Man-Machine 02
FPPことフォースパワーポイント。覚醒の夜以降人類が手に入れた能力は、視力や聴力といったものと同じように扱うことができる。ただし、人それぞれ特性があり、長じて得て不得手な分野がある。基本的な所は、肉体能力の向上やウィルスや病原菌などへの耐性向上で、能力値が高いとそれ以上に不可思議ともいえる現象を発生させえる。
不可思議な現象というのは、大きく分けて4つの特性がある。加速/減速/収束/拡散だ。それを組み合わせることでより強力な力を発揮するという……らしい。俺には実感できるほどの能力がないから聞きかじりでしかない。
そう、FPPにはランクがあり、Sから始まって、AAA/AA/A+/A/A-/B+/B~と段々下がって、Dランクまである。一般レベルとして区別される所はCランク以下である。
ちょっとデキルのがBランク、専門で食って行けるのがAランクといった具合だ。
最高のSランクは一人で国家を相手にできるほどの化け物らしい。所謂、数値が計測不能なランクでもある。因みに、人類での最高値はA+までと言われ、AA以上は人外しか聴いたことがない。
俺の場合、なぜか機械計測ではまともに値を測ることは出来なかった。そういう奴が多少なりともいて、俺はそっちの部類ということだ。
この力があってこそ人類は覚醒の夜以降を生き延びることが出たが、それ以上にこの力のため、人が変容し伝説に出てくるようなモンスターになってしまった者もいる。もちろん普通の動植物もFPPが高いものは変容した。特に歳経たものにそれが顕著に現れた。
そんな状況、どちらかというと残り粕みたいなのが人類であったが、それでも覚醒の夜以降と前とでは人としての定義が大幅に変わったのは確かであった。
覚醒の夜について。中学の歴史の授業で習う内容だが、未来を覗き、叡智を獲ようとするプロジェクトがあった。
タキオン粒子波動力学を応用し、未来に向かって深いボーリングのように穴を穿つことで、通過する電波、電磁波、ニュートリノ、光子、ミーム、etcetc観測できるもの全てから情報を獲ようとしたプロジェクトがそれである。
その実証実験が失敗した結果、情報の洪水が起きた。当然の如く蓋をするこも叶わず、溢れたもろもろが世界を覆った。
原理や理由は今だ解明されていないが、結果だけは残った。
生命体。有機物であるものの多くが変貌した。意思の強いものが最たるもので、別の生命へと進化というには生々しい程に替わってしまった。
また情報の洪水は無機物についても変化を及ぼした。一番最たる変化は、放射性同位体についてだ。中学の授業だから、詳しい物理学というよりも量子力学に関することまでは習わないので、何故そのような反応がおこるのかまでは知らないが、物質の安定化が促進された結果、安定核種に変わったのだと言う。
再生エネルギーにシフトしていたとはいえ、まだ多く残っていた原子炉はその活動をほぼ停止し、エネルギー問題で当時は酷い混乱をもたらしたそうな。
「うーん、FPPは210前後か。B-のまま変わらずと」
話を戻して、人が得た、もしくは得てしまった力は意志を現実に反映するというものだ。だから、願いも意志の一つとして叶えられた。
対象とされた者が呪われたり、人外や魔物といったものにまで変貌し、あまつさえ願いの強さは地形にまで干渉を及ぼした。
身近な所では、日本の海を挟んだ西側で今はもう国という形態が跡形も無くなった。
その大地、というか今では前人未到の山脈へと姿を変えたものがある。海底棚が捲り返ってそのまま大地まで巻き込んで捲ってしまった結果、跡地には広大な海と積み盛られた土砂で出来た山脈へと変わり果ててしまったのだ。
広大な大地を欲した結果の出来事だったと言われている。
そうして新しくできた湾というには巨大過ぎだが、そこに海水が流れ込み、その他もろもろ含めて海面は約1メートルほど下がったと云われている。また、山脈は高さ1万メートル幅3千キロを越えて出来たため、風の流れが変わったともいう。
お蔭で、日本は水没の危機に逢った幾つかの島が広大な土地へとかわったってのは余祿な話。
このことについて、パンドラの箱が開いたとも言われている。
「ほんと君ってFPPの値が全然変わらないね」
結果、80億に迫る人類は、自らの願いで1/3を失う破目になり。また残った人類の56億から男が4割、女で2割程が人外や魔物に転化した。
そこからは血で血を洗う凄惨な生存競争だった。残された人類は、人外、魔物、変貌した動植物の手によって更に数を激減させ、あわや滅亡かという状況までに至った。
しかし、人もまた覚醒の夜を越え変貌していた。そう人類はフォースパワーを手に入れていたのである。その力の使い方を調べ、武器とし対抗した。
それが100年の生存戦争と呼ばれる最初の混沌だった。その後の100年で人類は自分たちの土地を確保し、人外と棲み分けができるようになった。それ以降の100年はお互いの土地を賭けて小競り合いが続いている状況だ。
そして……とかなんとか天井の染みを数える代わりに回想してたら、いよいよもってパンツを脱がされそうな危険度絶好調に押し迫られていた。え、ブリーフだって?どっちでもいいじゃんか。
「いよ~、パンツ覗こうとして踏みつけられて脳震盪起こしたって聞いたぞ」
能天気な声が保健室にやってきた。
「あら、君仁君じゃない」
何事も無かった様に、平然とした態度で侵入者を迎え入れた。
「え、先生いたんだ」
苦笑いしつつ、こっちに目配せする。やっぱり危機一髪だったか?と視線が言っている。
ピンチに駆け付けてきたのは、級友の長船君仁だった。普通に親友と周りでは見られているが、こんなやつ親友なんて呼びたくもねぇーつーの。
「なんだい種馬君。健康体の君がこんなところに来ても仕方ないだろう。それとも誰か連れ込んでホテルがわりにでもしようとしているのかな」
「何を言っているんですか、先生が居るから来るんじゃないですかぁ~」
…………。
「30点。まだまだね」
さもあらんと、動じた様子も無く愛想の良い顔は崩れない。
「それじゃ、政宗連れて行きますね」
「あらアッサリだねぇもうすこし粘ってくれてもいいのに」
女医にあるまじき態度である。
「とりあえず、連れて行くのはいいけど、はいこれね」
机から、痛み止めと化膿止めの薬が入った紙袋を俺に投げて渡す。
「痛むようなら飲むように。とりあえず二日分渡しておくから。痛みが続くようならまた来なさい」
渡された後、二人してそそくさと保健室を後にした。
「ところで今何時?」
窓越しに見える風景は、やけに日が高い。
「あぁもう昼休みだ」
「うぐぇ、午前中ずっと寝てたのか。折角の皆勤賞がおじゃんだ」
しょぼくれる。
「まぁ、どうってことないさ。大体、この学校で皆勤賞なんて99.99%無理だから」
それは、もちろん、兵科の授業でなにがしらの怪我を負ったりするのが日常だからだ。
「それこそ、皆勤賞なんてとるやつは、どこのスーパーマンかってことだな」
「それはそうなんだけど、納得いかないよ」
言ったあと、見る親友の顔は、苦笑いしていた。
「もしかしてお前関係なのか」
「なにが」
と、親友は返してきた。
「いや、今日は朝から何かトンデモナイことに巻き込まれている予感というか実感というか色々あってだな」
言ってから、女の子に腹を剣の鞘で突つかれて気絶したとか、襟首掴まれて吹っ飛んだらゴッチンコして気絶したとか………。あれ?そいや俺って朝の乱入女に何か言ったよな。何だったけか…。
「まっその辺のことは良くわからんが、飯でも奢るからおいおいで。昼一はロボ科だからあんまり腹に入れると戻すことになりそうだけどな」
「奢るって、飯はただだっつーの」
笑いながらヤツが言うロボ科とは通称だ。ロボテックスマルチレッグうんたらかんたらと長いのでそう呼ばれるし、先生が正式名称で呼んでいるのも聴いたことはない。
二足歩行の3メートル未満級のオープンフレーム型作業機から8メートル超えの大型軍事用途までひとまとめにされていて、俺たちは軍事用のロボテクス(これも通称)を乗りこなすために授業を受ける。他にも4足、6足といったものもあるが割愛する。
このロボテクス、昔はモーターやサスペンションを組み合わせたごてごてしたもので、大きさも今の中型である5メートル程までだったが、人工筋肉の発明により一変した。軽量で動作させる燃費もよく、また出力も高いとくれば、必然、人類にとっての天敵である大型の魔物に対するため、より大型へと今の8メートル超えにまで至った。
また、その構造も外骨格式から内骨格式へと変化している。勿論、人工筋肉だけで、そのような変化を起こしたわけではないが、大きな転換点として有名な話である。
ついでに言うと、人工筋肉の発明により産業機械、医療の分野等、色々な事が飛躍的に向上している。
通常の教習過程だと1年目は、前半をオープンフレーム型の土木作業機で習熟し、後半はインフレーム型で銃火器を使った戦闘までを習得するのだが、俺と親友の2人は事情が違った。
小型機の習熟ソコソコに8メートル超級の軍事ロボテクスに乗せられている。
それもこれも、この親友が皇族という立場で、それだけなら独りでやれよとなるのだが、どうにも皇族って立場から2人乗りの機体が用意され、何故か俺がそのパートナーに選ばれたせいである。
皇族のしかも男子がこんな軍事学校にきているのかというと、話はこれまた長くなるが、こんな時代である。貴重な男であっても帝政を敷いたからにはそれなりに示さなければならないらしい。んじゃないかなー、多分……。
しかも男女比が激烈な女性寄りの時代だから帝国軍学校にくるような男は少ない。大抵は家族が行くのを許さない。1クラス40人中1割(普通の高校は2~3割くらい)も男がいればいい方だ。因みに1学年16クラス。1クラスが小隊、4クラスで中隊、1学年で大隊とされている。
また大抵入ってくる男は帝国軍の子息や政治家の子息で、逆の意味での家庭事情と言うわけだ。そんな中、全くもって普通の男子である俺が入ったのは目立ちたくないが目立つ理由だった。
俺のことは取り敢えずおいといて、だからヤツが入学したというニュースは全国クラスでの話題だった。しかもクラスメイトって分かった時点で、それはそれでクラス含めて両隣まで周りが色々騒がしかったなと、ついこの間の事なのに懐かしく思う。
必然と俺が選ばれたのは普通の庶民の出だから、因果な絡みがないというのも理由の一つのようだ。もっとも、ヤツ自身が軍人や政治家の子息と関わり合いを持ちたくないようではあったが。
それなら、庶民の中でも俺なんかよりももっと適任者がいるだろうと思ったが、ヤツが言うには、俺が成績全般平均的であるかららしい。そんなの得意の奴と組めば良いのにと言ったものだが、それでは、ヤツ自身の操縦が上達しないから駄目だそうな。逆に下手な奴がパートナーとなるのも駄目で理由は似たようなもんだ。後、女性だと色々と問題があるからと教師や親が強行に反対に周り、数少ない男の俺が選ばれたという訳らしい。
俺的には、普通に卒業して就職できればいいと思っていたのだが…。勿論、任官なんてのは御免被る。卒業したらとっととおさらばが俺の筋書きだ。
「ロボテクスに乗るのはいいんだけど、その為に着るスーツがぴったりしすぎて、あんまり好きじゃないんだよな。そんでもって首周りから脊髄を通って股に繋がる保護パットを含んだ生命維持装置が対比として仰々しい」
「ま、機動ロボ乗るなら漏らしたしするししゃーないわ。これって宇宙服でもそうなんだから我慢しろ。というより燃えないか?こんなギミックついてるなんて」
意気揚々、嬉々として語り始める親友だ。
「といっても、中身はオムツ」
股間を指して言う。
「男ならロボットに乗るのはロマンだろ。大体昔からロボットに乗るのはそれなりの格好というものがあってだな」
「はいはい、もう耳に蛸ができてるから続きを言わないでくれよな」
「とりあえず続きは食堂でな」
昼飯を摂った後、俺と親友の君仁と更衣室でロボテクスに乗るための専用スーツ、データースーツに着替えている。
スーツの手首にある操作ボタンをぽんぽんと押して操作すると、肌とスーツの間に残っている空気が吸い出され、ぴったりとインナーが張りつく。少しヒヤッとする感覚はもう慣れた。その後に来る通電による圧力で、インナーが肌にぴったりと絞めて張りつく感じはまだ慣れない。
このスーツ、外圧を防ぐ力は10センチ鋼板くらいあるそうだ。外部からの圧力が加わると横に力を伝播して逃がすためとかなんとか。そのくせ、中からはダイビングスーツくらいの抵抗感で動かせるスグレモノなのだ。惜しむらくは厚みがあって、慣れるまでがしんどいって事だが。
「そんな不満そうな顔してんなよ。今日は兵装扱えるんだから、気持ちよくいこうぜ」
「えっ?」
信じられない言葉がでた。
確かに俺の腕前は普通並だが、親友は優秀で今の授業じゃ物足りないは分かっていたが。
「一体どういう風の吹き回しだ?あの鬼軍曹がそんなこと許可するわけないのに」
「さてな。ま、兵装して模擬戦闘ではないよ。刀で案山子切ったり、銃を試射する位だろうよ」
流石に模擬戦闘訓練まではやらないか。
1年生はさっき言った通り、普通は小型のある意味パワードスーツを使って教科を受ける。もちろんそれにも兵装はあるし訓練もあるが、それは2学期後半以降だ。それが2年生では5メートル未満の中型機、3年生で8メートル超級の大型機へと進んでいく。因みに4年生は選択でどうするか決める。
年度が進む形でスケールアップしていくが、やる授業内容は余り変わらない。
本来なら今の時期、小型機で漸く歩行から走ったりできるくらいまでのところだ。
それが親友の環境のせいで、小型機の習熟もそこそこに中型の教習をすっ飛ばして大型機に乗ることになったのは良いことなのか悪いことなのか……。
悪目立ちしすぎていることだけは確かである。
俺自身もようやくロボテクスで体操できるくらいである。もっとも大型機に関しては親友の副操縦士なのでナビやサポート専門の所である。もちろん操縦もそれなりに体験はしているが、腕前は長船と比べるまでもない。
基本、ロボテクスは単座である。複座型なのは、皇族用の特別な機体や情報処理戦機、訓練機といった特殊用途となる。もちろん、それぞれ差す役割は違うが、複座である理由がそれぞれにある。
そういう意味で、俺は皇族である長船の補助としてロボテクスに乗っている立場であった。