俺たちは軍人だ 02
シミュレイターを使っての戦闘をする前に、俺は習得したばかりの宙返りを披露した。
「よく一週間も掛からずにで出来ましたね」
感嘆の声を挙げたのは、東雲副会長だった。
今日で彼女は、一端特訓メンバーから離れる。文化祭の準備があるからだ。生徒会は大変だ、出来ることなら入りたくはないな…。
それで、皇と咲華にシミュレイターの操作を教えながらオペレイターをしている。
二人は、今まで後ろから観てただけに、問題はなさそうである。
「うんうん、えらいえらい」
「子供扱いしないでくださいよ」
そう言ってきたのは、特訓の対戦相手である中江先輩だ。尋常ならざる技量の持ち主で、俺の先生である。
「全く、機動歩兵であるロボで曲芸なんか意味あるのか?」
古鷹風紀委員長でが横槍を入れてくる。噂をばらまいた元凶だ。今日は選択部活の日だからといっても、柔道部のエースなんだからそっちにいってればいいじゃないか。
先週の実機での戦闘を観て、見学に来たらしいが…。
「さすが、妾の主である。妾も誉れ高いというものじゃ」
今日、転校してきた柊だ。昼休みに、皇たちと交えて近況を報告しあったら着いて来たのだ。
ものいいが、皇と被っているところがあるなとふと思った。幼なじみらしいし、似るものなんだろうか。
こいつの方が、きつそうだけど。
「あぁこれが実機でやったら、脚部破損で楽しいのにナァ」
不届き千番な発言をしているのは、勿論のこと安西だ。お前、自動車部に顔出しておけってーの。メカニックだろうに。
「……やりにくい」
「えっなんだって?」
わざとらしく、しれっと言うのは古鷹風紀委員長だ。あなた、校内風紀を守るための巡回にいったらどうですかー。
「なんでもないです」
更に、この主要メンバー以外にもギャラリーがいる。
遠巻きにだが、こちらを伺っている人達がいる。名目は自分達がシミュレイターを使っての練習らしいが、いつもの人以上にシミュレーションルームに人がいた。
武闘会では、こんな衆目以上に注目されるわけだから、こんなんで怯んでても仕方ないのだけどね。
どうしても、集まっている面子が面子だけに注目を浴びていた。
さってっとー、気合いれ直して、正面に立っている中江先輩が操る真紅の10式を見据える。
先週までと違って、自分用の機体データを入力してきていた。
角つけて仮面を被らなくても、バリ強なんだよな…。もし、次に乗る機体があれば、金色にでも塗ってくるのかもしれない。
「先輩始めましょうか」
「いいよぉー」
20メートル弱の距離で対峙する。
10式の武装は今までと同じ、ファルシオンにスパイクラウンドシールドだ。腰に予備のグラディウスを装備しているが、まだ一度も使わせるまでには至っていない。
そして俺は、今までと違ってバスタードソードにしている。左腕には盾の替わりに籠手を着けていた。
バスタードソードを両手に持ち、中段に構える。
対する中江先輩は、構えを取らず、一歩一歩無造作に近づいてくる。
焦れて攻めても、焦って攻めても彼女には効かない。無残に返り討ちにあうだけだ。
ならばどうする?こうするっ。
軸脚が上がったところで、踏み込んで突き込む。
人を模倣した機械だ。ならば、長所があれば、欠点もある。
一つは軸脚だ。右利き、左利きあれど、利き足は一つだ。中には両方どっちでもいけるやつはいるが、そうそうお目にかからない。
10式の反応が一瞬遅れる。
狙うは、軸脚を中心軸とした脚の付け根のちょい上。だが、今の突きは喉元目掛けて、突きを入れる。
上半身、特に顔目掛けての攻撃は反応されやすい。
軸脚が地面に触れたとたん、上体を崩して、かがみ込んでくる。跳ぶか廻るか、今までだと大抵廻っている。
そこにかける。
左手で持つ部分、手首を返す。右手部分が支点になり剣先が下がる。
こんな強引な技ができるは機械ならではだが、本当の狙いへ向けて一直線だ。
とった。
衝撃が剣を伝わってくる。
これで……と思ったら、結果は違った。
「なっ」
剣を蹴っただと?
伝わってきた衝撃は剣を蹴られたものだった。
弾かれた。
やばい、身体が泳ぐ。
こんな大きな隙を見逃す先輩ではない。続く剣戟が横薙ぎに機体に喰い込む。
──ブラックアウト──
これでも勝てないのか。ため息が出る。
コロッセオの入り口に再び現れる。
「今のは危なかった。なかなかやるようになったね」
褒めてもらったのはいいが気分は複雑だ。
「今のは勝てたと思いましたけどね。まさか蹴ってくるとは思いませんでした」
「うんうん、君の真似して良かったよ。一度やってみたかったのよね」
いやはや、返す言葉はありません。
「いえいえ、剣を蹴るなんて発想は、俺にはありませんでしたよ」
その発想を称賛した。
それにしても……、オペレイター側のマイクに入る騒めきが気になる。一体何を騒いでいるのだ?
「東雲先輩、何か不具合でもありました?」
「んー、今の攻防を観た人達が騒いでいるだけだから、気にしなくていいわよ」
「まぁ中江先輩が凄いのは解ってますが…」
「えぇ…そうね」
「所で、一つ解らないことがあるんですけど」
「何でしょう」
「あれに勝ったら付き合えるのか、とかなんとかというのが聴こえたのだけれど、どういうことかしら」
「そうですねぇ、風紀委員長なら知っているのじゃないかなー。なんせ風紀を司る委員ですから、その長なら知らないことはないんじゃないかなー」
「あってめー」
オペレイターとの通信を切った。
「さ、中江先輩、もう一戦お願いします」
「いいわよ、どんどん行きましょう」
両手剣の利点は、剣戟の重さだ。盾で受けるならば、身は動けなくなり、払うにしても厄介である。
ただ、俺が持っているバスタードソードは刃渡りはロングソードと大差は無く、両手でも扱えるように柄が長くなっているものなので、純粋なツーハンデッドソードとは違う。
因みに片手剣の分類ではブロードソードもある。幅広の剣であるため、ロングソードより刃渡りは短くなっている。
中江先輩が好んで使っているファルシオンも片手だが、これは片刃で、棟が真っ直ぐ、刃は穏やかな流線型をしている。
先端にいくにつれ幅広になっている。鉈型の曲刀といえばいいのだろうか。重量で鎧なんかを叩き斬るのを目的としたものだ。
俺は次の攻撃はバスタードソードを両手持ちで上段に構え、10式に向けて間合いに入るやいなや、縦斬りを行った。
「とおぉぉぉぉ」
剣道でも見る飛び込み面打ちだ。
盾で受ければ、そのまま連戟を加える。重さで重心を崩せば勝てるという寸法だ。
機械の身ではどの程度違うのか、確認するためにもオーソドックスなスタイルを取ることにした。
中江先輩はそれを、躱すことで回避した。やはり受けでも払いでもない。
回転し、盾を俺に押しつけてくる。当たれば態勢を崩されて続く剣戟で俺はやられる。
だから俺は、バスタードソードを振った勢いのまま、膝を曲げ…伸ばし、跳んだ。
前方宙返りだ。
機体を丸めて、回転力をつけ一回転……できた。着地、成功。振り向きざま、左手をバスタードソードから離し、遠心力をつけて横薙ぎに振るう。
しかして、渾身の威力で振るったバスタードソードは中江先輩のスパイクシールドに受けられた。
動きが停まった。今だっ。
引き戻したバスタードソードで再び上段から袈裟斬りに振り下ろす。
だが、振り降ろしたバスタードソードは、ファルシオンに弾かれた。
嘘だろ?どんな反射神経しているんだ。
間合いを取り直し、対峙する。
息を吐く。
その一瞬が命取りだった。
今度は俺の緩みを捕らえられた。
突き出されたファルシオンをなんとか避けたが、続くシールドバッシュに機体が泳ぐ。
そこをファルシオンの突きがやってきて……。
──ブラックアウト──
次の瞬間、入り口に俺は現れた。
「はぁはぁ、君、本当に一年なの?さっきも危なかったけど、今のはもっと危なかったよ。はぁはぁ、最後の上段からのやつ、中段からの攻撃だったらやられていたかもしれなかったよ。振りかぶった分、対処する時間ができたわ」
中江先輩が喘いでいた。今まではそんな状態になるなんてなかったのに。
「なるほど、参考になります」
素直に意見を受け取った。少し勝ち目が見えてきたのかな。
「後、あの宙返りはよかったよ。でも、前宙だったから盾で受けれたよ。半回転ひねって正面向かれていたら、これも危なかったかもしれないね」
こいつは本当に勝ち目が出てきたか?
「本当に君の彼女になっちゃうかもね」
あっ、今それを言っちゃぁ……。
どよめきが伝わってきた。
俺の方は切っていたが、中江先輩のこの通信、オペレータ側にも伝わってんだよぉぉぉ。
この日、これ以上の特訓はできなかった。
「反省しております」
そそくさとシミュレーションルームから生徒会室に逃げ帰った俺たちは、そのまま古鷹風紀委員長の糾弾会になった。
正座して謝る姿を観て、苦笑いしかでない。
「これでかなりやり辛くなったわね」
ため息とともに愚痴を零したのは東雲副会長だ。
「まあまあ、でもこれはいい話かもしれない」
古屋会長がしたり顔で言う。
「どういうことですかっ」
詰め寄ったのは東雲副会長だ。ま、そらそうだろう。が、言い出しっぺは彼女でもある。
そういえば、東雲副会長がこんなに激昂する姿を見るは初めてかも…。
「いやね、今年の武闘会参加者が少なかったのだよ。理由は解るね。募集開始の頃は調子が良かったのだが、困った状態だ」
全員が中江先輩を見る。
うん、まぁそうでしょうね。勝ち目見えないのに、参加しても面白くもなんともない。
「餌に釣られてのこのこやってきてくれるんだ。こんな楽な事はない」
「そうっ俺もそう思ったんだよ」
調子のいいことを言うのは、柔道部のエースことお調子者の烙印を押された古鷹風紀委員長だ。
東雲副会長に睨まれ即座に黙った。
「こちらが、表立って噂を否定しなければよいだけだ。もし、大会で他の誰かが優勝するなら、その時に改めて否定すればよいだけのこと」
悪代官だぁー。
「ともかく、政宗が優勝すればよいだけのことだな。当初の目的通りに進めば問題はないだろう。何せ──」
「妾の主じゃからな」
「むっ」
皇と柊が火花を散らした。もう好きにして……。
「それはそうと、噂についてですが、直接聞いてくるかもしれません。その時は曖昧に答えることはできないのでは?」
霧島書記が問題点を挙げてきた。流石、学年次席である。
「確かに、それはそうだな。どうしたものか」
古屋会長は思案する。
「ならば、こういうのはどうでしょう?」
安西だ。いたのか……。段々俺の中で彼の扱いが酷くなってきているな。
「何か妙案でも?」
「正式に公表しちゃうのですよ。ちょっと趣向を替えてね」
「と、いうと?」
「こういうのはどうでしょう。一日デート権です。優勝者には生徒会メンバーの誰かと一日デートする権利を渡すっての」
「なるほど、それは妙案だ。正式にそう公表すれば、余興として十分だろう」
「でしょうー」
したり顔でいうな……。
「そちもワルよなー」
「いえいえ、お代官様も」
………いっちゃった…………。
って、生徒会長がそういうことをいわないで欲しいもんだ。
「冗談はともかく、そうだな……今年の武闘会参加者が少ないため、生徒会から景品として一日デート権を進呈するという線で、実行委員に話かけてみよう。それで件の噂も納まるだろう」
「あー、それちょっと問題ありませんかね?」
「どうしてだね」
俺は言う。だって……。
「生徒会のメンバーってことは、霧島さんも対象になるってことですよね。生徒会長たちはいいとしても、彼女まで巻き添えにしていいのですか?」
皆の視線が霧島書記に集まる。
「大丈夫ですよ。えぇ、榛名は大丈夫です」
顔を真っ赤にして気丈に答えた。
しまった。彼女の性格なら、そう答えるに決まっているじゃないか。
「なら、問題はないな」
あっさりと冷酷に古屋会長は告げた。
まったくこの人は……。