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大儀であるっ  作者: 堀井和神
第一章
21/193

Ride a live 02

 ぜぇ~ぜぇ~ぜぇ~。息が荒い。

 5周の周回を終えて、ピットに戻ってきた。

 教習所での感覚とは全然違うものだった。実際速度のケタが違う訳(教習所では出せても60~70キロ)だし、サーキットという場所も特殊で、ペーパーライダーの俺としてはどう表現していいのやら……単に凄いと怖いの2つしか言えなかった。しかもまだ全開ではない。

 全開ではないといっても、8千回転の制限は、そのままとろとろ運転を意味するものではなかった。コーナリング時がそれだ。ストレートの最高速が遅いだけの差だった。 

 結構どころではないハードモードだった。しかもまだこれで暖気運転というのだから、本番は一体……。う、うーん……。

「中島君、結構綺麗な乗り方してたよ」

 背後からの声は中江先輩。褒められたが、自分では納得いかない。 

「いえ、まだまだです」

 振り向き答える。改めて思う。レース用のライダースーツはエロイものである。体のラインが如実に現れているのがイィー。と、そんな感想はおくびにも出さない。しっかり心の中だけに仕舞っておく。

「あら、あらあら」

「いや、今のところは期待以上だよ」

 言ってきたのは安西だった。

「お前、サーキット走るのなんて初めてだろ?それでそこまで乗れるなんて凄いと思うぞ」

「えっ、そうなの?」

「とりあえずこれを見ろ」

 なにやら印刷したものを渡される。

 ………ふっ訳がわかりません。なんかグラフが一杯あるが、これが何を意味しているのか全くもって理解不能だ。

 安西を見ると説明しだした。

「これは、加速度だ。これが、Gチャートで……」

 ひとしきり説明を受けたあと、俺の運転は丁寧であったということを理解させられた。

「お前、メカには強いんじゃないか?ロボテクスの操縦もできてるし」

 安西は感想を述べる。

 云われてもピンとはこない。特段下手ではないことは自覚しているが、強いといわれるほど、巧い操縦だった覚えはない。

「もう少し自信持っていいと思うがな」

 俺の顔を観て、安西は云う。

「とりあえず休憩後、今度は1万4千まで廻してくれ。それで10周。こっちはセッティングやっとくから、できたら呼ぶ」

 そうして、ピット内は慌ただしく蠢きだした。


 疲れた。まじ疲れた。あの後10周、更に更にと結局50周廻った所で合同練習の時間が終了した。時間は正午過ぎた辺り。

 一周が約6.8kmって言ってたから、慣熟合わせて55周で……何キロだ。頭が働かない。(正解は345km)

 他のチームも賑やかで、共同で一つの事に向けて作業する楽しさを味わった。

 スーパーバイクの桁違いの速さに、同じクラスの御同業者の巧さなど、俺なんかまだまだなんだと思い知ったが、それでも走るのは楽しかった。

 ヘトヘトになった身体を動かし、着替え終わる。

 ピットに戻ると、既に撤収作業は済んでいた。

 バン数台に機材やマシンを乗せ終わり、その前で皆は休憩していた。

「おっ来た来た」

 見知らぬ先輩が声を掛けてきた。

「ご苦労さん」

 言いつつ、スポーツドリンクを渡してくれた。

「ありがとうございます」

 礼を言って、飲む。一気に半分消えた。

「君、中々根性あるね。うちら上級生は、色々あって君たちに手助けできない立場だったが。いやいやどうしてどうして見応えはあったよ」

 ……よく解らない。今日ほんと謎だらけだ。

 謎といえば、今日、デートすることになった原因の謎。あれはどうしようか、もう疲れすぎてて頭が働かない。正直、どうでもよくなっていた。

「根性??普通に廻っただけですけど。疲れましたけどそれだけですよね?レースするほどの技術はないですし、足をひっぱらなかっただけが気がかりです」

 とりあず、答えてみたら、先輩は目を丸くした。

「それ、本気で言ってる?」

 なんか最近そればっかり聞かれてるような気がする。

「別に手伝うことを嫌とは思ってませんし、ただ、こんなに楽しいのに部に入ることは今できないので、それは申し訳ないと思っているだけですよ」

 あー、何いってんだろ。

「解った、解った。とりあえず、ベンチで横になって休んでおけ」

「はい、そうします。済みませんが、休みます」

 横になった途端、睡魔が襲ってきて、さっくりと眠りに就いた。


 目が醒めた。

 どのくらい寝ていたんだろう。

 ふにっ。後頭部に柔らかいものが当たっている。 

 無造作に手を伸ばした。

「きゃっ」

 えっ?

 うつらうつらとしていた意識が、一瞬で覚醒した。

 辺りを見回す。

 蒼い空。見渡す限りの空。俺に掛かっている影。それは器用にベンチに刺しこれまている日傘?いやパラソルか。

 手の甲を抓られた。そのまま力がこもっていく。痛い痛い痛いです。

 何故抓れられているのだ。はい、そうです。右手が膝を触っていたためだ。思わず手を離す。

「……目が…醒めたようだね」

「はいっ済みません」

 言って起き上がる。

 状況を確認。どうやら、膝枕されていたようで、あの柔らかさは………。

 中江先輩が、じと目でこちらを睨んでいた。

「ま、君も健全な男子だったってことだね」

「いや、それは、寝ぼけてただけで……その…」

「ふーん」

 言葉が続けられない。

「ふふふ、冗談よ、冗談」

 この人解っててやっているんだと、気付く。

 横になったとき、先輩に膝枕してもらってないし……、寝てる間にされたってことは理解した。

「えーと、どれ位俺って寝てました?」

「ん、1時間くらいかな。ちょっと遅くなったけど、お昼食べる?」

 云われて気がついた。腹の虫が鳴る。

「はい、食べます」

 と、妙に静かだった。

「あれ?他の皆さんは?」

 周りが俺たち二人だけなのに気がついた。

「皆は先に戻っているよ。このあと学校のガレージで片づけとか、データの解析とかあるからね」

「中江先輩は戻らなくていいのですか?」

「とりあえず、お昼にしましょ。食べながらでねっ」

 パラソルをピットの傘立てに戻して、戻ってきた中江先輩と二人で、サーキットのレストランへ向かった。


 レストランは……レストランというよりも広い食堂という趣だった。

 昼過ぎだったこともあり、閑散としていた。所々グループの塊があって話をしている声が微かに聴こえるくらいだ。

 席を取って、食券機に並ぶ。

「中島君は、何が食べたい?」

「いえ、デートなんでしょ、奢りますよ」

「いいっていいって、手伝ってもらったお礼だよオ・レ・イ」

 食券機の前で押し問答も恥ずかしいし、中江先輩は強引にお札を入れ、先ずは自分の分を買う。

「何がいい?」

「そう云われても、ここ初めてだから何がいいやら……」

 定番のランチA,B,Cと並んでいるAとBは定食で、Cが丼物のようだ。

「じゃ、私Aランチ食べるから、中島君はBランチね。おいしそうなのあったら交換しましょ」

 云うが早く、ぽっちと押してメニューを決めた。ついでにフリードリンク券2枚も追加していた。

「流石に学割はないわね」

 無邪気に中江先輩は笑いながら、俺にBランチとドリンクの券を渡して、カウンターの列に並ぶ。俺も釣られて後ろを着いて行く。

 並ぶと解る。

 俺の頭半分位小さい背は丁度俺の目線に頭の天辺が見える。そこからサラリとした光沢のある背中まで真っ直ぐ伸びた黒髪があり、何かの花のいい匂いが漂っていることに。

 スタイルはいい。流石にレースやってて太っている訳はなく、どちらかといえば、標準よりも軽そうである。

 ここが、シッョピングモールか何かで、彼女が着ている服がツナギでなく、ワンピースとかの普通の格好をしていれば、本当にデートをしているような………。まぁその場合、俺の方が別の悪い意味で浮いていただろうな。

 今日が此処でよかったのか悪かったのか………理解に苦しむ。

 Aランチは刺身定食で、Bランチは豚カツ定食だった。

 トレーに定食を乗せ、席を取った窓際のテーブルに体面で座った。

 横並びには流石に流石に流石にねっ、座れませんですはい。

「横に座ってもよかったのよ」

 隣の席をチラ見していたのに気付かれたか、囁く様に誘惑してくるが、気恥ずかしさのほうが勝る。

「こっここでいいです。はい」

 中江先輩は、静かに笑う。

「とりあえず食べなよ。頂きます」

 つられて、頂きますと続いて飯を頬張る。

 何か話しかけたらいいのだろうけど、何を話すればいいのか思いつかない。生まれてこのかた、こんな状況を体験したことはなかった。頭の中がグルグル廻って、フットーしそうだ。

 黙々と食べる。

「ねぇ、聞かないの?」

 何をってアレだ、デートの原因となったもののことだ。正直もうどうでもよかった。第一、理由はなんとなく察しが着いてしまっていた。

「アレは……俺がアレに乗って現れたからですよね」

「なんだぁ、解ってたか」

「えぇ、今日の安西たちとのやりとりみて、解っちゃいました」

 まぁ解ったからといっても解決策はない……ことはないが……とどのつまり、あの話になるわけだ。

 自信も実力もない俺には、荷が重い話しである。

 もくもくもくもく。

 悩みながらも、黙って静かに飯を喰う。

「なんだか浮かない顔だね」

「理由は解った。解決策も……一応はある……んですが……」

「最低でも準優勝。それができるかどうか自信がないと」

 !!!

「なっなぜそれをっ」

 むせた。げほげほと咳き込む。

「慌てない慌てない、ほら、お水」

 一息つく。そして考える。中江先輩は、東雲副会長とは知り合いだ…親友になるのかなぁ。だから、話を聞かされていたということか。それにしても、お喋り好きにしても東雲先輩は口が軽いぞ。ちょっと評価が下がった。

「副会長からですね。やっぱり友達でしたか」

「せーかい」

 目が優しい。

 なんとも、評価しづらい人だな。ころころと表情が変わる。

 でも……観ていて楽しい人だ。こんな人が嫁さんになるなら楽しそうだな。

「どうしたの?黙ってて」

「いえ、なんでも」

 思って恥ずかしくなってしまった。この一週間なんとも騒ぎが大きすぎて、ギャップに嵌まったのか。いや、中江先輩は美人だし、楽しいし、優しいし、客観的に観ても好ましい人物であるわけであるから……などと言い訳するのは、どうにもこうにも見苦しいですね。

「うん、君のこと気に入ったよ」

「えっ」

 一気に顔が紅くなるのが解る。

「鍛えてあげる。今日付き合ってみて、君のこと合格点あげるよ。素直だし、バイクの扱いも丁寧だし、かわいいし、最後にご飯をくちゃくちゃさせなかったし」

 ???

「はっ、も、もしかして……」

「そう、どんなにいい人でも有能でも、ご飯をくちゃくちゃさせて食べるような人とは付き合いたくないからねぇ」

「いやそっちじゃなく…」

「そう、私が美帆から君を鍛えるように頼まれたその人なのさ。驚いたねぇ、デートに誘った相手のことを美帆からも話を聞かされるなんて。君ってモテモテだね」

 言葉が出ないとはこのことだ。

「口をぱくぱくさせて、鯉みたいだ。そんな顔を観るなんてことあるとは思わなかったよ」

 ………とりあえず、評価点を下げた東雲先輩は元に……いや倍にしておこう。

「えーと、本当に俺なんかがいいのですか?」

 急転直下の流れに着いていくので精一杯だ。

「いいのですよ」

 にっこり笑って、あっさりと返答が返ってきた。

「そ、それでは、これからもよろしくお願いします」

「うん、よろしくねっ」

 差し出された手を俺はしっかりと握り返した。


 そして、帰りもバイクでタンデムか。当たり前だけど。

 朝の恐怖が蘇る。

「ごめんね。デートだからこの後、映画みて、喫茶店でお話しして、海の見える公園を散策してとしたいところだけど、皆が待っているから」

 うーわー、やーめぇぇぇてぇ~~~。頭を抱え込む。そんな生暖かい目で見ないでぇ~。

「寮でいい?それとも何処か行きたい所あるなら送っていくよ?」

「あ、それなら、俺も皆の所に行こうかな。手伝うことがあればですけど」

「んー、そうね。今日の走行データの解析やっているから、君はそれを観て」

「解りました」

「じゃ、いっくよ~」

 朝と同じようにしっかりと中江先輩のベルトを掴んで座る。ほのかに芳しい香りが漂った。

 ……いい!!!

 更にどんっ。衝撃が襲ってきた。イィーーーーーッッッ!!!

 …あれ?思ったより凄く…ない。

 視界は相変わらず頭の上に道路が来るが、なんだろう……怖くない。

 サーキットを走ったせいか、スピード感がない。いや、速いことは速いんだが、ゆったりというか……そうか、余裕だ、余裕があるんだ。

 でも、タイヤの食いつき感はこっちのほうが薄いような気がする。これは、サーキットのアスファルトとの差か。その為、バンク角が浅いんだ。ステップ擦っているけどね。

 あとはタイミングだ。アクセルの開け方、ブレーキの入り方、ギアのアップダウン、操作に余裕がある。

「ちょっとはバイクのこと解ってきたようだね」

「どういうこと?」

「朝よりも身体が固くなってない。リズムに乗っている」

「解るもんなんですか」

「うんうん、解っちゃうのよ、おねーさんには」

 その後のツーリングというには短い帰り道のタンデムはあっという間に過ぎ去っていった。


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