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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第一章
31/193

あくまで学生ですから 07

 さて、帰った後は、また特訓だ。

 宙返りを習得するために、今日も丘で廻る。

 先ずは、昨日のお復習いで、準備運動が終わったら連続回転を確かめる。

「ん、問題はないだろう」

 咲華がお墨付きをだす。

「次はバク転だ」

 腕をしっかり振り、手を上に上体を反らし、勢い良く跳ぶ。

 ブリッジの要領で手を後ろについて、縮まった手を押し出す。

 上体が立ち上がり、脚が地面に着く。

「ぎりぎり大丈夫のようだな」

「ぎりぎりですかい。でも、ようやく宙返りができるってことか」

 安堵の息を漏らす。

「後方宙返りからやる。見本を見せるから、よく見ておくように」

 そう言って、距離をおいて、跳ぶ。

 あっさりと後方宙返りを決めた。しかも参考になりません。

「やってみろ」

「無理でありますっ」

 お約束過ぎます。

 皇が、一歩前に出ようとするのを察した、咲華が慌てて話を続ける。

「先ず、腕を後方に振るんだ。腕の振りにあわせて、膝を落とし跳躍の準備をする。腕を下から前、後ろへ振るのに併せて、跳躍。同時に上体を後ろ上方へ反らせる」

 身振りで示しながら、説明を始める。

「ここまでは解ったか?」

 俺は頷く。

「後ろに倒れすぎると、低くなるから注意する。真上に上がっても勿論駄目だ。最も慣れれば真上に飛んでの回転はできるが、今はやるな」

 まぁ理屈だ。

「跳ぶ時は身体を反った上体になる。すかさず伸びた腹筋をしめて、膝を胸まで一気に持ってきて抱え込む。それが速ければ速いほど真上に跳んでも回れるようになる」

 なるほどね。頷く。

「回るとき、決して首を前に曲げず、後ろに反らしたままにする。胸を張るようにするとよい」

 こうだと、実演してみせる。綺麗に後方宙返りを決めた。

 それは平然と、さも当然という態だ。

「跳んでいるときは、抱え込んだ膝が解けないように、手をしっかりと添えること。回りきって着地時は忘れずに抱え込みを解く。脚を伸ばしてしっかりと着地。流石にこれで解っただろう」

「でも、なんで先にバック転なんだ?前宙の方が簡単じゃないのか?」

「後方宙返りの方が地面が見えるからな。前方宙返りだと空を見ることになるから後方からの方がいいのだ」

 ふむ、なるほどねぇ。

「じゃぁやってみる」

 咲華から距離をとって──。

「ここでやれ」

「ぶつかると危ないだろ?」

「お前如きにぶつかるほど鈍くはない。ほらっ補助するのだから、嫌がらない」

 確かに、いきなりのぶっつけ本番は前転と違って危ないか。

「良いか、1、2の3で回るんだぞ。1、2の3っ」

 咲華の掛け声とともに、後方へ向かって身体を跳ばせた。

 身体は後方へとは跳ばなく、ほぼ垂直で跳んだ。済みませんビビりました。

 背中から落ちる。やばい、いくら関西人だからといって、自爆ネタはシャレにならん。

 だが、いつまでたっても衝撃は襲ってこなかった。

 しっかりとした腕が、俺を抱えていた。

 ………こっこれは……。お姫様抱っこ……。

「もっと、しっかり後ろへ跳べ。思い切りが足りない。失敗しても受け止めてやるから安心しろ」

 目の前に顔がある。近い近い近い。長い睫毛をした瞳が俺を見つめている。

 鼓動が一瞬で早くなる。

 下ろされた。

 まだどきどきしてる。おちつけっ。

 深呼吸、腕を振り回して落ち着ける。落ち着けー俺、落ち着くんだ俺。アレは咲華だ。いいな、アレは咲華なんだ。

 ……よし、落ち着いた。

「いいか?」

 頷く。

「1、2の3」

 今度は後ろに倒れすぎた。

 腋に抱え上げられた。うーん、この格好も恥ずかしい…。

 回ること数回…、いい感じに後ろに跳べたが、回転力が足りなかったり、逆に回転しすぎたり、その度にお姫様抱っこに抱えられたり、着地で滑って転んだりと成功しない。

「息があがっているな。少し休憩しよう」

 咲華は下がる。替わりに皇がやってきて、水筒を渡してくれた。

 二口ほど飲んで、返す。

「あずさ、今度は私が替わりに補助に─」

「なりません」

「咲華、なにもそこまで」

「話は終わりです。続きをしましょう」

 有無を言わせない態度で迫る。

 なぜそこまで固執するのだ?ちらりと、皇を見るが、黙ったままだ。

 咲華に嫌悪を感じだす。

「皇が手伝うって云っているのに、それはないだろう。第一お前は皇の従者なんだろ?」

「話はそれだけですか?」

 ……あれ?なに、この鬼気迫る迫力は。地雷を踏んだ?

「貴方の情欲に、殿下を晒すわけにはいきません。もし、溜まっているのなら、私が処理してあげましょう。塵も残さず」

「お前っいうにことかいて、なんていうことをっ」

 てか、なんだっ塵も残さずって。命の危険を感じた。

「では溜まっていないのですね」

 溜まっているさっ……不平不満がなっ。

「皇、済まんな」

「我は構わぬ、気にするでない」

「そういうなら……」

 なんとも煮え切らない腹持ちであるが、これ以上、俺が口出すことではない雰囲気に黙る。

「さ、続きをします」

「解ったっよ」

「1、2の3」

 ムカついていた。なんでといわれても説明できないが。

 今までになく力が入って、後方へ跳ぶ。

 くるりと。

 綺麗に身体が回った。

 そのまま着地。

「……できた」

 思わず、皇に近寄り両手を取って、ぶんぶん廻す。

「できたっできたっでき──へぶしっ」

 背後からフェイスロックされ倒されたら、流れるような動作で、両足を絡め捕られ、回転…。見事な連携技であった。

 チキンウィングフェイスロックからロメロスペシャルだとぉ。

 咲華によって、見事に吊り天井固めをされた。

 激痛が走る。ミシミシと関節が嫌な音をたてている。

「ギブッギブッギブッ!」

「殿下に触るでない」

「解った、ギブッギブッ」

 はぁはぁはぁ、なんとか開放された。こいつ、殿下のこととなると容赦がなさすぎる。

 それにしても、本当に俺はこいつに勝ったのか……?やっぱあれは三味線か。俺を試すために…。チリリと苛立ちが募る。

「政宗、おめでとう。流石、我の旦那だ」

「あぁ、ありがとな」

 旦那旦那云わんで欲しいが……。

「おめでとうございます」

「………礼は云っておく」

「では、忘れないうちに続きを。1、2の3」

 うおっ待て、速いって。慌てて跳ぶ。

 そのあと10回ほど、速いテンポの掛け声とともに、バク転を決めた。

「十分だと判断します」

 漸く咲華も認めたようだ。

「抱え込みでこの程度なら十分でしょう。屈伸、伸身もあるのですが、それは別の機会に一人でやって下さい。次は、貴方のお待ちかねの前方宙返りです」

「今日はハードだな」

「そうですね。時間がありませんから」

 時間?夕餉を賜る時間まではまだ余裕はあるんだが。

「貴方は、優勝するのでしょ?」

 問われる。勿論俺は、そうだと答える。

「ならば、時間はありません。この後も他にやらなければならないことがあります」

 へっ?

「さ、行きますよ。見てて下さい」

 咲華は真上に跳び、空中で一瞬溜めを作り、反動で身体を廻した。両膝を胸の前まで持ち上げ抱え込み、頭を腹に着くかの如く丸まる。

 くるりと、回転。

 そして、着地。

「後方宙返りと、同じです」

 感覚的にはなんとなく解る。

「貴方の場合、少し前に出るように跳んでください」

 真上は上級者ってことね。そしてバク宙と同じように前過ぎてもだめということだな。

「解った」

「では、1、2の3っ」

 勢いよく跳びだす。

 よしっ回った。あとは着地……。

 高さが足りなかった。脚がついたとたん滑って尻から着地してしまった。

「最初でそこまでできていれば合格でしょう」

 あれ?いいの?これで?

 痛む尻をさすりながら立ち上がる。

「次いきます。1、2の3っ」

 有無を言わさぬ怒濤の速さで俺は廻された。くるくるくると……。

 勢い着いて前のめりになって手を着いたりと、不格好ではあるが、廻れている。

 勿論、目も回る。

 結果、咲華の鬼特訓で、なんとか抱え込み宙返りを習得することができた。

 当初の目標は達成したといっていいだろう。

 後は、実戦あるのみ。……いや、実機でやったら殺されるから、先ずはシミュレイターでね。

「色々あったが、ありがとな」

 咲華に礼を云った。こいつの態度にはへきへきだが、今まで付き合ってくれたこともある。

 腹に一物、背に荷物。

 とりあえずは心の中に収めておこう。

「では、次の特訓です。これを着けてください。それとこれを」

 透明なアクリル製の面と硬化ゴムでできた剣を渡された。といっても棒状に固められたゴムに鍔と柄がついたようなものである。

「これは……?」

「今日、中江先輩の剣技を見て確証しました。宙返りができたところで、貴方は絶対に勝てない」

 厳然たる事実を告げられた。

 うすうすでもなく、自覚してる。とりあえずの目標は準優勝であるし、グループを組んだからには、中江先輩とは決勝まで当たることはない。

 その後の決勝戦はおまけと割り切っておこうと思っていた。

「だから、私は教える」

「教えるって何をだ?」

「剣技」

 皇を見る。彼女は頷いた。了承済みってことか。

「教えてもらったとして、勝算は?」

「万に一つから千に一つ?」

「さっ、めしめし」

 踵を返し帰ろうとする。

「政宗、やらないのか」

 皇が声をかけてくるが、俺はやる気がない。

「確実に勝てるならやる気も起きるが、どう足掻いても勝てないって云われりゃな…」

「大丈夫だ。政宗なら勝てる」

 こういう時の大丈夫は、どうにもうざい。宙返りの話をした時はいい感じだったんだがなぁ。

 もしかして、こういう会話が苦手というか下手なのか?

 少し考える…。

「皇と咲華はどっちが強いんだ?」

 二人はお互いの顔を見合わせて……。

「あずさだ」

「殿下です」

 お互いを名指しした。

「じゃぁさ、咲華が自分より殿下が強いというなら、皇が教えてくれないか」

「それは──」

「いいだろう」

 咲華が否定しようとするのを遮り、皇が前に出た。

「殿下っ」

「よい」

「ですがっ」

「政宗も解るだろう」

「いいのですか?」

「知っておいてもらいたいからな」

 咲華のゴム剣を手にとり、中段に構える。

 俺も併せて構えをとる。

「では、始めっ」

 咲華が号令をかけた。

 瞬間──。

 俺のゴム剣が縦に割れた。

 次に横に5分割された。

「こういうことだ。剣技以前の問題なのだ」

 無残に10個の元剣を見ながら、説明された。

 ……どういうこと?

 一体なにが起きたというのだ。剣技以前ってこれも立派な剣技だと思うんですがね。

「我のは人に教えられるものではない」

 咲華にゴム剣を渡し、入れ代わる。

「これってフォースの力か」

 残骸の一個を持って、切り口を見ながら尋ねてみた。

「そうだ」

 最初に出会った時のことを思い出した。あの、一瞬で机が粉砕された出来事を。

 改めて思った。どうして、何故……。

「何故俺なんだ?どうして俺を選んだんだ」

「それを知る権利は─」

 唐突に沸き起こる感情を抑える術は無く、咲華が拒否の言葉吐くのを無視して、俺は続ける。

「答えろよっ」

 叫ぶ。睨み付ける。

 皇は、俯いて黙ったままだ。

「どうして何もいわないんだっ」

「これ以上の狼藉はっ」

 俺を捕まえようと手が伸びてきた。

 その手を無造作に俺は掴み、反対側へと投げつける。

 目の前を咲華が跳んでいく。

 それを無視し、皇のジャージの胸ぐらを掴んで捩じり上げた。

「済まぬ。訳は言えぬ」

 やり切れない。

 やるせない。

 悲しみ、怒りがないまぜに俺の中で荒れ狂う。

 自然と片方の手が拳を造り──。

「1年だ。1年だけでいい」

「何が1年だってんだっ」

「結婚して1年……1年だけでよい、一緒になってくれ。それ以上は望まぬ。その間、我を好きにしてくれてよい。望みのままなんでもするから」

 泣いていた。

 ハンマーでガツンと後頭部を殴られたような衝撃が襲い、我に返った。

 俺は、皇に何を言わせているのだ。

 掴み上げていたジャージから手を離す。

「ったく。本当になんなんだよ、お前は」

「政宗……」

 はぁ、全くしょうがねぇ。人生諦めが肝心だ。単に流されているだけのような気がしないでもないが……。

「わーたっよ。1年な。そっから先は知らん。後のことはその時だ。泣かせちまったからな、責任はとるよ」

 くそっ、もっと良い台詞があるだろう、俺様よっ。

 それにしても、1年か……あれ?結婚して1年ということは、卒業してからだよな。学生のうちはというか、未成年の間は無理なんだから……。

 あれーーー早まったか。

 云われて、力が抜けたのか、皇はぺたりと地面に座り込む。

「政宗、政宗、まさむねぇ……」

 泣きじゃくっている姿を見て、俺は、こうしていれば、か弱い乙女なのになと、不覚にも思ってしまった。

 手を差し出す。

「ほら、立てるか。今日はもう遅いし、剣技うんぬんは明日からでいいよな」

 俺の手を取り、立ち上がろうとするが、力が入らないのか立ち上がれないでいる。

「政宗……済まぬが─」

「咲華、皇を寮まで……ってあれ?」

 居ない。

 辺りを見回すが、何処にもいない。影も形もない。おいこらっ、愛しの殿下を放置していきなり消えんなよ。

「居ないな…」

「…そうだな」

 ま、仕方ない。今日だけは不問にしてやろう。

「それでどっちだ?」

「どっちとは?」

 くっ、云うのか?とても恥ずかしいんだが。

 ええぃ、ちくしょー。云ってやる、云ってやるともさっ。

「だっこと、おんぶのどっちがいいんだ?」

「……だっこで…」

 皇の顔は真っ赤だった。

 もちろん俺もそうなんだろう。

 皇を抱き上げる。まんまお姫様抱っこだ。

 ゴム剣とか破片とか水筒は皇に持たせてある。腹の上にひとまとめにして落ちないように手で抑えてもらった。

 丘を下る。

 二人して。

 咲華の姿はマジにない。あいつの行動原理が本当解らん。

 丘の下方から吹く風は涼しく気持ちが良かった。ここだけのシーンを切り取ったらいい絵にでもなるんだろうか。そんなことを考えながら歩く。

「……政宗よ」

「ん、なんだ?」

 さっきまで泣いていたのがもう笑っていた。

 その顔は、桜が咲いたかのようだった。

「大儀であるっ」


ここまで読んで頂きありがとうございます。

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