Ride a live 05
今日も今日とてロボテクス。
実機の教科で早速、初っぱなからオートバランサーを切って操縦する。
中江先輩に、言い含められていたので逆らえない。
「何も最初から切らなくてもいいじゃないか」
愚痴をこぼすが、聞き人知らず。
独り寂しく、第2運動場までテクテクと歩いていく。
あれ?
なんか違う。シミュレーションの時と違って、少しスムーズというかなんというか、機体が振られない。
どういうことだ?
まぁ悩んで停まっている訳には行かない。運動場までいそいそと移動した。
今日は、中江先輩は居なかった。毎度毎度、顔を合わすものでないのは確かだけど、ちょっと寂しいね。
「さて、今日は何をするのだろう」
カリキュラムを見る……こないだと同じドッチボールだった。
「特訓の成果が出てるといいなぁ」
って昨日の今日で、いきなり成果も出るはずもなく……。
………出てました。
でも…なんだろう。あれ?あれー??
昨日のシミュレーションで、感じたあたふた感がない。本当にオートバランサー切れているんだよな。何度も確認したが、本当に切れている。
ボールが飛んでくる。なんなくキャッチできた。前に出て投げる。狙いは、解る。動きがトロイやつがいる。そこ目掛けてボールを投げる。
ボールは、あっさりと避け損ねた機体に当たり、転々と転がっていく。
今度は狙われた。剛速球が飛んでくるのを躱す。
苦労もなく躱せた。
狐につままれた様だ。なんなんだこのイージーモードは。ダッシュして、多少はふらつく感じはするが、前みたいに強引に起立しよういった動きがなく、倒した分の沈み込みを感じられ、そこから自分の意志で姿勢を戻すといったことが自然に出来た。
動いてるうちに、そのふらつき感もなくなっていった。
「いや、ホントになんなんだ?」
前回のような妨害もなく、相手に中江先輩のような鬼人もなく、あっさりというか、なんというか、こちらの班が半分も減ることなく快勝してしまった。
そして俺が一番アウトをとり、MVPだった。いや、表彰とか報告とか褒められたりとか、そういうものはないんだけどね。
「と、いうことだったんだけど、何がなんだか解らなかった」
翌日の放課後、今日も同じようにシミュレーションルームに来て、中江先輩に質問してみた。
今日は安西が居ない。替わりに東雲副会長がオペレーターを努めている。その後ろには皇と咲華の二人が当然の如くいる。
「とりあえず、その実力とやらを見せてもらおうかな」
「おうよっ」
月曜と同じコロッセオに俺とサクヤが現れる。対する中江先輩も同じ10式で姿を現した。武装も同じだ。
ロングソードを一振りする。機体が引っ張られた。
なんだ?昨日は感じなかった違和感がある。
昨日の実機を扱った時とは違う。動きが堅いというかぎこちない。
「どうしたの来ないの?」
中江先輩は既に中央に陣取り待ち構えていた。
ええいっ違和感は後回しだ。まずはひと当てしてみるしかない。機体を走らせ、中江先輩に向けてロングソードを繰り出す。
あっさりといなされ、機体が泳ぐ。オートバランサーが効いていれば、ここで踏ん張ろうとして動きが固まる。一昨日の最初の戦闘ではこの隙を突かれ惨敗した。
だがしかしっ、ここで更に一歩踏み出し、さらに突進する。剣戟がくるはずで、それをヒーターシールドで迎え撃つ。ただし受け止めない。繰り出されるファルシオンを受け流すのだ。
予想通り、中江先輩は剣戟を繰出し、俺は受け流した。
「うんうん、月曜にやったところはきちんとできているね」
「この程度は流石に解ってますよ」
でも、動きに違和感がある。いまいち一体感がない。昨日のあの感覚はなんなんだったのか。答えは出ない。
疑問が払拭できないまま、剣を交える。
イメージがずれる。お蔭で集中できなく、何戟か合わせたあと、とうとう耐えれなくバランスを崩したところで、中江先輩に止めを刺された。
違和感が拭えない。その後、何戦か戦った後、気持ち悪くなりゲロを吐いた。
実機に乗った最初は吐いたことはあるが、シミュレーションで吐くなんてことはなかっただけに衝撃だった。
「なんだか、壮絶なのだけど、大丈夫?」
バケツに向かってゲロゲロしていると、東雲副会長が心配そうに聞いてきた。が、俺にも原因が解らないだけに、大丈夫とは答えれなかった。
「今日はどうする?体調が悪いなら切り上げる?」
いやいや、そんなこと、折角特訓してもらっているのにこっちが根を挙げる訳にはいかない。
「いけます。大丈夫です」
そこは男の子。駄目ですとは言えない。張らなきゃならない見栄がある。
死して屍拾うもの無し。
決意し、再度シミュレーションマシンに乗り込もうとする。
「ちょっと待って」
言ってきたのは中江先輩だ。
東雲副会長に何やら話しをしている。
「ん、解った」
「中島君、いいよ。乗って」
はいと答え、乗り込む。何時もの手順通りに開始処理をする。
コロシアムに機体が現れた。あれ?
「先輩、この機体10式ですよ」
「ちょっと確認したいことがあるから、今度はそれでやってみて」
「えぇいいですけど」
「じゃ、行くよ」
戦闘が開始された。
やはり、動きはサクヤに比べてトロく感じる。もっさりしてはいるが、スムーズにイメージ通り動いた。
剣と剣がぶつかり、盾と盾が唸る。先程とは違い、確かに機体の動きは遅く感じるが違和感は無い。
「なんだろう、気持ち悪くない」
「やっぱりそうか」
中江先輩の納得いった声が返ってきた。
「今日はその機体で特訓続けようか」
「…はい」
まぁ全敗でしたけどね。何時になったら勝てるのやら……。しかし、勝ったら勝ったで、問題が………。勝てないのに気にしても仕方ないんだけどね。
それにしても、サクヤに対して10式は現行の最新型といえ、性能差は明らかだ。
それなのに、全敗……。扱い易いといえば、そうなんだが。うっうーん、凹むなぁ。
「何故、10式の方が扱い易かったのですか?」
終わってから聞いてみた。
「中島君のせいじゃないんだよ。シミュレイターのせいなんだよ」
へ?チンプンカンプンです。
「解ってない顔だね」
「シミュレイターにバグでもあったのですか?」
「そうじゃないのよ。シミュレイターがサクヤの性能通りに動けてないのよ」
「それってバグってことじゃ?」
「シミュレイターは正常よ。性能が足りないのよ」
………良く分からないです、はい。
「はぁ、瑠璃っちの説明じゃ何時になるかわからないわ。私が説明しますよ」
東雲副会長が替わりに買って出た。
途端に周りの面々は帰り支度を始めた。えー??えーーー???
「つまり、この学校のシミュレイターの性能はね、零式の頃に納品されたのよね。それが、今では拡張されて10式にまで対応しているよ。だから───」
つまり、サクヤの動きはフレームワークとして処理できているが、入力されるセンサーの情報が多すぎて、遅延が発生してしまったと。長々と続いた説明をかい摘んでみるとこのようになる。
なんとまぁ律儀に全部を再現しようとしておかしくなって、そのズレが感覚のズレとして俺に影響したということらしい。専門用語が一杯出てきたが、憶えていない。
困ったことに、シミュレイターには適度に中抜きするようなルーチンはない。元々、ロボテクスの習熟用のものだからだ。劣化しては意味がない。
更に、オートバランサーを切っていることで、操縦者にはその分の姿勢情報が追加され、負担が増加している。
どうにもサクヤの性能はケタ違いってことだった。次世代機は凄まじい化け物だということか。それか、シミュレイターがポンコツなのかどっちかだ。
それでどうするのかというと、サクヤのモデルデータをいじることになった。単にセンサーの数を半分にするとかいった方法では、サクヤがサクヤで無くなってしまう。それなら、10式で練習したほうがましだ。
実機のサクヤを操るのと同等の性能を発揮する必要があるため、センサーだけでなくバランスよく減らして、調整しなければならないとのことだ。
ただ、そういった調整は今まで誰もしたことがなく、本当にできるのかどうかも解らない。
この役は東雲副会長が買って出た。本人が触る訳じゃなくて、知り合いに頼んでみるらしい。
一からモデルを造るのとどっちが速いか……、シミュレイターを高性能な物に入れ換えた方が速いんじゃないかとも……。
「それにしても月曜は大丈夫だったのに、何故、今日はこんなことになったんだ?」
「んー昨日、サクヤに乗ったからでしょうね。月曜に感じなかった違和感が浮きだって、身体が感覚の違和感を知ってしまったからでしょう」
「そんな繊細なもんなのかねぇ」
自分の身体を見るが、全然そうとは思えない。
「そういうのは良くあるよ」
割って入ったのは、帰り支度を済ませた中江先輩だった。
「君、日曜に初めて私のバイクに一緒に乗ったでしょ?」
「はい」
「感想は?」
「えぇと、怖かったです」
にっこり笑っている中江先輩だが妙に威圧感があった。
「帰りは?」
「………怖くなかったです」
「ねっ」
そういうことらしい。
最近、日課にしようと決めたバイクのちょい乗り。
風との一体感は大変よろしい。
ヒャッハー、バイクは最高だぜ。気分リフレッシュ。
あぁ欲しいなー。お金はまだ多少の余裕はあるから、この貸し出し期間が過ぎて、返す事になったら自分のバイクを買うのもいいかなぁ。幸い寸志は出ているから、日々の生活費は問題ない。モチのロンのこと軍学校は寮生活、タダ飯、タダ宿万歳。
こうして走っていると、バイクのことが良く分かる。排気量は少ないから中江先輩が乗っているような大型の加速度やトップスピードは出ないが、4発のエンジンはすこぶる気持ちよく吹け上がる。
トップスピード自身は公道だから試せるわけがないので、まぁ置いといて、立ち上がりの吹け具合が大変気持ちがよろしいものです。
俺、最高。
バイク乗りが誰しも通る路だといわれればそれまでだが。この気持ち良さは、気持ち悪いくらいに気持ちいい。思わずグフフと下品な笑いが込み上げてきた。
と、気分よく走っていたら後ろからパッシングを喰らう。なんだなんだとサイドミラーで確認すると、見たことのあるバイクだった。
中江先輩だ。噂をすればって訳ではないがビックリしたよ。
手を振っているので、俺も振り返した。
手が路の先を示す。その先はコンビニだった。了解と手信号を送り返し、連れ立ってコンビニの駐車場へとバイクを停めた。
「頑張ってるじゃない」
開口一発、中江先輩からほめ言葉を賜った。
「いえ、丁度いい気晴らしなだけですよ」
「そう?ロボテクスの特訓といい、今は色々大変なのに、自動車部の面倒事まで引き受けてくれているのですもの、嬉しいよ」
「や、そんなことないですよ。バイクに乗るのは楽しいですし、さっき、このバイクを返すことになったら、自分のバイクを買っちゃおうかと思ってたんで」
「へぇ~そこまで気に入ってくれたんだ」
コンビニの店灯に照らされる中江先輩の笑顔が眩しかった。
「それじゃぁ~、バイク買いに行くときは付き合っちゃう」
付き合うという単語に無駄に反応する俺。そういう意味の付き合うじゃないだろ。
「そうですね。実際楽しいのは解っていても、自分で購入するとなるとどうすればいいのか解らないから、経験者が傍にいてくれると俺の方としても助かります」
「ねぇ……もうちょっと待ってから聞くつもりだったのだけど、競技ライセンス取るつもりはない?」
「急ですね。ライセンスですか…考えてなかったことなんで、保留でいいですか?」
全然気にしてなかったので、欲しいかどうかさえ解らない。
思ったことを素直に答えた。
「うん、いいわよ。じっくり考えてね。さて、何か飲む?コーヒー位は奢るわよ。呼び止めた訳だし」
前回に続いて、またしても奢ってもらうってのはちょっとどうかなと思ったが、先輩の面子を立てた方がいいと思い直し、奢ってもらった。
しばし他愛ない会話の後、中江先輩と別れる。
俺は、時間的に戻ろうとし、先輩はもう少し走っていくとのことだった。
「そうそう、忘れちゃ駄目よ。私が賭けに負けたら君と付き合うんだから、彼氏にはライセンスくらい持っていてもらいたいのよね。それとは逆に、勝ったら君は自動車部員になるんでしょ。だったらライセンス取得しないとね」
そんなことを去り際に告げて、爆音と共に夜の闇に溶けていった。
………あれ?
にやけた顔が固まった。
次の話で第一部が終わります。