俺たちは軍人だ 01
俺たちは軍人だ
まぁ突然だったわな。
衝撃か笑劇かは判断つかないが、あれから、何のかんのと一カ月程たった。
何がって?
彼女たちが来てからだ。
絵に描いたようかどうかはわからんが、押しかけ女房がやってきた。
身寄りはないが、どこにでもいるような平凡な俺に、何の因果か皇族の娘がやってきたんだよ。
時代は一夫多妻で、俺たち学生の中でも婚約者が居たりするのは普通ではあるが、流石に皇族とってのは予想外もいいとこだ。
全く、出会いは衝撃的だった。……今も衝撃的な日常を繰り返していますがね。
普通の人生を歩む算段だった俺にとって、まさに青天の霹靂だ。
とかいっても、予兆はあったわけで、なんだかんだと、全てにおいて奴が元凶だ。
そう、押しかけ女房の従姉妹である種馬糞野郎が手引きしている。証拠はないが、絶対奴のせいだ。UKに逃げやがって、今度のこのこ帰ってたら蛸殴りにしてやる。
それはおいといて、UKのロボテクスとの戦闘や、八咫烏の襲来や、なんやかやと体験したくもない非日常が引っ張りだこだった。
あぁ俺の平穏な日常よカムバァァァークッ。
そして、現在の非日常といえば、武闘会だ。
何の因果か、皇軍少佐にさせられて、サクヤと名付けたロボテクスを相棒に出場することになった。
特訓、特訓、まーた特訓、特訓!の日々。
さらに、自動車部の助っ人になったり、中間試験があったりと、毎日がカーニバルだよっ。
あぁ私は貝になりたい。
なったとしても深海を攫われて、こじ開けられて、火にあぶられそうだけど。
そんなこんな非日常を、日常にして生きてます。
さて、今日も今日とて、学校だ。昨日は自動車部のテスト走行に付き合ったお蔭で、普段使わない内腿あたりで筋肉痛が少し残ってはいるが、まぁ普段通りだ。
皇と咲華の三人で登校する。この面子で登校するのにも慣れてきた。
最初は気恥ずかしかったものの、慣れとは怖いものである。
「おはよっ。今日も良い天気だね」
声を掛けてきたのは中江先輩だった。横には彼女と同じクラスの東雲副会長もいた。
二人に挨拶をする。
「今日はシミュレイターを使うからそのつもりでね」
東雲副会長が放課後の予定を伝えてくる。
了解と答え、挨拶もそこそこに別れる。
「今日もシミュだけど、どうする?」
回答は解っているが。
「もちろん着いていく」
皇は答える。
予想通りの回答だ。
「所で、必修部活は決めたのか?」
「合気道に決めた」
「咲華も?」
見ると、黙って頷く。
因みに俺も合気道だ。わーお、やったね一緒だよっ。ってちげー。
「……そうか」
まぁこうなることは解っていたさ。
「ついでに選択は?」
「免除されている」
さもありなん。咲華もそうだろうな、確認するまでもない。
「強いて云うならば、中島部だ」
「へ?」
「我と、政宗と、咲華の三人だ」
「もちろん、非公認だよな」
公認だと恐ろしいわい。明日……今からもう学校へ行けんくなる。
「………」
おい、なんか云ってくれ。本当に非公認(自称)だよな……。
どうせ、古鷹風紀委員長が言ったのに引っ掛けているのだろうか。二人でやるだけならいいが、絶対言いふらすなよ。
「それはおいといて」
おいとかないでぇ~。
「そろそろ時間が無くなる。急ごう」
確かに、もうあとちょっとで予鈴が鳴る時間だった。
1時限目が終わった。中間試験の答案も返ってきた。
うん、勉強した甲斐があって、85点だった。少し平均は上がったか。
今日と明日で残り全ての答案が戻ってくる。なんとか一発、でかい点数で返ってきてくれ……。このままでは……。
「中島、ちょっといいか?」
クラスで俺を含めて3人しか居ない男子の安西でない方から声を掛けられた。
名前は、平坂大介。一族総軍人というバリバリの家系出だ。ごつい体格、五分刈りの頭、勿論目も怖い。軍人ということ、こんなやつだと想像する理想系な奴だ。
前までは、長船が居たため、あんまり会話をしたことがなかった。……今も安西を介して位しか会話をした覚えもないけど。
「どうした?」
「ここではなんだから、来てくれ」
なんだか、真剣味な表情だ。
「いいけど、どこへ?」
「すぐそこだ」
云って、教室を出て行くので、着いていく。
渡り廊下の人気がない所まで平坂は歩いていく。
ふむ、視界は広く、いつでも逃げ出せるが…、回りに人は居ない。まぁ騒げば声を聞きつけて人が直ぐにやってくるだろう。
警戒しすぎか?
そこで、平坂は脚止めて、話しかけてきた。
「ちょっと、よからぬ噂を聞いてな。これは確認しておいた方がよいと思った」
「そんなの教室でもよかったんじゃないのか?」
「話が話だけに、騒がれたくなかった」
うっへ、嫌な予感しかしない。
「お前、殿下がいるのに、何故中江先輩と東雲先輩に、あまつさえ霧島様…さんと付き合っているってのは本当なのか?」
………えっ?
「なっ、なんだってー?」
「違うのか?」
「全然違うわっ」
「やはりそうか。殿下が居るのに、他に粉を掛けるような奴なら容赦するつもりはなかったが」
「何物騒なこといってんだよ」
「だから、言っただろ。教室では話せないことだと」
にやりと笑う。
怖いんですがっ。
「俺はお前が嘘を言っているとは思わない。今までの行動を観てたからな」
「そう言ってもらえると助かる」
「しかし、それを信じている奴も居る。相当恨みを買っているぞ」
「どないせーちゅーんじゃ」
頭を抱える。捏造って簡単におきるのね。
「自業自得という言葉がある。普段の行動を見直せ。俺からはそれしか言えん」
さっきと言うことが違っているっ。
「無茶苦茶だな」
「あともう一つある」
「まだあるのかよ」
「こっちも、信憑性に乏しいが。まことしやかに言われている」
「どんな?」
「今度の武闘会で、中江先輩に勝てたら付き合えるって話だ。それどころが、霧島様……もとい、生徒会の面々とも付き合えるとか」
……心当たりがあった。それにしても、東雲副会長はともかく、霧島書記まで入っているのかよ……いつのまに。
ん?サマ??
「どうなんだ?」
平坂の言動について考えていたら割り込まれた。
急かされても困る。
「ところで、霧島様ってなんだ?彼女だけ、なんでサマ付けなんだ」
「そんなことは言ってない」
顔を真っ赤にして否定してくる。いや、聞き間違えてないぞ。
「それより、噂はどうなんだっ?」
ええい、鬱陶しい……。ふと悪戯心が沸く。
「榛名さんと?」
「霧島様と呼べっ」
「おいっ。やっぱりそうじゃねーかよ」
「ぐっ…」
したり顔をしてやる。少し溜飲が下がった。
「そのことは置いといて、どうなんだっ早く言えっ」
「榛名さんで?」
「霧島様っ」
「榛名──」
「様付けしろーいわすぞぼけーっ」
いい加減からかっていると、本気で怒ってきそうな勢いになってきた。
しっかし、賭けとは関係ないが、マンツーマンで勉強教えてもらったなんてこと言った日にゃ殺されるな。黙っておくべ。
「はいはい、賭けだろ?」
「そ、そうだっ」
「霧島…書記とは、何も賭けてないよ。それより、教えたんだ、誰からその話を聞いたかは言ってくれるよな」
サマはなー。大明神とか以前心の中では叫んだこともあるが、流石に人前で様と呼ぶのは躊躇うもんだな。
「そうか…」
あからさまに安堵の息を零す平坂であった。解りやすすぎるぞ。
とりあえず、中江先輩と東雲副会長の事は誤魔かせたようだ。
「おい、その話を何処で聞いたか言えっての」
「あ、いや、それは……」
「まさか根も葉もない噂だけで、俺を詰問したんじゃないだろうな」
こいつがどういうつもりで聞いて来たのかは、今のやりとりで解るんだが……。
「部活で……先輩達が騒いでいたのを耳にしたんだ」
「お前の部活って確か……柔道部だったっけ」
「そうだっ」
そうか、解ったよ犯人が。
「後、廊下で歩いていた時も、賭けとかそういう話が飛んでいたのを耳にはさんだ。部活でそういう話があったから、やっぱりそうなんだと……」
「日々、捏造は創られる訳か」
あの賭け話自体、他にも人がいるシミュレーションルームでやってたから、噂になって耳に挟んでいたとしても不思議はない。
「いや、済まん。このとおり」
平坂が謝ってくるが、なんだが引っかけてもいるし、申し訳ない気にさせられる。
「気にしないでいいよ。まぁ仕方ないよな、霧島……書記とのことで頭が一杯になったんだろ」
霧島と言った途端、目に凶悪な光が宿るから厄介だ。
こいつを霧島書記で遊ぶのは危険だな……自重しよう。
「そう言ってくれると助かる。本当に済まなかった」
「それにしても、そんなに人気なのか?」
その辺良く分からんから聞いてみた。
「そうだっ、我等のアイドルだっ。霧島様は次席で入学し──」
やべぇ、目を輝かせて語ってきた。
藪をつつくもんじゃなかった。
どうしたもんか……。
「ここにおったのか。探したぞ」
ん?
何処かで聞いた声。
いや、聞いてない聞いたこともないぞっ、うん。
「おーい、政宗殿」
………。
名前を呼ばないでっ。
「ん?」
平坂の奴も気がついたようだ。
仕方ないので、声のする方に顔を向けた。
「呼んでるようだな」
「……そうだな」
「…誰?」
小走りで走ってくる人影がある。
紅いボブカットの髪をした小柄な少女だ。そのアメジスト色をした瞳を輝かせて、こっちへ向かってきている。
なんてタイミングで来やがるんだよぉぉぉ。
「さ、さぁ……誰だろ」
「おい……」
少女は走ってきた勢いのまま、タックルよろしく俺に飛び込んで抱きついてきた。
ミッシミシミシ。うおっ軋む、身体が軋んでいるっ。嫌な音が耳に谺する。
力の加減ができてないのか、締めつけは痛い。マジ痛いってばっ。出るっ中身が出ちゃうぅぅ。
「なんだ、この…小学生は?」
平坂がいぶかしむ。言いたいことは解るが、それは禁句だった。
拘束が解かれたと思った瞬間、ドムッと鈍い音がした。
そして、巨体がヒューと垂直に飛んで、バタンと落ちた。
止める間もなく、拳が平坂の腹に突き刺さった音とその後の展開だ。
もれなく、もんどりうって倒れる。
おごっとかうごっとか、声にならない声で呻いている。
せめて中学生くらいはあるだろう。お前の背が高いせいで差があるだけだぞーっと。
とりあえず、心の中でベアハッグから開放してくれた平坂に、感謝の意を陳べておいた。なむあみおだぶつ。
「おいっ柊っ」
「主よ、こやつは何物じゃ?妾と主の再会に水を差す痴れ者は」
俺にとっては、救世主だったけどな。
「級友の平坂だ。それにしても、お前加減しろよ」
平坂の背をさすってやりながら、咎める。
「加減はしたぞ。してなければ、どうなるかは知っておろう」
「……もうちょっと、加減してくれると助かるな」
確かに、柊がちょっとでも本気だせば、今頃スプラッターも真っ青な猟奇殺人事件になっているか。
嫌だぜ、腹に風穴の開いた級友なんて……。柊の本気を想像して怖くなった。
「主よ、労るなら、妾を労って欲しいぞ。ようやく入学できたのじゃからな」
そうか……とうとう…やってきたんだな。
早贄の気分だ。
「おめでとう。で、クラスはどこなんだ?」
「お主の隣のクラスじゃ。同じクラスがいいと言ったのじゃが、駄目じゃったわ」
……そうか、先に皇と咲華が入ってきている訳で、連続で俺のクラスに編入ってことにはならんか。
少し助かった。
「隣のクラスなら、合同で一緒になることもあるさ」
安心して慰めの言葉をかける。
「そうじゃなっ。その時が楽しみじゃ」
目を輝かせて言う柊に、ちょっと罪悪感を感じた。
予鈴の鐘が鳴る。
「そろそろ授業だな。戻るとしよう」
まだ喘いでいる平坂を支えて俺は言う。
「て、天使だ……」
え?
「天使が舞い降りた。自分は今天国にいるっ」
平坂の喘ぎつつも、小さく喋る声が聴こえた。
ぉぃぉぃ…。
臨死体験中なのか、柊の事を言っているのか定かではないが、相当やばそうだ。
「ちょっと俺は、保健室にこいつを連れて行くから。お前は、自分の教室に戻っておけ」
言われて柊は、平坂に殺気を向ける。
「俺の言うことを聞けって。ここで暴れるな、解ったか」
「わ、解ったのじゃ」
縮こまって了解する柊。
あーもーなんだこの小動物はっ、濡れた小犬を見た時のような保護欲が沸くじゃないか。
しゅんとした姿は可愛いが、触れるな危険なんだぞ、自身に言い聞かせる。
「昼休みに話を聞くから、それまで我慢しろ。できるな」
「うっ、解った。昼休みになったら必ず行くから待っておるのじゃぞ」
「おう、待っている」
なんでこいつは俺の前だとお子ちゃまになるんだ。他の奴との差が天地程にも離れている。
いや、尊大な態度でこられても困るんだけどな。もうちょっと普通に来て欲しいもんだ。
いや、来られても困る。否定と希望が俺の中で行き交う。
そして、柊とは別れ、俺は平坂を保健室に運ぶ。
授業に遅れたのは言うまでもなかった。