あくまで学生ですから 02
ともあれ、今は目の前の問題だ。さて、どうすればいいのだろうね。
答えが解けない問題集を観た。
ふむ……。俺は席を立つ。
廊下へ出て、皇の部屋の前まで行く。
ドアをノックする。
「皇さん、今時間ありますか」
しーん。
あれ?もう寝たってこと?消灯時間まではまだ余裕あるんだけど。
再度、ノックする。
ガタッと何かが崩れる音がした。
「ど、どうしたんです。何かありました?」
「大丈夫だ、少し待ってほしい」
4~5分待った。
そろそろどうしようかと思った矢先、ドアは開いた。
「済まんな。それで何用だ?」
部屋には入らない。向こうも入れるつもりは無いようだ。やっぱり奇怪しい。
最初の印象からだと、下手に近づこうものなら引きずり込まれて、既成事実を創らされると思っていたんだから。
「ちょっと試験勉強で、解らないところがあって、皇さんなら解るかなと思って聞きにきたのだけど、時間取れるかな」
「解った。どうすればいい?」
なんか、引っかかるな。それとも俺が気にしすぎなのか。
「それじゃ、ダイニングで教えてもらっていいかな。持ってくるよ」
この時点で、彼女の部屋に入るのは怖い。特に咲華が怖い。何が無くとも咲華が怖い。
同じように自分の部屋に連れ込むのも不味い。何がなんでも咲華が怖い。
奴のことだ、今も聞き耳立てているだろう。確信に近いものを感じる。
部屋に戻って勉強道具一式持ち出し、そそくさとダイニングへ向かった。
はっきりいって、皇の学力は大した物だった。聞けば答えがスラスラと出てくる。
でもね、解き方を云わない。
普通なら方程式だと分解したりして、答えを導くもんだろう。それが無いのだ。そのものずばり、答えを言い当てる。
それは俺にとって、ちょっと困った状態だ。
「なぁ、この答えに辿り着くための理論ってのはなんだ?」
問われて、きょとんとする皇がいた。なんとなく察してましたです。
「連立方程式ならさ、分解したり代入したりして、解を求めるだろ?皇さんにその過程を教えてもらいたいんだ」
「済まぬが、それは我も解らない。式を見るとそのまま解が頭に浮かぶのだ。だから途中の過程を説明しろといわれても出来ない」
………天才か。昔の偉人で世紀の大発明をした人達と同じ分類なのか。
俺が驚愕していると、彼女は話を続ける。
「それもこれも、私が皇族だからだ」
今度は俺がきょとんとする番だった。意味がわからないよ……って最近こんなのばっかな気がする。
「説明が欲しいか?」
咄嗟に考える。
< 聞く > ⇒ 深みに嵌まる
<聞かない> ⇒ 皇と距離が空く
正直どっちも今の俺には選択できない。
だが、帰り道の彼女の顔が思い出される。
どっちか決めねばならぬなら<聞かない>選択肢だけは採りたくない。
ならば、< 聞く >のか?
「そうか、聞きたく無さそうだな」
逡巡する俺を観て皇は、俺が<聞かない>選択をしたと考えたようだ。
「いや、そうじゃない」
戸惑う表情を俺に見せる。
「俺は、今の俺は、君に聞くか聞かないか、どちらの答えも言えないんだ」
「…そうなのか」
「意気地がないといえばそうなのかもしれない。でも聞かない選択は採りたくない。だけど、聞くかといえば、それは……怖い」
沈黙が流れる。彼女がどう俺の言葉を解釈しているのか……。
「政宗はやさしいのだな」
え?いや、どう考えても俺のわがままだろ。どうしてそうなる?
「ともあれ、我では政宗の学力向上には向かないようだな」
自分でも理解できてない何かを言おうとした俺を遮って、皇はそう結論づけた。
「あずさ、政宗の相手をしてやってくれないか」
汝を呼ばれて直ぐさま姿を現す咲華だった。
「頼む」
「解りました」
入れ代わりに皇は自室に戻って行った。
……ちょっとまったー。それだけは、勘弁してくだせーお代官様。
咲華に立とうとした俺の肩を抑えられ、動きを止めさせられた。
ぱたんと扉が閉まる。
「へたれ」
ぐさっと咲華のつぶやきが俺の心臓を抉った。こっちを伺っているだろうと解っていただけに、聞き耳立てていたのを咎めることもできない。そこまで俺の心根は腐ってないし、咲華の役割上当然の行動でもある。
だから、俺はこう返す。
「知ってるよ」
と。
「なら、さっさとかたすわよ。解らない所はどこ?」
咲華もそれ以上のことは云ってこなかった。
こいつも、色々とあるんだろうなと、その時感じた。この人、何時デレ期がくるのだろうか。ずっとツンツンツンのツンツンだ。あ、いや、それが俺に向かってデレられても……それはそれで怖いような………。
「集中しなさい」
「了解であります」
中間試験は瞬く間に過ぎ去った。
放課後は霧島書記の個人授業。
帰ってからは咲華の個人授業。
ときにやさしく(霧島榛名大明神様)、ときに厳しく(咲華)と勉強三昧だった。
………良く考えたら、凄いことだな。
でも浮いた話はいっこもありませんでした。チーン。
そのお蔭で、今回は凄く手応えがあった。これは学年でも上位いったんじゃないかと、独りほくそえんでいる。
手伝ってくれた皆に感謝しつつ、回答用紙が戻ってくるのを楽しみにしていた。
ともあれ、それはこっちに置いといて、試験が終われば、部活である。そして、文化祭の準備が始まる。
先ずは文化祭について。
文化祭は3日間開催される。金曜から日曜の間で。
土日は一般開放され、周りから人が押し寄せる……らしい。ロボテクスの演舞や武闘会があるため、近隣だけではなく、遠方からの見学者も多数来るという。
ロボテクスの武闘会は、金曜に予選会が行われ、土曜から決勝トーナメントが行われる。日曜が午前に準々決勝、午後から準決勝と3位決定戦で最後に決勝戦となる。
クラスや部活からも出店や催し物が出され、文化祭というよりはお祭りである……らしい。
らしいらしいって、済まんね、観たことないんで。
で、俺はその文化祭で行われる武闘会に勿論エントリー済である。
今更じたばたはしないよ。
このエントリー、ちょっと面白い仕掛がある。同門や友人などのグループ参加で申請が出来る。
どういうことかというと、なるべく同門対決が起きないように配置するためだ。
但し、グループメンバー内で反則などがあった場合、登録メンバー全員に次の試合時に反則の判定が付く。それはそのまま一本とられたことになるため、三本先取のこのルールではかなりの不利となる。
これは、一人を勝たせるために他の者が不正をしないようにと考えられたものだ。
逆に、する気は無くても反則を取られた場合、メンバー全員に付くものだから、大人数での登録の抑制にもなっている。そのため、多くて4~5人くらいまでという話だ。
それで、俺は中江先輩とグループ参加で登録した。
これで決勝戦まで戦うことは無い。
クラスの出し物は週明けに決めるようで、今週の残りは文化祭の実行委員選出と、出し物を各自考えておくという状況だ。
安西達男子は、どのクラスもここぞとばかり、メイド喫茶だとか巫女喫茶だとか騒いでいたが、少人数のため多数決で負けるだろう。
でも、一人だけ別の出し物に投票すると、後が怖い。お義理に投票したとしても、まぁ許されるよね。し、下心なんてないんだからねっ。
次に部活。
気の早い所は試験が終わった途端に部活が始まっている。俺の必修部活である合気道は、週明けからだ。
だから………今週の残りはロボテクスの特訓になっている。試験が終わった余韻に浸る暇も無かった。
シミュレイターの対策をとったので、今日は試運転兼ねて試験運用だそうで、キャリブレーションその他もろもろも含めてやるとのこと。
サボるとお仕置きだぞっと、可愛く、東雲副会長が云っていた。
高校でぶりっこな格好は恥ずかしいですよ。と、思っただけで口にはしない。短い人生、態々虎穴に入ることもない。
そんな訳で、皇と咲華を連れ立って、シミュレーションルームの前までやってきた。
入り口には、東雲副会長に中江先輩が待っていた。ついでに安西までいた。こいつ…いつの間に……。
後、数名の白衣を着た人達がいた。
白衣の人達はこちらに気付いたとたん、踵を合わせ、直立不動の姿勢から敬礼をとった。
「お待ちしておりました少佐殿」
………後ろを振り返る。
「皇のことか?」
「違うな」
「じゃぁ咲──」
「お前だ、馬鹿者」
あ、やっぱり……。
おっほん。咳払いして誤魔化す。
「ご苦労さまです」
こちらも同じように敬礼をして返答した。
横で咲華がプププッって笑いを噛み殺した声が聴こえたが、当然無視です。
「ここに受領印をお願いします」
白衣の一人がやってきて、書類を渡してきたが、俺は印鑑なんて持ってない。
そうだろ?普通学校で持ち歩かないよ。
「サインでいい?」
「はっ、構いません」
筆箱からボールペンを取り出し名前を記入する。
はっ、なんかノリで確かめないまま受領してしまった。
「では、我々はこれで失礼します」
再度敬礼。俺も敬礼。
白衣の人達は帰って行った。
残ったのは渡されたサインした書類のコピーだけだった。
「で、これは一体なんなんだ?」
コピーの書類を観た。
「14型シミュレイター一式??」
そう書類に書かれ、続いて細かい装備品のリストがずらずらと並んでいた。
「結局ね、学校のじゃどうやっても無理って結論になって、どうしようかと皇さんに相談したのね」
「そしたら、これが搬送されてきたと……」
「中間試験期間中に突貫でやったんだよ。データ移行もバッチリよ」
「あー、つまり、皇のツテで最新のシミュレイターが来たってこと?」
「いや、我ではない。旦那、お前名義だ。少佐だからな」
「待て待て、少佐だからって簡単に行く分けないぞ……いかないよね?」
てか、俺そんな命令した覚えはないぞ。
「中島君が任せるっていてくれたからね」
東雲副会長が犯人だった。
「でね、本当はこのシミュレイターって元々サクヤの習熟訓練用に用意されてたもので、本体がこっちに搬送されたから、その分余ってたのを受け取っただけなのでした」
「そういうオチでしたか」
「なので、シミュレイタールームの全部という訳じゃなくて、2基だけ入れ換えたのよ」
「2基ですか」
「他のとは繋がらないから。最初は1基だけって云われたのだけど、対戦できないからね。そこは無理しちゃいましたけど」
なるほど。その辺りの交渉術はさすが副会長様であった。
部屋の奥。一番端に取ってつけられたような2台のシミュレーションマシン。それに搭乗する。学校の物と比べてまだまだ新しい。
匂いや汚れが全然違った。なんとも綺麗なものだ。
「接続は大丈夫か?」
ひとしきり初期設定やらなんやら終えたら、安西が聞いてきた。その横では東雲副会長が操作パネルと一生懸命睨めっこしていた。
「ところでさ、これって前のとどのくらい違うんだ?」
「スペック的なことをいったら、20倍くらいか?I/O周りで高いのは100倍位差があるよ」
「凄そうだな」
「凄いよっ何いってんだ。CPUの数だって4倍あるんだぞ。メモリも──」
気のない返事を返したら、烈火の如く蘊蓄が始まったので、通信を切った。
「中江先輩、どうですか?こっちは問題なさそうです」
「うん、良好よ」
「それでは、一戦いいですか?」
「いいよ」
「では、お願いします」
画面が一瞬ブラックアウト。次の瞬間にはいつものコロッセオが現れた。
………いつものじゃない。解像度が上がっている。
視界が一掃良好になり、壁やらなんやらが装飾過多気味に書き込みがなされていた。
「なんか本物っぽいな」
「凄いね。楽しみだよ」
ワクワクした嬉しそうな声が返ってきた。
約二週間ぶりのシミュレーション戦闘だ。
一歩踏み出す。
違和感は……ってこの程度ではまだ解らんか。
中央まで歩いていく。うん、確かに違和感は感じない。
歩きつつヒーターシールドを前に構え、機体を左前にし盾に隠れるように合わせ、ロングソードを後ろぎみに持ちつつ、中江先輩の機体へと襲いかかる。
間合いに入る瞬間ヒーターシールドを被せるように前に出す。
中江先輩は当然の如く左側へ機体を滑らせる。そこを左足を踏ん張って軸に時計回りで右脚で払いにいく。
脚が掛かるが、払いきれず、両機とももつれ、弾かれ、距離が空いた。背中を見せているが、今度は軸脚を右に変え、同じように再度時計回りでロングソードを横薙ぎで通す。攻撃しようと体制を整えているなら、この攻撃は当たるはずだと、いっけー、気合一閃。
しかして、剣は空を切った。
「はい、残念」
背後から袈裟斬りに機体を叩き割られた。
──ブラックアウト──
どうやって、背後に現れたのか、理解できず俺はまた負けた。
機体はコロッセオ入り口に現れる。
「乗り心地はどうだった?」
「はい、問題なさそうです」
元気に答えたが、悔しさは残る。今度こそと思ったのに、それでも負けた。
なかなかに凹む。