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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第二章
32/193

オープニング

オープニング


 無線から、阿鼻叫喚の声が入ってくる。

 前線が崩壊し、秩序だった作戦行動が機能しなくなっていた。

 戦力が2割も減れば、もう撤退戦へと移行だが、それもままならない状況に陥っていた。

 伸びきった戦線を横から突かれ、後続部隊が蹂躙されている。

 前線も正面の敵が反転し、前線部隊が応戦、その場を動けないでいる。

 このままでは全滅だ。

 無駄に勢いづいて進みすぎたせいだった。

 簡単な作戦のはずだった。

 そう、説明されて此処に来ていた。

 王位継承権上位の王子、将来の夫になろう人物に付き添って、戦場に足を踏み入れていた。

 事実、ほんの数刻前まではその通りだったのだが。

 戦艦からの艦砲射撃と爆撃機で、先ず掃討し、続いて戦車隊とそれに随伴する機甲歩兵隊が陣地を形成、自走砲隊が後詰めに入り、橋頭堡を築く。

 基本的な戦術だ。

 それなのに、見え見えの逃走劇を目撃した一部機甲師団が釣られ、深入りしてしまった。

 戦場とは、机上の論理では動かないことをまざまざと目撃することになった。

 ギリギリと歯が割れる程の圧力で噛みしめる。無様すぎる展開に忸怩たる思いだ。

 自分が作戦指揮権を持っていないのが歯痒かった。

 部隊後方、後詰めの更に後ろ、安全地帯で彼女はこの状況を見ていた。

 自分の部隊でも無ければ、自国の軍でもない。これからそうなるかもしれないが、今は何の権限も持ち合わせていない。

 ただ、婚約者が自国の素晴らしさを見せつけようと、ここに連れられてこられただけの存在であった。

 横では、その婚約者が喚いている。

『だらしない』

 自国語ではないその言葉は、右から左に流れていくだけだが……。かろうじて聞き取れるのは、支援要請の無線と、なんとか建て直せというやりとりだった。

 このままでは、ここにも火の手が迫ろうというのに、喚くだけの存在が疎ましかった。

『政略結婚は世の習えではあるが…』

 余りにも無能すぎた。

 何故、自分たちの部隊が前にでないのだと。

 横から突いてきた敵をこちらから叩きにいかないのだと。

 言葉は踊っているが実行されない。

 もちろん、そういった予備戦力はある。しかし、それを出すと本当に後がない。

 撤退を安全に行えない。それはここいる皆が解っていることだ。

 今の今で安全なんて言葉は寝言でしかないのだが、マニュアルに沿った対応だ。

 彼女の傍らには、形だけ割り当てられた機体がある。

 最新鋭だが、自国の物とは違う身長8メートル強の人型ロボット。大型のロボテクス。

 機甲歩兵として人類が生み出した対人外用兵器だ。

 今、敵対している相手は人外だ。怪物といってもいい。

 10メートルに達しようかという巨人から、5メートル程の獣の姿をした者共が、前線で兵をおもうざまに喰らっている。

 他にも、3~4メートルの化け物達、妖魔と言って差し支えない者たちが暴れている。

 この地の主導権を確保しようと、お互いが血で血を洗っている。

 遠くから咆哮が聴こえる。恐怖を呼び覚ます声だ。

 声には魔術が込められている。生命の根源に恐慌をもたらす恐怖の叫びが前線の部隊を蹂躙する。

 続いて、炎、竜巻、雷がこれでもかと荒れ狂い、光と影が踊っている。

 両軍入り乱れ、爆煙や土煙が視界を塞いでいる状況では、艦砲射撃もできず、空からの支援も期待できなかった。

 また、海からも海獣に攻め入られている。巡洋艦や駆逐艦が応戦していた。

 自軍の艦艇を守るので精一杯の有り様だ。

 進退ここに極まれり。為す術ない状況である。

 彼女以外は。

 彼女は、改めて機体を見上げた。

 お飾りだが、本物である。最新鋭だけあって、Fドライブも搭載されている。

『このままでは全滅だ。こんな奴と心中したのだと思われるのだけは許せない』

 無能を一瞥する。

『駄目だ。どうにもならない』

 彼女の瞳が未来を捉える。

 数時間もしないうちに全滅であることを。

『散るなら盛大に、派手にやるのがいい。我を慕う国民に見せつけねばならない。むざむざと死んでよい命ではない』

 それは彼女の一族の宿命である。

 覚悟を決めた。

「我が出る。敵の横腹に喰いついてやる。その間、部隊の再編を急がせ、速やかに撤収をさせるのだ。よいなっ」

 言うや否や、制止する間もなく彼女は機体に搭乗する。

 駐機姿勢から立ち上がり、歩み始める。

「殿下、無茶はお止めください。ここはお下がりくださいませ。彼等なぞ放って置けばよいではないですか」

 側仕えからの無線が入るが、彼女は無視を決め込む。

「殿下っ」

 再三再四と、無線が入る。

「彼等とて、家族があり、愛するものもいるだろう。我だけ逃げる訳にはいかぬ。我は象徴なり。我は魁なり」

「では、お供します」

「ならぬっ。お前たちを巻き添えにしたくはない」

「殿下、まさかっ」

「達者で暮らせ。今までの献身、本当に感謝する。いざ、参らん」


 ──数時間後。

 大破し擱座した機体の上に彼女は立っていた。

 フォースを有らん限り全開でもって戦った彼女は既に死の一歩手前まできていた。

 Fドライブで必要以上にフォースを引き出した結果である。

 視界に広がる荒れ果てた荒野に、敵味方入り乱れた亡骸が転がっている。

 獅子奮迅の活躍。

 死を覚悟し、全力全開で力を使ったが、結局、最後は機体の方が保たなかったのだ。

 だが、たった一人で戦場を引っくり返してのけた。

 敵は敗走していった。

 今襲われれば、恐らく……だが、その相手はもういない。

 荒れ果てた地を風が吹き抜ける。

 鉄と血と硝煙の匂いを洗い流せとばかりに強く強く。

「死に損ねたか」

 目論見とは違ったが、彼女によって当初の目的は達成されたことになった。

 しかし、その代償は余りにも大きく身に降りかかり、味方である軍からも恐怖におののかれた。


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