あくまで学生ですから 04
結局、時間がなく、バク転までしかできず、宙返りまではいかなかった。
連続前転と側転が綺麗にでき、なんとかバク転が不格好なりにも出来たところまでだった。
一朝一夕で出来るとは思わないが、宙返り位はやってみたかった。
それは置いといて、いつもは独りで夕餉だったが、今日は三人で食べていた。勿論、皇と咲華である。
流石にあれだけ運動したせいで腹ぺこだ。山盛りの飯と肉々々に、ちょっと野菜と味噌汁で決めていた。
皇は和食で、咲華は洋食の定食を選んでいる。
「頂きます」
静かに飯を食す。なんか緊張しているぞ俺。
和食は鰤大根と里芋の煮っ転がしに味噌汁とご飯、お新香。定番といえば定番か。
洋食はハンバーグとポテトサラダ、ポタージュスープにパンである。
「あー、お茶いる?持ってくるよ」
サーバーからボタン一つでとぽとぽと注がれる緑茶を三杯作り持って帰る。
「コーヒーの方が良かったか?」
洋食にお茶は無かったかと咲華に聞いてみた。
「いや、それでいい」
それだけの会話しかなく、また静かに食べる。
先週のこともあったから気をつかっているつもりだが、どうにも切っ掛けがない。
ふと、回りの気配を探ってみると、いつもは騒がしいはずの皆も静かに食べている。
奇妙な緊張感だ…。
俺に対してではないよな……。やっぱり皇のせいか。黙っていれば美人なんだから、もうちょっと……まて、俺は何を考えた。
ちらり、皇に視線を向ける。
静かに綺麗に丁寧に食べている。
咀嚼音など全く無く、完璧な作法だと感じる。
ついでに、咲華も音を立てずに食べている。意外ではないか。あの着付けの事もある。そういう事にはうるさそだし、自分が出来ないなんてことは天地が逆さまになってもありはしないな。
となると、俺の作法が……静かに食っているとはいえ、彼女たちと比べると、喰っているって云われても奇怪しくないな。
だからといって、直ぐさま完璧に出来るわけでもない。ケセラセラだ。
そのうちなんとかなるだろう。
「ごちそうさまでした」
緊張感ある食事が終わった。
お茶を飲む。
「もう一杯飲む?」
「お願いする」
「咲華は?」
黙って湯飲みを押しつけてきた。へぇ~へぇ~。
サーバーから緑茶を注ぐ。
戻るときに回りを見ると、人はまばらになっていた。いつもなら、食べ終わった後もだべっていたりするのに、今日に限ってそそくさと自分の部屋にご帰還している。後は、反対側の遠い席からこちらを伺う数人か。なんだか尻の具合が悪いや。
「それで、明日はどうする?」
戻ってきて緑茶を配りながら、予定を聞いてみた。
金曜は選択部活の日だ。
つまりでもつまらなくても、特訓の日である。
「シミュレーションが終わったら、また今日みたいにやる?」
「当たり前でしょ」
とは、咲華の返答。
皇の反応がない。見ると、ゆっくりと渡した緑茶を飲んでいる。
心此処に非ず?
「皇さん?」
反応なし。
「おーい??」
???
緑茶を飲み干した。
目が合った。
「済まぬが、もう一杯所望する」
湯飲みを俺に預けてきた。
「………いいけど?」
何が起きているんだ??
とりあえず、また緑茶を汲んで来る。
「ほら」
また、ゆっくりと味わうように飲みだす。
どういうことだと、咲華に目配せしてみるが、奴はわなわなと目を白黒させていた。
えっ?
俺を観て、何かを言おうと口を開けたり閉じたりパクパクさせるが、何も云ってはこない。
「政宗、もう一杯貰えないか」
再々度、頼まれた。
「おい、大丈夫か?」
「何がだ?」
???
皇の顔は恍惚なのか?愉悦?とにかく、上気していた。
お酒なんか入ってないよな。渡された湯飲みの匂いを嗅いでみた。
案の定、咲華にどつかれた。
「なんか、いつもと違うようだけど、風邪か?」
「大丈夫だ。我は病などにはかからん」
それならそれでいいけど。まぁ体調については、俺よりも咲華が診る方が何かと問題ないだろう。これ以上深くつっついても仕方ない。
「とりあえず、これで最後な。飲みすぎると、トイレ近くなるぞ」
「……解った。今日はそれで最後にする」
今日は……か。まぁいいや、最後の緑茶を汲んで渡してやった。
最後の緑茶を更に時間かけて、ゆっくりゆっくりと飲む皇であった。
明けて金曜日。
理科、数学、社会、神秘と午前は中間試験の返却と、問題のお復習いでつつがなく終了した。
フフフ、怖いぜ俺。
小さくガッツポーズをする。流石に勉強三昧だっただけはある。
点数が80点前後で返ってきていた。
俺っていけるいけるいける~有頂天だぜ。
昼食時に早速、咲華に感謝の辞を述べる。
「それで、点数は?」
「大体80前後だった」
「……そうか、教え方が足りなかったか」
………あれ?
「あのー、つかぬことをお聞きしますが、咲華さんは何点位でした?」
「大体95前後ぐらいだな。簡単な問題だったのに、ケアレスミスで勿体ないことをした」
チーン、俺終了。
「す、皇さんは……?」
まぁ答えは解っていたが、片方だけってのもなんなので、聞いてみた。
「100だ。ただ、数学の教師から答えだけを書くなと書かれていたな」
ですよねー。
ついでに、放課後、シミュレーションルームに行く前に生徒会室に寄って、霧島さんにも謝辞を述べに云った。
「良かったですね。一緒に勉強した甲斐がありました」
あぁ癒されます。
「霧島さんの方はどうでしたか?俺が足を引っ張らなかったか心配で──」
「はいっ、榛名は大丈夫です」
笑顔が返ってきた。
推測その壱。俺のせいで、点数が悪かった。
推測その弍。俺の点数との差が開いてて、心配させないように濁した。
推測その参。凄く点数が良かった。その弐を含むかもしれない。
推測その肆。いつも通りだった。その弍を含むかもしれない。
再度、顔を観る。
点数が悪かったようには見えない…よな。とすると、壱の線だけは無さそうか……。
挫けるな俺。足を引っ張らなかったんだから、良しとしろっ。
生徒会室には、古屋会長と霧島書記の二人がいる。東雲副会長は先にシミュレーションルームに行っているのであろう。
古屋会長には、東雲副会長をずっと借りっぱなしなのを謝った。
「来週からは忙しくなるから、そっちに寄越せないかもしれない」
と、逆に謝られた。
礼をして、部屋を後にする。
おっし。気を取り直して、特訓だ。
「今日は、実機で訓練します」
東雲副会長が云う。
「え、いいの?」
「うん、だから早く着替えてきてね」
急かされるように、更衣室へと追い立てられた。
試験期間中は、教科が無かったから実機を触るのも久しぶりだ。データースーツを着るぬめっとした感触も懐かしい。
けど、突然だなぁ。
>command com
:
:
>Hello World!
いつもの起動シークエンスが完了する。
表示される情報と、実際の中で動いている処理は違うんだが、どうにも苦笑いである。
「準備完了しました」
「コロッセオまで来て。なるべく早く、時間が無いからね」
東雲副会長の声がいつもより高い。
うほっそういうことか。
それにしても、凄い手腕だな。どうやって借りれたのか気になるが、聞くのも怖い。また、少佐の~とかを持ち出されたのかな。
まぁいいや。今は、深く考えないでおこう。
一路、コロセッオへと機体を走らせた。
途中別のハンガーから出てきた10式と合流。中江先輩だった。
教練で使う零式ではない。本物の10式だ。
真紅に塗装されたそれは、日の光を浴びて輝いて見えた。最も、發泡ゴムを巻いた状態であるため、多少ずんぐりしていた。
「どう?申請した機体が届いたので慣らし運転がてら、出してみたのよ」
うん、つまり、俺のためだけではなく、中江先輩のためでもあると。それなら、東雲副会長も張り切るわけだ。少佐の権限を持ち出した結果だとしても許そう。
「綺麗ですね」
その紅い色が。
「あら、顔も見えないのにお世辞?」
「ち、違いますよ。その10式の色がです」
「ふふ、冗談よ解っているわ。ありがとね」
二人、二機が駆け足で並走する。
「ところで、武器とかどうするのですか?実剣を使うわけではないですよね?」
「コロッセオに武闘会用に準備された武器があるから、それを使うのよ」
「それって本物?」
「な、わけないでしょ。模造刀よ。形だけ似せた偽物よ」
「そうなんですか」
「武闘会の規約は読んだ?読んでないでしょ、そんなんじゃ駄目よ」
怒られた。でもね、言い訳を言わさせて貰えるなら、中間試験でそれどころじゃなかったのですよ。
「帰ったら、読みます」
そうこうしているうちに、コロッセオに着いた。
搬入口から中へ入る。
コロッセオなんて、入学式の見学で来て以来だ。普段はロボ部が部活かなんかで使われているらしいが、普通、足を踏み入れることはない。
中は直径100メートルの円形をした場と退避スペースで構成されている。観客席は外周の10メートルほどの高さがある壁の上、透明な防護壁と組み合わさって、ぐるりと闘技場を覆っている。
屋根は観客席にはあるが、闘技場には無い。
学校の施設だからそこまでお金はかけられないってことか。
それでも圧巻だ。
凄いぜ。ここで戦うのかと思うと緊張する。
「ぼーっと観てないで、美帆達の所へ行くわよ」
「はいっ」
闘技場は、十字にラインが引かれ四等分されていた。
その三カ所は、既にロボテクスが数台立っていて、模擬戦闘を行っているようだ。
空いている最後の区画に俺たちは行く。
「まるまる貸し切りってことじゃなかったのか」
ちょっとほっとした。完全貸し切りだとまた変な噂を立てられそうだからな。見るに普通にコロセッオを開放しての練習のようだ。それでもよく取れたものだ。そこは東雲副会長の手腕なのだろう。
外壁の一部分に、透明な防護壁があり、その奥に東雲副会長達がいた。
皇、咲華は当然として、古鷹風紀委員長までいた。おまけに安西までいる。
そこは司令室である。退避場に居たとしても、生身で立っていたら、何かの拍子に飛んできた武器やなんやらに当たれば死んでしまう。なので、基本、闘技場には人は立ち入り禁止であるからだ。
「古鷹先輩、なぜ此処に?」
司令室に向かって無線通信を行った。
「見学だ」
それは解る。いや、だからなぜ、見学?
「それと監視役でもある。昨日から武闘会に向けて、ここが開放された。しょっぱなからトラブルは御免だからな。だから今週いっぱい俺が出向いている訳だ」
なるほど、たまたま、俺たちがやってきたんで、見学としゃれこんだ訳と。
「最も、一番トラブルが起こりそうなのはここだし、しっかり観とくから気にしないでくれや」
……最初と最後で云っていることがちげー。
「はい、解りました。まぁトラブルが起きるなんて期待されても、起きませんよ」
「ここまでで、機体は温まっている?」
古鷹風紀委員長を押し退けて、東雲副会長が通話してきた。
「はい、いつでも行けます」
「駄目よ。まずは準備体操から」
中江先輩が駄目出ししてきた。
「え?ここでするんですか?」
「君は、久しぶりの操縦。私は来たばかりの機体だよ。解るよね」
おおぅ、意外とこういう所は、しっかりしている。
こういう所がしっかりしているからこその、常人離れしたことが出来るのだろうか。
とにかく、彼女は先生だ。それに従うのは生徒の勤めである。こんなことしてて本当に強くなるのだろうか。一抹の不安が過るのはご愛嬌ってことで。
「了解しました。……それで準備体操?なんですか」
「そうよ。美帆、ラジオ体操の曲あるかな。流して」
「ラジオ体操?ちょっと待って……あったわ…あるんだ…」
「それじゃ、中に入ったら合図するから流して」
中江先輩に着いていき、俺も場……サークル?内へと移動した。