでと手を振っていた。
「と、挑発は諸刃の刃です。以後、言動には気をつけるように」
冷酷に睨まれながら諭された。
「それで、政宗は、胸は大きいほうが良いのか?」
それをまだ引っ張るかー。
咲華の視線が怖い。
「お、俺はくびれがいいですっ。くびれのある娘がいいです」
胸の話はタブーだ。かといって、尻がというのもまた怖いので、WXYの残るXでお茶を濁そうとした。
「それで胸は?」
皇様、なんでそんなにしつこいんですか。
更に咲華の視線が険を帯びる。
かくなるうえは……。
「大きいのも小さいのも大好きですっ。垂れてなければ問題ないですっ」
言わせんな、恥ずかしい。
「そうか、安心した」
ほっ漸く開放されたか。
「では、政宗よ、我と咲華のどちらが好みだ?」
………どうして、どうしてそこまで拘るのだ。
皇の胸を見る……、続いて咲華……。
あぁ咲華の髪が逆立って針の山のようになってますよ。うん、次の試合で俺は死ぬことになるんだ。
つか、生で見てもないし、比べたこともない俺にどう判断しろといのうだ。
逃げるという選択は……ない。同室なんだ、逃げ場はもとよりなかった。
「どちらも大好きですっ。触りたい、舐めたい、揉みたいですっ」
あぁ云ってしまった。
ちらりと、皇の顔を見る。真っ赤になっていた。胸を腕で隠してもいた。
…あれ?
咲華のほうもちらりと見る。先程までの怒りはどこへやら、なんかピーなものを見る蔑んだ視線になっていた。
……え?
何それ?人の性癖を勝手に捏造しようとして、その反応はなんなんですかねっ。
「政宗はおっぱい星人…」
どーしてそーいうこというのかなっ。跳び上がらないけど…。
つか、なんでそんな単語を知っているのだ。誰だ教えた奴はっ。………考えるまでもないことだと悟った。
「殿下、そろそろお遊びはその位にして下さい。続きを始めたいです」
「あ、そうだな。そうであった」
咲華の声に我に返る皇って……ぉぃぉぃ。
「早く、わたくしめに、おっぱい魔神討伐の許可を賜り下さい」
「では、始めっ」
始めちゃうのかよっ。
以降、より実戦的な剣技指導が展開された。
戻ってくると、柊の荷物整理は終わっていたので、4人して食事に食堂へ降りて行く。
4人で座る席は、俺の横に柊、正面に皇、その横が咲華という配置になった。
俺は更に一つ増えた湯飲みに、サーバーから緑茶を注ぎ持っていく。いつのまにやら、お茶係りが定着していた。
「ほらよっ」
「主自らの配膳いたみいる」
ご機嫌な様相で、殊勝な事を云ってくれる柊だ。
普段もこんな感じであればいいのに。聞くところによると、かなり態度が悪いらしい。今日一日でこれだ。この先どうなることやら……。
「柊、お前、俺に接するように、クラスの皆と話できないか?」
「無理じゃ」
にべも無かった。
「じゃぁ、もう少しフレンドリーに出来ないかな」
「何故そのようなことをしなければならぬのじゃ?」
こいつ編入試験で何も聞いてないのか。
……聞かなかったんだな。
「ここは、軍の学校だ。軍隊とはどういうものか解っているか」
「敵を倒す、じゃろ?」
「うん、あとで小一時間ほど説明してやる。だから今は飯を喰え」
「主が妾にか?」
「そうだっ」
「解ったのじゃ」
「はい、では、頂きます」
「頂きます」
はぁ俺は、お子さまの面倒をみなきゃならんのか。
正面を向いたら、皇と咲華の顔に険が浮かんでいた。
なんだ?どうしたんだ。
風呂から上がった後、ダイニングで柊と講義を開始した。
何故か、一緒に皇と咲華も座っていた。
翌日、募集ポスターが張り替えられていた。優勝者には生徒会メンバー一名と一日デート権が付与されますとの一文がついて。
仕事はえーなーおぃ。
お蔭で、武闘会始まって以来、最多の応募者が殺到したとか……。
クラスでも、その話題で持ちきりだった。
なぜ、1年はロボテクスの授業ないのかしら、会長様とうんぬん──と。
良かったな、大人気だよ。
そして、目の前に一人、こいつもだ。
「お前と俺の仲だ、ちょいと乗り方教えてくれ」
臆面もなく言ってきたのは、ごついガタイの平坂だった。
「無茶云うなよ。俺だってまだまだ初心者なんだから、人に教えるほど巧くないって」
「そこをなんとかっ」
「無理っ」
「それでも」
押し問答が続いた。
ごついガタイで迫られると迫力あるが、こっちだってどうすることもできない。
大体、ロボテクスに触れるようになるまでシミュレーションやらなんやらで一カ月はかかったんだ、そこから実機でまともに動かせたのは小型から初めて2カ月後くらい。
今から、練習したとしても武闘会には到底間に合わない。
「もしかして、お前、霧島様を本当は…」
どういう思考でそうなるのか、止めて欲しい…。何故そこで睨むっ!
「中島に言っても無駄だよ」
助け船が現れた。安西だ。
「だって、こいつって、中江先輩とマンツーマンで特訓中なんだから、そんな時間あるわけないよ」
………船は船でも軍艦だった。砲撃を仕掛けてきやがった。
「中島ー、お前やっぱりっ」
「わ、声がでかい、でかいって」
クラスの目がこっちに集中してきた。
ちらっと、気になって横を見る。皇と咲華もこっちを気にしているようだが、何か言ってくる気配はなかった。助かる、ここで乱入されると収拾がつかなくなるところだ。
「その話は昨日済んだだろ、蒸し返すなっての」
「う、うむ……そうだったな」
ふぅ……。納まったか、このままなし崩し的に……。
「ところで、昨日お前に会いに来た子は誰なんだ?」
へ?なにを唐突に言い出すんだ。
「ほら、あの小学生みたいな子。ここの制服を着ていたよな」
ペキッ。プラスチックが折れるような軽い音が横から聴こえた。……聴こえてないっアーアー聞こえない。横を向くのも怖いから、平坂の対応に集中する。
そいうえば、こいつは昨日一日ずっと保健室で寝てたっけ。隣のクラスにいるといえば、どんな反応を示すのだろう。
「お前を探してたよな。どういった関係なんだ?」
地雷源に俺を連れてかないでぇ~。
「それって、柊さんのことか?」
逡巡する俺を尻目に、安西が答えた。